僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
188 / 934
六章

3

しおりを挟む
「同じ日のほぼ同じ時刻に生まれて、家もほぼ同じ場所にあって、親同士も仲が良く、何より先輩方が大の仲良しでずっと一緒に育った。マジ疑似双子っすね」
 菊本さんは黙ったまま、親指をさっきより力強く立てた。その姿に、今度は京馬と一緒にほのぼのを味わう。プレゼンスキルが最重要能力の一つに昇格して久しいこの国において、寡黙さが美徳に挙げられることは、もはや無いと言える。しかしそれでも、こうして同じ時をすごせば、菊本さんの寡黙さが人嫌いや情緒不足に由来するものでないとすぐ解る。それどころか菊本さんは、いや菊本さんこそは、決める時にビシッと決めるおとこなのだ。
 嵐丸が新忍道サークルの一員になるや、それは湖校生を最も賑わわせる話題となった。翌朝には十人の女子生徒が練習場に詰めかけ、不安がる嵐丸を構おうとして、僕ら一年生トリオは対応に困り果ててしまった。そんな無礼すれすれの姦しさの中、いつの間にか現れた菊本さんが、嵐丸に向かって片膝着いた。そして握った右手を嵐丸へゆっくり近づけて行き、50センチほど離れた場所で止める。そのとたん嵐丸は不安顔を引っ込めテテテと近づいて来て、菊本さんの拳に鼻を押し当てた。その数秒後、嵐丸は安心した様子で拳をぺろぺろ舐め始めた。片膝立ちから両膝立ちに替えた菊本さんが、嵐丸の首を両手の十指で掻く。気持ちよさげな表情を浮かべ、嵐丸は地面にコロンと横たわり、毛がまだ生えそろっていないピンク色のお腹を見せた。そのお腹を菊本さんが優しくなでる。嬉しい嬉しいと転げまわる嵐丸に、女子生徒たちは「かわいい~」「あやすの上手ですね~」を連発した。ここで、
「そいつんちは、家族そろって犬好きなんだ」
 湖校有数の社交力を誇る竹中さんが登場した。竹中さんはフレンドリーかつ自然に、犬と仲良くなるコツを紹介する。そのお蔭で嵐丸とコミュニケーションを取れるようになった女の子たちへ、竹中さんは協力を申し出た。
「ウチのサークルが新公式AIのモニターに選ばれたのは、まだオフレコなんだ。つまり嵐丸は、湖校の秘蔵っ子なんだね。だから嵐丸の話題は、湖校内だけに留めて欲しい。正式発表の日まで、この学校の秘蔵っ子を、みんなで守ってあげてくれないかな」
 自分達だけが知る愛らしい子犬を皆で守ってあげる、というシチュエーションに飛びつかない女の子は、まずいないだろう。彼女達は口々に、全面協力を約束してくれた。そして竹中さんと菊本さんは練習前のこのやり取りを、協力体制が湖校に浸透するまでの一週間、一日も欠かすこと無くやり続けたのだ。嵐丸が大勢の人達からああも可愛がられ、それを経て会話能力を飛躍的に高めていったのは、この先輩方のお蔭なのである。
 みたいな感じのことを、北斗も加わり三人でまくしたてた。嵐丸誕生の経緯を直接知る僕ら一年生トリオにとって、二人の先輩方が成したこれらのことは、感謝してもしきれない事柄だったのだ。
「お前達の言うことは一理あるのだろう。だがそれより、もっと決定的な理由がある。嵐丸は、とにかく自然だ。その自然さが皆を惹きつけるのだと、俺らは考えている」
 膝の上で嵐丸をあやしつつ竹中さんは一旦言葉を切り、菊本さんへ顔を向けた。お弁当の最後の三口を無理やり一口に詰め込んだせいで咀嚼に大忙しの菊本さんは、それでも僕らへ二度、コクコク頷いてくれた。いや正直言うと、この先輩のことだからたとえ口に何も入ってなくても、ほぼ100%同じ対応をしたはずだけどね。
 竹中さんによると、菊本さんはほんの小さいころから、人の言葉を話す3Dペットに面白くない顔をしていたらしい。3Dドッグはとりわけそうで、菊本さんはプイッと顔をそむけ、尖った表情をするのが常だったと言う。それを始めて聞いたときは大変だった。わかります僕もそうなんですと、我を忘れて菊本さんに取り縋ってしまったのだ。猫はこの場面でこんなことを考えているんじゃないかな、という良識を基に作られた3Dキャットはその限りでないが、この場面でこんなことを言わせたらこの商品は売れるだろうな、という欲まみれの3Dキャットは、翔猫と精霊猫に育ててもらったと言っても過言でない僕にとって、不快な虚でしかなかったのである。
 けれども嵐丸にはそれが無い。欲はもちろん、不自然さもまったく無い。そしてそれは当然なことと言えた。なぜなら、物心つく前から翔狼と精霊狼に囲まれて育った紫柳子さんにとって、犬との会話は極普通の、日常でしかなかったからだ。
 そうまさに、僕がそうであるようにね。
「俺は眠留と猫達の関係を長年見てきましたから、嵐丸の自然さが、なんとなくわかります」
「俺は一度会っただけですが、眠留の家の猫達が世話好きで優しいってことはすぐ感じました。だから菊本さんと眠留の気持ちが、俺にもなんとなくわかります」
 竹中さんは口を開けてニカッと、菊本さんは口を閉じたままニコッと笑い、北斗と京馬に応える。そんな先輩方に、僕はつくづく思った。
 この先輩方は性格も容姿もまるで異なるが、それでもやはりこの二人は、疑似二卵性双生児なんだなあ、と。

「じゃあな、嵐丸」
 小声でそう呟き、遊び疲れて眠る嵐丸をそっとなでた。なで方や力加減を間違っても、3Dの嵐丸を起こすことはない。それでもあらん限りの優しさで嵐丸をなで、別れの挨拶をし、僕らはプレハブを後にした。
「眠留、次に会うのは九月四日だな」
 シャワー室へ向かう道すがら、横に並ぶ加藤さんが僕の肩を叩いた。サークルのボケ役を担当するこの二年の先輩は、生来のいじられキャラである僕にとって、特別な親近感を抱かずにはいられない先輩だ。そしてそれは多分、加藤さんにとっても同じなのではないかなと僕は感じている。
「はい、次は九月四日の第一土曜日に来ます。その時は、またよろしくお願いします」
 九月から僕は、土日と祝祭日のみサークルに参加させてもらう身に戻る。そして明日は、週に一度の自由日をサークルに使う日だった。そうつまり、新忍道サークルで汗を流す夏休みは、もう終わってしまったのだ。
「うむ、今のうちにその顔をしておけ。俺らは九月になってもお前とまたこうして時間を共有できるが、掛け持ちしていた二つの部にそれは叶わない。だからお世話になった人達へ、その顔を見せるんじゃないぞ」
 加藤さんの顔が急速にぼやけてゆく。でもぼやけの粒が頬を伝うより速く、僕らはシャワー室に着いた。こうなるようタイミングを計り加藤さんは話しかけてくれたんだろうなあ、という思いを必死で飲み込み、僕は真っ先に裸になって、シャワーの蛇口をひねった。

 湖校新忍道サークルにやって来た変化は、新公式AIだけではない。それ以外にも、幾つかの変化がサークルを訪れていた。その一つが、一年生トリオへの呼びかけ。八月十三日と十四日の連休以降、先輩方は北斗だけでなく、一年生メンバー全員を名前で呼ぶようになったのである。
 連休明けの十五日、練習前の僅かな時間を使い、これからは俺のことを京馬と呼んで頂けませんかと、京馬は先輩方へ頭を下げた。その両隣で半拍置き腰を折った僕ら一年生三人へ、真田さんはさも嬉しげに言った。「京馬、北斗、眠留、有意義な休みを過ごしたようだな」 それ以降、僕ら一年生トリオは皆、先輩方から名前で呼んで貰えるようになったのだ。
 二つ目の変化は、ボス戦の攻略スタイル。僕が鬼王を出雲で倒したあの日以降、北斗と京馬の戦闘スタイルが変わった。以前とは比較にならぬほど、ボスへ近づくようになったのだ。「銃もカートリッジも、標的に近づくほど命中率は上がる。ならば、近づかない手はない」 これを土台とし、先ず僕が接近してボスの気を逸らし、北斗がより接近して更に気を逸らし、最後は京馬が肉迫してとどめを刺すというスタイルを、僕らは確立したのだ。すると先輩方も変わった。先輩方はそれまで、どちらかと言うと理知的な戦闘スタイルを好んでいたが、大胆さを取り入れるようになったのである。それが、嵐丸目当てでやって来ていた見学者達に好評を博した。先輩方の魅せる大胆な近接戦闘も、五十人を超すギャラリーが連日押し寄せるようになった理由の一つなのだ。
 そして最後の変化が、掃除と備品点検を全員でするようになった事。以前は一年生トリオの仕事だったが、今は全員で素早く終わらせるようになっている。「その方が嵐丸と長く遊んでいられるじゃないか」と先輩方は笑って言うが、それがそのままの意味だと誰が信じるだろう。しかしだからこそ、僕ら一年生トリオは先輩方へ、全幅の信頼を寄せるのだった。
「先輩方、お先に失礼します!」
 シャワー室の出口に立ち、僕はいつもどおり先輩方へ腰を折る。「またな」「また今度な」と、先輩方もいつもどおり手を振ってくれる。北斗と京馬も、両手を盛んに振り返している。この挨拶が終わったとたん、このサークルで過ごした僕の夏休みも終わると解っているからこそ、いつもと変わらぬ挨拶を皆と交わす。そして――
 僕はシャワー室を後にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
キャラ文芸
特別国家公務員の安住君は商店街裏のお寺の息子。久し振りに帰省したら何やら見覚えのある青い物体が。しかも実家の本堂には自分専用の青い奴。どうやら帰省中はこれを着る羽目になりそうな予感。 白い黒猫さんが書かれている『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 とクロスオーバーしているお話なので併せて読むと更に楽しんでもらえると思います。 そして主人公の安住君は『恋と愛とで抱きしめて』に登場する安住さん。なんと彼の若かりし頃の姿なのです。それから閑話のウサギさんこと白崎暁里は饕餮さんが書かれている『あかりを追う警察官』の籐志朗さんのところにお嫁に行くことになったキャラクターです。 ※キーボ君のイラストは白い黒猫さんにお借りしたものです※ ※饕餮さんが書かれている「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々」、篠宮楓さんが書かれている『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の登場人物もちらりと出てきます※ ※自サイト、小説家になろうでも公開中※

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

召喚されたリビングメイルは女騎士のものでした

think
ファンタジー
ざっくり紹介 バトル! いちゃいちゃラブコメ! ちょっとむふふ! 真面目に紹介 召喚獣を繰り出し闘わせる闘技場が盛んな国。 そして召喚師を育てる学園に入学したカイ・グラン。 ある日念願の召喚の儀式をクラスですることになった。 皆が、高ランクの召喚獣を選択していくなか、カイの召喚から出て来たのは リビングメイルだった。 薄汚れた女性用の鎧で、ランクもDという微妙なものだったので契約をせずに、聖霊界に戻そうとしたが マモリタイ、コンドコソ、オネガイ という言葉が聞こえた。 カイは迷ったが契約をする。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

処理中です...