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第一章 最終節 決意
第117話 わたし、カオナシじゃないデス
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レイは反省していた。
針の矢を満身に浴び、ひるんだせいで、亜獣に逃げる瞭を与えてしまった。今、アスカが苦境に陥っていることの責任の一端は自分にある。レイは天井に貼りついて、こちらに歪な笑い顔をむけている母親をきっとにらみつけた。
「ご満足?」
母はにちゃっと粘ついた血の涎をたらしながら笑った。
「満足だね」
「そう」
レイは目を閉じて、心をおちつかせようとした。殺してやりたいほど憎たらしかったが母が自分を殺せないのと同様で、自身も母を殺すことはできない。
今は母の相手をしている暇などない。
レイは自分に言いきかせた。自分のやるべきことは最低でも亜戦アトンを倒すこと。そして叶うのならプルートゥも。レイはアトンが今いる場所を検索するようAIに念じた。すぐさま上空を飛んでいる姿がメインモニタに映しだされる。
予期せぬことにアトンは目と鼻の先、ワンブロック隣のエリアに戻って来ていた。
『近くにもどってきている!』
スロットルレバーを握るレイの手に力がこもる。理由はどうあれ、任務の遂行が続けられる。
「あれ、あれ、まだこりてないのかい?。あんなにこっぴどくやられたのに」
天井から声が響いた。
「それは関係ない。ただ任務を果たすだけ。こんどは油断しない」
「うひゃひゃ。また邪魔してやるよ。おまえはやさしい子だからね。またひっかかるさ」
「そうね。私は母さんにそういうふうに育てられた」
レイは顔を上にむけて、天井に這いつくばる母の幻影をみあげて言った。
「ありがとう、母さん」
レイの母親は虚をつかれたのか、何とも形容のしようのない表情になった。怒りと喜びと悲しみがないまぜになったような、狼狽とともとれるような不安定な表情だ。
「はん、ふざさるんじゃないよ」
迷ったあげく、母親は怒りの態度を纏うことに决めたらしい。
「この『かおなし』が!!」
レイはゆっくりとうつむいた。なにごとか考えこんでいるかのように、まぶたを閉じる。その様子をみて、母親が勝ち誇ったように歯を剥いた。
「あーら、ちったぁ、応えたみたいだね」
「いいえ……デス」
レイがぼそりと呟いた。
だが、その声色はレイのものとは明らかにちがっていた。レイの年齢よりいくぶん幼い、まるで少女のような声だった。
「わたし、カオナシじゃないデス」
「いいや。おまえは名前も、生まれた日も、何もない「ゼロ」な存在さ。憶えているだろ、あの真っ白なままの出生証明書を」
「はい。でもあの紙切れをみせられた時、わたし、別の名前浮かんだデス」
そう言うなり、レイがスロットルレバーを操作しはじめた。
「なにをするつもりだい」
「このゲームに勝つにきまってるデス」
「ゲーム?」
「ええ。亜獣を消し去るゲーム」
「何を言ってるンだい。あんたの武器はあの怪物には通用しないだろ」
レイがニッと笑った。いままで見たことのないような表情
「今からそれを作っています、デス」
レイは腰に備えつけていた薙刀をひき抜くと、短い短剣サイズのまま握りしめた。
セラ・サターンの頭部から、イルミネーションのように青く明滅する光が、表皮をなめるように体中を走りはじめる。レイは青い光が指先に充分蓄光したと判断したすると、やにわにセラ・サターンの指先に薙刀の刃をあて、ゆっくりとそれを引いた。
セラ・サターンの指先から青い血が滴り、たちまち小さな血滴りを作っていく。
レイは薙刀を腰のさやに戻すと、地面から万布を拾いあげ、指先に押しあてた。指先の青い血はそのまま青い光りをほのかに放ちながら、じんわりと万布を伝っていく。
「レイ、あんた、なにを……」
「武器をつくっているといったはずデス」
「そんな布でなにができるっていうの」
「筒、デス!」
青い光に包まれた『万布』は棒状に固くなり、先端が細くなった。まるで長剣のようにみえる。
「これでこの布は『移行領域』のむこうに届くデス」
その様子を満足そうにレイは眺めていた。その顔だちはいつの間にか、本来のレイを何歳か幼くしたようにあどけないものに変わっている。
、おどろきの表情を隠せなくなった母親が、おそるおそる聞いた。
「あんた、誰?」
レイは笑いもせず答えた。
「あの紙っきれの端末に書いてあったはずです、私の名前」
「な、なにも、なにも書いてなかった……」
不思議そうな表情をしてレイが母親見あげた。
「いいえ、書いてあったです……」
「『 』って」
針の矢を満身に浴び、ひるんだせいで、亜獣に逃げる瞭を与えてしまった。今、アスカが苦境に陥っていることの責任の一端は自分にある。レイは天井に貼りついて、こちらに歪な笑い顔をむけている母親をきっとにらみつけた。
「ご満足?」
母はにちゃっと粘ついた血の涎をたらしながら笑った。
「満足だね」
「そう」
レイは目を閉じて、心をおちつかせようとした。殺してやりたいほど憎たらしかったが母が自分を殺せないのと同様で、自身も母を殺すことはできない。
今は母の相手をしている暇などない。
レイは自分に言いきかせた。自分のやるべきことは最低でも亜戦アトンを倒すこと。そして叶うのならプルートゥも。レイはアトンが今いる場所を検索するようAIに念じた。すぐさま上空を飛んでいる姿がメインモニタに映しだされる。
予期せぬことにアトンは目と鼻の先、ワンブロック隣のエリアに戻って来ていた。
『近くにもどってきている!』
スロットルレバーを握るレイの手に力がこもる。理由はどうあれ、任務の遂行が続けられる。
「あれ、あれ、まだこりてないのかい?。あんなにこっぴどくやられたのに」
天井から声が響いた。
「それは関係ない。ただ任務を果たすだけ。こんどは油断しない」
「うひゃひゃ。また邪魔してやるよ。おまえはやさしい子だからね。またひっかかるさ」
「そうね。私は母さんにそういうふうに育てられた」
レイは顔を上にむけて、天井に這いつくばる母の幻影をみあげて言った。
「ありがとう、母さん」
レイの母親は虚をつかれたのか、何とも形容のしようのない表情になった。怒りと喜びと悲しみがないまぜになったような、狼狽とともとれるような不安定な表情だ。
「はん、ふざさるんじゃないよ」
迷ったあげく、母親は怒りの態度を纏うことに决めたらしい。
「この『かおなし』が!!」
レイはゆっくりとうつむいた。なにごとか考えこんでいるかのように、まぶたを閉じる。その様子をみて、母親が勝ち誇ったように歯を剥いた。
「あーら、ちったぁ、応えたみたいだね」
「いいえ……デス」
レイがぼそりと呟いた。
だが、その声色はレイのものとは明らかにちがっていた。レイの年齢よりいくぶん幼い、まるで少女のような声だった。
「わたし、カオナシじゃないデス」
「いいや。おまえは名前も、生まれた日も、何もない「ゼロ」な存在さ。憶えているだろ、あの真っ白なままの出生証明書を」
「はい。でもあの紙切れをみせられた時、わたし、別の名前浮かんだデス」
そう言うなり、レイがスロットルレバーを操作しはじめた。
「なにをするつもりだい」
「このゲームに勝つにきまってるデス」
「ゲーム?」
「ええ。亜獣を消し去るゲーム」
「何を言ってるンだい。あんたの武器はあの怪物には通用しないだろ」
レイがニッと笑った。いままで見たことのないような表情
「今からそれを作っています、デス」
レイは腰に備えつけていた薙刀をひき抜くと、短い短剣サイズのまま握りしめた。
セラ・サターンの頭部から、イルミネーションのように青く明滅する光が、表皮をなめるように体中を走りはじめる。レイは青い光が指先に充分蓄光したと判断したすると、やにわにセラ・サターンの指先に薙刀の刃をあて、ゆっくりとそれを引いた。
セラ・サターンの指先から青い血が滴り、たちまち小さな血滴りを作っていく。
レイは薙刀を腰のさやに戻すと、地面から万布を拾いあげ、指先に押しあてた。指先の青い血はそのまま青い光りをほのかに放ちながら、じんわりと万布を伝っていく。
「レイ、あんた、なにを……」
「武器をつくっているといったはずデス」
「そんな布でなにができるっていうの」
「筒、デス!」
青い光に包まれた『万布』は棒状に固くなり、先端が細くなった。まるで長剣のようにみえる。
「これでこの布は『移行領域』のむこうに届くデス」
その様子を満足そうにレイは眺めていた。その顔だちはいつの間にか、本来のレイを何歳か幼くしたようにあどけないものに変わっている。
、おどろきの表情を隠せなくなった母親が、おそるおそる聞いた。
「あんた、誰?」
レイは笑いもせず答えた。
「あの紙っきれの端末に書いてあったはずです、私の名前」
「な、なにも、なにも書いてなかった……」
不思議そうな表情をしてレイが母親見あげた。
「いいえ、書いてあったです……」
「『 』って」
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