佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)

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酔喰の侍

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 主水と桑田は豊臣秀頼捜索のため島津谷山の村屋敷の近くにやってきた。
 霧の立ち込める高い山林は鬱蒼としていて、その堂々とした姿には畏敬の念が湧いてくる。
 桑田は思わず山林の奥を見た。
 光のない霧と木々が交差する高い闇から、天狗でもいるのではないかと思ってしまう。

 「天狗でも出そうな森ですね」

 「天狗か」

 昔、海賊退治をしているとき、船に飛び移る自分の姿を見て「まるで天狗のようだな」と上田七本槍の誰かが言ったのを思い出した。

 はて…あれは、誰が言ったかな…

 遠い昔のことで思い出せない。
 当時は気にもとめなかったことだ。

 最近はやたら過去を思い出すな…
 
 桑田が柳生から指令を受けた内容は「島津の谷山に豊臣秀頼らしき者が匿われている」とのことだった。
 主水にとっては、隠密の任務があれば気を引き締められる。
 武蔵のこと。それは残念なことだがあれこれ考えても真実はわからない。
 実際、自分と同年代の友が死んだと聞くだけで人は次は自分の番ではないかと考えがちだ。
 そうやって心身共に老いてゆく。
 そこへの秀頼捜索の指示は正直、主水にはありがたかった。
 ようやく、村が見えてきた。
 すると前方から、牛を連れた村人がやってきた。
 懐から人相書きを取り出し主水は聞いてみた。

 「聞きたいのだが、この者を見かけなかったか?」

 村人は目を細め、人相書きを見て思い出す。

 「ああ。酔喰えいくらの侍か。あの藩主様の屋敷におった」

 村人は、屋敷を指した。

 「あれか」

 「じゃっどん最近は見かけん」

 「なに?見かけんとは?」

 「どっか、はっちた」

 「どこかへ行ってしまったというのか?」

 「じゃ」

 村人は、そのまま牛を連れて立ち去った。
 桑田が大きくため息をついた。

 「…遅かったようですね…」

 当てが外れる。そんなことには主水は慣れている。
 捜索任務では何度もあったことだ。
 主水と桑田は、何か痕跡がないかと藩主の屋敷を調べた。
 村人はの侍と言っていた。
 屋敷の奉公人をみつけ、住んでいた侍の様子を聞いてみると毎日浴びるように酒ばかり飲んでいたという。
 大柄でその立派な召し物や、顔立ちから一見、禄高の侍に見えたというがとにかく酒を浴びるように飲んでいた。

 「酒飲みの侍がいたということだけですね」

 「やけ酒であろう。戦に負ければやり切れまい」

 「では、やはり秀頼だったのですか?」

 「そう考えてもよいだろう」

 主水と桑田が、島津を出ようと帰路の道を進んでいると、傘で顔を隠した八人の侍達が追ってきた。
 谷山の屋敷を訪ねたことが、知られたのだろう。
 主水と桑田は、表情を変えることなく当然のように剣を抜き構えた。
 侍達も、剣を抜き置きトンボに構えたまま走ってきた。
 示現流、島津藩士達だ。

 「桑田、ここは急ぐ。下がっておれ」

 「はい」

 これまでは、桑田に実戦経験を積ませるために斬らせることがあった。 
 だが、もう桑田は十分に主水の要求に応えてきた。
 桑田は主水の背後へ下がった。
 向かってくる八人に対し、主水は刀の峰に左手を添えた。
 八人の藩士達は、走る足が泥にはまったかのように急激に遅くなり、のそのそ歩きだしたと思ったらついに剣を構えたまま固まって止まってしまった。

 「桑田、斬るぞ」

 「はい」

 二人で、置物と化した島津藩士達を順番に斬っていった。
 すくみ、金縛りを主水にかけられた者達は唸り声をわずかに出し無念のまま死んでゆく。
 これが松山主水の道を極めた戦い方だった。
 若い時、つまり小野忠明だったときは縦横無尽に数十人を相手に動けたが今はもう六十である。
 江戸では二十人を捌いたが若い頃のようにどこまで持続できるかわからない。
 主水と桑田は八体の屍を、道外れの林に隠した。
 一体を隠すにも、見えなければいいというものではない。
 死体が腐っても、匂いが届かない距離まで運ぶ必要がある。
 桑田は言った。

 「これが神隠しの正体ってことですね」

 本当に不思議なことをいう若者だと主水は思った。
 いや、人殺しをなにかの事情で深追いさせないために誰が言い出したことだろう。
 村の大地主、武家、身分や力のある者が理不尽な殺しをして隠す…
 そう考えると神隠しとは、うまい言葉だ。
 この国では、悪事も神の仕業にすればお咎めがなくなる。 

 咎めか…咎めどころか、わしの隠密行動は永遠に人々に知られることはあるまい…
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