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六章
出立、1
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翌三十一日、午前四時二十分。
僕と末吉は討伐を終え、神社へ帰投していた。
「眠留、夏休みは今日で、終わりだよにゃ」
「そうだ。今日が、夏休み最後の日だね」
頭の上から悲しげに問う末吉へ、酷と知りつつ僕は事実を告げる。
「明日からは、学校が始まるんだよにゃ」
「そうだね、始まるね」
何度も質問した分かり切ったことを、いや、質問せずとも分かり切ったことを、末吉は今日も僕に尋ねてきた。その気持ちを実感できる僕は毎日こうして、悲しげな末吉と向き合うことにしていた。
「末吉は、この夏休みがとても楽しかったんだね」
「そうにゃ、楽しかったのにゃ、嬉しかったのにゃ」
「輝夜さんと昴も、楽しい嬉しいって、いつも言ってたよ」
「そうにゃ、おいら達はいつも、楽しくて嬉しくて・・・」
末吉は声を詰まらせた。視界の上側に、ちょこんちょこんと見えていた末吉の肉球の一つが持ち上げられ、消える。その前足で顔を拭い、ぺろぺろ舐めている様子が頭皮から伝わってくる。頭の上で今日も繰り返される、濡れた前足を綺麗にする末吉に気づいていない振りをして、僕は黙って神社を目指した。
末吉は去年の八月上旬、生後三か月で神社にやって来た。ここでの生活に慣れるためたっぷり遊んであげなさいと祖父母から言われていた僕と美鈴は、末吉と夏休みを遊び倒した。よって去年も、九月になり僕らが学校へ行くようになると末吉は寂しがったが、それでもそれは少しの寂しさでしかなかった。祖父母はまさしく猫可愛がりしていたし、大吉と中吉と小吉もメチャクチャ可愛がっていたし、翔描の訓練も兼ねた鎮守の森の探検にハマりまくっていた時期でもあったため、末吉はさほど寂しい想いをしなかった。だが今年は違った。普段は気丈に振る舞っていても、討伐を終え二人で帰投する際、末吉はいつもこうして顔を拭っていた。僕がその気持ちを骨の髄から理解できる同士だということを、末吉は知っていたのである。
輝夜さんと昴は、末吉を可愛がってくれただけの人ではない。
二人と末吉は単に、楽しい夏休みを過ごしただけの間柄ではない。
長足の進歩を遂げる自分が誇らしく、それを分かち合える仲間がいることが嬉しく、それを糧にこの夏を全力で駆け抜けた、かけがえのない仲間。
そんな仲間と過ごす夏を、末吉はこの夏、生まれて初めて経験したのだ。
そう、僕がまさに、そうであったようにね。
「末吉、鎮守の森が見えてきた。そろそろ神社に着くよ」
「了解にゃ、おいら気合い入れて、最後の日を突っ走るのにゃ」
「むむ、僕負けないよ!」
「おいらこそ負けないのにゃ!」
僕らはまるで、これから魔想討伐へ向かうが如き闘志を漲らせて、神社へ降下して行ったのだった。
数分後、「おいらこそ負けないのにゃ」をただちに履行し全力ですやすや眠る末吉を部屋に残し、一人道場へ向かう。
その約三十分後。
「全力攻撃開始!」
水晶の号令のもと、精霊猫十一匹による全力攻撃が開始された。一歩先の行動は読まれても二歩先の行動は読まれることの無いよう足を交互に踏み出し、迫りくる十一本の超音速鞭を僕は躱してゆく。だが残すところ数秒となった最終局面、松果体から火花が飛んだ。風に形容される生命力とは異質の「火」を真っ先に翻訳した小脳が、それを下垂体へ送信する。僕は眉間でそれを感じ取った。
「二歩先まで読まれた、袋小路だ!」
これまでと同じく一歩目を踏み出すも、その足が床に着くなり爆渦軸閃を発動し、後ろ脚一本では成しえない速度で体の進行方向を変える。その刹那、
ビュワンッ!
二歩目を踏むつもりだった場所へ十一本の鞭が殺到した。その内の一本をはっきり捉えた僕は、移動エネルギーを上乗せし猫丸を一閃。
ザンッ!!
精霊猫の繰り出す超音速鞭を生まれて初めて断ち斬るも、僕は平常心を保ち後方へ跳躍する。その直後、
「戦闘終了!」
喜びを隠し切れない水晶の号令が、道場に響き渡ったのだった。
猫丸を右手に、立ったまま呼吸を整える。抜き身の日本刀を手にするうちは正座を免除されていても、だらけた格好をする訳にはいかない。僕は呼吸を収め、胸を張り顎を引き背筋を伸ばした。
「眠留、あっぱれじゃったぞ」
水晶を初めとする十二匹の精霊猫へ腰を折る。緑を担う双葉が、嬉しげに前足を振っている。多分僕が斬ったのは、双葉の鞭だったのだろう。
「眠留の爆閃、ようよう切れ始めたの。研いでゆくが良い」
「かしこまりました」
爆閃とは、爆渦軸閃の略。限定解除した足腰の筋肉を総動員して発動する、翔人の基礎技術なのだ。
「次回からは、儂が陽翔らへ指示を出す。それゆえ今までと異なり、少なくとも一度は袋小路となるであろう」
これまで僕は、二歩先を読ませない鍛錬を重ねてきた。しかし次回からは、水晶が僕の移動予測をして、袋小路をあえて作り出すのだと言う。階段を一段上った感慨が、胸にせり上がって来た。
「先ずは、袋小路脱出に心血を注ぐべし。陽動に使おうなど、ゆめゆめ思うでないぞ」
「心得ました」
カッコつけて心得ましたなんて言ってるけど、本当は冷汗ダラダラだった。袋小路を陽動にどんどん使い、鞭をバッサバッサと斬り倒している妄想が、脳裏をかすめていたのである。反省のため、この場面では本来いらない一礼を、僕は返答に添えた。
「よいよい、若さとはそういうものじゃ。眠留よ、一つ頼まれてくれるかの」
頼み事とは珍しいと、普段なら驚いたと思う。でも孫娘にデレデレのお爺ちゃんになっている水晶の様子から、輝夜さんと昴に関する頼み事だと判断し、嬉々として答えた。
「はい、喜んで」
「うむ、ならば頼もう。鞭を初めて斬ったことを、外泊の予定を知らせたのち、我が弟子らに伝えて欲しいのじゃ。美鈴には、儂から言うておくでの」
「外泊が先で、鞭を切ったのは後ですね。重ね重ね、感謝いたします」
抜き身の猫丸を手にしていなければ、僕は床に額を擦り付けていただろう。輝夜さんと昴、そして美鈴をこれほど気に掛けてくれる水晶へ、僕は胸中誓った。翔人の技術だけでなく、心も一生懸命磨いていきます、と。
そんな僕へにこにこ頷き、水晶は朗々と宣言した。
「これにて、本鍛錬を終了する」
僕は腰を直角に折り、それに応えたのだった。
僕と末吉は討伐を終え、神社へ帰投していた。
「眠留、夏休みは今日で、終わりだよにゃ」
「そうだ。今日が、夏休み最後の日だね」
頭の上から悲しげに問う末吉へ、酷と知りつつ僕は事実を告げる。
「明日からは、学校が始まるんだよにゃ」
「そうだね、始まるね」
何度も質問した分かり切ったことを、いや、質問せずとも分かり切ったことを、末吉は今日も僕に尋ねてきた。その気持ちを実感できる僕は毎日こうして、悲しげな末吉と向き合うことにしていた。
「末吉は、この夏休みがとても楽しかったんだね」
「そうにゃ、楽しかったのにゃ、嬉しかったのにゃ」
「輝夜さんと昴も、楽しい嬉しいって、いつも言ってたよ」
「そうにゃ、おいら達はいつも、楽しくて嬉しくて・・・」
末吉は声を詰まらせた。視界の上側に、ちょこんちょこんと見えていた末吉の肉球の一つが持ち上げられ、消える。その前足で顔を拭い、ぺろぺろ舐めている様子が頭皮から伝わってくる。頭の上で今日も繰り返される、濡れた前足を綺麗にする末吉に気づいていない振りをして、僕は黙って神社を目指した。
末吉は去年の八月上旬、生後三か月で神社にやって来た。ここでの生活に慣れるためたっぷり遊んであげなさいと祖父母から言われていた僕と美鈴は、末吉と夏休みを遊び倒した。よって去年も、九月になり僕らが学校へ行くようになると末吉は寂しがったが、それでもそれは少しの寂しさでしかなかった。祖父母はまさしく猫可愛がりしていたし、大吉と中吉と小吉もメチャクチャ可愛がっていたし、翔描の訓練も兼ねた鎮守の森の探検にハマりまくっていた時期でもあったため、末吉はさほど寂しい想いをしなかった。だが今年は違った。普段は気丈に振る舞っていても、討伐を終え二人で帰投する際、末吉はいつもこうして顔を拭っていた。僕がその気持ちを骨の髄から理解できる同士だということを、末吉は知っていたのである。
輝夜さんと昴は、末吉を可愛がってくれただけの人ではない。
二人と末吉は単に、楽しい夏休みを過ごしただけの間柄ではない。
長足の進歩を遂げる自分が誇らしく、それを分かち合える仲間がいることが嬉しく、それを糧にこの夏を全力で駆け抜けた、かけがえのない仲間。
そんな仲間と過ごす夏を、末吉はこの夏、生まれて初めて経験したのだ。
そう、僕がまさに、そうであったようにね。
「末吉、鎮守の森が見えてきた。そろそろ神社に着くよ」
「了解にゃ、おいら気合い入れて、最後の日を突っ走るのにゃ」
「むむ、僕負けないよ!」
「おいらこそ負けないのにゃ!」
僕らはまるで、これから魔想討伐へ向かうが如き闘志を漲らせて、神社へ降下して行ったのだった。
数分後、「おいらこそ負けないのにゃ」をただちに履行し全力ですやすや眠る末吉を部屋に残し、一人道場へ向かう。
その約三十分後。
「全力攻撃開始!」
水晶の号令のもと、精霊猫十一匹による全力攻撃が開始された。一歩先の行動は読まれても二歩先の行動は読まれることの無いよう足を交互に踏み出し、迫りくる十一本の超音速鞭を僕は躱してゆく。だが残すところ数秒となった最終局面、松果体から火花が飛んだ。風に形容される生命力とは異質の「火」を真っ先に翻訳した小脳が、それを下垂体へ送信する。僕は眉間でそれを感じ取った。
「二歩先まで読まれた、袋小路だ!」
これまでと同じく一歩目を踏み出すも、その足が床に着くなり爆渦軸閃を発動し、後ろ脚一本では成しえない速度で体の進行方向を変える。その刹那、
ビュワンッ!
二歩目を踏むつもりだった場所へ十一本の鞭が殺到した。その内の一本をはっきり捉えた僕は、移動エネルギーを上乗せし猫丸を一閃。
ザンッ!!
精霊猫の繰り出す超音速鞭を生まれて初めて断ち斬るも、僕は平常心を保ち後方へ跳躍する。その直後、
「戦闘終了!」
喜びを隠し切れない水晶の号令が、道場に響き渡ったのだった。
猫丸を右手に、立ったまま呼吸を整える。抜き身の日本刀を手にするうちは正座を免除されていても、だらけた格好をする訳にはいかない。僕は呼吸を収め、胸を張り顎を引き背筋を伸ばした。
「眠留、あっぱれじゃったぞ」
水晶を初めとする十二匹の精霊猫へ腰を折る。緑を担う双葉が、嬉しげに前足を振っている。多分僕が斬ったのは、双葉の鞭だったのだろう。
「眠留の爆閃、ようよう切れ始めたの。研いでゆくが良い」
「かしこまりました」
爆閃とは、爆渦軸閃の略。限定解除した足腰の筋肉を総動員して発動する、翔人の基礎技術なのだ。
「次回からは、儂が陽翔らへ指示を出す。それゆえ今までと異なり、少なくとも一度は袋小路となるであろう」
これまで僕は、二歩先を読ませない鍛錬を重ねてきた。しかし次回からは、水晶が僕の移動予測をして、袋小路をあえて作り出すのだと言う。階段を一段上った感慨が、胸にせり上がって来た。
「先ずは、袋小路脱出に心血を注ぐべし。陽動に使おうなど、ゆめゆめ思うでないぞ」
「心得ました」
カッコつけて心得ましたなんて言ってるけど、本当は冷汗ダラダラだった。袋小路を陽動にどんどん使い、鞭をバッサバッサと斬り倒している妄想が、脳裏をかすめていたのである。反省のため、この場面では本来いらない一礼を、僕は返答に添えた。
「よいよい、若さとはそういうものじゃ。眠留よ、一つ頼まれてくれるかの」
頼み事とは珍しいと、普段なら驚いたと思う。でも孫娘にデレデレのお爺ちゃんになっている水晶の様子から、輝夜さんと昴に関する頼み事だと判断し、嬉々として答えた。
「はい、喜んで」
「うむ、ならば頼もう。鞭を初めて斬ったことを、外泊の予定を知らせたのち、我が弟子らに伝えて欲しいのじゃ。美鈴には、儂から言うておくでの」
「外泊が先で、鞭を切ったのは後ですね。重ね重ね、感謝いたします」
抜き身の猫丸を手にしていなければ、僕は床に額を擦り付けていただろう。輝夜さんと昴、そして美鈴をこれほど気に掛けてくれる水晶へ、僕は胸中誓った。翔人の技術だけでなく、心も一生懸命磨いていきます、と。
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