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第二章 第一節 四解文書争奪
第192話 これで退路は絶たれた
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クララはユウキから指示を受けても、それほど驚かなかった。あれほどまでに執拗に攻撃を繰り返してきた『弐号機』が、ああもあっさりと撃墜されたのだ。なにかしらの状況の変更があったと、推して知るべきであろう。
薄々感じていたとはいえ、あの粘着質のパイロットがアスカだとわかって、腹立たしく思うと同時に、すこしホッとしている自分がいた。
「で、どうすればいいの?」
「後部ハッチから二体が飛び出してくる。クララ君、きみに落としてほしい」
「二体いっぺんにですか?」
「心配しなくていい。ふたりともそれなりには加減はしてくれるはずだ」
「ひとりはレイさんだってわかるんですが、もうひとりはどなたです?」
「ヤマト・タケルだよ」
その名を耳にした瞬間、クララは心臓が飛び跳ねるのを感じた。あってはならないことだが、ヴァイタルを大きく乱してしまった。
彼とツガイになるという自分のもう一つの任務のターゲット、ヤマト・タケルがそこにいる。クララは初めてのコンタクトがまさかこんな形になるとは思いもしなかった。
こんなの誰だって心かき乱されるにきまってる。
しくじった!と思ったがどうしようもなかった。
案の定、異変を察知した捷瀬司令が、嫌みったらし口調で問いただしてきた。
『クララ、心拍が乱れたわぁ。どうしたの?』
「ミサトさんすみません。輸送船の後部ハッチから敵がとびだしてきそうです。今からそれを討ちます」
「ユウキは?。さっきから連絡がとれないんだけど?」
「ご心配なく。二機を手負いにしたあと、すみやかに例の任務を続行しています」
「そう。で、クララ、援軍は必要かしら?」
クララは一瞬逡巡した。この流れなら先ほどの件もある。援軍を仰ぐのがセオリーだ。だが、クララはそうしないと決めた。
「ミサトさん、ここは私一人でやらせてください。相手は手負いです。何とかしてみせます」
「そう。無理強いはしないわよ。ただそう言ったからには何とかしなさいよ。でないと承知しないからぁ」
クララはぞくっと怖気におそわれた。
そうだった。この司令官はそう言う女だった——。
ユウキとの会話を聞いて知っていたはずなのに、それが己の身にふりかかってくると、これほど冷酷にきこえてくるとは思わなかった。
「おまかせください」
クララは歯の隙間から絞りだすようにそう言った。
これで退路は絶たれた——。
だが、ある意味すっきりとした。相手があのヤマト・タケルであったとしても、こちらもためらったりしていられないということだ。
ましてや、こちらはデミリアンに搭乗している。通常兵器の重装機甲兵と比べて圧倒的に優位にたっているのだ。
いや、その慢心は禁物だ……。
相手はあのヤマト・タケルとレイ・オールマンだ。そんな驕りあがった感情につけこまないはずがない。
これはふたりが用意した一種のシミュレーション・テストだ、とクララは心得た。
アカデミーの実技試験では圧倒的な力量差を見せつけたレイが、勝ちを委ると申し出たのだ。手こずることは許されない。
ある意味ミサトがおしつけてきた無理難題より、プレッシャーがおおきい。
おそらく彼らはこちらの背中に取り付けられた『揚力装置』を破壊しにくる。とクララは踏んだ。ここだけは唯一、デミリアンの亜空間のベールの防衛から外れる部位だからだ。
こちらの脅威を排除しようと考えれば、そこをピンポイントで狙うしか方法がないと言ってもいい。
低く静かな金属音がして、ゆっくりと後部ハッチが開きはじめた。真夜中の空にそこから一条の光が漏れだしてくる。まるで夜空にぽっかりと異次元の入口が開きはじめているような錯覚すらおぼえる。
セラ・ジュピターは銃を構えた。
が、その瞬間、まだ開ききっていない扉の隙間をぬうようにして、重装機甲兵がとびだしてきたかと思うと、いきなり両手に手にした銃で銃弾を放ってきた。
『あれはどっちの機体?』
クララがカメラのフォーカスを念じたが、それよりもはやく相手の機体は上空に舞いあがっていた。捉えたスチル映像を解析したものが、サブモニタに映し出された。
肩のプロテクト部分に『壱号機』とあった。
ヤマト・タケルだ——。
壱号機は一気にセラ・ジュピターのはるか上方の空間に上昇していたが、その間もこちらにむけて銃弾を撃ち続けることをやめなかった。威嚇にしても無駄弾がすぎる。注意をこちらに引きつけようとしているようにしか思えない。
あからさますぎるのが気になるが、後発のレイの『零号機』への援護射撃に違いない。
だが、輸送機を注視しても、そのあとにもう一機でてくる様子はない。
レイは出てこないの?。
弾丸の雨が突然止んだ。
壱号機は弾薬が尽きたのか、銃が役に立たないと判断したのか、突然、両手にもっていた銃を投げすてると、ビームソードをひき抜いて急降下してきた。
壱号機の降下スピードがあがる。『バーニアスラスタ』から『超流動斥力波』をめいっぱい吹かしているのがわかった。
接近戦をいどむつもり?。
ならば、こちらの武器である『鞭』を使って近づけさせないようにするだけだ。相手はどんなに打ち据えられても、亜空間のベールに護られた『鞭』そのものにダメージを与えることはできない。
心ゆくまでなぶってもいいし、アスカにやったように足に巻き付けて振り回してもいい。
いや、ヤマトタケルほどの達人が無策で突撃してくるはずはない。
クララは輸送船の後部ハッチの映像にちらりと目をはせた。まだレイがでてくる様子はない。上と下から挟み撃ちという作戦ではないのか?。
下方を映し出すカメラ映像に目をむけた。
上空から落ちてきた『弐号機』の破片が街中のいたるところで炎上し、夜の街はさきほどよりかなり騒々しくなっていた。消化活動や救出のため、レスキュー隊はもちろん、レスキューロボットやドロイドたちが右往左往している様子がかいま見えるが、なにかが下方に潜んでいる気配はない。
クララは空から降下してくる壱号機と対峙するべく、正面から相対するようにセラ・ジュピターの機体を傾けた。だが、正面から受ける体勢に機体を傾けると、空中で大の字で横たわるようになることに気づいた。
おかしい——。
なにかを見落としている気がする——。
薄々感じていたとはいえ、あの粘着質のパイロットがアスカだとわかって、腹立たしく思うと同時に、すこしホッとしている自分がいた。
「で、どうすればいいの?」
「後部ハッチから二体が飛び出してくる。クララ君、きみに落としてほしい」
「二体いっぺんにですか?」
「心配しなくていい。ふたりともそれなりには加減はしてくれるはずだ」
「ひとりはレイさんだってわかるんですが、もうひとりはどなたです?」
「ヤマト・タケルだよ」
その名を耳にした瞬間、クララは心臓が飛び跳ねるのを感じた。あってはならないことだが、ヴァイタルを大きく乱してしまった。
彼とツガイになるという自分のもう一つの任務のターゲット、ヤマト・タケルがそこにいる。クララは初めてのコンタクトがまさかこんな形になるとは思いもしなかった。
こんなの誰だって心かき乱されるにきまってる。
しくじった!と思ったがどうしようもなかった。
案の定、異変を察知した捷瀬司令が、嫌みったらし口調で問いただしてきた。
『クララ、心拍が乱れたわぁ。どうしたの?』
「ミサトさんすみません。輸送船の後部ハッチから敵がとびだしてきそうです。今からそれを討ちます」
「ユウキは?。さっきから連絡がとれないんだけど?」
「ご心配なく。二機を手負いにしたあと、すみやかに例の任務を続行しています」
「そう。で、クララ、援軍は必要かしら?」
クララは一瞬逡巡した。この流れなら先ほどの件もある。援軍を仰ぐのがセオリーだ。だが、クララはそうしないと決めた。
「ミサトさん、ここは私一人でやらせてください。相手は手負いです。何とかしてみせます」
「そう。無理強いはしないわよ。ただそう言ったからには何とかしなさいよ。でないと承知しないからぁ」
クララはぞくっと怖気におそわれた。
そうだった。この司令官はそう言う女だった——。
ユウキとの会話を聞いて知っていたはずなのに、それが己の身にふりかかってくると、これほど冷酷にきこえてくるとは思わなかった。
「おまかせください」
クララは歯の隙間から絞りだすようにそう言った。
これで退路は絶たれた——。
だが、ある意味すっきりとした。相手があのヤマト・タケルであったとしても、こちらもためらったりしていられないということだ。
ましてや、こちらはデミリアンに搭乗している。通常兵器の重装機甲兵と比べて圧倒的に優位にたっているのだ。
いや、その慢心は禁物だ……。
相手はあのヤマト・タケルとレイ・オールマンだ。そんな驕りあがった感情につけこまないはずがない。
これはふたりが用意した一種のシミュレーション・テストだ、とクララは心得た。
アカデミーの実技試験では圧倒的な力量差を見せつけたレイが、勝ちを委ると申し出たのだ。手こずることは許されない。
ある意味ミサトがおしつけてきた無理難題より、プレッシャーがおおきい。
おそらく彼らはこちらの背中に取り付けられた『揚力装置』を破壊しにくる。とクララは踏んだ。ここだけは唯一、デミリアンの亜空間のベールの防衛から外れる部位だからだ。
こちらの脅威を排除しようと考えれば、そこをピンポイントで狙うしか方法がないと言ってもいい。
低く静かな金属音がして、ゆっくりと後部ハッチが開きはじめた。真夜中の空にそこから一条の光が漏れだしてくる。まるで夜空にぽっかりと異次元の入口が開きはじめているような錯覚すらおぼえる。
セラ・ジュピターは銃を構えた。
が、その瞬間、まだ開ききっていない扉の隙間をぬうようにして、重装機甲兵がとびだしてきたかと思うと、いきなり両手に手にした銃で銃弾を放ってきた。
『あれはどっちの機体?』
クララがカメラのフォーカスを念じたが、それよりもはやく相手の機体は上空に舞いあがっていた。捉えたスチル映像を解析したものが、サブモニタに映し出された。
肩のプロテクト部分に『壱号機』とあった。
ヤマト・タケルだ——。
壱号機は一気にセラ・ジュピターのはるか上方の空間に上昇していたが、その間もこちらにむけて銃弾を撃ち続けることをやめなかった。威嚇にしても無駄弾がすぎる。注意をこちらに引きつけようとしているようにしか思えない。
あからさますぎるのが気になるが、後発のレイの『零号機』への援護射撃に違いない。
だが、輸送機を注視しても、そのあとにもう一機でてくる様子はない。
レイは出てこないの?。
弾丸の雨が突然止んだ。
壱号機は弾薬が尽きたのか、銃が役に立たないと判断したのか、突然、両手にもっていた銃を投げすてると、ビームソードをひき抜いて急降下してきた。
壱号機の降下スピードがあがる。『バーニアスラスタ』から『超流動斥力波』をめいっぱい吹かしているのがわかった。
接近戦をいどむつもり?。
ならば、こちらの武器である『鞭』を使って近づけさせないようにするだけだ。相手はどんなに打ち据えられても、亜空間のベールに護られた『鞭』そのものにダメージを与えることはできない。
心ゆくまでなぶってもいいし、アスカにやったように足に巻き付けて振り回してもいい。
いや、ヤマトタケルほどの達人が無策で突撃してくるはずはない。
クララは輸送船の後部ハッチの映像にちらりと目をはせた。まだレイがでてくる様子はない。上と下から挟み撃ちという作戦ではないのか?。
下方を映し出すカメラ映像に目をむけた。
上空から落ちてきた『弐号機』の破片が街中のいたるところで炎上し、夜の街はさきほどよりかなり騒々しくなっていた。消化活動や救出のため、レスキュー隊はもちろん、レスキューロボットやドロイドたちが右往左往している様子がかいま見えるが、なにかが下方に潜んでいる気配はない。
クララは空から降下してくる壱号機と対峙するべく、正面から相対するようにセラ・ジュピターの機体を傾けた。だが、正面から受ける体勢に機体を傾けると、空中で大の字で横たわるようになることに気づいた。
おかしい——。
なにかを見落としている気がする——。
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