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02.異世界召喚されたんだけど、とりあえずお友達からお願いします
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お久しぶり。その言葉には、暫く会わなかったという場合に使用されるものだ。
でもあたしは今日長瀬くんに会っている。おはようって、挨拶だってした。
長瀬雪夜くんはあたしのクラスメイトだ。挨拶する位しか話しをした事はないけれど、ついさっきまで同じ教室に居たし、経緯は忘れちゃったけど、今日の調理実習で作ったクッキーをあげた覚えもある。
なのに、今目の前に居る彼は、背も伸びて、もう長い間会って居なかったかのように、あたしに久しぶりと言うのだ。
「あぁ、時間軸が違うみたいだね。佐倉さんにはついさっきだろうけど、僕には2年経っている」
「2年!?」
ここに来てまだあたしは、自分が何かの冗談に巻き込まれたのだと思っていた。でも着いて来てと、導かれた部屋の外、果てしなく続くのではないかと思われる程長い、石造りの白い回廊と、ちょっとした公園位はありそうな広い中庭を見て、次第に現実感が胸に落ちてきた。あたしが居たのは学校で、日本で、あたし1人を揶揄うために、こんな広い舞台装置を作るなんてとても考えられない。
ここは確かに現実で、あたしは異なった世界に居る事。そしてさっきまで一緒に居たクラスメイトは、先に此処に来て居て、年数を経る程まで此処で暮らして居た事。それこそあたしと同じ位だった目線が、見上げなければならなくなる位になるまで。それが事実だって、一歩一歩異世界の地面を踏みしめる度に、じわじわとあたしの心に満ちて来た。
長瀬くんに案内された部屋は、あたしの部屋が10個は入りそうな位広かったけど、自然木を生かした落ち着いた色合いをしていた。あたしが呼ばれたのはこの世界にある国の一つで、その王が住むお城。この部屋は、長瀬くんが王から与えられたものらしい。彼は普段、城下に家があるのだけど、登城した時はこの部屋を使っているのだとか。そう、彼があたしの前に召喚され、魔王を倒した勇者なのだ。
出されたお茶を一口飲んで、少し落ち着いた。緑茶だ。美味しい。
「それは良かった」
ずっと真面目な顔をしていた長瀬くんは、漸く顔を綻ばせた。ほんわりと、はにかんだ笑みは、天使のようだと良く周りから評された彼のもので、あたしは確かに彼が長瀬くんなのだと実感した。
「佐倉さん、緑茶が好きだから、喜んでくれるかなって」
あ、うん。照れたような顔をした長瀬くんの言う通り、あたしはコーヒーより紅茶、紅茶より緑茶が好きだ。でもどうして長瀬くんが知ってるんだろう。
そう思って正面に座る彼を見つめると、目が合った彼はみるみる顔を赤らめた。
「え? それはユキヤさまがサクラハルカさまの事を――」
「黙れシュテンドダルト」
魔法使いの台詞に被さるように、地の底を這うような声。あれ? 今のは長瀬くん?
部屋に居るのはあたし、長瀬くん、そしてあたしをこの世界に呼び出した、長ったらしい名前の魔法使いも着いて来ていた。不思議そうな表情をしていたのだろう、忌々しそうな顰めっ面でシュテンドダルトを睨み付けていた長瀬くんは、ハッと我に返ると咳払いをした。
「ごめん佐倉さん!」
そしてガバッと、音がしそうな程の勢いでテーブルに両手を着くと、頭を伏せる。
「君が此処に呼ばれたのは、元はと言えば僕のせいです」
「えっ?」
「僕が君の事を話したから、それで……」
「あたしの話?」
何の話なんだろう。あたしの質問に長瀬くんは、さっと顔を背けると、あちこちに目を泳がせた。
う~っと、唸り声をあげると唇を引き結び、手を閉じたり開いたり、わきわきとさせる。
「えっと、その……」
何故だか耳まで赤くして俯く。どうやら一杯一杯みたいだ。何だか召喚された当人の方が、長瀬くんより落ち着いていて申し訳ない。あたしも内心は平然としている訳じゃないんだけどね。
「佐倉さんは、屋上に来たんだよね?」
唐突に変わった話題に、あたしは首を傾げながらも頷いた。
「えっとじゃぁ、それが返事なのかな……」
俯いたまま、もじもじと頬を染めている長瀬くん。どうしたんだろうと不思議に思いつつ、屋上と返事と言う単語に、屋上に行った理由を思い出す。
返事と言う事は、まさか……、
「手紙をくれたの、長瀬くんだったの?」
「え?」
確認のため尋ね返すと、長瀬くんは顔を上げ、驚いたような表情を浮かべた。ついでに魔法使いも。
「や、だって、名前なかったし……」
何だか非常に申し訳ない気分になりながら、制服のジャケットのポケットに入れたままの手紙を取り出して広げた。便箋一枚に簡潔に書かれた呼び出し状。
「ユキヤさま?」
手紙を覗き込んだシュテンドダルトの横から手紙を受け取ると、長瀬くんは一通り読み返した後、額に手をあてた。
「……ごめん」
「え、いや、別に……」
そんな謝って貰うようなものではないかなと。むしろどうして良いか対応に困る。
「うんとね、実はこの手紙最初はもっと長くて、でもさすがにA4便箋30枚は酷いかなって、要点だけ書き直したんだけど……」
書き直したのは良いけど、要点だけ過ぎて肝心の用件も送り主の名前も入れ損ねたらしい。うん、確かにそんな分厚い手紙が下駄箱に入っていたら、読むどころか下駄箱速攻閉じていたかも。聞けば勢いに任せて徹夜で書いたそうな。
しおしおと項垂れる長瀬くんに、どう声を掛けて良いやら。
ここまで来るとさすがのあたしにも解る。長瀬くんが送り主で、手紙に何を書いたのか。つまり彼はあたしの事を……えぇっと。
あれあれ、なんというか、こら、静まれあたしの心臓。
そんなあたしの様子に気づいたのか、長瀬くんも一緒になってまた俯いた。ちらと目を上げると耳まで赤くなっている。
「……あの」
完全に蚊帳の外になっていた魔法使いが、遠慮がちに声を掛けて来る。そう言えば彼の事をすっかり忘れてた。
「ではサクラハルカさまは、ユキヤさまの事をお好きだと言うのでよろしいのでしょうか?」
「え!? いや、その……、わ、分かりません」
正直長瀬くんの事は嫌いじゃない。でも、
「好きか嫌いかと言われると、好きだけど。それが恋愛としてかと言われると、考えた事もなかったです」
個人的に話をした事もないし、あたしにとっての長瀬くんは、単なるクラスメイトの1人だ。彼があたしに好意を持ってくれてるってのは戸惑うけど嬉しい。でもそれが恋愛として嬉しいかどうかは、いきなり過ぎて判らない。今はそれしか言えない。
「そっか……」
あたしの言葉に、長瀬くんは頷くと、じっとこちらを見つめて来た。
「屋上に来てくれたのは、何故?」
「それは……、どんな人が手紙をくれたんだろうと思って」
好奇心もあるけど、あたしだって一応そういうものに憧れるお年頃なのだ。キャラに似合わない自覚はあるけどさ。
とは言え、あたしには今朝の出来事でも、長瀬くんには2年前の事なんだよね。答えを2年も引き延ばされたんだ、待たせた挙句こんな曖昧な返事しか出来なくて、本当に申し訳ない。
「ううん、返事が聞けるなんて思ってなかったし、こうしてまた会えただけでも嬉しい……」
あたしがそう言うと、長瀬くんは大きく首を振った。はんなりと、嬉しそうに浮かぶ笑み。後れ毛も艶があって色っぽいと言いますか、美人の笑顔の破壊力って凄いですっ。
「では、これから好きになって頂けばいいのでは?」
あんたはお見合いの仲人かと、ツッコミを入れたくなるタイミングで、明るい声を上げる魔法使い。
「お前はとっとと出て行け」
一瞬の間に笑顔を引っ込め、再び天使に似合わない声で唸る長瀬くんと、ヒッと、怯えた声を出すシュテンドダルト。この2人どういう関係なんだろう。
「そもそも僕は止めろと言ったはずだよ?」
「しかし、それではユキヤさまが……」
長瀬くんの拒絶の言葉に、魔法使いは形の良い眉を下げ、困ったような表情を浮かべる。どうやらあたしを呼んだのは、彼の独断のようだ。
「必要ないと言っただろう」
「でも、今嬉しいと仰いました!」
「シュテンドダルト、僕はお前に言った覚えはないからね。そもそも――」
「ユキヤ!」
長瀬くんが更に言い募ろうと口を開いた瞬間、部屋の扉が開くと共に、まだあどけなさが抜けない、可愛らしい声が聞こえてきた。
「シュテンドダルトがサクラを召喚したと聞いたわ。何処に居るの?」
こちらに駆け寄って来るのは、小学校低学年位かな。ふんわりとしたドレスを纏った、柔らかな金髪と、大きなエメラルド色の瞳をした、将来が楽しみそうな美少女だ。
「ロザリンド姫?」
長瀬くんは美少女をそう呼んだ。なるほど、お姫さまと言われたら納得。ここお城だものね。彼女は長瀬くんと随分親密そうに見える。
「姫、ノックもせず殿方の部屋に入るとは、お行儀が悪いですよ」
「あら、シュテンドダルト、お前も居たのね。ノックはしたわ。私はこの通り小さくて非力だから、聞こえなかったのかしらね」
しれっと、そんな事を言う。このお姫さま、外見は儚げだけど、中身は結構良い性格のようだ。
「まあっ」
美少女は辺りを見回すと、あたしに気づいたのか、まじまじとこちらを見てくる。
「あなたがサクラ?」
「あ、はい」
うわぁ、睫毛長い。瞳がキラキラしてお星さまのよう。まるで生きているお人形さんだ。
「初めまして。私はロザリンド=ジ=オードリュウク。悠久なる歴史持つ、アーデバルド王朝の末裔にして偉大なる王ジオルグの末娘」
ロザリンド姫はそう言って優雅にお辞儀をした。あたしも立ち上がるとぺこりと頭を下げる。
「初めまして。佐倉春風、しがないサラリーマン、佐倉慎一の娘です」
もう、今吹き出したの長瀬くんでしょ。良いじゃないの別に。
「ふぅん」
美少女は文字通り上から下まであたしを眺めると、腕を組んでこちらを見上げて来た。
「じゃあ、あなたがユキヤのお嫁さんになるの?」
あ、そうか。そもそも召喚された理由がそれで、告白通り越して嫁とか言われてたんだ。
「や、嫁とかはちょっと」
長瀬くんは知らない人よりは全然マシだけど、急に言われても色々困る。あたしがそう言うと、ロザリンド姫は頬に人差し指を当てて、小首を傾げた。
「そうなの? ユキヤモテるのよ。強いし、魔王を倒した勇者だし。綺麗でカッコいいもの」
「えっ!? そ、そんな事はないよ!」
ロザリンド姫がそう言うなり、長瀬くんは大袈裟に手を振って否定すると、何故かあたしの方を見つめて来た。いや、何ですか、その視線は。何を訴えてるんですか。
でもまぁ、彼女の言葉は納得だ。明るくて人懐っこい長瀬くんは、元々男女を問わずクラスでも人気者だった。それに勇者という肩書きとこの美貌を加えたら、それこそ怖いものなしだろう。でもそれと嫁とはちょっと違う気がするのよ。しかしロザリンド姫の次の台詞にあたしはそう言いかけた口を閉じた。彼女が形の良い唇の両端を上げて、艶やかな笑みを作ったからだ。
「じゃ、私がユキヤのお嫁さんになっても良いのね」
「そ、それは……」
じっと、こちらを値踏みするような視線に、言葉に詰まる。
「何よ、嫌なの?」
「い、嫌と言いますか、その……」
別に気が変わって前言撤回とか、横から奪われそうになって惜しくなったとか言う訳じゃない。
さっきからあたしを見る長瀬くんの、何とも言い難い、まるで捨て犬のようなうるうるした瞳と、美少女の挑戦的な眼差し。それがあたしの口を鈍らせる。そう、さっきから彼女はあたしを挑発しているのだ。
長瀬くんはずっと、多分たった1人でこの世界に居た。あたしには一瞬なのに、彼にとっては2年という時間。ここに来てようやく会えたのがあたしだとしたら、彼の事を1番良く理解して共感出来るのも、同じ境遇であるあたしの筈。
その長瀬くんに、こんな顔させちゃダメだよね。
例えるならそれは、そうだなぁ、同じクラスの男の子を、別のクラスの子が好きになったってアプローチして来たのを見たような感じかな。
クラスメイトで仲間である長瀬くんが望んでいないなら、あたしが守らないといけないんだって、そう考えるのが1番近い気がする。思い上がりでしかないかもしれないけど、彼は同じ世界の、言うなればあたしの同胞だ。もし他の誰かが長瀬くんを排斥しても、あたしだけは彼の味方になるんだ。
あたしはぐっと拳を握ると、姫の視線を見返す。負けるもんか。
「長瀬くん!」
「は、はい!」
あたしが呼ぶと、長瀬くんは立ち上って背筋を伸ばしてこちらを見てきた。
「と!」
「と?」
言ったきり口を閉ざしたあたしに、6つの瞳が集中して痛い。えぇい、ままよ!
「とりあえず! お友達からお願いします!!」
うん、ごめん。これが今のあたしの精一杯。
そう言って頭を下げて手を差し出したあたしに、長瀬くんは目を丸くすると、ふわりと顔を綻ばせ、学校で良く見せていた柔らかな笑みを浮かべた。
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
彼は伸ばした手を握ると、あたしと同じように頭を下げる。初めて触れた長瀬くんの綺麗な手は、緊張しているのか、少し汗ばんでいて、ごつごつ固くて、温かかった。
でもあたしは今日長瀬くんに会っている。おはようって、挨拶だってした。
長瀬雪夜くんはあたしのクラスメイトだ。挨拶する位しか話しをした事はないけれど、ついさっきまで同じ教室に居たし、経緯は忘れちゃったけど、今日の調理実習で作ったクッキーをあげた覚えもある。
なのに、今目の前に居る彼は、背も伸びて、もう長い間会って居なかったかのように、あたしに久しぶりと言うのだ。
「あぁ、時間軸が違うみたいだね。佐倉さんにはついさっきだろうけど、僕には2年経っている」
「2年!?」
ここに来てまだあたしは、自分が何かの冗談に巻き込まれたのだと思っていた。でも着いて来てと、導かれた部屋の外、果てしなく続くのではないかと思われる程長い、石造りの白い回廊と、ちょっとした公園位はありそうな広い中庭を見て、次第に現実感が胸に落ちてきた。あたしが居たのは学校で、日本で、あたし1人を揶揄うために、こんな広い舞台装置を作るなんてとても考えられない。
ここは確かに現実で、あたしは異なった世界に居る事。そしてさっきまで一緒に居たクラスメイトは、先に此処に来て居て、年数を経る程まで此処で暮らして居た事。それこそあたしと同じ位だった目線が、見上げなければならなくなる位になるまで。それが事実だって、一歩一歩異世界の地面を踏みしめる度に、じわじわとあたしの心に満ちて来た。
長瀬くんに案内された部屋は、あたしの部屋が10個は入りそうな位広かったけど、自然木を生かした落ち着いた色合いをしていた。あたしが呼ばれたのはこの世界にある国の一つで、その王が住むお城。この部屋は、長瀬くんが王から与えられたものらしい。彼は普段、城下に家があるのだけど、登城した時はこの部屋を使っているのだとか。そう、彼があたしの前に召喚され、魔王を倒した勇者なのだ。
出されたお茶を一口飲んで、少し落ち着いた。緑茶だ。美味しい。
「それは良かった」
ずっと真面目な顔をしていた長瀬くんは、漸く顔を綻ばせた。ほんわりと、はにかんだ笑みは、天使のようだと良く周りから評された彼のもので、あたしは確かに彼が長瀬くんなのだと実感した。
「佐倉さん、緑茶が好きだから、喜んでくれるかなって」
あ、うん。照れたような顔をした長瀬くんの言う通り、あたしはコーヒーより紅茶、紅茶より緑茶が好きだ。でもどうして長瀬くんが知ってるんだろう。
そう思って正面に座る彼を見つめると、目が合った彼はみるみる顔を赤らめた。
「え? それはユキヤさまがサクラハルカさまの事を――」
「黙れシュテンドダルト」
魔法使いの台詞に被さるように、地の底を這うような声。あれ? 今のは長瀬くん?
部屋に居るのはあたし、長瀬くん、そしてあたしをこの世界に呼び出した、長ったらしい名前の魔法使いも着いて来ていた。不思議そうな表情をしていたのだろう、忌々しそうな顰めっ面でシュテンドダルトを睨み付けていた長瀬くんは、ハッと我に返ると咳払いをした。
「ごめん佐倉さん!」
そしてガバッと、音がしそうな程の勢いでテーブルに両手を着くと、頭を伏せる。
「君が此処に呼ばれたのは、元はと言えば僕のせいです」
「えっ?」
「僕が君の事を話したから、それで……」
「あたしの話?」
何の話なんだろう。あたしの質問に長瀬くんは、さっと顔を背けると、あちこちに目を泳がせた。
う~っと、唸り声をあげると唇を引き結び、手を閉じたり開いたり、わきわきとさせる。
「えっと、その……」
何故だか耳まで赤くして俯く。どうやら一杯一杯みたいだ。何だか召喚された当人の方が、長瀬くんより落ち着いていて申し訳ない。あたしも内心は平然としている訳じゃないんだけどね。
「佐倉さんは、屋上に来たんだよね?」
唐突に変わった話題に、あたしは首を傾げながらも頷いた。
「えっとじゃぁ、それが返事なのかな……」
俯いたまま、もじもじと頬を染めている長瀬くん。どうしたんだろうと不思議に思いつつ、屋上と返事と言う単語に、屋上に行った理由を思い出す。
返事と言う事は、まさか……、
「手紙をくれたの、長瀬くんだったの?」
「え?」
確認のため尋ね返すと、長瀬くんは顔を上げ、驚いたような表情を浮かべた。ついでに魔法使いも。
「や、だって、名前なかったし……」
何だか非常に申し訳ない気分になりながら、制服のジャケットのポケットに入れたままの手紙を取り出して広げた。便箋一枚に簡潔に書かれた呼び出し状。
「ユキヤさま?」
手紙を覗き込んだシュテンドダルトの横から手紙を受け取ると、長瀬くんは一通り読み返した後、額に手をあてた。
「……ごめん」
「え、いや、別に……」
そんな謝って貰うようなものではないかなと。むしろどうして良いか対応に困る。
「うんとね、実はこの手紙最初はもっと長くて、でもさすがにA4便箋30枚は酷いかなって、要点だけ書き直したんだけど……」
書き直したのは良いけど、要点だけ過ぎて肝心の用件も送り主の名前も入れ損ねたらしい。うん、確かにそんな分厚い手紙が下駄箱に入っていたら、読むどころか下駄箱速攻閉じていたかも。聞けば勢いに任せて徹夜で書いたそうな。
しおしおと項垂れる長瀬くんに、どう声を掛けて良いやら。
ここまで来るとさすがのあたしにも解る。長瀬くんが送り主で、手紙に何を書いたのか。つまり彼はあたしの事を……えぇっと。
あれあれ、なんというか、こら、静まれあたしの心臓。
そんなあたしの様子に気づいたのか、長瀬くんも一緒になってまた俯いた。ちらと目を上げると耳まで赤くなっている。
「……あの」
完全に蚊帳の外になっていた魔法使いが、遠慮がちに声を掛けて来る。そう言えば彼の事をすっかり忘れてた。
「ではサクラハルカさまは、ユキヤさまの事をお好きだと言うのでよろしいのでしょうか?」
「え!? いや、その……、わ、分かりません」
正直長瀬くんの事は嫌いじゃない。でも、
「好きか嫌いかと言われると、好きだけど。それが恋愛としてかと言われると、考えた事もなかったです」
個人的に話をした事もないし、あたしにとっての長瀬くんは、単なるクラスメイトの1人だ。彼があたしに好意を持ってくれてるってのは戸惑うけど嬉しい。でもそれが恋愛として嬉しいかどうかは、いきなり過ぎて判らない。今はそれしか言えない。
「そっか……」
あたしの言葉に、長瀬くんは頷くと、じっとこちらを見つめて来た。
「屋上に来てくれたのは、何故?」
「それは……、どんな人が手紙をくれたんだろうと思って」
好奇心もあるけど、あたしだって一応そういうものに憧れるお年頃なのだ。キャラに似合わない自覚はあるけどさ。
とは言え、あたしには今朝の出来事でも、長瀬くんには2年前の事なんだよね。答えを2年も引き延ばされたんだ、待たせた挙句こんな曖昧な返事しか出来なくて、本当に申し訳ない。
「ううん、返事が聞けるなんて思ってなかったし、こうしてまた会えただけでも嬉しい……」
あたしがそう言うと、長瀬くんは大きく首を振った。はんなりと、嬉しそうに浮かぶ笑み。後れ毛も艶があって色っぽいと言いますか、美人の笑顔の破壊力って凄いですっ。
「では、これから好きになって頂けばいいのでは?」
あんたはお見合いの仲人かと、ツッコミを入れたくなるタイミングで、明るい声を上げる魔法使い。
「お前はとっとと出て行け」
一瞬の間に笑顔を引っ込め、再び天使に似合わない声で唸る長瀬くんと、ヒッと、怯えた声を出すシュテンドダルト。この2人どういう関係なんだろう。
「そもそも僕は止めろと言ったはずだよ?」
「しかし、それではユキヤさまが……」
長瀬くんの拒絶の言葉に、魔法使いは形の良い眉を下げ、困ったような表情を浮かべる。どうやらあたしを呼んだのは、彼の独断のようだ。
「必要ないと言っただろう」
「でも、今嬉しいと仰いました!」
「シュテンドダルト、僕はお前に言った覚えはないからね。そもそも――」
「ユキヤ!」
長瀬くんが更に言い募ろうと口を開いた瞬間、部屋の扉が開くと共に、まだあどけなさが抜けない、可愛らしい声が聞こえてきた。
「シュテンドダルトがサクラを召喚したと聞いたわ。何処に居るの?」
こちらに駆け寄って来るのは、小学校低学年位かな。ふんわりとしたドレスを纏った、柔らかな金髪と、大きなエメラルド色の瞳をした、将来が楽しみそうな美少女だ。
「ロザリンド姫?」
長瀬くんは美少女をそう呼んだ。なるほど、お姫さまと言われたら納得。ここお城だものね。彼女は長瀬くんと随分親密そうに見える。
「姫、ノックもせず殿方の部屋に入るとは、お行儀が悪いですよ」
「あら、シュテンドダルト、お前も居たのね。ノックはしたわ。私はこの通り小さくて非力だから、聞こえなかったのかしらね」
しれっと、そんな事を言う。このお姫さま、外見は儚げだけど、中身は結構良い性格のようだ。
「まあっ」
美少女は辺りを見回すと、あたしに気づいたのか、まじまじとこちらを見てくる。
「あなたがサクラ?」
「あ、はい」
うわぁ、睫毛長い。瞳がキラキラしてお星さまのよう。まるで生きているお人形さんだ。
「初めまして。私はロザリンド=ジ=オードリュウク。悠久なる歴史持つ、アーデバルド王朝の末裔にして偉大なる王ジオルグの末娘」
ロザリンド姫はそう言って優雅にお辞儀をした。あたしも立ち上がるとぺこりと頭を下げる。
「初めまして。佐倉春風、しがないサラリーマン、佐倉慎一の娘です」
もう、今吹き出したの長瀬くんでしょ。良いじゃないの別に。
「ふぅん」
美少女は文字通り上から下まであたしを眺めると、腕を組んでこちらを見上げて来た。
「じゃあ、あなたがユキヤのお嫁さんになるの?」
あ、そうか。そもそも召喚された理由がそれで、告白通り越して嫁とか言われてたんだ。
「や、嫁とかはちょっと」
長瀬くんは知らない人よりは全然マシだけど、急に言われても色々困る。あたしがそう言うと、ロザリンド姫は頬に人差し指を当てて、小首を傾げた。
「そうなの? ユキヤモテるのよ。強いし、魔王を倒した勇者だし。綺麗でカッコいいもの」
「えっ!? そ、そんな事はないよ!」
ロザリンド姫がそう言うなり、長瀬くんは大袈裟に手を振って否定すると、何故かあたしの方を見つめて来た。いや、何ですか、その視線は。何を訴えてるんですか。
でもまぁ、彼女の言葉は納得だ。明るくて人懐っこい長瀬くんは、元々男女を問わずクラスでも人気者だった。それに勇者という肩書きとこの美貌を加えたら、それこそ怖いものなしだろう。でもそれと嫁とはちょっと違う気がするのよ。しかしロザリンド姫の次の台詞にあたしはそう言いかけた口を閉じた。彼女が形の良い唇の両端を上げて、艶やかな笑みを作ったからだ。
「じゃ、私がユキヤのお嫁さんになっても良いのね」
「そ、それは……」
じっと、こちらを値踏みするような視線に、言葉に詰まる。
「何よ、嫌なの?」
「い、嫌と言いますか、その……」
別に気が変わって前言撤回とか、横から奪われそうになって惜しくなったとか言う訳じゃない。
さっきからあたしを見る長瀬くんの、何とも言い難い、まるで捨て犬のようなうるうるした瞳と、美少女の挑戦的な眼差し。それがあたしの口を鈍らせる。そう、さっきから彼女はあたしを挑発しているのだ。
長瀬くんはずっと、多分たった1人でこの世界に居た。あたしには一瞬なのに、彼にとっては2年という時間。ここに来てようやく会えたのがあたしだとしたら、彼の事を1番良く理解して共感出来るのも、同じ境遇であるあたしの筈。
その長瀬くんに、こんな顔させちゃダメだよね。
例えるならそれは、そうだなぁ、同じクラスの男の子を、別のクラスの子が好きになったってアプローチして来たのを見たような感じかな。
クラスメイトで仲間である長瀬くんが望んでいないなら、あたしが守らないといけないんだって、そう考えるのが1番近い気がする。思い上がりでしかないかもしれないけど、彼は同じ世界の、言うなればあたしの同胞だ。もし他の誰かが長瀬くんを排斥しても、あたしだけは彼の味方になるんだ。
あたしはぐっと拳を握ると、姫の視線を見返す。負けるもんか。
「長瀬くん!」
「は、はい!」
あたしが呼ぶと、長瀬くんは立ち上って背筋を伸ばしてこちらを見てきた。
「と!」
「と?」
言ったきり口を閉ざしたあたしに、6つの瞳が集中して痛い。えぇい、ままよ!
「とりあえず! お友達からお願いします!!」
うん、ごめん。これが今のあたしの精一杯。
そう言って頭を下げて手を差し出したあたしに、長瀬くんは目を丸くすると、ふわりと顔を綻ばせ、学校で良く見せていた柔らかな笑みを浮かべた。
「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」
彼は伸ばした手を握ると、あたしと同じように頭を下げる。初めて触れた長瀬くんの綺麗な手は、緊張しているのか、少し汗ばんでいて、ごつごつ固くて、温かかった。
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