僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十二章

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 正確には僕ではなく僕達で、今日も変わらず同級生の女の子十二人と一緒に歩いていたのだけど、彼女達はなぜか僕の後ろで一塊になっていた事もあり、僕は一人という印象を拭えずにいたのだ。よって幾度か振り返り、「一緒に歩きませんか」と彼女達に呼びかけた。しかし何が楽しいのかその都度コロコロ笑われ、年頃女子特有の花の笑みを振りまかれたものだから、僕は提案を引っ込めざるを得なかった。これは昨晩彼女達から受け取った「昇降口で待ち合わせて一緒に本部へ行こう」というメールの、不履行に当たるんじゃないかな? などとヘナチョコな事を考えていた僕に、同期女子のリーダーの宇喜田さんが、遠方に顔を向けて問いかけてきた。
「ねえ猫将軍君、あの二人は藤堂さんと岩手さんよね」
 男女混合の弓道部で二年長を務める宇喜多さんは、きっと昴に次ぐ騎士になるんだろうなあ、なんて今度は真っ当なことを考えつつ僕は答える。
「うんそうだよ。僕らの距離がこれほど開いているのは、講義室一番乗りを狙う、岩手さんの意志の現れなんだろうね」
 第一校舎エリアの三つの校舎の中で、三年生校舎は騎士会本部に最も近い場所にある。よってHR終了時刻は同じでも三年生が僕らの先を行くのは道理なのだけど、地理的優位性だけでは説明つかない差が両者の間に生じていた。「講義室に一番乗りし、後から続く後輩達の手本となる」 この想いが岩手さんの足を速め、それが彼我の距離の差として出ているのだと、僕は感じたのだ。
「猫将軍君の意見に私も同意」「私も同じ」「後ろの一年生達も、そう考えていると思う」「うん、さっき一年生たち、先輩方と私達を指さしていたよね」「それで先頭を歩く瓜生君が、先輩を指さすものじゃないってたしなめてた」「そうそう、そしてその横で米原さんが、私達にペコリと頭を下げたの!」「きゃ~、さすが!」「あの二人はホント、お似合いよね!」「「「ね~~!!」」」
 女の子たちは突然、後輩カップルを肴にして盛り上がり始めた。瓜生と米原さんが付き合っているのは美鈴に教えてもらっていたから話題的には僕も参加できたけど、恋バナに夢中の年頃女子の邪魔をするのは愚の極みだし、恋バナをしつつも彼女達の歩行速度にいささかの遅れも見られなかったので、僕は今まで通り前をむき一人歩を進めていた。その背中に、
「ねえ猫将軍君、私達の学年で三年副長になるのは、だれだと思う?」
 宇喜多さんが再度の問いかけをする。僕は振り返り、「三年長ではなく副長を話題にするのが僕らの学年の特徴だよね」と笑いを取ってから、推測を述べた。
「昴が突出し過ぎているせいか、昴以外の騎士見習いの話題を、僕は去年あまり耳にしなかった。だからひょっとすると僕らは、騎士会の前例を破る初めての二年生になるかもしれない。来年の三月三十一日、二年生としての最後の日、副長に任命されるのは宇喜多さんじゃないかって、僕は予想しているんだ」
 これは僕の真情であり、人格的にも能力的にもリーダーに相応しい宇喜多さんが副長になることを望むなら、僕はそれを全力で応援しようと思っていた。「弓道部一年長の宇喜多さんと私はなぜか気が合うのよ」と昴は一年時から幾度も言っていたし、理知的かつサッパリ系の宇喜多さんが女王様の、もとい昴の補佐役になってくれるなら、僕としても大変心強かったのである。が、
「「「アハハハハ~~」」」
 女の子たちは僕の真情をあっさり笑い飛ばした。それでも少しも気分を害さない自分を、僕は心底幸せな奴だと思った。女の子たちが楽しそうにしているだけでこうも心が満たされるのは、輝夜さん、昴、美鈴の三人娘が楽しげに笑う様子を毎日見続けてきたからなのだと、僕は知っていたのである。
 という次第で、僕は心の赴くまま女の子たちと一緒に笑っていた。けどそれはどうやら、単純脳を持つ僕だけの現象だったらしい。宇喜多さんはひとしきり笑ったのち、諦念なのか決意なのか定かでない息を吐いて、新里さんへ顔を向けた。
「まったくもう、猫将軍君は、大勢の人達から聞いていた通りの人なのね。新里さん、例の件を承諾しますってみんなに伝えておいて。天川さんには、私が直に言っておくから」
 新里さんは騎士見習い試験に臨んだ二年女子の中で、僕が唯一知っていた子。恥ずかしい限りだが白状すると、二か月前のバレンタインでチョコレートをくれた見知らぬ三人の一人が、新里さんだった。なぜ僕ごときにチョコレートをくれたのかさっぱり理解できなかったが、「極々たまにメールをするメル友になってください」と頼まれただけだったし、三人娘からも「邪険にしたらただじゃおかないからね」と脅迫されていたので、僕らは週一で近況を報告し合うメル友になっていた。優しく素直な明るい子だったから週一度のメールを僕は心待ちにしていて、また近況だけでなく「藤堂さんの講義を希望した見習いはもっと多かったけど教育AIによる選抜メンバーだけが受講生になれたんだって」等々の貴重な情報を新里さんは僕に教えてくれていた。その割には騎士見習いの試験を受けることも、宇喜多さんの今の話も書いてくれなかったなあと僕は少ししょんぼりしていたのだけど、
「宇喜多さん、ありがとう」
 新里さんは立ち止まり姿勢を正して、宇喜多さんへ丁寧にお辞儀した。一年後期からフィニッシングスクールの選択授業を受け始めた新里さんのそれは、輝夜さんや芹沢さんのお辞儀に多数触れてきた身にとって、未完成な箇所がまだ幾つか見受けられるものだった。しかしそれでも、新里さんのお辞儀は僕の心を大きく揺さぶった。僕如きのために、新里さんが最高の感謝を宇喜多さんへ捧げている事が、心に直接伝わって来たからである。僕は足を止め、二人のやり取りを呆然と見つめていた。けど繰り返しになるが、
「新里さん良かったね」「宇喜多さんも、さすが宇喜多さんね」「そうね、わたし感動しちゃった」「騎士見習いに合格してから、感動する機会がめっきり増えたみたい」「あっ、やっぱり!」「うん、そうだよね!」「「「ね~~!!」」」
 何も理解できず呆然としていたのは、単純脳味噌を持つ僕だけだったらしい。矢継ぎ早に脳の低スペックぶりを突き付けられた僕は、茫然を通り越した混乱状態で立ち尽くしていた。するとあろう事か、
「ぷぷっ、ホント聞いていた通りね!」「そうそう、そしてこういう場合は」「有無を言わさず背中を押せば良いのよね」「うん、それで良いはず」「じゃあ行くよ」「「「せえの!!」」」
 女の子たちは、僕の背中をグイグイ押し始めたのである。それだけでも赤面ものだったのに、正確には宇喜多さんと新里さんが協力して僕の向きをクルッと変えてから押し始めたものだから、僕は堪えきれずそのまま逃げ出してしまった。
「あっ、猫将軍君が走り出した!」「わたし天川さんと白銀さんから聞いたことがある!」「それって、猫将軍君はたまに抜け駆けする、じゃない?」「そう、それそれ!」「ずるいぞ猫将軍君!」「よし、捉まえてみんなでお仕置きしよう!」「イイネそれ!」「「「さんせ~い!!」」」
 戦慄すべき合意をして、女の子たちは僕を追いかけ始める。その上更に、
「おい、二年の先輩方が走り始めたぞ!」「三年の先輩方がテニスコートの向こうに消えるのを、待っていたんだ!」「みんな、走るぞ!」「「「オオッッ!!」」」
 100メートルほど後方を歩いていた一年の騎士見習い達も、一斉に走り始めたのである。翔化聴力の捉えた一年生達の会話と、一年生三十四人に二年生十二人を加えた四十六人の奏でる期待に彩られた駆け足の音が、僕に命じた。
 
  全力で走れ!

 はい、走ります!
 テニスコートとグラウンドに挟まれた北側道路を、僕は己が力の全てを注ぎ、駆け抜けて行ったのだった。
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