同人誌やめます。

漆目 人鳥

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同人誌やめます

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「俺、いったい何やってんだろう」

同人誌展示即売会『同人マーケット』
通称『どケット』。
俺は今、サークル『白紙化亭はくしかてい』として会場にいて、目の前を通り過ぎていく人の波をぼんやり眺めながら、ずっとそんな事を考えている。
終了時間までは後1時間を切った。

「9回目か」

白紙化亭のジャンルは創作小説。
どケットそのものは、夏と冬に1回ずつの年2回開催だが、弱小サークルである白紙化亭は、作っても作っても本は売れない。
なので、参加の資金が調達できず、年1回の参加が限界。
今回が8回目の出店。
本日の売り上げは0冊。

「そろそろ潮時かな」

俺は、今回の参加を最後にしようと考え始めていた。
売れない事に拗ねているんじゃない。
過去だって2ケタ売れたことなんか無いんだ。
今さら一冊も売れない事なんて想定中の想定内。

「俺、いったい何やってんだろう」

白紙化亭は、俺と高校時代の友人2人の3人で始めたサークルだ。
のちに、居酒屋で知り合って、コスプレがやりたいので連れて行ってくれと頼まれ、ノリで売り娘として参加していた娘が1人の4人構成。
もっとも、ノリというなら、友人の2人だって、どケットにサークルという特別待遇で参加出来ることが楽しいだけの、言ってしまえば俺の個人サークルの手伝いにノリで参加していたという事に変わりはなかったのだが。

「楽しかったなぁ」

そうだ楽しかった。

毎回毎回、どケット主催者の段取りの悪さに悪態をつきつつも、
次はどんな段取りの悪さを披露して下さるのだろう、などとみんなで弄り回すのも楽しかった。
交代で誰が売り娘と昼飯食いに行くか争ったり、本が売れないことをぼやくだけでも楽しかった。
売り娘がコスプレして広場に行って、カメコの人だかりが出来た時は、サークルは全然関係ないのに誇らしかったりしたっけ。

社会人になり、3人と中々連絡が取れなくなって、やがて売り娘が来なくなり、友人達が来たり来なかったりしてついに、本日。
俺は、ブースに一人で売り子をしている。

朝から、客の一人も来ない机の前に座り続け、ぼそぼそと昼飯を食い。
トイレに行くのだって、お隣のブースに声掛けして気を使い。

これ、何の苦行だ?
俺は、何が楽しくてここにいる?

もともと、小説が書きたかったのも、どケットに参加したかったのも俺なんだ。
最初から一人でやっても当たり前なサークルだったんだ。
なのに、独りになった途端、楽しくなくなったとしたら、
結局俺も、あいつらと騒ぐのが楽しかっただけなんだろうか?
俺は一体ここで何をしたかったんだっけ?

「もう、帰ろうかな」

残り時間は10分もない。
半端だな。
もっとさっさと帰ればよかったか。
そんな時間になっても、俺はまだそんな事をぐずぐずと考えていた。

「すいません」

見ると、高校生くらいの少年が紅潮した顔をこちらに向けて立ってた。

「新刊と、この前の刊を下さい」

一瞬、俺は少年が何を言っているのか理解できず、固まる。
あわてて目の前の本を2冊、彼に渡した。

「白紙化亭さん、次はまた夏ですか?」

「あ、う、ううん」

俺が口ごもる。

「白紙化亭さん、いつも年一回だから、前回のどケットに僕、来れなくて!委託とかやってたりします?」

「いや、うち委託するほど本作らないから」

「あ、じゃあ、これから頑張って来るようにしますね」

少年はそういうと、持っていた手提げ袋の中にうちの同人誌を大切そうにしまってくれた。

「僕、白紙化亭さんの本、全部持ってるんですよ!」

そういって少年は照れたように笑う。

うれしいよ。

あ、わかった。
俺がやりたかったこと。
何で俺がここにいるのか。

そのとき、会場にアナウンスが流れだす。

「おつかれさまでした。どケット終了のお時間です。次回どケットは12月25日になります。
それではみなさん……」

場内がざわめく刹那、俺と、少年と、アナウンスの声が重なった。

「また、会いましょう」

会場が万感の拍手でつつまれた。
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