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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦
第240話 ユウキ、偵察艦へ潜入
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「エンジンがない!」
船底に空いた穴から中を覗きこんだユウキは思わず驚きの声を漏らした。
すでに自分たちを急襲した兵はすべて排除し、中から吹きだしていた煙もほぼおさまっていた。あとはレイの提案通りエンジンを落とすだけだったが、穴からのぞき込んで見えるエンジン部分の場所にあったのは、エンジンではなかった。ただのエンジンサイズの筒状の物体だった。たしかに外観にはメンテナンス用のハッチやトグルスイッチはある。だがタービンやピストンのような駆動パーツがなにもないのだ。
「エンジンがないってどういうこと?、ユウキ」
珍しくレイが刺々しさを滲ませた口調で問いただしてきた。
「いや、レイくん、文字通りなのだよ。内部にエンジンらしき推進装置がない」
「でも、爆発して煙がでたわ。あれは何が破壊されたの?」
「わからない。エンジンの形をした大きな筒状の装置があることはある。そしてそこから煙が燻っているのは確かだ。だがその装置のなかはどう見ても空洞なんだ」
ユウキは覗きこんでいた頭をひっこめて、船底に立っているレイの方へ顔をむけた。
レイはエンジン部分を破壊したはずの穴をじっと見つめていた。納得がいっていないのだろう。とても気難しい表情に見えた。
ユウキは自分なりの見解をレイにぶつけてみることにした。
「レイくん。わたしは一部に手抜きがあるのではないかと考えているんだが……」
「手抜き?」
「あぁ。ここは元々は四百年前のゲーム・フィールドの中だ。その当時の技術では、今のように完全に現実世界を模して構築できる技術や容量はなかった。だから建物や風景は『描き割り』と呼ばれる見せかけの空間、造詣物は『ハリボテ』と呼ばれる形だけの偽物で補っていたんだ。プレイヤーがプレイするフィールドやダンジョンだけが、子細に作られていれば問題なかった……」
「つまり、この船も外観から『偵察艦』と判別できれば良いだけで、その内部構造や動力源については適当に作られていると?」
「もしかしたら、この船の中は空洞かもしれない」
レイが口元に手を運んで考え込むような仕草をした。
「いえ、それはないと思う。今さっき兵士たちが中からでてきた。つまり、彼らの居場所はあるってこと。むしろこの艦内がダンジョンのように入り組んでいないか、わたしはそちらのほうを心配すべきだと思う」
レイにそう言及されてユウキはこれから自分に飛び込もうとする場所について、その可能性に思い至っていなかったことに気づかされた。
「ユウキ、さっさと行って。もし艦内がダンジョンになってて時間がかかったとしても、私はためらわずに外側からこの船を落としにいく」
「なぁに、案ずるには及ばんよ。さっさと敵を片づけて操舵室を奪取してみせるさ」
「別に案じてない。ただの連絡事項」
すげなくそう言われて、ユウキはおおきくため息をついた。
まるで相手にされていないような感覚。ユウキは自分自身を『有能』だと信じて疑わなかったが、レイの前においてだけは、その自信がどうしても揺らいでしまう。
ヤマト・タケルとはまったく違う資質だが、レイ・オールマンは間違いなく『非凡』だ。
だが問題は、その非凡さが『規格外』であることだ。
「レイくん、君は君のやりたいようにやってくれてかまわんよ。私はできるだけすみやかにこの船のコントロールを奪う」
ユウキはレイが無言のまま首肯したのを確認すると、穴からできるだけ離れた場所に移動した。じっと穴の中央を見つめる。ユウキは船底に空いた大きな穴の淵に手をかけようとしてなお、怯もうとしている自分の弱さに気づいた。この開口部に手をかけた瞬間、自分は違うステージに我が身を送りこむことになる。今かがみこんで覗きこんでいる穴に飛び込み損ねると、先ほどの兵士たちのように海へまっさかさまに落ちていくのだ。
この期に及んでためらっている場合ではない——。
ユウキはおもむろにダッシュすると、穴の中に飛び込んだ。床にからだが触れて、その上を滑っていく感触が伝わってくる。と、そのとたん、ズッと一気に重力が全身にかかってきて、その勢いがとまった。
ユウキのからだが船の床に腹ばいになったまま動かなくなった。あれだけ勢いよく滑り込んだにも関わらず、膝下が穴から突き出していたが、とりあえずスムーズに海側のステージに移行できたといっていいだろう。
ユウキはからだをはね上げるようにして起き上がると、その場に片脚をついて機銃を構えた。
周りには誰もいなかった。
動く影も、物音もしない。船底内部はなにかの機械が動いているブーンという低い音が響いているだけだった。
ユウキはすばやくあたりを見渡して、先ほど兵たちが降りてきたと思われる鉄の階段を見つけると、全力で駆け上がった。数段飛ばしで一気に階段の上にまで到達する。その前にある鉄扉の前で息を落ち着かせると、ユウキは開いた扉の脇に身を潜めて、ドアノブに手をかけた。兵が一斉射撃の状態で待ちかまえている可能性がある。
ユウキはドアノブを押し出すようにして扉を勢いよく押し開いた。心のなかで5カウントを数える。
なにも反応がないのを確信すると、ユウキは転がるようにして通路に躍りでた。
通路には誰もいなかった。
中腰で銃を前につきだしまま、通路内部をなめまわすように見る。
「レイ君、通路にでた。特に変わった様子もないようだ。通路には敵兵もいない」
「ユウキ、異常がないなら報告は不要。マナを無駄遣いしないで。それにわたしはあなたの上官じゃない」
にべもなくそう言われて、ユウキは口元をゆるめた。
どうやらこのレイの合理的な思考が、自分にもずいぶん馴染んできたらしい。いや、ある意味、本来の自分を取り戻してきたと言っていい。
レイ自身が訓練生時代の自分のナンバー1の実績など気にかけていない。それは純血度が低いという劣等感に固執しているユウキを、まるで笑い飛ばすようかのようで、爽快ですらある。
ユウキは二十メートルほどある通路を一気に走り抜けた。その突き当たりにふたたび鉄扉が現れた。それを慎重な仕草で押し開くと、さらに上に続く階段を駆けあがった。カンカンと甲高い音が響くのがうっとうしかったが、今のところその音に気づいて、だれかが襲撃してくる気配は感じられない。
ユウキは一気に三階上まであがると、そこにある鉄扉の横の壁に背中をピタリとつけた。
この階に操舵室があるはずだった。
ここまでは敵兵が襲ってこなかったが、この先の重要設備のあるエリアで、なんの策も講じていないとは考えにくかった。ましてや自分たちを迎撃にむかった兵が一人も戻ってきてないのだ。この場所で相応の迎撃体制をしいて、待ちかまえていると考えるのが自然だ。
ユウキは手だけを伸ばして、ゆっくりと鉄扉をおしあけた。一斉射撃を受けた時、すぐに階下に飛び降りれるように、もう一方の手は階段の手摺りをつかんでいる。
だが扉が半分まで開いても何の反応もなかった。怪訝に感じながらも、ユウキは扉をさらに開いて隙間から中を覗き込んだ。
そこから見えた光景に、ユウキは一瞬目を大きく見開いた。が、悟ったようにため息をつくと、レイに語りかけた。
「レイ君、艦橋までたどり着いた。この船の操舵輪がある場所で間違いなさそうだ」
「なにか変わったことはあった?」
ユウキは苦笑いを口元に浮かべながら報告した。
「いや、なにも、たいしたことは……。
蛙のような姿をした電幽霊が数人の兵士に憑依して、残りの兵士全員を喰い殺している以外はいたって正常だ」
船底に空いた穴から中を覗きこんだユウキは思わず驚きの声を漏らした。
すでに自分たちを急襲した兵はすべて排除し、中から吹きだしていた煙もほぼおさまっていた。あとはレイの提案通りエンジンを落とすだけだったが、穴からのぞき込んで見えるエンジン部分の場所にあったのは、エンジンではなかった。ただのエンジンサイズの筒状の物体だった。たしかに外観にはメンテナンス用のハッチやトグルスイッチはある。だがタービンやピストンのような駆動パーツがなにもないのだ。
「エンジンがないってどういうこと?、ユウキ」
珍しくレイが刺々しさを滲ませた口調で問いただしてきた。
「いや、レイくん、文字通りなのだよ。内部にエンジンらしき推進装置がない」
「でも、爆発して煙がでたわ。あれは何が破壊されたの?」
「わからない。エンジンの形をした大きな筒状の装置があることはある。そしてそこから煙が燻っているのは確かだ。だがその装置のなかはどう見ても空洞なんだ」
ユウキは覗きこんでいた頭をひっこめて、船底に立っているレイの方へ顔をむけた。
レイはエンジン部分を破壊したはずの穴をじっと見つめていた。納得がいっていないのだろう。とても気難しい表情に見えた。
ユウキは自分なりの見解をレイにぶつけてみることにした。
「レイくん。わたしは一部に手抜きがあるのではないかと考えているんだが……」
「手抜き?」
「あぁ。ここは元々は四百年前のゲーム・フィールドの中だ。その当時の技術では、今のように完全に現実世界を模して構築できる技術や容量はなかった。だから建物や風景は『描き割り』と呼ばれる見せかけの空間、造詣物は『ハリボテ』と呼ばれる形だけの偽物で補っていたんだ。プレイヤーがプレイするフィールドやダンジョンだけが、子細に作られていれば問題なかった……」
「つまり、この船も外観から『偵察艦』と判別できれば良いだけで、その内部構造や動力源については適当に作られていると?」
「もしかしたら、この船の中は空洞かもしれない」
レイが口元に手を運んで考え込むような仕草をした。
「いえ、それはないと思う。今さっき兵士たちが中からでてきた。つまり、彼らの居場所はあるってこと。むしろこの艦内がダンジョンのように入り組んでいないか、わたしはそちらのほうを心配すべきだと思う」
レイにそう言及されてユウキはこれから自分に飛び込もうとする場所について、その可能性に思い至っていなかったことに気づかされた。
「ユウキ、さっさと行って。もし艦内がダンジョンになってて時間がかかったとしても、私はためらわずに外側からこの船を落としにいく」
「なぁに、案ずるには及ばんよ。さっさと敵を片づけて操舵室を奪取してみせるさ」
「別に案じてない。ただの連絡事項」
すげなくそう言われて、ユウキはおおきくため息をついた。
まるで相手にされていないような感覚。ユウキは自分自身を『有能』だと信じて疑わなかったが、レイの前においてだけは、その自信がどうしても揺らいでしまう。
ヤマト・タケルとはまったく違う資質だが、レイ・オールマンは間違いなく『非凡』だ。
だが問題は、その非凡さが『規格外』であることだ。
「レイくん、君は君のやりたいようにやってくれてかまわんよ。私はできるだけすみやかにこの船のコントロールを奪う」
ユウキはレイが無言のまま首肯したのを確認すると、穴からできるだけ離れた場所に移動した。じっと穴の中央を見つめる。ユウキは船底に空いた大きな穴の淵に手をかけようとしてなお、怯もうとしている自分の弱さに気づいた。この開口部に手をかけた瞬間、自分は違うステージに我が身を送りこむことになる。今かがみこんで覗きこんでいる穴に飛び込み損ねると、先ほどの兵士たちのように海へまっさかさまに落ちていくのだ。
この期に及んでためらっている場合ではない——。
ユウキはおもむろにダッシュすると、穴の中に飛び込んだ。床にからだが触れて、その上を滑っていく感触が伝わってくる。と、そのとたん、ズッと一気に重力が全身にかかってきて、その勢いがとまった。
ユウキのからだが船の床に腹ばいになったまま動かなくなった。あれだけ勢いよく滑り込んだにも関わらず、膝下が穴から突き出していたが、とりあえずスムーズに海側のステージに移行できたといっていいだろう。
ユウキはからだをはね上げるようにして起き上がると、その場に片脚をついて機銃を構えた。
周りには誰もいなかった。
動く影も、物音もしない。船底内部はなにかの機械が動いているブーンという低い音が響いているだけだった。
ユウキはすばやくあたりを見渡して、先ほど兵たちが降りてきたと思われる鉄の階段を見つけると、全力で駆け上がった。数段飛ばしで一気に階段の上にまで到達する。その前にある鉄扉の前で息を落ち着かせると、ユウキは開いた扉の脇に身を潜めて、ドアノブに手をかけた。兵が一斉射撃の状態で待ちかまえている可能性がある。
ユウキはドアノブを押し出すようにして扉を勢いよく押し開いた。心のなかで5カウントを数える。
なにも反応がないのを確信すると、ユウキは転がるようにして通路に躍りでた。
通路には誰もいなかった。
中腰で銃を前につきだしまま、通路内部をなめまわすように見る。
「レイ君、通路にでた。特に変わった様子もないようだ。通路には敵兵もいない」
「ユウキ、異常がないなら報告は不要。マナを無駄遣いしないで。それにわたしはあなたの上官じゃない」
にべもなくそう言われて、ユウキは口元をゆるめた。
どうやらこのレイの合理的な思考が、自分にもずいぶん馴染んできたらしい。いや、ある意味、本来の自分を取り戻してきたと言っていい。
レイ自身が訓練生時代の自分のナンバー1の実績など気にかけていない。それは純血度が低いという劣等感に固執しているユウキを、まるで笑い飛ばすようかのようで、爽快ですらある。
ユウキは二十メートルほどある通路を一気に走り抜けた。その突き当たりにふたたび鉄扉が現れた。それを慎重な仕草で押し開くと、さらに上に続く階段を駆けあがった。カンカンと甲高い音が響くのがうっとうしかったが、今のところその音に気づいて、だれかが襲撃してくる気配は感じられない。
ユウキは一気に三階上まであがると、そこにある鉄扉の横の壁に背中をピタリとつけた。
この階に操舵室があるはずだった。
ここまでは敵兵が襲ってこなかったが、この先の重要設備のあるエリアで、なんの策も講じていないとは考えにくかった。ましてや自分たちを迎撃にむかった兵が一人も戻ってきてないのだ。この場所で相応の迎撃体制をしいて、待ちかまえていると考えるのが自然だ。
ユウキは手だけを伸ばして、ゆっくりと鉄扉をおしあけた。一斉射撃を受けた時、すぐに階下に飛び降りれるように、もう一方の手は階段の手摺りをつかんでいる。
だが扉が半分まで開いても何の反応もなかった。怪訝に感じながらも、ユウキは扉をさらに開いて隙間から中を覗き込んだ。
そこから見えた光景に、ユウキは一瞬目を大きく見開いた。が、悟ったようにため息をつくと、レイに語りかけた。
「レイ君、艦橋までたどり着いた。この船の操舵輪がある場所で間違いなさそうだ」
「なにか変わったことはあった?」
ユウキは苦笑いを口元に浮かべながら報告した。
「いや、なにも、たいしたことは……。
蛙のような姿をした電幽霊が数人の兵士に憑依して、残りの兵士全員を喰い殺している以外はいたって正常だ」
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