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●本編●
44.足りない知識を補完したい!step.1 ②
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魂が肉体に帰還した時にはおやつの時間の準備は万全に整った後だった。
身を沈めているソファーの前に置かれたテーブルには、散乱していた紙は既になく、変わりにティーセットとおやつとしてマドレーヌとクッキーが美しく盛り付けられた大皿がセッティングされている。
美味しそうなおやつを見ながら本日の自らの行いを振り返ってドッと束になった疲れが胸中に押し寄せてきた。
ーーなんだか今日は、誕生日に体験したことを追体験している気分だわ。ーー
どれもこれも、1度は体験した覚えのあるリアクションを取ってしまっている。
馬鹿の一つ覚え、同じような反応を繰り返し取ってしまう自分が酷く滑稽に思えてしまい情けなくもあるが、だからといってバリエーションをこれ以上増やしたくもない。
過度なストレスによる精神的疲労にさらされた私は、短時間で激しく精神力が消耗されきってしまった。
ーー癒やしが欲しい…!!ーー
「ほわあぁ~っ、今日のおやつも…すっっごく、おいしそうですぅ~~!! 本当に、夢のような、一生で何度も体験できない高待遇ですぅっ、私、こちらで過ごした日々を一生忘れられそうにありません~~!!!」
つぶらな瞳をキラッキラと輝かせて、目で見ただけで準備されたおやつの得も言われぬ美味しさを口内に感じているかのようにうっとり幸せそうに微笑んでいる。
食べる前からもう既に落ちそうになっている両頬を両サイドからそれぞれの手で落ちてしまわないように持ち上げて支えている。
ーーあぁっ、癒やされたぁ~っ! 一瞬で精神的疲労が吹っ飛んでしまったわぁ~~っっ!! 尻尾をブンブン振り回している食いしん坊な仔犬さんが、背後に、見えるぅ~~~っっ!!!ーー
「うふふっ、お姉様ったら。 このお菓子もお気に召していただけたのですね、公爵家のおやつがお姉様のお口に合ってなによりです。 それとお姉様は私の大事なお友達ですもの、気兼ねなく何度でも滞在して下さって良いのですよ? むしろ是非、沢山いらしてくださいと、お願いしたいですわ!!」
「えぇーーっ?! それはっ、とってもとっても、身に余りすぎるほど光栄ですけれどっ、現実問題として実現するのは、とっても難しいですぅ~~~(泣)!!」
ぴょーんっ、とソファーに腰掛けるその態勢のままで器用にお尻で跳ね跳び、着地してからは一転、しょぼ~~~んと項垂れきって指をつんつんしつつしょぼ暮れた声でお願いをやんわりと断られた。
「何故ですか? 現実問題とは、どういった事柄なのでしょうか??」
「えぇと、ですね? 私の家は、先程も申しました通り、ほんっっっっとーーーーにっ、超がつくほど貧乏で、その上親姉弟と親戚一同が1つ屋根の下で暮らしておりましてですね? 計30人の大家族なんですぅ、ですから私だけが、その…言葉は悪いのですが、抜け駆け…みたいな?感じ?に、頻繁にこちらに伺うのは…憚られる、と、言いますか、ですね?? 年の近い従兄弟から今回ライリエル様のお誕生日パーティーに私だけが招待されて参加することを酷くやっかまれてしまっていた手前、おいそれと大手を振って頻繁に来るわけにいかないかなぁ~~、なんて…。」
メイヴィスお姉様のお父様がアグネーゼ男爵家の長子としてお生まれになり、そのまま順当に爵位を継承されたそうなのだが、残りの兄弟もそのまま生家である男爵家にとどまり各々結婚して各人が子供を複数人授かり、今の大家族が形成されたそう。
今回私の誕生日パーティーの招待状にはメイヴィスお姉様の名前しか記載がなかったために、従兄弟たちから顰蹙を買いながらも、こんな機会は2度と訪れないだろうと考え抜いた末に、男爵家当主の子女を代表して参加する決断に至ったそうだ。
「それ以外にも細々、理由がありまして、まだ私の下にいる小さな弟妹のお世話だったり、日々の家事手伝いだったりも疎かにできませんし、家業…家は小麦の栽培と加工、といっても脱穀して製粉するくらいですが、その手伝いもしないとなので、単純に自分のために自由になる時間が少ないんです。 せっかく、お誘いいただいたのに、ホント…申し訳ありません、ライリエル様…。」
人それぞれに程度の違う、その身を縛る逃れられない事情がある。
お姉様の家庭事情を知った今、私の願望を強引に押し通すことなど出来はしない。
ーーたとえお姉様の本心が言葉とは裏腹だとしても、それには目を瞑って、気付かないふりをして差し上げないと、ならないのだろうか…? 本当に、私にはスルーする事しか出来ないのだろうか??ーー
出会ってからこのかた初めて目にする表情、無理をして笑っていることがバレバレな硬い笑顔を見ながら、お姉様の為にできることは他に何かないのか考える。
ーーお姉様がこちらに来られないなら、私がお姉様のところに行っては駄目なのかしら…? アグネーゼ男爵家はフォコンペレーラ公爵家の管轄領地だし、遊びに行くのではなくて何か他の用事をこなすついでとかなら…ワンチャンあるかもっ?!ーー
「お姉様、その家業の様子って見に行けたりしませんでしょうか? 私凄く興味がありますの、小麦畑がどの程度の規模なのかもですし、どのようにして育つかも、製粉するのだって、未知のことでとっても興味深いですわ!! 是非直接出向いて拝見してみたいのです、可能かどうか1度アグネーゼ男爵様にお話してみて頂けませんか?」
「へっ?! う、う~~…家にぃ~、ですかぁ~~?! でも、でもでもぉ~、家がある村はとっっても小さくて、ほんっっっっと田舎で、虫も多く出ますし、獣害も少なくないんですぅっ!! 道中の安全をお約束できませんし、ライリエル様を滞在させられるほど立派なお屋敷なんてありませんし、我が家に滞在していただくなんてとてもじゃないです、お招きなんてできませんからぁ~~~!!!」
「まぁ、お姉様ったら、私は虫を怖がったりいたしませんわ、獣害があるのならその対策も十分かどうか確かめたいですし、滞在する部屋だって気にしたり致しません! なんなら教会にでもお邪魔させて頂きますわ、ですから私の訪問を受け入れてくださるかどうか、1度男爵様にお話しいただきたいのです、お願い致しますメイヴィスお姉様ぁっ!!」
ーー必殺、『これでイチコロ!キラキラうる目の上目遣いお強請り』攻撃ぃっ!!※使用の際にはある一定以上の顔面偏差値が必要となるので要注意※ーー
お姉様にはこの方法が1番効果的だと確信を持って、最大限可愛らしく見えるよう今持てる力のすべてを費やして放つ渾身の一撃だった。
そしてその効果は、といえばーー
「はわわわぁ~~っ、おっ、おかっ、お顔がぁっ近くて可愛くて尊いぃっ!! わ、わかりましたぁっ、1度、父に話してみますぅ~~!!」
ーー効果は抜群だぁ~~~っ!! やっぱりこの顔はお姉様の大好物だけあって最大効果を発揮できたみたい、イチコロ成功♡ーー
期待値通りの成果にほくほくと顔を綻ばせて要求が1つ通ったことを喜色満面で喜んでいると、続く言葉で冷水を浴びせられた。
「明日こちらを失礼するつもりでしたので、帰ってからすぐ父に話してみます。 なので年明けにはお返事がこちらに届くように忘れず頼りを出すように致しますので、お時間を頂きますがお待ち下さいね。」
ーーお姉様は、今なんと…? 明日帰る、つまりは公爵家を去るということ…?! え、うそ、へぇっ、明日ぁっ、な、なんで、急にぃっ?!!ーー
「お姉様…、明日帰ってしまわれるのですか…? 何か急がれる理由でもお有りなのですか?! 私、私…まだまだお姉様と一緒に居られると思っておりましたのに、あと1日、いえ2日、や…やっぱり3日だけでも…!!?」
「今日ドレスが受け取れると聞いたときから決めておりました。 本当なら1週間も滞在するつもりはなかったのですが、フォコンペレーラ公爵夫人にライリエル様がお目覚めになるまで是非留まってほしいと仰って頂きまして。 『病み上がりの娘が残念がるのを見るのは忍びない』ともおっしゃられて、私としてもライリエル様を悲しませるのは本意では有りませんでしたのでご厚意に甘えさせていただいておりました。 ですのでこれ以上は留まれません、滞在する理由も目的も達成してしまうので。 それに年末の準備もありますし、今日はもう32日です、あと3日で年が明けてしまいますから急がないと!!」
ーーえ、32日? とっても耳慣れない日付なんですが?? あと3日で年が明ける…ってことは1ヶ月は35日もあるのぉっ???ーー
前半部の内容よりも、後半の数行の内容がカルチャーショックすぎて驚かずにいられない。
前世では多くても一月は31日までしかなかった。
ーーということは、一年は365日よりも多いということだろうか、え、うそっ、一年長っ!? いやいや待って、そもそも、一年が12ヶ月かも定かでない、この世界の、いやいや、この国の暦はどうなっているわけなのぉっ?!?ーー
考え出すと一つのことを突き詰めて考え抜いてしまう性格が災いして、それ以外の事柄が思考領域からはじき出されてしまっている。
今やすっかり頭の中はこの国の暦のことで一杯一杯だった。
グルグルと1人考えに没頭している私の様子を、自分のせいで無理に引き留めてしまったかと気に病んている、と勘違いしたメイヴィスお姉様が慌てて弁解しだす。
「勿論、ライリエル様のご体調の回復をすぐに聞き知りたいからこそ、私自身の確固たる意思で留まることを決断したに決まっていますよ?! 厚かましくも身の丈に合わない過分な高待遇での滞在であることも重々承知の上ですが、粗相をしないか震え上がってでも留まったのは偏にライリエル様が心配だったからですとも!! 全然、無理強いなんてされておりませんからね、そこのところは断固否定致します、本当です、信じて下さい!!!」
すごい剣幕で詰め寄られ、顔を間近に迫らせた近すぎる距離感のまま、鬼気迫る勢いで弁解の言葉を長文で捲し立てられた。
パチクリ、パチパチ。
目を瞬かせて目の前の相手が発した言葉を頭の中で反芻する。
ーーうん、この長文から読み取れることは1つ、凄ーーーく盛大に勘違いされてしまったってことね、失敗シッパイ☆ 誰かと居る時に考えに没頭するのは控えましょう、特にメイヴィスお姉様と2人っきりの時には絶対止めよっと☆☆ーー
「ご安心下さいメイヴィスお姉様、私はお姉様に全幅の信頼を既に置いております。 お姉様の言葉と真心を疑うことなどございませんとも! 心配して下さったことに改めて感謝を、ありがとうございます、お姉様♡」
「はぅうっ! 笑顔が眩しいぃ~~っ、眼福ですぅ~~~っ!! こちらこそありがとうございますぅ、ご尊顔をこんな間近で拝せましたこと、恐悦至極にございますぅ~~~っっ!!!」
ーー私も人のことを言えないけれど、お姉様の語彙もけっこう6歳児らしくないわよね。 同居する人数が多いと言語形成も捗るのかしら、お姉様のご家族ならびにその親戚一同、興味深いわ! もうちょっと落ち着いたあとで、今後訪問する際のためにも詳しくリサーチしましょっと!!ーー
何度目かの微笑み合いをしながら、訪問の許可が下りた後のことも視野に入れてアグネーゼ男爵家の実情をそれとなく聞き出すことを密かに決心する、がしかし、そう上手く問屋は卸さなかった。
決心するも虚しく、すぐに心はグラグラに揺らぎ、挫折感を味わう。
自分のコミュニケーション能力の乏しさを忘れていたツケをすぐさま払わされることとなったのは、至極当然の結果だった。
おやつを食べて和みつつ、『雑談にかこつけてお姉様の家族についてそれとなくリサーチ』作戦を敢行するも、結果は惨敗。
敗因はコミュニケーション能力のなさ、というか、質問の仕方がどストレートすぎて『うちの家族について、ですかぁ? そ~んな話、こんな美味しいお菓子とお茶のお供には似つかわしくありませんって! せっかくの高級な味わいが激しく損なわれてしまいますから、他のことをお喋りしましょう!!』と言ってバッサリ話題変更を要求されてしまう為体。
仕方がないので、話題を変更して気になってしまったことの1つ、この国の暦について聞いてみることにした。
そこでわかったことは、今日は雪月の32日(聞き間違いではなかった!)であること、今月以外は常に30日で1つ月が巡ること、1年は12ヶ月であることだった。
もうすぐ年が明けることから、雪月は前世で云うところの12月に当たるとわかった。
ーー変な偶然、厳密に言えばまったく同じではないけれど、誕生日の日付が同じだなんて、まったくの偶然とは思えないわね…。ーー
前世のわたしは12月25日生まれだった。
『クリスマスと誕生日が一緒だなんて、かっわいそ~(笑)!』とクラスのさして親しくないクラスメイトに言われたのは、いつの頃だったか?
でも何が可哀想なのか、あの頃のわたしにはまったく検討もつかなかった。
世間一般では誕生日やクリスマスを『家族』で祝う習慣がある、ということをまったく知らなかったからだ。
誕生日は何の変哲もない平日と変わらず、特別感など一切感じたことがなかった。
『1歳年を重ねた』としか認識していなかった。
でもそれも、弟が生まれるまでの話。
弟が生まれてからの日々の中で、わたしは当たり前に祝われる弟と、弟のために祝う準備に勤しむ両親を見せつけられることになる。
ーーあぁ、まただわ。 何で今日に限って色々と前世のわたしを思い出してしまえるんだろう。 思い出せる記憶のどれもが、今の私の普通を特別と思わせる要因になってるなんて、皮肉ね。ーー
私が何故自分の為に開かれる誕生日パーティーをあれほど嬉しいと感じていたのか、その根源には前世のわたしが深く関係していたのだ。
思い出す前だったとしても無意識に感じ取っていたのかも知れない、幸せとは言い難い人生を生きた少女の辿った16年という短い軌跡を。
「そうだ! 後で各月の名称も一覧にして書いておきますね!! ライリエル様なら直ぐに覚えてしまわれるでしょうけれど、文字を覚えた後のまた違った手本にご活用頂ければ宜しいかと♪」
お姉様の声で現実に引き戻される。
ーーしまった、またやってしまった。 この一点集中型の幼児脳、どうにかならないだろうか…? 何回自分を戒めても、悔い改められない。 私の性質と相性バッチリ過ぎて考えに没頭してしまうのを中々回避できない。ーー
テーブルの上は再び散乱した紙に占領されている。
用意されたおやつを全部、2人のお腹におさめ終えた段階で、どこかでこちらの動向を見ていたとしか思えない絶妙なタイミングで音もなく入室して来た侍女によってティーセットと大皿は早々に回収されてしまった。
何もなくなったテーブルの上をキレイに拭き上げてから筆記用具を戻す際、未使用の紙の残量を確認して十分足りるよう補充分の紙も持ってきてくれた。
ーーこちらが要求する前に先んじて行動できるなんて、さっすが仕事のデキる侍女! 本日のイチオシ、可愛いさが半端ないメリッサ様々ね!!ーー
新しく用意されたのは追加の紙だけではない。
呪い騒動の原因となった、実は魔導具だった万年筆は無事回収され、今は本当に只の万年筆であるとしっかり確認した後、2人の前に差し置かれたそれを手に文字を書いている。
私はある目的を持って、文字もどきを際限なく量産して紙の空白を埋めていく。
ーーくっ、この…っ、曲線、むずっ! 無作為にくるくるするのとは勝手が違う、ちゃんとした文字を書こうとすると、必要とする曲線を規定の長さ範囲で書くのは、幼女の手にはすんごく制御するのが難しい!!ーー
創作文字から、アルファベット、ひらがな、カタカナ、漢字、無作為に書けれるだけ書き殴っていく。
幼女の手の操作に慣れていないので、これは良い訓練になりそうだ、これは肯定的な感想。
明日筋肉痛になりそうだけれども、ともすれば今正に痙攣してしまいそうだけれども、これが本音に近い否定的な感想。
ーーさてっと、このくらいでいいかしら? というか私の手が限界に近い、魔導具の暴走で手の耐久値が著しく低下しているからこれ以上は食事もままならなくなってしまうわ。ーー
ピラリ…。
書けるだけの文字もどきを交えた文字で空白を埋め尽くした一枚の紙を今一度見直す。
それから満を持して隣に座すメイヴィスお姉様に見てもらおうと、声をかけるため開けた口が言葉を紡ぎ出す前にーー。
ーーッバンッッ!!
「「 ひょわっ?! 」」
突然ノックもなしに客室のドアが勢いよく開かれた音に驚き、私とお姉様の素っ頓狂な声がタイミングよく重なって部屋に短く響いた。
「っお待ち下さい、ディオスクロイエ様! いつも申し上げておりますが勝手な振る舞いはおよし下さい、私が先触れをお嬢様にっ、いたしますので、しばしここでお待ち下さい!!」
何の前触れもなくそのまま部屋にズカズカ侵入しようとした足音の主を、サイボーグ侍女ことメリッサが今まで聞いたこともないほど慌てたような感情を晒した声音で静止して、何とか現状での侵入者でしかない人物の足を止めることに成功したようだ。
常の無表情は崩さずに、けれど若干疲れた様子(に見える)で足音無く私たちの前に進み出てきたメリッサが一礼の後、告げる。
「ライリエルお嬢様、アグネーゼ男爵令嬢、無作法をお許しください。 お気づきかと存じますが、お客様方のご到着です。 ドレスの仕上がりの最終確認も兼ねた受け渡しとなりますが、このまま直ぐにお通しして宜しいでしょうか?」
ーー逆に、この状況で否やは許されるのだろうか? だってそのお客様とやらは、既にこの部屋に侵入を果たしてしまってるのでしょう??ーー
目には目を歯には歯を無礼には無礼を、とも思うが止めておく。
おそらくこの侵入者たちは先のメリッサの言葉から察するに常習犯だ。
ーー先触れが行き渡るのを待たずに突入を敢行してしまう困ったちゃんが居るテーラーが、公爵家の専属テーラーで、本当に大丈夫なの?ーー
返事をしないままでは居られない、苦い笑みしか浮かべられないが私から先に答えなければ。
「メイヴィスお姉様と約束なさったお客様ですから、お姉様さえ良ければ私は構わないわ。」
最初に今日の予定をお姉様に聞いたときと同じ内容の言葉をこの場では侍女に返す。
ーー全てはお姉様次第、だけれども…。ーー
不安な表情しか晒せない私は、同じように不安な表情をしているだろうメイヴィスお姉様をチラ見する。
ーーあれ、お姉様ったら、喜びが爆発してしまった仔犬さんになってる?!ーー
予想したような悲壮感は、興奮しまくって鼻息を荒くしているメイヴィスお姉様のお顔には欠片も見当たらない。
「どうぞどうぞっ!! 是非お通ししてください!! というか私の意見など聞くまでもなく、お越しくださって構いませんともっ!!!」
何時も何度でも恐縮することに事欠かなかった、あのお姉様が、めっちゃくちゃ前のめりで積極的にGOサインを出している。
ーーだって、めっちゃ尻尾振ってる! ブンブン振り回しすぎて飛んでいってしまいそうなほど、激しく喜びを表現しまくっている、だとぉっ!? こんなお姉様、見たことないっ!!!ーー
メイヴィスお姉様の興奮ぶりが少しも伝播しないサイボーグ侍女は、頷き1つで待たせている客人たちに向き直ろうとするより早く、待てができない客人たちはメイヴィスお姉様の返事を聞いて既に動き出していた。
ズッカズッカズッカズッカ!
「「 こんにちはっ!! ご機嫌いかがでしょう、はじめましてなお嬢さん、そして元気かい、可愛子ちゃん?? 」」
メゾソプラノの女声とテノールの男声が寸分の狂いなく見事にハモって同じ言葉を声高に、決して狭くない室内一杯に響き渡らせた。
全く同じ顔、同じ背格好、それでいて左右非対称な髪型は、2人を並べると左右対称になり、その髪色と瞳も2人を並べると左右対称になる。
ーーこんなことって、あり? とんでもない困ったちゃんな侵入者が、とんでもない美貌の双子のきょうだいって、そんなの許されるのぉっ?! 神がかった美の化身のような存在が2人もっ、同時にっっ、しかも異性として存在するなんてっっっ、神様グッジョブ!!!ーー
いいね!ボタンを連打しまくりたいくらいに、返事も忘れて魅入ってしまう。
サイボーグ侍女が咳払いで覚醒を促すまでの間、顔面偏差値ハイタカツインズのご尊顔を存分に堪能したのは言うまでも無く至極当然で正当なリアクションだった。
身を沈めているソファーの前に置かれたテーブルには、散乱していた紙は既になく、変わりにティーセットとおやつとしてマドレーヌとクッキーが美しく盛り付けられた大皿がセッティングされている。
美味しそうなおやつを見ながら本日の自らの行いを振り返ってドッと束になった疲れが胸中に押し寄せてきた。
ーーなんだか今日は、誕生日に体験したことを追体験している気分だわ。ーー
どれもこれも、1度は体験した覚えのあるリアクションを取ってしまっている。
馬鹿の一つ覚え、同じような反応を繰り返し取ってしまう自分が酷く滑稽に思えてしまい情けなくもあるが、だからといってバリエーションをこれ以上増やしたくもない。
過度なストレスによる精神的疲労にさらされた私は、短時間で激しく精神力が消耗されきってしまった。
ーー癒やしが欲しい…!!ーー
「ほわあぁ~っ、今日のおやつも…すっっごく、おいしそうですぅ~~!! 本当に、夢のような、一生で何度も体験できない高待遇ですぅっ、私、こちらで過ごした日々を一生忘れられそうにありません~~!!!」
つぶらな瞳をキラッキラと輝かせて、目で見ただけで準備されたおやつの得も言われぬ美味しさを口内に感じているかのようにうっとり幸せそうに微笑んでいる。
食べる前からもう既に落ちそうになっている両頬を両サイドからそれぞれの手で落ちてしまわないように持ち上げて支えている。
ーーあぁっ、癒やされたぁ~っ! 一瞬で精神的疲労が吹っ飛んでしまったわぁ~~っっ!! 尻尾をブンブン振り回している食いしん坊な仔犬さんが、背後に、見えるぅ~~~っっ!!!ーー
「うふふっ、お姉様ったら。 このお菓子もお気に召していただけたのですね、公爵家のおやつがお姉様のお口に合ってなによりです。 それとお姉様は私の大事なお友達ですもの、気兼ねなく何度でも滞在して下さって良いのですよ? むしろ是非、沢山いらしてくださいと、お願いしたいですわ!!」
「えぇーーっ?! それはっ、とってもとっても、身に余りすぎるほど光栄ですけれどっ、現実問題として実現するのは、とっても難しいですぅ~~~(泣)!!」
ぴょーんっ、とソファーに腰掛けるその態勢のままで器用にお尻で跳ね跳び、着地してからは一転、しょぼ~~~んと項垂れきって指をつんつんしつつしょぼ暮れた声でお願いをやんわりと断られた。
「何故ですか? 現実問題とは、どういった事柄なのでしょうか??」
「えぇと、ですね? 私の家は、先程も申しました通り、ほんっっっっとーーーーにっ、超がつくほど貧乏で、その上親姉弟と親戚一同が1つ屋根の下で暮らしておりましてですね? 計30人の大家族なんですぅ、ですから私だけが、その…言葉は悪いのですが、抜け駆け…みたいな?感じ?に、頻繁にこちらに伺うのは…憚られる、と、言いますか、ですね?? 年の近い従兄弟から今回ライリエル様のお誕生日パーティーに私だけが招待されて参加することを酷くやっかまれてしまっていた手前、おいそれと大手を振って頻繁に来るわけにいかないかなぁ~~、なんて…。」
メイヴィスお姉様のお父様がアグネーゼ男爵家の長子としてお生まれになり、そのまま順当に爵位を継承されたそうなのだが、残りの兄弟もそのまま生家である男爵家にとどまり各々結婚して各人が子供を複数人授かり、今の大家族が形成されたそう。
今回私の誕生日パーティーの招待状にはメイヴィスお姉様の名前しか記載がなかったために、従兄弟たちから顰蹙を買いながらも、こんな機会は2度と訪れないだろうと考え抜いた末に、男爵家当主の子女を代表して参加する決断に至ったそうだ。
「それ以外にも細々、理由がありまして、まだ私の下にいる小さな弟妹のお世話だったり、日々の家事手伝いだったりも疎かにできませんし、家業…家は小麦の栽培と加工、といっても脱穀して製粉するくらいですが、その手伝いもしないとなので、単純に自分のために自由になる時間が少ないんです。 せっかく、お誘いいただいたのに、ホント…申し訳ありません、ライリエル様…。」
人それぞれに程度の違う、その身を縛る逃れられない事情がある。
お姉様の家庭事情を知った今、私の願望を強引に押し通すことなど出来はしない。
ーーたとえお姉様の本心が言葉とは裏腹だとしても、それには目を瞑って、気付かないふりをして差し上げないと、ならないのだろうか…? 本当に、私にはスルーする事しか出来ないのだろうか??ーー
出会ってからこのかた初めて目にする表情、無理をして笑っていることがバレバレな硬い笑顔を見ながら、お姉様の為にできることは他に何かないのか考える。
ーーお姉様がこちらに来られないなら、私がお姉様のところに行っては駄目なのかしら…? アグネーゼ男爵家はフォコンペレーラ公爵家の管轄領地だし、遊びに行くのではなくて何か他の用事をこなすついでとかなら…ワンチャンあるかもっ?!ーー
「お姉様、その家業の様子って見に行けたりしませんでしょうか? 私凄く興味がありますの、小麦畑がどの程度の規模なのかもですし、どのようにして育つかも、製粉するのだって、未知のことでとっても興味深いですわ!! 是非直接出向いて拝見してみたいのです、可能かどうか1度アグネーゼ男爵様にお話してみて頂けませんか?」
「へっ?! う、う~~…家にぃ~、ですかぁ~~?! でも、でもでもぉ~、家がある村はとっっても小さくて、ほんっっっっと田舎で、虫も多く出ますし、獣害も少なくないんですぅっ!! 道中の安全をお約束できませんし、ライリエル様を滞在させられるほど立派なお屋敷なんてありませんし、我が家に滞在していただくなんてとてもじゃないです、お招きなんてできませんからぁ~~~!!!」
「まぁ、お姉様ったら、私は虫を怖がったりいたしませんわ、獣害があるのならその対策も十分かどうか確かめたいですし、滞在する部屋だって気にしたり致しません! なんなら教会にでもお邪魔させて頂きますわ、ですから私の訪問を受け入れてくださるかどうか、1度男爵様にお話しいただきたいのです、お願い致しますメイヴィスお姉様ぁっ!!」
ーー必殺、『これでイチコロ!キラキラうる目の上目遣いお強請り』攻撃ぃっ!!※使用の際にはある一定以上の顔面偏差値が必要となるので要注意※ーー
お姉様にはこの方法が1番効果的だと確信を持って、最大限可愛らしく見えるよう今持てる力のすべてを費やして放つ渾身の一撃だった。
そしてその効果は、といえばーー
「はわわわぁ~~っ、おっ、おかっ、お顔がぁっ近くて可愛くて尊いぃっ!! わ、わかりましたぁっ、1度、父に話してみますぅ~~!!」
ーー効果は抜群だぁ~~~っ!! やっぱりこの顔はお姉様の大好物だけあって最大効果を発揮できたみたい、イチコロ成功♡ーー
期待値通りの成果にほくほくと顔を綻ばせて要求が1つ通ったことを喜色満面で喜んでいると、続く言葉で冷水を浴びせられた。
「明日こちらを失礼するつもりでしたので、帰ってからすぐ父に話してみます。 なので年明けにはお返事がこちらに届くように忘れず頼りを出すように致しますので、お時間を頂きますがお待ち下さいね。」
ーーお姉様は、今なんと…? 明日帰る、つまりは公爵家を去るということ…?! え、うそ、へぇっ、明日ぁっ、な、なんで、急にぃっ?!!ーー
「お姉様…、明日帰ってしまわれるのですか…? 何か急がれる理由でもお有りなのですか?! 私、私…まだまだお姉様と一緒に居られると思っておりましたのに、あと1日、いえ2日、や…やっぱり3日だけでも…!!?」
「今日ドレスが受け取れると聞いたときから決めておりました。 本当なら1週間も滞在するつもりはなかったのですが、フォコンペレーラ公爵夫人にライリエル様がお目覚めになるまで是非留まってほしいと仰って頂きまして。 『病み上がりの娘が残念がるのを見るのは忍びない』ともおっしゃられて、私としてもライリエル様を悲しませるのは本意では有りませんでしたのでご厚意に甘えさせていただいておりました。 ですのでこれ以上は留まれません、滞在する理由も目的も達成してしまうので。 それに年末の準備もありますし、今日はもう32日です、あと3日で年が明けてしまいますから急がないと!!」
ーーえ、32日? とっても耳慣れない日付なんですが?? あと3日で年が明ける…ってことは1ヶ月は35日もあるのぉっ???ーー
前半部の内容よりも、後半の数行の内容がカルチャーショックすぎて驚かずにいられない。
前世では多くても一月は31日までしかなかった。
ーーということは、一年は365日よりも多いということだろうか、え、うそっ、一年長っ!? いやいや待って、そもそも、一年が12ヶ月かも定かでない、この世界の、いやいや、この国の暦はどうなっているわけなのぉっ?!?ーー
考え出すと一つのことを突き詰めて考え抜いてしまう性格が災いして、それ以外の事柄が思考領域からはじき出されてしまっている。
今やすっかり頭の中はこの国の暦のことで一杯一杯だった。
グルグルと1人考えに没頭している私の様子を、自分のせいで無理に引き留めてしまったかと気に病んている、と勘違いしたメイヴィスお姉様が慌てて弁解しだす。
「勿論、ライリエル様のご体調の回復をすぐに聞き知りたいからこそ、私自身の確固たる意思で留まることを決断したに決まっていますよ?! 厚かましくも身の丈に合わない過分な高待遇での滞在であることも重々承知の上ですが、粗相をしないか震え上がってでも留まったのは偏にライリエル様が心配だったからですとも!! 全然、無理強いなんてされておりませんからね、そこのところは断固否定致します、本当です、信じて下さい!!!」
すごい剣幕で詰め寄られ、顔を間近に迫らせた近すぎる距離感のまま、鬼気迫る勢いで弁解の言葉を長文で捲し立てられた。
パチクリ、パチパチ。
目を瞬かせて目の前の相手が発した言葉を頭の中で反芻する。
ーーうん、この長文から読み取れることは1つ、凄ーーーく盛大に勘違いされてしまったってことね、失敗シッパイ☆ 誰かと居る時に考えに没頭するのは控えましょう、特にメイヴィスお姉様と2人っきりの時には絶対止めよっと☆☆ーー
「ご安心下さいメイヴィスお姉様、私はお姉様に全幅の信頼を既に置いております。 お姉様の言葉と真心を疑うことなどございませんとも! 心配して下さったことに改めて感謝を、ありがとうございます、お姉様♡」
「はぅうっ! 笑顔が眩しいぃ~~っ、眼福ですぅ~~~っ!! こちらこそありがとうございますぅ、ご尊顔をこんな間近で拝せましたこと、恐悦至極にございますぅ~~~っっ!!!」
ーー私も人のことを言えないけれど、お姉様の語彙もけっこう6歳児らしくないわよね。 同居する人数が多いと言語形成も捗るのかしら、お姉様のご家族ならびにその親戚一同、興味深いわ! もうちょっと落ち着いたあとで、今後訪問する際のためにも詳しくリサーチしましょっと!!ーー
何度目かの微笑み合いをしながら、訪問の許可が下りた後のことも視野に入れてアグネーゼ男爵家の実情をそれとなく聞き出すことを密かに決心する、がしかし、そう上手く問屋は卸さなかった。
決心するも虚しく、すぐに心はグラグラに揺らぎ、挫折感を味わう。
自分のコミュニケーション能力の乏しさを忘れていたツケをすぐさま払わされることとなったのは、至極当然の結果だった。
おやつを食べて和みつつ、『雑談にかこつけてお姉様の家族についてそれとなくリサーチ』作戦を敢行するも、結果は惨敗。
敗因はコミュニケーション能力のなさ、というか、質問の仕方がどストレートすぎて『うちの家族について、ですかぁ? そ~んな話、こんな美味しいお菓子とお茶のお供には似つかわしくありませんって! せっかくの高級な味わいが激しく損なわれてしまいますから、他のことをお喋りしましょう!!』と言ってバッサリ話題変更を要求されてしまう為体。
仕方がないので、話題を変更して気になってしまったことの1つ、この国の暦について聞いてみることにした。
そこでわかったことは、今日は雪月の32日(聞き間違いではなかった!)であること、今月以外は常に30日で1つ月が巡ること、1年は12ヶ月であることだった。
もうすぐ年が明けることから、雪月は前世で云うところの12月に当たるとわかった。
ーー変な偶然、厳密に言えばまったく同じではないけれど、誕生日の日付が同じだなんて、まったくの偶然とは思えないわね…。ーー
前世のわたしは12月25日生まれだった。
『クリスマスと誕生日が一緒だなんて、かっわいそ~(笑)!』とクラスのさして親しくないクラスメイトに言われたのは、いつの頃だったか?
でも何が可哀想なのか、あの頃のわたしにはまったく検討もつかなかった。
世間一般では誕生日やクリスマスを『家族』で祝う習慣がある、ということをまったく知らなかったからだ。
誕生日は何の変哲もない平日と変わらず、特別感など一切感じたことがなかった。
『1歳年を重ねた』としか認識していなかった。
でもそれも、弟が生まれるまでの話。
弟が生まれてからの日々の中で、わたしは当たり前に祝われる弟と、弟のために祝う準備に勤しむ両親を見せつけられることになる。
ーーあぁ、まただわ。 何で今日に限って色々と前世のわたしを思い出してしまえるんだろう。 思い出せる記憶のどれもが、今の私の普通を特別と思わせる要因になってるなんて、皮肉ね。ーー
私が何故自分の為に開かれる誕生日パーティーをあれほど嬉しいと感じていたのか、その根源には前世のわたしが深く関係していたのだ。
思い出す前だったとしても無意識に感じ取っていたのかも知れない、幸せとは言い難い人生を生きた少女の辿った16年という短い軌跡を。
「そうだ! 後で各月の名称も一覧にして書いておきますね!! ライリエル様なら直ぐに覚えてしまわれるでしょうけれど、文字を覚えた後のまた違った手本にご活用頂ければ宜しいかと♪」
お姉様の声で現実に引き戻される。
ーーしまった、またやってしまった。 この一点集中型の幼児脳、どうにかならないだろうか…? 何回自分を戒めても、悔い改められない。 私の性質と相性バッチリ過ぎて考えに没頭してしまうのを中々回避できない。ーー
テーブルの上は再び散乱した紙に占領されている。
用意されたおやつを全部、2人のお腹におさめ終えた段階で、どこかでこちらの動向を見ていたとしか思えない絶妙なタイミングで音もなく入室して来た侍女によってティーセットと大皿は早々に回収されてしまった。
何もなくなったテーブルの上をキレイに拭き上げてから筆記用具を戻す際、未使用の紙の残量を確認して十分足りるよう補充分の紙も持ってきてくれた。
ーーこちらが要求する前に先んじて行動できるなんて、さっすが仕事のデキる侍女! 本日のイチオシ、可愛いさが半端ないメリッサ様々ね!!ーー
新しく用意されたのは追加の紙だけではない。
呪い騒動の原因となった、実は魔導具だった万年筆は無事回収され、今は本当に只の万年筆であるとしっかり確認した後、2人の前に差し置かれたそれを手に文字を書いている。
私はある目的を持って、文字もどきを際限なく量産して紙の空白を埋めていく。
ーーくっ、この…っ、曲線、むずっ! 無作為にくるくるするのとは勝手が違う、ちゃんとした文字を書こうとすると、必要とする曲線を規定の長さ範囲で書くのは、幼女の手にはすんごく制御するのが難しい!!ーー
創作文字から、アルファベット、ひらがな、カタカナ、漢字、無作為に書けれるだけ書き殴っていく。
幼女の手の操作に慣れていないので、これは良い訓練になりそうだ、これは肯定的な感想。
明日筋肉痛になりそうだけれども、ともすれば今正に痙攣してしまいそうだけれども、これが本音に近い否定的な感想。
ーーさてっと、このくらいでいいかしら? というか私の手が限界に近い、魔導具の暴走で手の耐久値が著しく低下しているからこれ以上は食事もままならなくなってしまうわ。ーー
ピラリ…。
書けるだけの文字もどきを交えた文字で空白を埋め尽くした一枚の紙を今一度見直す。
それから満を持して隣に座すメイヴィスお姉様に見てもらおうと、声をかけるため開けた口が言葉を紡ぎ出す前にーー。
ーーッバンッッ!!
「「 ひょわっ?! 」」
突然ノックもなしに客室のドアが勢いよく開かれた音に驚き、私とお姉様の素っ頓狂な声がタイミングよく重なって部屋に短く響いた。
「っお待ち下さい、ディオスクロイエ様! いつも申し上げておりますが勝手な振る舞いはおよし下さい、私が先触れをお嬢様にっ、いたしますので、しばしここでお待ち下さい!!」
何の前触れもなくそのまま部屋にズカズカ侵入しようとした足音の主を、サイボーグ侍女ことメリッサが今まで聞いたこともないほど慌てたような感情を晒した声音で静止して、何とか現状での侵入者でしかない人物の足を止めることに成功したようだ。
常の無表情は崩さずに、けれど若干疲れた様子(に見える)で足音無く私たちの前に進み出てきたメリッサが一礼の後、告げる。
「ライリエルお嬢様、アグネーゼ男爵令嬢、無作法をお許しください。 お気づきかと存じますが、お客様方のご到着です。 ドレスの仕上がりの最終確認も兼ねた受け渡しとなりますが、このまま直ぐにお通しして宜しいでしょうか?」
ーー逆に、この状況で否やは許されるのだろうか? だってそのお客様とやらは、既にこの部屋に侵入を果たしてしまってるのでしょう??ーー
目には目を歯には歯を無礼には無礼を、とも思うが止めておく。
おそらくこの侵入者たちは先のメリッサの言葉から察するに常習犯だ。
ーー先触れが行き渡るのを待たずに突入を敢行してしまう困ったちゃんが居るテーラーが、公爵家の専属テーラーで、本当に大丈夫なの?ーー
返事をしないままでは居られない、苦い笑みしか浮かべられないが私から先に答えなければ。
「メイヴィスお姉様と約束なさったお客様ですから、お姉様さえ良ければ私は構わないわ。」
最初に今日の予定をお姉様に聞いたときと同じ内容の言葉をこの場では侍女に返す。
ーー全てはお姉様次第、だけれども…。ーー
不安な表情しか晒せない私は、同じように不安な表情をしているだろうメイヴィスお姉様をチラ見する。
ーーあれ、お姉様ったら、喜びが爆発してしまった仔犬さんになってる?!ーー
予想したような悲壮感は、興奮しまくって鼻息を荒くしているメイヴィスお姉様のお顔には欠片も見当たらない。
「どうぞどうぞっ!! 是非お通ししてください!! というか私の意見など聞くまでもなく、お越しくださって構いませんともっ!!!」
何時も何度でも恐縮することに事欠かなかった、あのお姉様が、めっちゃくちゃ前のめりで積極的にGOサインを出している。
ーーだって、めっちゃ尻尾振ってる! ブンブン振り回しすぎて飛んでいってしまいそうなほど、激しく喜びを表現しまくっている、だとぉっ!? こんなお姉様、見たことないっ!!!ーー
メイヴィスお姉様の興奮ぶりが少しも伝播しないサイボーグ侍女は、頷き1つで待たせている客人たちに向き直ろうとするより早く、待てができない客人たちはメイヴィスお姉様の返事を聞いて既に動き出していた。
ズッカズッカズッカズッカ!
「「 こんにちはっ!! ご機嫌いかがでしょう、はじめましてなお嬢さん、そして元気かい、可愛子ちゃん?? 」」
メゾソプラノの女声とテノールの男声が寸分の狂いなく見事にハモって同じ言葉を声高に、決して狭くない室内一杯に響き渡らせた。
全く同じ顔、同じ背格好、それでいて左右非対称な髪型は、2人を並べると左右対称になり、その髪色と瞳も2人を並べると左右対称になる。
ーーこんなことって、あり? とんでもない困ったちゃんな侵入者が、とんでもない美貌の双子のきょうだいって、そんなの許されるのぉっ?! 神がかった美の化身のような存在が2人もっ、同時にっっ、しかも異性として存在するなんてっっっ、神様グッジョブ!!!ーー
いいね!ボタンを連打しまくりたいくらいに、返事も忘れて魅入ってしまう。
サイボーグ侍女が咳払いで覚醒を促すまでの間、顔面偏差値ハイタカツインズのご尊顔を存分に堪能したのは言うまでも無く至極当然で正当なリアクションだった。
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