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第一章 第三節 幻影

第55話 一瞬だが、亜獣にこちらの兵器が通用する瞬間があった

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 亜獣プルートゥの力はおそろしく強かった。デミリアンの力はどれもほとんどおなじくらいだと聞いていたが、ナギナタの柄を通じて伝わってくる力量差は、レイには圧倒的だと思えた。
「なぜ?」
 レイは必死で操縦桿を握りしめながら、どうしようも埋めきれない力の差に歯がみした。
「エド。プルートゥの力が強すぎる!」
 エドから亜獣プルートゥに対してなにかアドバイスがもらえるかと問うてみたが、その質問はモニタの向こうのエドをただ慌てさせるだけだった。レイは今、司令室に助言を求めても無駄だと判断した。グリップを握りしめた手から、しだいに力がうしなわれていく。
「リョウマ、やめて……」
 レイはもう一度叫んだが、そこまでが限界だった。大きくふられたナギナタの柄に振りまわされて、バランスを崩し、セラ・サターンは空中に放りだされていた。なんの受け身もとれないまま、サターンのからだが地面に激突し、常設の大型野外劇場の観客席を潰し、舞台をなぎ倒した。プルートゥの力に必死に抵抗した分、勢いが強く、サターンは施設を壊しながらゴロゴロと転がっていった。
 レイは体中を走る痛みに悶絶した。
「レイ!。正面!」
 司令部からの声に反応して切り替わった正面カメラの映像には、ナギナタをふりかざして突進してくるプルートゥの姿がみえた。必死で立ちあがろうとしたが、足元がまだ定まらずとても受け身がとれる余地はなかった。レイは刺し貫かれる、と覚悟した。
 その瞬間、突然プルートゥがうしろむきにはじき飛ばされた。
 レイは目をしばたいた。倒れたプルートゥの肩口にサムライソードが突き刺さっていた。ふりむくとそこに、こちらへ走ってくるマンゲツの姿があった。
「たった、三秒だけど、刀が飛び道具になるのは大きい!」
 声が聞こえて、遅れてからメインモニタにヤマトの顔が映った。
「レイ、すこし遅れた」
「ん、ぎりぎりだけど、間にあったから、いい」
 レイはすこしほっとした表情で答えたが、ヤマトが大きな声で叫び声で我に返った。
「レイ、左だ!」
 亜獣アトンがそこにいた。すでに繊毛の針は逆立っている。万布を探している余裕も、飛び退く余裕もなかった。レイは、プルートゥが手放したナギナタが転がっていないかと辺りをみまわす。振幅が50メートルもある巨大ブランコ、500メートル級落下のフリーフォール、亜獣に襲われる体験ができるホラーハウス……、目に飛び込んでくる遊具施設のどこにも見つからなかった。距離は数十メートルしか離れていない。この近さで針を喰らえば、いままでとは別次元のダメージになるのは容易に想像できた。
 レイは自分のすぐ脇に敷設されていた、オールドスタイルのジェットコースターのレールをもぎ取るように引っつかんでダッシュした。そしてそのまま槍のようにアトンの首元に飛び込み、突きだした。アトンの針が一斉に放たれようとした瞬間、アトンの胸にレイが突きだしたレールの先端が突き刺さった。アトンがうしろに押し倒される。アトンが放った針の矢は体制を崩されたことで、上方のあらぬ方向にむけて飛んでいった。

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「まさか!」
 ブライトは思わず声をあげた。
移行領域トランジショナル・ゾーンにいる亜獣に届いただと!」
 ブライトは後方に控えていたエドにむけて声を荒げた。
「エド、どういうことだ。亜獣はこちら側の兵器では、打撃はおろか、傷、いや埃ひとつつけることができないはずじゃなかったのか?」
「あ、いえ、そ、そうです」
 エド自身も目の前の状況が理解できずに、落ち着きをうしなった顔つきをしていた。今起きた状況を記録映像で分析しようと、空中に浮かんだメニューをまさぐるようにして操作していた。いくつかの静止画が表示されたのち、一枚の画像をブライトが見ているメインモニタのほうへ転送した。
「ブライト司令、みてください」
 表示された映像は『移行領域トランジショナル・ゾーン』とこちら世界とを隔てる膜を、サーモグラフィのようなスペクトル処理で表示したものだった。先ほどの戦いの瞬間がスローモーションで再生されていく。
 アトンが針の攻撃を放とうした瞬間の映像。
 からだ全体を赤い膜で完全に覆われていたが、針が起立すると、みるみる色が黄色から青色に変わっていき、針が放たれる寸前には、画面は黒色になって、『移行領域トランジショナル・ゾーン』の膜がほとんど無くなっていることがわかった。そして、針が放たれるかどうかという瞬間、レイがねじ込んだレールの先端がアトンのからだに突き刺さっていた。
 その映像をみて、ブライトは勝ち誇ったように、半笑いを浮かべながら言った。

「一瞬だが、亜獣にこちらの兵器が通用する瞬間があった……」
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