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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦

第253話 まずい!。これが、あいつの攻撃だ

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 天井を床にしたステージに降りたってきた蛙は立っているだけで、すでに天井に頭が届きそうなほど大きかった。
 次は何の踊りだ?。
 ユウキが自分の体を見ると、自分の手のひら、そして肩、腰が順繰りに光っているのがわかった。それと同時に自分の正面のタイルもその色の光で光りはじめる。だが、その光はとても通常のステップでは、おぼつかないほど高速だった。その場に円弧を描くような光の軌跡は、独楽でも回るようなスピードで示されていく。
 どういうことだ——。この指示通りに動けば自分は床に這いつくばらねばならない。
 やがて光のシグナルは最後にユウキの頭のてっぺんを光らせた。それと同時にそれまで飛び跳ねるように描かれた光の軌跡は、床一点でずっと止まったままになる。
 ユウキの口から思わず声が漏れる。

「こ、これは『ブレイキン!(ブレイク・ダンス)』」

 ユウキは先ほどの光の動きを思いだして動きを頭の中でトレースしてみた。この動きに従うなら、仰向けのまま腰を落として、手と足だけで体を回転させたあと、背中を床につけて肩と背中で回転、風車のように足を大きくふりまわす(ウィンド・ミル)。十数回転したところで、足を天井にむけるようにしてポージング(フリーズ)。こんどは片手だけで倒立してとんとんと跳ねとびながら回転すると、最後は頭のてっぺんを床につけて、くるくると回転する(ヘッド・スピン)。そしてフリーズ。決めポーズ。
「これはいきなり難易度が高すぎるではないのか」
 それでもこの大蛙で最後だ。ユウキが最初のステップを踏みだそうとした時、突然、蛙が大きな体をひらりとさせて逆立ちをしたかと思うと、頭を下にしてヘッド・スピンをはじめた。

「先手をとられたというのか!」
 大蛙のからだはスピンしはじめるやいなや、一気にスピードが跳ね上がった。まだ数回転もしていないのに、大きなコマが回っているほどの、あり得ないほどのスピードになっていく。
 どこからか、ミシッという音が聞こえた。
 回転する大蛙の頭の床の部分にヒビが入っていた。と、そこから一気にベキベキと派手な破壊音をたてて、床のヒビが広がりはじめる。そのヒビの部分からフロアのタイルがめくれあがり、パキパキと小気味のいい音をたてて破砕し、破片が飛び散りはじめた。滑らかだった床から床板が剥がれ、穴があきはじめた。破片はただの板片にすぎないはずなのに、まるでレンガ塀でも崩れたように、その場を埋め尽くしていく。
 ダンスに適した床面が、信じられないことに瓦礫がれきまみれになっていった。

 まずい!。これが、あいつの攻撃だ——。

 ユウキは対抗しようと、どこか踊れる床を探したが、すで遅かった。ユウキの足元のタイル部分もめくれあがって、瓦礫が積み上がり、とても『ブレーキン』を試みることはできないフロアと化していた。
 手段を選ばないダンス封じに、ユウキは助けを求めるつもりもなく呟いていた。
「レイ君、いや、『 』くうはくくん。まずいことになった。ダンスフロアを潰されて、踊ることができなくなった」
 ふだんのユウキならこうも簡単に白旗をあげる姿勢を自分に許すことはなかったが、ゲームの達人『 』くうはくが出現しているのに、そのアドバンテージを生かさず、無為無策を押し通すような愚直な真似もユウキのスタイルではなかった。
 ユウキは『 』くうはくからの返事を待った。だが何の返事もなかった。ユウキはあわてて艦橋正面の窓のほうに目をむけた。
 レイの姿はそこになかった。
 
 大蛙がフリーズのポーズを決めると、宙返りをしてドンとおおきく床を踏みつけた。目も当てられないほど破壊された床が、その衝撃で壊滅的なほどに破壊された。とどめの一撃といっていい。
 ユウキはいきなり追い詰められた状況に焦りを感じた。それが伝わったのか、大蛙が大きな目をすがめるようにしてユウキを見た。まるで侮蔑するような視線。大きな口が嘲笑しているかのように歪にゆがんだ。

 次の瞬間、蛙の口から、おおきな舌が突き出された。
 ユウキにはそう見えた。
 が、口から飛び出したのは大きな剣の剣先だった。幅広の剣先を横に寝かせていたので、舌のようにみえたのだ。蛙が自分の口から飛び出している刃先を見つめて、目をぱちくりさせている。なにが起きたのか、わかっていないらしい。

 剣がヒュンと横にぎ払われると、蛙の口から上の頭部がね飛ばされた。斬り落された頭が中空を舞う。大蛙はその最中にも自分の身になにが起きたか探ろうと、目をせわしなくきょろきょろさせていた。
 が、床にどすんと落ちると、その動きをとめた。

「ユウキ、ごめん。ダンスどころじゃなくなった」
 ふいに『 』くうはくではなく、レイの声が聞こえてきた。
 ユウキが艦橋のほうへ目をむけると、正面窓のむこうから剣を突き出しているレイの姿があった。正面の窓にはおおきな穴があいており、そこから十メートル以上にも伸びた刀身がこちらに向けて突き出されていた。

「何があったのかね。レイくん」
「タケルとクララがトラップにかかって、塔の中に閉じこめられたって、アスカが……」
「アスカくんが?。彼女ならなんとかできるのではないかぬ」
「ひとりじゃ無理。国連軍の弩級戦鑑が出現したらしいの」
「まさか。国連軍はこの世界を航行できる艦を、もう一隻持っていたというのか?」
「ええ。この船はただの斥候せっこうだったみたい」

「わかった。すぐに艦橋に行く。この船でタケルくんたちを助けにいこう」
 ユウキは壁伝いに元々の床に降りたつと、仰向けに倒れている蛙を天井に見ながら、艦橋へ飛び込み、操舵輪の前に走りこんだ。
 正面窓の方を見る。大穴があいてびゅうびゅうと、風が吹き込み室内に気流を巻き起こしていたが、ユウキはかまわず操舵輪に手をかけた。
 穴のあいたむこうにレイの顔があった。割れた窓越しにユウキが言った。
「レイくん、すまないが、船底に行って重しになってるドラゴンの死体を片づけてくれないだろうか?」
「了解。すぐに片づける」
 そう言うとレイは、ふわりと浮いて鑑橋の窓から離れかけた。が、ふいにくるりと首だけ振り向かせると、申しわけなさそうに言った。

「ユウキ、せっかくのダンスタイム。途中で勝手に終わらせてごめん」
 ユウキはレイの殊勝な態度に驚いたが、おおかた『 』くうはくの時の記憶が一部欠落しているせいで、状況が完全に飲み込めていないのだろう。
 
 ユウキは足元のダンスエリアをぶっ壊されて、打つ手がなくて焦っていたことを一瞬、苦々しい気持ちとともに思い出したが、にこやかに微笑んだ。

「レイくん、案ずることはない。そろそろ踊るのに飽きかけていたところだったのでね」
「そう。それならホッとした」
 レイはユウキのことばを深読みせず、文脈通り受け取ってくれた。
 こういう時、レイは気が楽だ。アスカなら裏を読んで嫌な当てこすりをしてくるだろうし、クララは妙な気遣いでこちらをいたたまれない気分にするだろう。

 と、そのとき、突然、頭のなかにヤマト・タケルのことばが飛び込んできた。


『現時刻をもって、ドラゴンズ・ボール奪取作戦を中止する!』
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