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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦

第258話 その瞬間、アスカは信じられないものを見た——

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 銃が落ちてきて、ボチャンという着水音を立てた。

 かと思うと、すぐに兵士のからだが降り注いできた。ドボン、ドボンと派手な音をたてて、兵士の上半身と下半身が、右半身と左半身が、四肢がそれぞれ部位ごとに、様々な破壊のされ方をして、バラバラになって落ちてくる。
 なんとか内壁に身をよせ、兵士の身体の直撃をまぬがれていたが、クララは目の前の水面に浮かぶ兵士の残骸に見いったまま動こうとしなかった。
「さぁ、クララ、手をつかんで」
 ヤマトが上から声をかけると、やっとむき直ってヤマトの方に手を伸ばした。ヤマトがクララを持ちあげようとしたとたん、クララがあわててストップさせた。

「ちょっと待って下さい。タケルさん」
 突然の大声にヤマトは手を緩めた。
「どうした。クララ」
 クララは下をうつむいた。
「私、服が溶けてしまいました」

 いい気味だ——。
 アスカの頭に一瞬そういう考えがもたげた。それなりの時間、モンスターの胃液の中に浸かっていたのだから、服くらい溶かされていてもおかしくない。
 すこしは恥ずかしい思いをすればいい——。
 そう思ったが、クララが魅力的なボディを持っていることを思いだしてあわてて否定した。自分も体には自信があったが、クララはそれに加えて等身がとれていた。女ですら見惚れるほど端正なからだの持ち主。
 危険だ——。
 ヤマトはクララのささやかな抗議も意に介さなかった。
「そんなこと言ってる場合じゃない。さぁ、もう一度」
 クララがぼそりと言った。

「タケルさん。下の方見ないでもらえます?。私、恥ずかしいから……」

 その瞬間、アスカは信じられないものを見た——。
 ヤマトがクララの方にむけていた手をひっこめると、そのまま口元をおさえた。目をぎゅっと閉じて首をうなだれる。

 まさか……、嘔吐えずいてる?。

 あきらかにヤマトは気分が悪くなっている様子だった。壁のエッジに手をかけ、なんとか姿勢を保っているが、いますぐにでも塔の内側か外側か、どちらかに倒れそうだ。

「タケル、大丈夫?」
 アスカは思わず声をあげた。
 首を切られるより、腹を刺し貫かれるより、落ちてきた瓦礫がれきに体を打ち据えられるより、もしかしたら危険な状態なのではないかと思えた。
 ヤマトは口元をおさえていた手をゆっくりとアスカの方にむけて、大丈夫だというしぐさをしてみせた。だが、目をぎゅっと閉じたまま、ことばは発せられない。

 アスカはヤマトの体調の急変に、とまどうばかりだった。
 この世界では物理的な損傷は、マナが残っている限り問題ない。怪我どころか内臓破裂があっても体調を崩すということはない。
 じゃあ、精神的なもの——?。
 ヤマトタケルが——?。
 この世界でもっとも精神力が強いと言われる、ラスト・ジャパニーズの、ヤマトタケルが?。
 ありえない!!!!!!。

 だが、ヤマトはまだクララのほうへ向き直ろうとしない。
「タケル。あたしがクララをひきあげる」
 アスカは緊急事態だと判断した。すこしでもヤマトの負担を減らせるのなら、どんな嫌なことも肩代わりせねばならない。
 それがたとえクララを助けるということであっても……。

「タケル、ちょっとのあいだ、うしろをむいててちょうだい」
 アスカがそう言うと、驚いたことにヤマトはなんの抵抗することもなく、からだを反転させて、アスカが浮いている塔の外側のほうにむいた。

 アスカはヤマトの頭ごしに声をかけた。
「クララ、今からあたしがゆっくり浮遊させたげる。からだが液体から出たら、服を着させてあげるから待ってなさいよね」
 アスカからは内壁の真下にあるクララの姿は死角で見えなかったが、下の方から「お願いします」とだけ聞こえた。アスカは精神を集中させると、手を前につきだしてから、下にさげた。天地逆向きに作用するので、これでクララのからだが浮きあがるはずだ。
 すぐにクララの頭が穴の淵から見えてきた。上半身までがせりあがってくると、クララの申告通り、素っ裸であることがわかった。クララは胸元と下半身に手をあて、大事な部分を隠した姿で、宙に浮いていた。クララは無言のまま、すまなさそうに会釈してきた。

「クララ、そんな必死に隠さなくてもいいわ。見てるのはあたしだけだし」
 アスカはそう言うと、パチンと指をならした。すると、クララのまわりに布があらわれ、からだにまとわりつきはじめた。先ほどまで身につけていた豪華なドレスが、再び形づくられていく。腰まわりをドレープたっぷりのスカートが隠しはじめると、クララは少しほっとした表情を浮かべた。

「クララ、この服代は『貸し』だから。なんかおごってよね」
「アスカさん、すみません」
 クララがやっと口を開いた。
 その時、クララの足元から手が伸びてきて、クララの足首をつかんだ。
 ぐんと体が下に沈みこむ。
 胃液のなかに浮かんでいたはずの兵士がクララの足首をつかんでいた。上半身だけしか残っていなかったが、その力は強かった。
 アスカは、引き摺りこまれる!、と一瞬覚悟したが、クララのブーツがとれて、兵士はそれをつかんだまま再び胃液の中におちていった。

 アスカは靴が脱げたのかと思ったが、そうではなかった。両足のくるぶしから下がどろりと溶け落ちブーツごとなくなっていた。

 アスカははーっと大きくため息をつきながら言った。


「いいわ、クララ。足首はサービスしとく」
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