僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
198 / 934
六章

出立、1

しおりを挟む
 翌三十一日、午前四時二十分。
 僕と末吉は討伐を終え、神社へ帰投していた。
「眠留、夏休みは今日で、終わりだよにゃ」
「そうだ。今日が、夏休み最後の日だね」
 頭の上から悲しげに問う末吉へ、こくと知りつつ僕は事実を告げる。
「明日からは、学校が始まるんだよにゃ」
「そうだね、始まるね」
 何度も質問した分かり切ったことを、いや、質問せずとも分かり切ったことを、末吉は今日も僕に尋ねてきた。その気持ちを実感できる僕は毎日こうして、悲しげな末吉と向き合うことにしていた。
「末吉は、この夏休みがとても楽しかったんだね」
「そうにゃ、楽しかったのにゃ、嬉しかったのにゃ」
「輝夜さんと昴も、楽しい嬉しいって、いつも言ってたよ」
「そうにゃ、おいら達はいつも、楽しくて嬉しくて・・・」
 末吉は声を詰まらせた。視界の上側に、ちょこんちょこんと見えていた末吉の肉球の一つが持ち上げられ、消える。その前足で顔をぬぐい、ぺろぺろ舐めている様子が頭皮から伝わってくる。頭の上で今日も繰り返される、濡れた前足を綺麗にする末吉に気づいていない振りをして、僕は黙って神社を目指した。
 末吉は去年の八月上旬、生後三か月で神社にやって来た。ここでの生活に慣れるためたっぷり遊んであげなさいと祖父母から言われていた僕と美鈴は、末吉と夏休みを遊び倒した。よって去年も、九月になり僕らが学校へ行くようになると末吉は寂しがったが、それでもそれは少しの寂しさでしかなかった。祖父母はまさしく猫可愛がりしていたし、大吉と中吉と小吉もメチャクチャ可愛がっていたし、翔描の訓練も兼ねた鎮守の森の探検にハマりまくっていた時期でもあったため、末吉はさほど寂しい想いをしなかった。だが今年は違った。普段は気丈に振る舞っていても、討伐を終え二人で帰投する際、末吉はいつもこうして顔を拭っていた。僕がその気持ちを骨の髄から理解できる同士だということを、末吉は知っていたのである。
 輝夜さんと昴は、末吉を可愛がってくれただけの人ではない。
 二人と末吉は単に、楽しい夏休みを過ごしただけの間柄ではない。
 長足の進歩を遂げる自分が誇らしく、それを分かち合える仲間がいることが嬉しく、それを糧にこの夏を全力で駆け抜けた、かけがえのない仲間。
 そんな仲間と過ごす夏を、末吉はこの夏、生まれて初めて経験したのだ。
 そう、僕がまさに、そうであったようにね。
「末吉、鎮守の森が見えてきた。そろそろ神社に着くよ」
「了解にゃ、おいら気合い入れて、最後の日を突っ走るのにゃ」
「むむ、僕負けないよ!」
「おいらこそ負けないのにゃ!」
 僕らはまるで、これから魔想討伐へ向かうが如き闘志を漲らせて、神社へ降下して行ったのだった。

 数分後、「おいらこそ負けないのにゃ」をただちに履行りこうし全力ですやすや眠る末吉を部屋に残し、一人道場へ向かう。
 その約三十分後。
「全力攻撃開始!」
 水晶の号令のもと、精霊猫十一匹による全力攻撃が開始された。一歩先の行動は読まれても二歩先の行動は読まれることの無いよう足を交互に踏み出し、迫りくる十一本の超音速鞭を僕は躱してゆく。だが残すところ数秒となった最終局面、松果体から火花が飛んだ。風に形容される生命力とは異質の「火」を真っ先に翻訳した小脳が、それを下垂体へ送信する。僕は眉間でそれを感じ取った。
「二歩先まで読まれた、袋小路だ!」
 これまでと同じく一歩目を踏み出すも、その足が床に着くなり爆渦軸閃を発動し、後ろ脚一本では成しえない速度で体の進行方向を変える。その刹那、
 ビュワンッ!
 二歩目を踏むつもりだった場所へ十一本の鞭が殺到した。その内の一本をはっきり捉えた僕は、移動エネルギーを上乗せし猫丸を一閃。
 ザンッ!!
 精霊猫の繰り出す超音速鞭を生まれて初めて断ち斬るも、僕は平常心を保ち後方へ跳躍する。その直後、
「戦闘終了!」
 喜びを隠し切れない水晶の号令が、道場に響き渡ったのだった。

 猫丸を右手に、立ったまま呼吸を整える。抜き身の日本刀を手にするうちは正座を免除されていても、だらけた格好をする訳にはいかない。僕は呼吸を収め、胸を張り顎を引き背筋を伸ばした。
「眠留、あっぱれじゃったぞ」
 水晶を初めとする十二匹の精霊猫へ腰を折る。緑を担う双葉が、嬉しげに前足を振っている。多分僕が斬ったのは、双葉の鞭だったのだろう。
「眠留の爆閃ばくせん、ようよう切れ始めたの。研いでゆくが良い」
「かしこまりました」
 爆閃とは、爆渦軸閃の略。限定解除した足腰の筋肉を総動員して発動する、翔人の基礎技術なのだ。
「次回からは、儂が陽翔らへ指示を出す。それゆえ今までと異なり、少なくとも一度は袋小路となるであろう」
 これまで僕は、二歩先を読ませない鍛錬を重ねてきた。しかし次回からは、水晶が僕の移動予測をして、袋小路をあえて作り出すのだと言う。階段を一段上った感慨が、胸にせり上がって来た。
「先ずは、袋小路脱出に心血を注ぐべし。陽動に使おうなど、ゆめゆめ思うでないぞ」
「心得ました」
 カッコつけて心得ましたなんて言ってるけど、本当は冷汗ダラダラだった。袋小路を陽動にどんどん使い、鞭をバッサバッサと斬り倒している妄想が、脳裏をかすめていたのである。反省のため、この場面では本来いらない一礼を、僕は返答に添えた。
「よいよい、若さとはそういうものじゃ。眠留よ、一つ頼まれてくれるかの」
 頼み事とは珍しいと、普段なら驚いたと思う。でも孫娘にデレデレのお爺ちゃんになっている水晶の様子から、輝夜さんと昴に関する頼み事だと判断し、嬉々として答えた。
「はい、喜んで」
「うむ、ならば頼もう。鞭を初めて斬ったことを、外泊の予定を知らせたのち、我が弟子らに伝えて欲しいのじゃ。美鈴には、儂から言うておくでの」
「外泊が先で、鞭を切ったのは後ですね。重ね重ね、感謝いたします」
 抜き身の猫丸を手にしていなければ、僕は床に額を擦り付けていただろう。輝夜さんと昴、そして美鈴をこれほど気に掛けてくれる水晶へ、僕は胸中誓った。翔人の技術だけでなく、心も一生懸命磨いていきます、と。
 そんな僕へにこにこ頷き、水晶は朗々と宣言した。
「これにて、本鍛錬を終了する」
 僕は腰を直角に折り、それに応えたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

【悲報】現代ダンジョン時代、俺の職業がLv.1チンピラ【詰み】

道雪ちゃん
ファンタジー
2024年の年末、世界中に突如ダンジョンが出現した。 大学生・三上ひよりも探索者になることを決意するが、与えられた職業は――世界で一人しかいないユニーク職「Lv.1チンピラ」。 周囲からは笑われ、初期スキルもほとんど役に立たない。 それでも、生き残るためにはダンジョンに挑むしかない。 これは、ネット住民と世界におもちゃにされながらも、真面目に生き抜く青年の物語。 ※基本的にスレッド形式がメインです

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」  ――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。  カクヨムにて先行連載中です! (https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)  異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。  残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。  一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。  そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。  そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。  異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。  やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。  さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。  そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...