僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

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「そっ、総領息子なんて大層なものじゃなくて、僕はダメダメ翔人なんです。えっとあと、こちらこそよろしくお願いします!」
 なんて過大評価を訂正しつつも、こんなに素敵な女性から総領息子と呼ばれた僕は、ふにゃふにゃを極めたが如き顔になってしまった。それ自体は、褒められた事ではなかったと思う。しかし、総領息子という甘い響きに心の暗部を刺激されたお陰で、岬さんが神社に顔を出さなかった真の理由を見定めることができた。それは、美夜さんがAランクAIだったことを伏せていたのと同様、僕を慢心させないためだったのである。
 運動音痴を筆頭とする複数の劣等感に苛まれていた僕は、美夜さんがAランクAIだと知ったら、歪んだ優越感と極度の依存心を芽生えさせたはずだ。ゆえに美夜さんは本来のランクを伏せざるを得ず、そしてそれは、岬さんへも同様に働いた。僕が最も苦しんでいた小学三年生のころ、あらゆる面で完璧な五歳年上の女性が見習い翔人として神社にやって来るようになったら、僕はその女性に依存し、そして慢心したに違いないからだ。そう、岬さんは僕のせいで、猫将軍本家での修行を受けられなかったのである。胴体が進行方向へ必要以上に傾斜しようとしているのを、僕ははっきり感じた。
 けど僕は、それを自分に許さなかった。
 ――どんなに後悔しても、過去の出来事は変えられない。なら過去に俯くのではなく、胸を張り未来を見つめよう。そうすることで、僕は自分を育てて行こう。なぜならそれこそが、僕を支えてくれた大勢の人達への、最大の恩返しになるからだ―― 
 胸の中でそう叱咤し、項垂れそうになっていた背筋を伸ばす。僕は身体操作の研究者として培った技術を総動員して宙を蹴り、空を翔けて行った。すると、
「湖校の六年間を薙刀部で過ごしたことに、私は一片の悔いもないわ。けど君を見ていたら、女子だけでなく男子の後輩も欲しかったって思った。女の子だけじゃなく、男の子も育ててみたかったなって、思えてきちゃったの。猫将軍君、これからよろしくね」
 岬さんはそう言って傍らにやって来て、ふわふわの笑顔で僕の頭を撫でてくれた。その瞬間、夢が一つ叶ったことを知った。
 ああ、やっとできたんだ。
 年の近い翔人の先輩が、この僕に。

 それから一分とかからず川越に到着した。大雑把に聞いたところによると岬さんの家は川越藩の縁者らしく、城の近くに道場付きの大きな屋敷を今も構えていた。「場所が判ったんだから今度遊びに来なさい、教育AIに頼んで今日中にメールを送るね」と手を振り、岬さんは家へ帰って行った。
 日曜日は通常より早く討伐が終わり、帰宅後の訓練もない。よって岬さんを送ったことに時間的損失はなく、また精霊猫が生命力をくれたことから推察するに、川越への行程は翔人としての公務扱いになっているのだろう。とは言え、きびきび行動するに越したことは無い。僕と末吉は銀に一礼し、帰路に着いた。そして後方から銀の気配が消えるや、
「岬さん綺麗だった~~」
「優しい撫で撫でだったにゃ~~」
 と、岬静香さんの素晴しさを僕らは大はしゃぎで語り合ったのだった。

 同日午後五時、輝夜さんと昴が合宿から帰ってきた。午後四時半に合宿が終わることを知っていた末吉は四時半になるなり大石段の下へ移動し、二人の帰宅を待っていた。そして二人の気配を察知するや一目散に駆けて行き、輝夜さんと昴を出迎えた。それが語られるたび、
「おいらは当然のことをしたまでにゃ」
 と末吉が胸をそびやかす様は、ただでさえ楽しい夕食に一層の笑顔を添えた。家族の不在を悲しみ、帰宅を待ちわび、そして一目散に出迎えるのを当然とする末吉は、輝夜さんと昴はもちろんそれこそ家族全員から、食事の間中ずっと、愛情たっぷりに撫でられていた。
 そんな台所の光景を眺めながら、丁度一週間前に経験したかけがえのない三日間の記憶を、僕は呼び覚ましていた。
 
 
 春休みに学校で部活の合宿を行うのは、研究学校全般に共通する恒例行事だった。六年生が卒業してから一年生が入学するまで、寮生の人数が一学年分減る。それを利用し、体育会系のみならず文化系の部活も、学校で合宿をするのだ。寮生の多い研究学校は長期休暇中に林間学校やスキー教室を開けない事もあり、春休みの合宿はそれに代わる「お泊り行事」として高い人気を博していた。ただ人気が高すぎる余り、合宿を希望する部とサークルの全てを寮に宿泊させることは叶わず、教育AIに断られる部やサークルも多かった。いや、断られるのは圧倒的にサークルが多かった。そして残念この上ないが、新忍道サークルもその一つに入ってしまったのである。発足して一年未満の単なる同好会より正式な部を優先して然るべきなのだと頭では分かっていても、真田さんや荒海さんと一緒に合宿できるのはこの春だけだと思うと悔しくてならず、その日は夕食の箸があまり進まなかった。食欲の振るわない僕を案じ、祖父母が理由を尋ねて来る。僕は箸を置き、項垂れながら合宿について話した。すると、
「ならウチで合宿をすれば良いではないか」
「その通りです。眠留はなぜそんな簡単なことに気付かないのですか」
 呆れ顔の祖父母は、あっけらかんとそう言った。驚きと感謝に合宿ができる喜びが加わり感無量になっていた僕へ、三人娘が話しかけてきた。
「お兄ちゃん、湖校入学が決まった私にとって皆さんは先輩に当たるから、全力でサポートするね」
「薙刀部の合宿がある四月一日から三日以外なら、私も喜んで手助けするわ」
「私も喜んで手伝う。というか眠留くん、何ですぐ言ってくれなかったの。みずくさいよ」
「そうよそうよ」「そういうのは遠慮じゃなく他人行儀って言うの」「お兄ちゃんの、ヘタレ」「ホントよね」「「ね~~」」
 などと、三人は僕の返事を待たずマシンガントークを始めた。仲間の事になると特に涙腺がゆるくなる僕を、気づかってくれたのである。僕は祖父母と三人娘へ、黙って手を合わせたのだった。
 新忍道サークルの合宿はウチの神社で、春休み初日の三月二十五日から二十七日までの三日間行われた。「当神社には昔から宿泊者が多い。遠慮なさらぬように」「皆さん、どうか遠慮しないで下さいね」 先輩方は僕の知る限り一番の感謝と敬意を込め、祖父母へ腰を折っていた。
 合宿といっても新忍道の練習は学校で行うから、神社に居つづける訳ではない。しかしそれでも、食べ盛りの男子十一人の朝食と夕食を用意するのは、並大抵のことでは無かったと思う。だから京馬の母親が料理の助っ人を買って出てくれたのは、凄く有り難かった。「四月から京馬が寮生になり迷惑をおかけするでしょうし、美鈴ちゃんにも会いたかったので、やって来てしまいました」 おばさんは恐縮し照れながらも、美鈴の喜びように目元を真っ赤にしていた。けどそれは、同じ助っ人の輝夜さんと昴に対面するなりたちどころに消え失せ、嬉しくて楽しくて仕方ない様子になったと祖母は話していた。祖母は合宿中に僕と京馬を呼び、おばさんと会話する映像を見せてくれた。
「昴ちゃんと輝夜ちゃんも、なんて良い子たちなのでしょう!」
「ええ、自慢の娘達です」
「息子だけで娘がいないことを寂しく思っていましたが、お嫁に来てくれた娘達といつかこうして台所に立てるかもしれないと思うと、胸が一杯になりました」
「ならばぜひ、健康で長生きしてくださいね」
「はい、必ず」 
 僕と京馬は、空を見上げながらその後数分を、ただ黙って過ごしたのだった。
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