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28.つかまっちゃった

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「……ひぃっ!!!!」
「くっ!」
「き、きゃあああっ!!!」
(やりやがったな、コイツ!)
 俺たちも、一斉に悲鳴が漏れる。
 ファンダは一瞬にして顔面蒼白となった。
 クウは、苦虫を噛み潰したような渋い顔。
 そしてナツは、眼の前で起こった惨劇に顔を覆ってしまった。

「さ、てと」

 曲刀からは、憲兵の首を跳ねた際に付着した大量の血液が滴り落ちていた。その刀をそのままに、女は、憲兵の遺体から麻袋を回収した。

 すると、周囲の男たちが、俺たちに近づいてきた。人が目の前で殺されたにも関わらず、そちらは全く意に介せず。先程からじろじろと、俺たちのことばかりを見ていた。

「女どもは、かなり質がいいな。約束通り、相場の一割増しで買い取るぞ」
「あらよかった」
 大方の予想通り、コイツらは奴隷商人だ。今までの視線は、品定め行為そのものであった。

「え……ちょ! あたしら……」
「おっと黙れ。商品価値を下げられたく無かったら、な」
「ひっ!」

 文句を言おうとしたファンダが、再度小さな悲鳴を上げた。奴隷商人の男たちは、既に腰の長剣を抜いており、刃先は彼女たちに向けられていた。

「ファンダっ!」
「ガキも黙ってろ。……こういう趣味持ちには、高く売れる」
「俺たちを、売る気か」
「男にも需要はあるが……今回、お前は眼中にない。お前に用があるのは、そっちの女だ」

 そう言いながら男が顎で、狐面の女を差した。その女は、回収した麻袋の中身を丁寧に数え、数が減っていないことを確認した後、俺の目の前にやってきた。

「そ。あんたの連れの女たちは売りさばいて、私の小遣い稼ぎ。そして当初の目的である、オマエだけ貰っていく契約なのさ……まったく、手こずらせやがって!」

 女は、憲兵の懐から鎖の鍵も抜き取っていたようで、俺とナツたちをつなぐ鎖を外すとともに、俺につながる鎖だけを勢いよく引っ張った。

「ぐえっ!」
 その勢いに負け、俺は前のめりにぶっ倒れてしまった。

「ランジェ様っ!」
「動くなっていってんだろ!」
「きゃっ!」
「くっそ! やめろ!」

 ナツが前に出ようとするも、人買いの長剣が遮った。俺が声を上げるも、そんな姿を見て人買い共は、ヘラヘラと嘲笑っていた。

「ふん、さあ立ちな! ……ったく、今度は『証拠に死体を持ってこい』なんて、まぁ面倒な」
 転んでいた俺は、再度強く引かれた。しかし、俺は今度は、意固地に立とうとはしなかった。

「ちっ、情けない! それで抵抗のつもり!?」
 さらに力を込め、俺を持ち上げようとするが、それでも俺は体を丸め、必死に踏ん張った。

「この……これ以上手こずらせんじゃないよ! こっちは費用ばかり嵩んで、依頼の頭金だけじゃもう割に合ってないの! 小遣い稼ぎでもしないとやってらんないのよ!」
 しびれを切らした暗殺者が、俺の腹を蹴り上げた。

「ぐぼぉっ!!」
 痛い。脇腹の柔らかいところを思い切り蹴られたのだ。人差し指で突っつかれるとくすぐったい箇所であるが、それはここが急所である証左。
 一度に脂汗が吹き出る。

「ら、ランジェ様……っ!」
 その姿を見せられても、ナツはナツで、剣を突きつけられて何もできない。どうしようもないもどかしさと、何もできない悔しさが、彼女を襲っていた。

「ぐ、ぐうっ!」
 そして俺も、何もできないなりに、なんとか身をよじり楽な体制をとる。手枷が邪魔でしょうがないが、改めて、地面に顔を擦り付けるような格好でうずくまった。

「こんの……っもういい! ここで貴様の首を刈って、それで報酬をいただくわ!」

 まずった。俺の抵抗が女の琴線に触れてしまったようだ。血が着いたままの曲刀を掲げ、今まさに、俺の首に向けて振り下ろさんとした……。

「おい女、ソイツ金になるのか?」
「……は?」
 そのとき、女の動きを制したのは、奴隷商人の男の言葉だった。

 どうやら先ほどの、俺たちの言い合いを聞いていたことで、俺に興味を持ち始めたらしい。

「……あんたらは、そこの女たちだけだろ」
「そうはいってもな。今の話を聞くに、その男は金のなる木なんじゃないのか?」
「余計な詮索は身を滅ぼすわよ」
「……おっと、そうだな、そういう約束だ」

 狐面の女の言い分に、奴隷商人はすぐに折れた。商売をしている以上、契約には忠実に、ってか。

 くそ! 少しでも時間が稼げればよかったんだが! 



「……待ってくださぁい!」

 その時、そこに声をかけたのは、ナツだった。

「その方を、粗暴に扱うのはお止めくださぁいっ!」
 彼女は感極まったかのように、わんわん泣きながら懇願した。

(ナツ、ナイスだっ!)
「その方を、どなたと心得ますかぁっ!」
 舌足らずな喋り方と、身体の大きさに相応しい大きな声は、その場全員の注目を集めるのには十分だった。

「この方は、ヴァリヤーズ公爵家の長兄であられますっ! 『勇者』ランジェ=ヴァリヤーズ様でおられますぅっ!!」

 ざわっ……。
 奴隷商人の間でどよめきが走った。それを見た仮面の女は、小さな舌打ちをした。

「おい、大女。なに世迷い言を……」
「本当ですぅ」

 半べそで発言を肯定するナツ。そして横に並んだファンダを見ると、『マジかよ』といった顔。
 クウも、目を見開き驚いているようだった。ある程度の『訳アリ』なのは感づいていたが、これほどの大物だとは想定外だったらしい。

 奴隷商人は改めて、仮面の女に問いかけた。

「本当なのか、だとすると話が変わってくる」
「……約束が違うね。男は貰っていくわ」
「いや、状況が変わった。ソイツが本当に公爵家の長男なら、言い値で売れるぞ」
「おっと、そのメイドの言い分を信じるのかい? 私は公爵家の依頼で、コイツの命を奪いにきたんだ」
「公爵家の命令でか? 世界を救う『勇者』を排出する公爵家が、なぜその男を消そうとした? 少なくとも、それもネタにすれば、いくらでも恐喝できる」
「……ちっ! そんな上手くいくものか。それに、コイツが『勇者』なんて証拠はないだろ?」
「ヴァリヤーズといえば、勇者の家計だ。そこの長男なら間違いないだろう」
「フン! なら、なぜ大々的に公表されていない!? 私は知っているんだ。コイツはヴァリヤーズ長男のくせに、勇者どころか、なんの取り柄もない出来損ないってな!」
「おっと、コイツが公爵家の長男だと認めたな、するとやはり『勇者』か」
「なっ……き、貴様っ! 違うぞ、コイツは勇者ではない!」

 仮面の女と奴隷商人たちが言い合いを始めた。さすが、腐っても商人だ。女は言いくるめられ、どんどんボロを出していった。

 ……いや、あの仮面女が相当『ポンコツ』なだけかもしれない。
 とにかく、これでかなり時間が稼げる。

「……そうだせ! ランジェが勇者な訳がない!!」

 ……なぜー? 

 この口論に、いきなりファンダがしゃしゃり出てきた。どうやら彼女は『勇者』という言葉に過剰反応し過ぎる傾向があるようだ。

「……」
「……」
 つい先程までヒートアップし、今にも手が出そうだった会話に水が差された。仮面の女と奴隷商人の男は、同時にファンダの方に顔を向けた。

 あのバカ。もう少しで、あわよくば同士討ちも狙えたのに。

「いいかいお前らぁっ、本当のことを公言するぜ! なんたって、何を隠そう!」

 手枷が着いたまま謎ポーズ。動きは制限されているので、ただモゾモゾとしていただけでもある。

「あたしが勇者だ! 勇者ファンダとは、あたしのこと……うごごおおおおおお……」
「黙ってろ」

 男が剣の柄で、ファンダの鳩尾を小突いた。
 急所を抉られ、ファンダはうつ伏せに倒れ、痙攣をしていた。気も失ったようだ。

 ……あ、なんか臭う。あいつ粗相したな。
 上から下から忙しい奴だ。

 しかしこの対応が、一人の戦士の心に火をつけた。ファンダの勇気ある(?)行動を皮切りに、彼女が動いたのだ。

「……エアー……カッターぁっ!!」

 ばぎゃん! と、聞いたことのない破壊音とともに、クウの手枷が彈け飛んだ。
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