僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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 のちに咲耶さんが僕の部屋でケーキを頬ばりつつ教えてくれたところによると、閉会式を前倒しで始めるタイミングを計れず、メインAIは困り果てたらしい。本来のスケジュールでは、第四戦の評価を発表した十分後に閉会式を執り行うことになっていたが、観客席の興奮を十分間放置したら体調を崩す人が数百人出ると、メインAIは試算したのだそうだ。よってメインAIは自分と同級の高性能AIとして大会をバックアップしていたエイミィに助けを求め、二人は協力し計算を始めるも、確信を得るには至らなかった。すぐさまエイミィは観客席に居合わせた咲耶さんに助けを求め、事態を重く観た咲耶さんは阪校と福校と鎌校の教育AIに助力を請い、準備を直ちに開始する決定をした。四校の教育AIはそれぞれの新忍道部員の前に校章の姿で現れ、事情を説明して、フィールドの隅に待機させた。メインAIは本部役員が詰めている部屋へ赴き神崎さんに状況報告しようとしたが、十代の新忍道部員並みに大興奮中の神崎さんは聞く耳をまるで持たなかったらしく、エイミィが紫柳子さんの前に現れてその報告をした。「メインAIの私が幾ら話しかけても右耳から左耳だったのに、深刻な表情の紫柳子さんが視野に入ったとたん、神崎さんは五感を総動員して全力集中したの。ため息しか出ないわ」 そう愚痴を零したメインAIは恋に恋する乙女の顔をしていたと、エイミィはフルーツタルトを頬ばりながら、美夜さんとミーサにちゃっかりバラしていた。
 それはさておき、四校の教育AIがそれぞれの新忍道部員の前に現れたとき、真田さんと荒海さんと黛さんは蜃気楼壁に守られ、フィールドで二度目の休憩を取っていた。大興奮の観客席へ手を振って応えているうち閉会式まで残り数分となったため、控室に帰らずそのまま待機する運びとなったのである。それを知った当初は気をもんだが、
「このスポーツドリンクがあるから安心しろ」
「噂どおり、こりゃ美味うまいなんてモンじゃねえな」
「これをもう一度飲ませてくれるのですから、休憩一択ですよね」
 などと宣う三戦士の映像が控室に届けられるなり、祝いの言葉も忘れて全員でブーイングした。今回のような状況で医療用ロボットが差し出す超高価かつ超美味なスポーツドリンクは、偉業を成したトップアスリートだけが享受する特典として広く認知されていた。敬愛してやまない三戦士がその仲間入りをしたのはもちろん嬉しかったが、演技過多の美味い美味いをこうも連発されると、食べ盛り男子としては「食べ物の恨みを侮るな!」と憤慨せずにはいられなかったのだ。とはいえ、そのノリのお陰で三戦士の「湿っぽくならないでくれ」という願いを叶えられたのだから、あれで良かったのである。
 良いことはもう一つあった。それは、あのノリのままフィールドの隅に現れた僕らを目にするや、阪校と福校と鎌校の部員達が「テメエ!」と「コノヤロウ!」を連呼して、ヘッドロックとくすぐり攻撃をしかけてきた事だ。三校には六年生部員がいたが湖校には四年生以下しかいなかったことも手伝い皆さん遠慮などからきしなく、けどそれがかえって四校の垣根を取り払い、僕らは心を一つにして笑い転げていた。
 そうこうしているうち、集合場所に神崎さんが到着した。神崎さんは笑い転げる僕らに気づいたとたん「俺も混ぜやがれコノヤロウ!」と飛びかかろうとしたが、ポンポンと肩を叩く紫柳子さんに顔を引き攣らせ、ゴホンゴホンとわざとらしく咳払いした。そんな二人の仲睦ましさにマネージャーは黄色い声をあげ、男子もヒューヒュー囃し立てたため、場の空気が良い意味で一瞬それた。その機を逃さず、伝説の勇者が裂帛の気合を放つ。
「ミッションを告げる」
 ザッッ
 四校の戦士達は一斉に立ち上がり直立不動になった。神崎さんは力強く頷き、閉会式をすぐさま執り行うことを伝えた。
「「「イエッサ――ッッ!!」」」
 今日初めて出会ったにもかかわらず入場順にすぐさま並び終えた四校の部員達を、紫柳子さんは瞳を潤ませ見つめていた。

 ほどなく、
「これより開会式を行います」
 のアナウンスが流れた。五分前倒しの放送は事前に幾度もされており、観客席に動揺は見られなかった。その観客達の目に、フィールド上空に映し出された巨大な3D文字が飛び込んでくる。続いてそれを読み上げる、
「出場五百二十五校中、四位。国立鎌倉研究学校」
 の声が会場に響いた。鎌校の部員達は観客席に手を振れるよう後退しながらフィールドに足を踏み入れ、そして回れ右をして所定の位置へ駆けて行った。福校と阪校も同じ方法で駆けてゆき、湖校の番になった。真田さん達はいずとも、観客の皆さんは大歓声を上げてくれた。まあそれには、ちゃんと理由があるんだけどね。
 四校の所定の位置は、東から三位の福校、一位の湖校、10メートルの幅を置き、二位の阪校、四位の鎌校になっていた。最後の湖校をもって入場は終わり、間を置かずファンファーレが流れる。それに合わせ、誰もいない幅10メートルの空間の奥にある蜃気楼壁へ、四校の部員全員が体を向けた。観客の注目を集めるべく一拍置いてから、
 キラキラキラ・・・
 光り輝く粒となって蜃気楼壁は消滅し、真田さんと荒海さんと黛さんが姿を現した。湖校の入場のさい、三戦士はいずとも大歓声が生じた理由はこれだ。フィールド中央の最も目立つ場所で三戦士が蜃気楼壁に包まれたのを覚えていた観客達は、入場した湖校新忍道部に三戦士が含まれていなくとも、変わらぬ声援で湖校を称えてくれたのである。そしてそれは、
「「「ウワァァ――ッッ!!」」」
 三戦士が10メートル幅の道を堂々と歩いてくる場面でピークに達した。しかも三戦士を迎えるべく、神崎さんが大優勝旗を抱えて現れたものだから堪らない。アナウンスはまるで用をなさず、「五百二十五校の頂点、狭山湖畔研究学校」という3D表示だけを頼りに、神崎さんは真田さんへ大優勝旗を渡した。そこで再度ピークが訪れ、空気を揺るがす大歓声に会場は沸き立ったのだけど、
「静粛に願います」
 の表示に合わせ神崎さんが振り返り、眉間から精神力の光を放つや、三千余の人々はピタリと口をつぐんだ。上には上がいるものだ、と微かに呟いた鳳さんの声が、やたら鼓膜に響いた。神崎さんは湖校チームに向き直り、語り掛ける。 
「湖校チーム、優勝おめでとう。新忍道本部最高責任者として、三人に頼みがある。聞いてくれるか」
 普通ならここで、「頼みって何かな?」に類するささやきが会場に広がるものなのだろう。しかしそのような囁きは一切なく、会場が静まり返っているのは、神崎さんの放った光が人々の脳裏にある光景を映し出したからだ。テレパシー連携を多数の人々に体験させた伝説の勇者は、新たに誕生した三勇者と、これから誕生するであろう勇者達へ、勇者の見本を示した。
「連携は基礎中の基礎であると共に奥義でもある。これを、新忍道の高校総体における標語としたい。いいか?」
 後方から指示を出すだけの人は、勇者ではない。
 人々の先頭に立ち、勇気ある行いを身をもって示す者が、勇者なのだ。
 その体現者となった神崎さんへ、
「「「ハイッ!」」」
 言葉数の最も少ない返事を三勇者はした。
 
  言葉ではなく行動で示す
 
 三勇者は、この体現者となったのである。
 深く頷いた神崎さんは振り返り、呼びかけた。
「同胞達よ、高校総体に臨んだ勇気あるすべての若者を、今一度称えようではないか!」
 三千余の人々の脳裏に、さきほどの光景が蘇った。
 それは、この会場を後にした自分が、勇者として日々を過ごす姿だった。
 挫折もあった。
 無理解もあった。
 平坦ではなく真っすぐでもない日々が、各々の眼前に立ちふさがっていた。
 しかしそうして過ごした日々の先に、勇者となった自分の姿があった。
 先のことはわからない。だがこの瞬間、自分は前へ進もう。ここに居合わせた未来の勇者と共に、
 ――栄誉ある第一歩
 を踏み出そう。
 それを身をもって示した人々の地鳴りの如き雄叫びをもって、第一回新忍道全国高校大会は、幕を閉じたのだった。
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