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最終話【エピローグ2】

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 そこを覗けば、底は無し。
 ひとたびそれに落ちれば、ただただ落ち続ける。

「見事に割れてるな……もう少し街に近かったら危なかった」
 周囲をうっそうとした森に囲まれた場所で、それを見つけた。

 ハクノ区の郊外の森は良質な狩り場として、レンジャーや狩人が多く出入りする。そのため早急な復旧が必要だ。
 この『裂け目』に人が取り込まれたら、まず生きて帰ることはできない。

 昨日の荒天で、崖の一部が地滑りを起こして崩落していたのだ。それまで草木や岩石、他のパーツに隠されていた場所──地面と地面の境目に、それは現れていた。

「こういう細かいところの作り込みが、ホント甘すぎんだよな……」

 オレは、目の前に光のパネルを呼び出した。光り輝く画面に描かれた図形の中から、その場所に近い『岩』と『地面』のパーツを選び出した。

「よっと、よし嵌った」
 それらのパーツを指でスワイプし、欠損個所に落とし込んだ。あとはテクスチャを伸ばし、境界面が完全に繋がるよう、伸縮を繰り返した。

 穴は完全に埋まった。『データの奈落』とも言えるその隙間が、ちゃんと埋まっているか、実際にオレは体を擦り付けてみた。
 服は土で汚れるも、そこから『すり抜ける』『落ちる』といったことは発生しなかった。

「まだまだ、バグ修正フィックスが終わる気がしねぇ」

 オレは4年前。どうやら女神を倒してしまったらしい。
 女神を失った世界は、崩壊のカウントダウンを始めていた。これを止めるには、誰かが新たな『管理者』になるしかなかったのだ。世界を制御する道具ツールを理解できる誰かが……つまり、適任は一人しかいなかった。

 承認ボタンを押したその刹那、頭に流れ込む世界のルールと構成。そしてそれらを自在に操作するすべ
 結果的に、オレは思い掛けず、世界を意のままに扱うことができる【チートツール】を手にすることになった。

 この力を使えば、不可能なことなどない。
 自由に大地を隆起させ、海を干上がらせることも。
 人間の思考を操ることもできる。金も名誉も思いのままだ。
 人の命も、指一本で支配できる。生かすも殺すも、新たに命をつくるのも、人間を消失させるのも、片手間で出来てしまう。

 その気になれば、亡くなった人を蘇らせることも可能だ。当時の記憶データは残っているため、それをコピペするだけだ。
 魔物に殺された命も、共に戦った勇者たちも、滅んだ街の人間も。

 そして……彼女を現世に呼び戻すことも。

(女神の力……それを使わない愚か者め、なんて思われるかもだけど……)

 けど、オレはその力を自分の利益に使うことは無い。
 こうやって、世界に残る『バグ』を修正するためだけに留めている。

 過去は、もう過ぎたのだ。
 世界は、未来に向かって進んでいる。
 未来は、今を生きる人々の手で作っていくべきだ。

 もう、女神が用意した道筋シナリオなど存在しないのだから。



「ねーおとーさん!」
 ちょっと感傷的になってしまったオレに、カメリアが声をかけた。
 僅かに目を話していた隙に、彼女は崖を上り、何かと戯れていたようだ。

「みてみて! 狩ったよ!  今夜は焼き肉だね!」
「……うーん……」
 オレは頭を抱えてしまった。
 そこには、野生のイノシシワイルドボアがいた、いや、『あった』が正しい文法か。
 それは綺麗に頸動脈を裂かれ、地面は血で濡れていた。しかし、サバイバル用のナイフを携えたカメリアは、返り血すら浴びていなかった。

 ……うーん。
 記憶は消しているのは確かなのだが、いわゆる、体が覚えているようなのだ。
 日常生活の中でもその傾向はみられ、咄嗟の際に出る動きは、暗殺者のそれだった。

(5歳の動きじゃないんだよ……困ったなぁ)

 ふと、光のパネルを見やった。
 管理者権限それを使えば、記憶操作に行動制限も容易に可能だ。性格や年齢でさえ変更することもできる。

 ……いやいやいやいやいやいや。
 ついさっき、使わないと決意したやん、自分。

 おれは頭を振り、邪な考えを消し去った。

 これを使うのは、本当に最後の手段。
 手に終えないレベルで問題になるようなら……おいおい、ね。

「さ、帰ろうかカメリア」
 そんな事を思いながら、オレはその野生のイノシシワイルドボアを転送させた。誤解のないように説明するが、これは管理者能力ではなく、道具師もとい荷物持ちポーター拡充収納ストレージ術である。今は自宅の地下倉庫に繋げている。

「うーん……」
 近くの沢で手を洗っていた彼女は、帰宅するのに不満のようだ。折角の遠出(転送術で一瞬だが)なので、彼女はどこかで遊びたいといったところか。

 現在地は、ビルガドのハクノ区にほど近い。ここから徒歩で森を抜けても、街の入り口まで30分もかからないだろう。

 そんなことを考えていると、オレも、ジャクレイに挨拶してやろうかと思い始めた。
 急に現れたら、奴はどんな顔をするだろう。新婚ホヤホヤな場所に、あえて土足で邪魔するのも悪くない。

「そうだな、街に遊びにいくか!」
「……うん!」
 カメリアは明るい声で返事をし、太陽のような笑顔を見せた。成長したカメリアの笑顔は、時折、彼女の顔と重なるときがある。

 傾き始めた太陽の光を頼りに方角を定め、オレは彼女の手を取り歩み始めた。
 能力を使わず、一歩一歩、しっかりと地面に足を付け、踏みしめ、確実に前に進み始めた。

「そういえば、お腹空いたな」
「うん、わたし、お腹ペコペコだよ!」
 昼飯のタイミングを逃していたことを思い出した。来客対応と緊急警報で、すっかり忘れていたのだ。
 頬を膨らましご立腹な彼女を宥めながら街に近づく。着いたらまずは、遅い昼食を頂こう。

「カメリア、何か食べたいものあるか?」
 今日は彼女のリクエストを優先しよう。意見を振られた彼女は「いいの!?」と喜び、うーん、と悩み始めた。が、答えはすぐに返ってきた。

 カメリアが最高の笑顔で出した提案に、オレも満面の笑みで答えたのだった。

「んとね……おっきいパフェと、あとパンケーキがいい!!」



 ~~~ Fin ~~~
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