イケメンと地味な女性の入れ替わり

ジャンタマオ

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イケメンと地味な女性の入れ替わり

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薄暗い部屋の床には、赤い光で描かれた魔法陣が浮かんでいた。蝋燭の火が揺れ、焦げた香草の匂いが空気に混じる。

その中心に立つのは、小柄で華奢で、いかにも目立たない地味な女性だった。丸い眼鏡、控えめな服装、俯きがちな姿勢。誰もが彼女を見ても、きっと次の瞬間には印象を忘れてしまう。そんな女だった。

だが、その目だけは違っていた。

向かいに立つ男を見上げる視線には、長いあいだ胸の奥に溜め込んできた熱があった。相手は、誰が見ても目を引くイケメンだった。高い身長、整った顔立ち、軽く崩した髪、立っているだけで絵になるような体つき。彼は半ば面白がるように、半ば警戒するように、彼女の並べた黒い道具と魔法陣を見下ろしていた。

「本当にやるのか?」

男が笑うように言うと、彼女は小さくうなずいた。

「ええ」


次の瞬間、彼女は低い声で呪文を唱え始めた。鈍い空気が震え、床の光が強くなる。男の顔から笑みが消えた。逃げようと一歩引いたときには、もう遅かった。

赤い光が二人を包む。

視界が裏返るような感覚。骨が軋み、血が逆流し、頭の中を誰かの記憶が駆け抜ける。背丈が崩れ、手足の感覚が変わり、重心がずれる。喉の奥から漏れた叫びすら、自分のものとは思えなかった。

やがて光が消える。

先に顔を上げたのは、かつて地味だった女のほうだった。

いや、もう女ではなかった。

高い視点。広い肩。長い脚。指先で頬に触れれば、そこにあるのは滑らかな男の輪郭。彼女は震える手で自分の胸元、腕、腰へと触れ、そして鏡のように光る黒い窓に映った姿を見た。

そこには、さっきまで向かいに立っていたイケメンがいた。

彼女は、ゆっくりと笑った。初めて自分の顔でなく、自分のものになった美しい男の顔で。

一方、床にへたり込んだのは、さっきまで余裕そうにしていた男だった。彼は視界の低さに戸惑い、細い手首を見つめ、華奢な肩を抱き、混乱したように辺りを見回す。重たかったはずの身体は軽く、代わりに頼りなく、ひどく小さい。

「な、んだよ……これ……」

掠れた声は、鈴のように細い女の声だった。

眼鏡の奥で見開かれた目を、イケメンの姿になった女は見下ろした。長年、誰にも向けられなかった感情を、今だけは隠そうともしなかった。

「その地味な体で、楽しんでね」

男は呆然と彼女を見上げた。

その日から、世界は二人にとって逆さまになった。

男は、背が低く華奢で地味な女の身体で生きることを強いられた。最初は歩くだけでもぎこちなかった。視界が低い。階段の一段一段が高く感じる。服は野暮ったく、髪は地味で、鏡に映る自分はあまりにも頼りなく見えた。

だが、そんな日々の中で、あるときふと、彼は眼鏡を外した。

部屋の鏡の前だった。

ぼやけた輪郭の中、そっとレンズを置いて目を細める。少し近づいて見直したその顔は、彼が思っていたよりずっと整っていた。派手ではない。だが、肌は白く、顔立ちは素直で、目元には意外なほど愛嬌がある。

「……あれ」

彼は思わずつぶやいた。

「この子、意外と可愛いじゃん」


その発見は、小さかったが、決定的だった。

そこから彼は変わり始めた。

どうせこの身体で生きるなら、徹底的に使いこなしてやる。そんな男らしい意地が、今度は女の身体を磨く方向へ向かった。彼はメイク道具を買い集め、鏡の前で何度も試行錯誤した。薄暗い目元を強調する色、丸い目をさらに大きく見せるライン、血色を足す頬、唇の艶。

服も変えた。

地味だった彼女の身体に、彼は地雷系のファッションを与えた。黒を基調に、フリルとリボンを重ね、甘さと毒を混ぜたような装い。首元にはチョーカー。足元には厚底ブーツ。小さな体には重たいほどの靴だったが、それがよかった。低い身長を持ち上げ、短かった脚をすっと長く見せる。

鏡の前で彼は何度もポーズを決めた。

「こういう子は、こういうのが似合うんだよ」


そう言って笑う顔は、すでに以前の戸惑いをほとんど失っていた。

厚底を履いて立った自分を見るたび、彼は妙な満足感を覚えた。低さを隠すだけではない。小さいからこそ、可愛くまとまる。華奢だからこそ、装飾が映える。短い脚も、見せ方ひとつで武器になる。

やがて彼は、その姿のまま、イケメンの身体を手に入れた女のもとへ行った。

女は以前よりも堂々としていた。彼の身体を手に入れてからというもの、背筋はさらに伸び、歩き方ひとつにも自信が宿っていた。男の顔で笑い、男の手で物を持ち、男の脚で世界を踏みしめることに、彼女はもう慣れていた。

その前に、彼は現れた。

小さな身体。重たいブーツ。完成された地雷系の装い。そして、計算し尽くした上目遣い。

「どう?」


そう言って頬に手を当て、わざとらしく可愛く首をかしげる。

女は目を見開いた。

目の前にいるのは、自分が捨てたはずの身体だった。あの地味で目立たなくて、押し込めるしかなかった身体。なのに今、その身体は信じられないほど可愛く変わっていた。

「え……」

思わず漏れた声は、低く甘い男の声だった。

彼はさらに一歩近づき、ぶりっ子めいた仕草で彼女を見上げた。小さい身体で、両手を頬の横に添えて笑う。少し前の自分なら絶対にしなかったような甘えた仕草が、妙に自然に見えた。

女は動揺した。

自分がずっと嫌ってきた背の低さも、頼りなさも、地味さも、今はどこにも見えなかった。むしろ、その小ささが可愛さになり、守りたくなるような魅力に変わっている。

そして彼自身も、それを知っていた。

ある日、彼は床に座り込んだ。体操座りをして、ぎゅっと脚を抱える。膝に顔を寄せ、少しだけ首を傾ける。そして上目遣いのまま、じっと彼女を見つめた。

その姿は、あざといほどに可愛かった。

女は思わず息を呑んだ。

自分の身体だったはずのその姿に、そんな表情ができるなんて思っていなかった。小さい身体も、華奢な肩も、抱えた脚の短さすら、その仕草の中では欠点ではなく、完成された可憐さの一部になっていた。

彼は、その反応を見て少しだけ笑った。

そのころにはもう、二人の関係は奇妙に落ち着いていた。

勝ったつもりだった女は、自分が奪った身体の快適さに満足しながらも、時折、自分が捨てた身体の変化に心を揺らされた。奪われたはずの男は、最初こそ惨めさを抱えていたが、その身体の中に新しい生き方を見つけ始めていた。

彼はイケメンの部屋にも行くようになった。

ある日、部屋に上がり込んだ彼は、ブーツを脱いだ。厚底が消えると、自分の低さがいっそうはっきりした。床からの視点が近い。足は短く、腕も細い。だが、今の彼はもうそれに怯えなかった。

ベッドに倒れ込む。

ふわりと身体が沈む。小さな身体はマットレスの上で余裕を持って広がり、両手両足を伸ばしてもまだベッドが広い。以前の大きな身体では感じなかった感覚だった。

「……広い」

彼はくすりと笑った。

「なんか得した気分」


その無邪気な喜びに、あとから部屋に入ってきた女は少し驚いた顔をした。だが次の瞬間には、男だったころの彼の表情ではなく、いま目の前にいる小さな彼女の笑顔として受け止めていた。

女もベッドに上がった。

二人は並んで寝転び、互いの顔を見つめ合った。ひとりは男の身体を得た女。もうひとりは女の身体に変わった男。奪った側と奪われた側であるはずなのに、その境目はもう曖昧になっていた。

白いシーツの上で、二人は静かに視線を交わした。

彼は、小さな手をそっと女の胸元に置いた。女は、その手を振り払わなかった。


何を失い、何を得たのか。どちらが勝者で、どちらが敗者なのか。そんなことは、あの夜のようにはもう簡単に言えなかった。

季節がいくつか過ぎた。

彼の腹は、少しずつ、しかし確かに大きくなっていった。

最初は戸惑った。信じられなかった。だが、その現実は逃れようもなく身体に刻まれていった。小さく華奢な身体に、命が宿る。膨らむ腹は、日を追うごとに重さを増し、立ち上がるたび、歩くたび、かつての自分では想像もしなかった感覚が全身を支配した。

ベッドの脇に立つ自分を、彼は鏡越しに見た。

短い脚。華奢な肩。大きくなった腹。

もう、イケメンの身体は戻らないのだと、そのとき彼は本当に理解した。

だが同時に、腹に手を当てた瞬間、別の感情が胸に満ちた。

戻せなかった。取り返せなかった。失ったものは確かにある。

それでも。

「この中に、俺の子がいるんだな」


小さくつぶやいた声は、静かな喜びに震えていた。

彼の中には、イケメンの遺伝子を宿した命がいた。自分が取り戻せなかったものの一部が、別のかたちでここにある。そう思うと、不思議な満足があった。喪失の果てに残ったものではなく、新しく与えられたものとして、その命を愛しく思えた。

やがて出産の日が来た。

長い痛みの末に、彼は子供を腕に抱いた。

小さな病室。まだ疲労の残る身体。華奢な腕の中に収まる、あまりにも小さな命。赤ん坊は静かに眠り、彼はその顔をじっと見つめた。

抱き上げて立ち上がると、自分の脚の短さを改めて感じた。床が近い。頼りないほど細い足だ。だが、その足で立っていた。揺れずに、逃げずに。

彼は赤ん坊を胸に寄せた。

イケメンの身体は、とうとう戻らなかった。高い視点も、長い脚も、力強い体つきも、もう自分のものにはならない。

代わりに残ったのは、この小さな身体と、この腕の中の命だった。

彼はしばらく黙ったあと、静かに笑った。

「しょうがないか」

その声に、諦めはなかった。

「この身体で育てるしかないよな」


短い足で立ち、華奢な腕で抱き、地味だったはずの人生の先を、自分の力で歩いていく。その覚悟が、彼の表情を強くしていた。

弱くなったわけではない。ただ、強さの形が変わっただけだった。

かつては、背が高く整った身体で世界の上に立っていた。今は違う。低い視点から見上げる世界の中で、小さな身体のまま、守るものを抱えて生きていく。

赤ん坊が小さく身じろぎした。

彼はそっと揺らしながら、窓の外の光を見た。

もう元には戻れない。

けれど、その言葉は不幸の意味ではなかった。

奪われた人生の続きではなく、自分で選び直した新しい人生が、そこにあった。

小柄で、華奢で、短い足のまま。
それでも彼は、子供を抱いて、強く生きていくのだった。
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