僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

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 隊長と副隊長の二名を確認役にしたのも、死角の次元窓が二枚出現するのを予期しての事だった。左右に分かれた特殊部隊がそれぞれ攻撃するのだから、防御の次元窓も二枚出現し、ならば出口となる死角の次元窓も二枚現れると学者チームは判断したのだ。
 そしてそれも当たった場合、つまりここまでの戦闘を学者チームが的中させた場合、マシンガン四挺の三点射に被弾する兵士は高確率で出ないと予想されていた。それは見事当たり、六人は十二発の銃弾をことごとく避ける。然るにこの機を逃さず、
 ドバ――ンッ
 加速装置の二度目を発動。
 この時、左右に散った三名ずつの先頭にいた二名は素晴らしい跳躍を見せ、視聴者を魅了した。二名は人間の脚力では不可能な速度で地面スレスレを滑空し、二本角の斜め後ろへの侵入を成功させると共に、マシンガンの照準を二本角へ合わせた。残り四名も滑空しつつ照準を合わせ、270度包囲による六挺マシンガンのフルオート連射を行うべく、六本の人差し指が引き金を・・・・・引けなかった。正確には引いたのだが、マシンガンは作動しなかった。なぜなら滑空していた方向に六枚の次元窓が地面と平行に現れ、
 スパ――ンッ
 六名の胴体を切断していたからだ。銃弾の命中精度を上げるため二本角へ視線を向けていたことが災いし、進行方向に次元窓が現れたことに誰も気づけなかったのである。気づいてさえいればゲームオーバー前に銃弾を放ち、二本角を倒さぬまでも一矢報いることが出来たのにと、十億を超えるレビューがネットに吹き荒れたと語り継がれている。
 が、戦闘終了の十分後に行われた学者チームの会見によって、「気づいてさえいれば」説は否定された。加速装置のロケット噴射が生み出す爆発的な衝撃に耐えるには、超人級の兵士であっても能力のほぼ全てをつぎ込まねばならないと言う。つまり残された能力は僅かしかなく、その僅かを用いて二本角に照準を合わせているのだから、進行方向に現れた次元窓に気づくのは不可能。仮に気づけて、かつ適切に対応できる人がいたら、その人は超人ではなく完璧な超人と言わざるを得ないと、学者代表は主張したのだ。
「前世紀であれば戦争勝利の大義名分の下、薬物投与による強化兵士の研究も可能だったかもしれないが、戦争のない現在はできない。米軍の誇る特殊部隊隊員も超人級の域に留まり、特に二度目の加速による人体への負荷は無視できず、より過酷となるはずの次戦は避けるべきと我々は上層部へ具申した。そしてたった今、私の手元に返信が届けられた。指示に従い、以降は軍担当官へ引き継ぐものとする」
 悔しさをにじませた声音でそう言い残し、学者代表の映像が消える。一拍置き、軍服姿の軍人が現れた。兵士よりソルジャーと呼びたくなる風貌をした担当官が、告げる。
「1530より次戦を行う。一般公開は、次戦までとする」
 その直後こそ「一般公開は次戦まで」への不満でネットは埋め尽くされていたが、数分も経つと、次の戦闘を予想する話題一色になっていた。様々な兵器の実写映像が張り付けられ、中には荷電粒子砲のCG映像まであり嘲笑されるも、
 ――三戦目に荷電粒子砲を予定しているから一般公開は次戦までなのでは?
 との書き込みがなされるや、量子AIが管理しているにもかかわらず回線がパンクしかけたと都市伝説は語っている。
 
 そして迎えた、午後三時半。約五十万人の人達が、
「当たった!」「配当ゲット!」
 に類する雄叫びを上げた。視聴者三億人の三十分の一にあたる一千万人が兵器予想の賭け事に参加していて、内5%が、
 ――最初に登場する兵器は超電磁砲レールガン戦車ではなく、博物館級の旧型戦車
 の欄にチップを置いていたのだ。ちなみに北斗は賭けに参加しなかっただけで、米軍が旧型戦車を選ぶことを予想していたと言う。レールガンの名前に用いられている二本のレール、つまり二本の電極棒は、ほんの僅かではあるが使うたびにプラズマ化し蒸発してゆく。二本角戦でレールガンを実際に撃たずとも、電極棒に電流を流さないとゲーム上「撃った」ことにはならず、しかしそうすると高価な電極棒が消耗してしまう。したがって米軍は博物館級の旧型戦車を引っ張り出してくるはず、と北斗は予想したそうなのだ。ただし北斗の頭脳をもってしても旧型戦車ゆえに可能な、
 ――二発の砲弾の利用法
 は閃かなかったらしく、二年が経過した今も喜色に染まった声で「あれは興奮した」と語っている。
 話を戻そう。並走した二輌の戦車が、キャタピラの音を轟かせて砦の門を通過してゆく。そして20メートルほど進んだ場所で急制動をかけ、戦車は停止した。にもかかわらず車体はまったく沈まず、また前に傾きもしなかった。高速移動中の精密砲撃に必須となる高性能のサスペンション機能を、戦車は搭載していたのである。そのサスペンション機能に、刀の精密制御に必要な腰の安定が重なって見えた僕は、戦車達へ強い親近感を抱いたことを今でもはっきり覚えている。
 並んで停車する戦車の前方20メートルに、空間の揺らぎが生じる。二輌の戦車はその揺らぎへ素早く砲身を向けると共に、左右のキャタピラを逆向きに使い、車体ごと揺らぎに正対した。戦車の本気が、ひしひしと伝わって来る気がした。
 揺らぎから角の先端が出て、顔がそれに続く。すると突然、
 キュララララッ
 二輌の戦車が回転を始めた。キャタピラを逆向きに使い、右の戦車は右回転、左の戦車は左回転を、せわしく始めたのである。もちろん高性能サスペンション搭載式なので車体が回転しても砲身は二本角の腹部をピタリと狙ったままだったが、右足が揺らぎから出ると同時に、
 グイーン グイーン
 砲身も上下に動き始めた。しかも右の戦車は腹部から頭部へ、左の戦車は腹部から足部へ交互に動き狙いをばらけさせたため、視聴者の大部分が感じたと言う。これら一連のことは戦車砲を撃つタイミングを、二本角に察知され難くするための作戦なのだろう、と。
 確かにそれは正しかった。だが補足説明を必要とするのも事実だった。二輌の戦車が行っているこれらの動作には、二本角のレーダーへの妨害も含まれていたのだ。この戦車の戦闘重量は65トンなので、二輌の合計は130トン。その130トンがグルグル回転するのだから、もし近くにテーブルがあってコップが乗っていたら、地面の振動のせいでコップは倒れていたはず。二本角のレーダーがどのような仕組みになっているか定かでなくとも、コップが倒れるほどの振動に悪影響がまったく出ないとは考えにくい。四つのキャタピラも耳を覆うほどの騒音を立て、音とは即ち空気の振動なため、これも妨害に一役かったと推測される。そして極僅かでも妨害できたら、マッハ7という戦車砲の速度が凄まじいアドバンテージを生む。秒速2400メートルの初速を誇るこの戦車砲は、砲弾を二本角に着弾させるまで、なんと百二十分の一秒しか要さないのだ。二輌の戦車の複雑な動作は、発射のタイミングを察知され難くすると共に、レーダーの精度も下げると言う、一石二鳥の作戦だったのである。
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