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その男、巌流佐々木小次郎
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表通りには道場帰りの島津侍三人が木剣を手に待ち構えている。
そこへ何事かと野次馬達も集まってきた。
忠明、いや佐々木小次郎は腰に差した物干し竿をわざと見せつけるように剣を抜きだした。
「真剣か!」
「しかも長剣じゃ」
佐々木小次郎としての初仕掛けだ。
忠明はするべきことをざっと頭に浮かべた。
女連れの修行者であることや、長剣の物干竿を印象づけなければならない。
道場帰りの三人は木剣で叩きのめすつもりだったので、まさか真剣で来るとは思っていなかった。
「おや?真剣では都合が悪いのか?島津ではユスの木を左右から叩くというが、まさか何回叩けるかを競うのが島津の真剣勝負ではあるまい」
「なに~」
「はまっとか?」
三人がゆでだこのように顔を真っ赤にしている。
それを見た阿国がわざと色っぽい声を出して小次郎に寄りそう。
「ねえ、小次郎さま。早くこの者達を片づけていきしょうよぅ」
小次郎もわざと島津侍を怒らせるため笑顔でそれに答えた。
「まぁ、待て。このような奴らすぐに片付く」
「なにを~」
三人の顔がみるみる赤くなるのがわかった。
女にうつつを抜かすような色男に、ここまで馬鹿にされているのだ。
三人は真剣を抜いて置きトンボという示現流独自の八相に構えた。
「さがってろ」
阿国と小幡が下がった。
「おなごを連れて歩く武者修行などあるまい。あの剣はこけおどしじゃ」
小次郎が脇構えを取り、三人の動きを待つ。
島津侍のひとりが動いた。
「ゆくぞ!よそもん!チェストオオオオオ!」
やはり示現流だ。
袈裟斬りを狙ってくる。
だが、島津の抜刀隊とやりあった忠明には生ぬるい袈裟斬りに見えた。
島津侍が振り下ろす前に、忠明は脇に取った長剣を下からびゅんっと振り上げ、その切っ先で相手の右肩を刺し、肩の骨ごと後方へ突き倒した。
「ぎゃっ」
一人目が倒れると、すかさず二人目が小次郎に斬りかかった。
小次郎は片手で物干し竿を二人目に向かって見せるように大きく薙いだ。
二人目は斬りかかろうとした足を止めて踏ん張った。
通常の間合いなら剣は届かないはずだが、着物がハラリと垂れた。切られている。
剣を振り落とせず思わず刀を落とした。
脇腹から血がにじみ出る。
外腹斜筋を切られ剣を振ることができなくなったのだ。
三人目は腹をくくって、必死の形相で斬り込んできた。
忠明、いや小次郎は後ろに下がりながら相手の剣に物干竿を乗せると柔らかく抑えた。
すかさず物干竿の刃を返し、島津侍の顎へ付けた。
「うっ…」と、口をもごもごさせた。
動けない…そう言いたかったようだ。
「秘剣燕返し…」
燕返しを使ったら、必ず技の名前を言うというのが阿国との取り決めだった。
「燕返し?」
「では、剣を捨ててもらおうか」
「くっ」
島津の男は、剣を落とした。
忠明は思った。
こやつらは義弘公に仕える者達ではない…
もしそうならこうも簡単に負けを認めたりはしないだろう。それに実力が違いすぎる。
一人目の侍が言った。
「待て!なぜ斬らなかった!」
見せつけるように小次郎は、二尺八寸の長剣を鞘に納める途中で刀身を少し抜き出して見せた。
「この物干し竿が斬るにおよばず、と申しておる」
阿国がわざと大きな声で野次馬達に聞こえるように言った。
「やはり小次郎さまのにかなう者なんていやしないんですよ!」
小幡も大声で聞こえるように言った。
「先生!秘剣燕返しをこのような者達に見せてよいでしょうか?」
小次郎もまた大きな声で答えねばならない。
まるで旅芸人の寸劇のようだ。
「案ずるな。初めての島津だ。あいさつがわりに燕返しを見せたまでよ」
そう言って阿国を抱き寄せる。
「もう…」と、阿国も色っぽく、うれしそうな顔をして見せた。
実際、嬉しいのだ。
小次郎、阿国、小幡はその場を笑いながら立ち去ろうとした。
「巌流?」
「秘剣燕返しだとよ」
負けた三人目の島津侍が呼び止めた。
「わい!名は?」
小次郎は立ち止まり、肩越しに相手を見もせずに言った。
「巌流…佐々木小次郎」
阿国が小声で言った。「大声で笑って」
「あっはっはっはっはっはっはっは」
高笑いをしながら佐々木小次郎は去っていった。
「巌流、佐々木小次郎か…覚えておくぞ」
さきほど小幡に財布を渡した商人も野次馬に混じって一部始終を見ていた。
ふふふ。思った以上に派手にやってくれたな。
これでこちらは動きやすくやさなりそうだ…
商人に扮した柳生の間者だ。
小幡はさきほど商人から渡された財布を開けて見た。
中には島津で任務遂行のための金と小さく折りたためられた書状があった。
それによるとほとんどの船が東支那海で襲われるということ、しかし島津の港を数か月に渡って見張っていたが海賊の準備をしたような船は見ていないということ、そして近々明からの幕府への荷を積んだ船が通るという情報が記されていた。
小幡は言った。
「もしかすると、船を襲っているのは島津の仕業でな
いかもしれん…」
さて残された三人の島津侍達は茫然としていた。
女連れの派手な長剣使いに負けた。
その屈辱は島津で生まれ育った者が味わったことのないものだった。
そして島津の者がが佐々木小次郎という男に、三人がかりで負けたことは島津中ですぐに噂になった。
そこへ何事かと野次馬達も集まってきた。
忠明、いや佐々木小次郎は腰に差した物干し竿をわざと見せつけるように剣を抜きだした。
「真剣か!」
「しかも長剣じゃ」
佐々木小次郎としての初仕掛けだ。
忠明はするべきことをざっと頭に浮かべた。
女連れの修行者であることや、長剣の物干竿を印象づけなければならない。
道場帰りの三人は木剣で叩きのめすつもりだったので、まさか真剣で来るとは思っていなかった。
「おや?真剣では都合が悪いのか?島津ではユスの木を左右から叩くというが、まさか何回叩けるかを競うのが島津の真剣勝負ではあるまい」
「なに~」
「はまっとか?」
三人がゆでだこのように顔を真っ赤にしている。
それを見た阿国がわざと色っぽい声を出して小次郎に寄りそう。
「ねえ、小次郎さま。早くこの者達を片づけていきしょうよぅ」
小次郎もわざと島津侍を怒らせるため笑顔でそれに答えた。
「まぁ、待て。このような奴らすぐに片付く」
「なにを~」
三人の顔がみるみる赤くなるのがわかった。
女にうつつを抜かすような色男に、ここまで馬鹿にされているのだ。
三人は真剣を抜いて置きトンボという示現流独自の八相に構えた。
「さがってろ」
阿国と小幡が下がった。
「おなごを連れて歩く武者修行などあるまい。あの剣はこけおどしじゃ」
小次郎が脇構えを取り、三人の動きを待つ。
島津侍のひとりが動いた。
「ゆくぞ!よそもん!チェストオオオオオ!」
やはり示現流だ。
袈裟斬りを狙ってくる。
だが、島津の抜刀隊とやりあった忠明には生ぬるい袈裟斬りに見えた。
島津侍が振り下ろす前に、忠明は脇に取った長剣を下からびゅんっと振り上げ、その切っ先で相手の右肩を刺し、肩の骨ごと後方へ突き倒した。
「ぎゃっ」
一人目が倒れると、すかさず二人目が小次郎に斬りかかった。
小次郎は片手で物干し竿を二人目に向かって見せるように大きく薙いだ。
二人目は斬りかかろうとした足を止めて踏ん張った。
通常の間合いなら剣は届かないはずだが、着物がハラリと垂れた。切られている。
剣を振り落とせず思わず刀を落とした。
脇腹から血がにじみ出る。
外腹斜筋を切られ剣を振ることができなくなったのだ。
三人目は腹をくくって、必死の形相で斬り込んできた。
忠明、いや小次郎は後ろに下がりながら相手の剣に物干竿を乗せると柔らかく抑えた。
すかさず物干竿の刃を返し、島津侍の顎へ付けた。
「うっ…」と、口をもごもごさせた。
動けない…そう言いたかったようだ。
「秘剣燕返し…」
燕返しを使ったら、必ず技の名前を言うというのが阿国との取り決めだった。
「燕返し?」
「では、剣を捨ててもらおうか」
「くっ」
島津の男は、剣を落とした。
忠明は思った。
こやつらは義弘公に仕える者達ではない…
もしそうならこうも簡単に負けを認めたりはしないだろう。それに実力が違いすぎる。
一人目の侍が言った。
「待て!なぜ斬らなかった!」
見せつけるように小次郎は、二尺八寸の長剣を鞘に納める途中で刀身を少し抜き出して見せた。
「この物干し竿が斬るにおよばず、と申しておる」
阿国がわざと大きな声で野次馬達に聞こえるように言った。
「やはり小次郎さまのにかなう者なんていやしないんですよ!」
小幡も大声で聞こえるように言った。
「先生!秘剣燕返しをこのような者達に見せてよいでしょうか?」
小次郎もまた大きな声で答えねばならない。
まるで旅芸人の寸劇のようだ。
「案ずるな。初めての島津だ。あいさつがわりに燕返しを見せたまでよ」
そう言って阿国を抱き寄せる。
「もう…」と、阿国も色っぽく、うれしそうな顔をして見せた。
実際、嬉しいのだ。
小次郎、阿国、小幡はその場を笑いながら立ち去ろうとした。
「巌流?」
「秘剣燕返しだとよ」
負けた三人目の島津侍が呼び止めた。
「わい!名は?」
小次郎は立ち止まり、肩越しに相手を見もせずに言った。
「巌流…佐々木小次郎」
阿国が小声で言った。「大声で笑って」
「あっはっはっはっはっはっはっは」
高笑いをしながら佐々木小次郎は去っていった。
「巌流、佐々木小次郎か…覚えておくぞ」
さきほど小幡に財布を渡した商人も野次馬に混じって一部始終を見ていた。
ふふふ。思った以上に派手にやってくれたな。
これでこちらは動きやすくやさなりそうだ…
商人に扮した柳生の間者だ。
小幡はさきほど商人から渡された財布を開けて見た。
中には島津で任務遂行のための金と小さく折りたためられた書状があった。
それによるとほとんどの船が東支那海で襲われるということ、しかし島津の港を数か月に渡って見張っていたが海賊の準備をしたような船は見ていないということ、そして近々明からの幕府への荷を積んだ船が通るという情報が記されていた。
小幡は言った。
「もしかすると、船を襲っているのは島津の仕業でな
いかもしれん…」
さて残された三人の島津侍達は茫然としていた。
女連れの派手な長剣使いに負けた。
その屈辱は島津で生まれ育った者が味わったことのないものだった。
そして島津の者がが佐々木小次郎という男に、三人がかりで負けたことは島津中ですぐに噂になった。
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