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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦

第218話 なによりも、まだまだ血を見足りていない——

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「クララ、そのまま前進しろ!」

 ヤマトの声が聞こえたかと思うと、目の前のゴブリンのからだが横一閃されて、両側に弾けとんだ。あたりの瓦礫がれきに黄色い血飛沫ちしぶきとおびただし肉片がとびちる。
 目の前にヤマトがいた。ヤマトは次の一太刀で数体のトーポーズを一挙にほおむった。 
 うしろがわの右の壁側から建物の陰に潜んでいたトーポーズが、一斉に飛びかかってきた。その数、十体以上。クララが右側に銃口をむけようとした。が、左側からもおなじように潜んでいたトーポーズが襲いかかってこようとしているのがみえた。

 両側から同時に!!。全部は無理……。

 そう思った瞬間、右側から強烈な風がふきあがり、クララのからだを揺らした。全力疾走しているはずの体が、突風でそのまま数メートル横にずらされる。

 レイだった。
 レイが横にふるった大剣が、襲いかかってきたトーポーズどもを横殴りにしていた。暴力じみた剣圧にゴブリンはみな吹き飛ばされ、そのうちのトーポーズ五体ほどがその刃にとらえられていた。次の瞬間、ゴキンという鈍い音とともに、トーポーズが潰れていた。刃で斬ったのではなく、刀身の腹ではたいただけだったが、それだけで五体とも絶命していた。レイはすぐさま返す刀で残りのトーポーズのからだを叩き切る。
「なんて、強引なこと!」
 レイの戦いっぷりになかばあきれながら、すぐさま銃口を左側にむけようとした。
 トーポーズが建物の壁やくずれおちた屋根を利用して、空中から飛びかかってくるところだった。

 だが、トーポーズはクララに飛びかかる姿勢のまま、ぴたっと空中に浮いたまま動きをとめた。あまりに唐突で、クララは引き鉄にかけた指を絞るのも忘れて、それに見入った。
 すぐにトーポーズは地面に落下したが、一体のこらず絶命していた。
 クララが背後に目をむけると、そこにユウキがいた。ユウキはさらに十数体のトーポーズを相手にするところだった。ユウキが口元で何かを呟きながら、サーベルの剣先を突きだした。だがトーポーズはまだ数メートル先におり剣の先っぽすら届きそうにもない。
 と、突然サーベルの先が一気に枝分かれしたかと思うと、それぞれの先が蛇のようにしてるしゅるとのたくりながらトーポーズたちを貫いた。
 トーポーズはさきほど同様、飛びかかる姿勢のまま動かなくなっていた。

「ひとつきで!」

 クララがユウキに礼を言おうとしたその瞬間、空に稲妻が走った。目がくらむような光とともに、臓腑ぞうふまでを揺さぶるような音をさせて雷が地面に突き刺さる。クララはあまりの轟音に、キャッと声をあげて身をすくめた。
 が、落雷のあったエリアのトーポーズ数百体は、一瞬にして絶命していた。一部のゴブリンは、まだ自分が絶命しているのに気づいていない様子で、数歩あるいたところで、瓦礫がれきに足をとられて倒れて、はじめて動かなくなった。
「はん。あたしが本気だすとこんなモンよ」
 予想通り、アスカの仕業だった。おそらくさきほどの意趣返しに、こちらのすぐ真横の空間で『雷魔法』を展開してみせたにちがいない。
「アスカさん。わたしの獲物を横取りしないでいただけますか?」
「は、しかたないでしょ。これ以上あんたらに差をつけられるわけいかないからね」

 ふたりの小競り合いを、ユウキの切迫した声が突然、さえぎった。
「気をつけろ。天井からゴブリンが降ってくる!」
 クララは言っている意味がわからないまま、すぐさま天井をみあげた。
 ユウキの言っている通りだった。
 上の大地にいるはずのトーポーズが、こちらにむかって落ちてきていた。

 落ちてくる——?。天井側の地上の重力はどうなったの?。

 おもわず、いくつかの疑問と、いくつものぼやきが口をついて出そうになった。
 が、なんでもありの、VR空間でなに寝ぼけたことを、とすぐに自分を叱咤しったして、クララはガトリング銃を上空にむけた。

 いや、むしろ運がいい。
 クララは空から降り注いでくるおどろくほどのゴブリンの雨を見ながら呟いた。

 もうすこしマナの数字を積み重ねたかったところではないか……。

 それに……。

 なによりも、まだまだ血を見足りていない——。
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