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第一章 第二節 非純血の少年たち

第16話 青山通りの交通標識をあらかたぶっ飛ばしちゃったけど、敵は殺したよ

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 レイは空からの映像で亜獣の出現を確認すると、その位置を把握するためエリアの地図を覗き込みながらも、その広大さに驚いていた。
「リョウマ、ここ、月基地よりもエリアがかなり広いけど、どうする?」
「兄さん、プランBはどう?。あたしがおとりになるわよ」
「いや、プランCでいこう」
「了解。わたしがおとりで出る」
 レイはそう言うなり、搭乗機セラ・サターンを一気に走り出させた。
「アスカ、反対に回って」
「ーーったくぅ、レイ、いきなり駆け出すンじゃないわよ」
 レイはアスカに援護を要請しながらも、そのスピードを緩めようとしなかった。数百メートルほど走る間に、数基の信号機をなぎ倒し、20~30台の車を踏みつけ、数橋の空中回廊を地面に落としていたが、速度だけは維持していた。右の壁から、デッドマン・カウンターがパタパタと音をさせていたが、レイは気にしなかった。
 レイは3Dマップでアスカの位置を追った。アスカはプラン通り、亜獣の後方にまわりこむために大きく迂回しながら走って、亜獣から死角になる位置を目指している。
 目の前になだらかな下り坂が現れた。近くのビルのホログラフ看板に『公園通り』と表示が瞬いている。この坂の先にある丁字路ていじろを曲がったところに、亜獣がいるはずだ。そこまで行けばさすがに亜獣に捕捉される。先手必勝。最初の一撃をどうする?。
「レイ、右!」
 リョウマの声が脳に響いた。その意味はすぐにわかった。レイは反射的に操縦桿を引き絞り、セラ・サターンの体躯をぐっと下に沈み込ませた。
 間一髪、かがんだ頭の上をビーム砲のような光線が走り抜けていき、あたりのビルを破壊した。ビームの直撃は避けられたが、走っている勢いまでは削ぐことができず、セラ・サターンの機体が丁字路にむかってスライディングしていく。
 正面の大型ショッピングセンターが迫ってくる。
 レイは機体が正面のビルに激突するのは避けられないと確信した。レイはいかばかりかでも激突の痛みに備えようと、わざと肩口からビルに飛び込んだ。
 が、想像している以上の痛みが身体に走った。顔が自然に歪む。だが、レイはすぐにからだを起こすと、中腰になったまま辺りを見渡した。
 亜獣とは十数メートルしか離れていなかった。敵からはまる見えの位置。第二波がくると察知したレイは井の頭通りから公園通りのビルのほうにジャンプし、ビル群のほうへ身体を飛びこませた。セラ・サターンのからだが空中に踊った瞬間、うしろのビルが崩れおちた。かろうじて第二波の直撃を回避できた。
 大きなビルの陰に隠れると、その次の攻撃にすぐに移れるように、腰に装備された武器を横から引き抜いた。それは人間のサイズで言えば警棒ほどの短い長さの棒。が、抜くと同時に4倍ほどの長さにのびてゆき、先端から刃が飛び出した。
 それはナギナタだった。
 セラ・サターンがそれをぎゅっと握りしめるとすぐに青い粒状の光が身体をはしり、指先を通じて、ナギナタの先端の刃に集まりはじめた。レイはモニタに語りかけた。
「殺す準備、できたわ」

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 青山通りの交通標識をあらかたぶっ飛ばしたが、アスカは亜獣の反対側に回り込むことに成功した。レイへの攻撃が予想より早かったため、真うしろではなく真横方向に出てしまう形になったのは計算外だったが、それでも一番槍を食らわす自信はあった。アスカはセラ・ヴィーナスの背中に手を伸ばすと、肩口から棒状の武器を引き抜く。バトンほどの長さだった棒は、引き抜くと同時に3倍ほどに伸び、先端から先端が尖った部分が飛び出した。
 彼女の武器は、『槍』だった。
 アスカが槍を構えて走りながら、レイにコンタクトをとった。
「レイ、大丈夫?」
「今、足止めされてる。すぐにおとりになって引きつける」
「もう遅い!」
「遅い?」
「今、いったわ!」
 アスカは鉄橋の上を跳躍すると、槍を振りかざしたまま、亜獣の上方からのしかかるようにして、首筋めがけて突き立てた。亜獣は予期していない方向からの衝撃に驚いて、あらぬ方向へビームを吐きだした。
「兄さん、撃って!」
 アスカは亜獣に突き立てた槍のつかを両手でにぎりしめ、相手の背中にとりついたまま叫んだ。亜獣は首からぶら下がっているセラ・ヴィーナスをふり落とそうと、猛烈な勢いでからだをふりまわしはじめる。
 ふり落とされるわけにはいかない。
 アスカは槍を持つ手に力をこめた。亜獣の背びれがコックピットの外壁を荒々しくこする音が室内にうるさく響く。ものすごい騒音。これだけの騒音を室内で充満させては、亜獣を倒せたとしても、しばらく耳が使い物にならない。
「ジャミング!」
 たまらずアスカは叫ぶと、嘘のようにすっと音が消えた。五感のどれか一つだけでもシャットダウンさせることは、致命傷につながりかねない、とは教えられていたが、それはデミリアンを実際に操縦したことがない『純日本人』ではない者が振りかざす机上の空論にすぎない。
「アスカ、手を離せ!」
 頭の中に響いた兄の声に、反射的にアスカは握りしめていた槍の柄から手を離すなり、うしろへ飛び退いた。勢いあまってうしろのビル数棟にぶつかり、そのまま尻餅をついたが、すぐに起きあがり次の攻撃に備える。
 が、目の前の亜獣のからだは、ぐらりと傾いたかと思うと、その場に音をたてて崩れおち、近くの低層ビルにめり込んだ。その拍子にアスカのデッドマン・カウンターが申し訳程度にパタ・パタ、と2回、数を刻んだ。アスカはからだを起こしながら亜獣の顔を覗き込んだ。
 亜獣の頭蓋がみごとなまで正確に、銃弾で射ぬかれてた。
「兄さん、遅い」
 アスカは自分のコックピットの外壁の映像をモニタリングしながら言った。
「もーー、わたしのコックピット、傷だらけになっちゃったじゃない」
 実際にはそれほど重篤な状態ではなかったが、慎重すぎる兄には少々大仰な言い方をしてでも、スピード重視、という自分の考え方をしっかり伝えておく必要があった。
「ごめん、アスカ。予定より0・5秒遅れた」
「それ、間違いなく命取りになるタイムラグでしょ」
「確かに……」
 アスカはたくらみに満ちた顔をした。
「んじゃー、あとで『イチゴンゴーラ』、おごってよね」

「わかったよ」
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