僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

秘密結社の仮結成

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 翌金曜の放課後。
 場所は、会議棟三階の、大会議室。
「これより旧一年十組の、最後のHRの視聴を始めます」
 智樹の宣言の下、研究学校最大の謎に肉薄した件のHRが、大会議室で再現されていった。
 僕ら文化祭委員は当初この映像を、二十組の教室で視聴する計画を立てていた。いや厳密には、「教室では狭すぎることに気づいた同僚が一人もいなかった」とすべきだろう。なぜなら同僚に含まれない北斗は昨日の昼休みの時点で、大会議室での視聴を確信していたからである。
 昨日の昼休みの終盤、北斗は今回の件について僕から相談を受けた。そのとたん今後の推移を予想した北斗は、濃密なチャットに参加しつつ、該当HRの視聴を教育AIに申請したと言う。そしてその許可を貰った北斗は、旧十組の級友達が繰り広げる喧々囂々の議論の舵取りと並行し、HRの映像を編集していった。つまり、
 ――上位知力
 を有するあのチート野郎は、旧十組の級友がHR視聴を承諾することと、映像カット等の申し出が一つも出ないことを見越して、編集を五限中に始めていたのだ。しかも奴のことだから、鼻をかむシーンだけはカットして欲しい系のお願いを女子にされたら、相手へのネガティブな感情を一切抱かず、それを見越せなかった己の不甲斐なさだけを胸に、全力でそれを叶えたに違いないのである。そんな親友への敬意と、そういう親友を持てた幸運に感謝しつつも、「上位知力を有するチート野郎め」と、僕は心の中で北斗を罵らずにはいられなかった。
 けどまあ解っていたことだけど、それは長く続かなかった。HRの映像編集が、とにかく素晴らしかったからだ。大会議室に現れた等身大3Dの旧十組の生徒達が、ある場面では解説文字付きの静止画像に、またある場面では情感たっぷりのスロー画像に、そして別の場面では有名なアニメキャラになって肉弾戦を繰り広げながら、議論を重ねてゆく。五十分のHRを二十分足らずにしていても、重要箇所を的確に取り上げているため、議論の推移を容易に把握できる。しかも驚くべきことに、フォーカスやアングルや解説文等々を巧みに用いる事で、鼻をかむ生徒やグチョグチョの涙顔になっている生徒が、最後まで一人も映し出されなかったのである。それでいて生徒達の感情がダイレクトに伝わって来るという、ドキュメンタリー映画風の実録映像に、それはなっていたのだ。そしてその映像の最後を締めた教育AIが、映像から飛び出てくる演出を経て皆の前に現れる。時空を超えて大会議室に出現した湖校の校章は、
「応援しているわ、頑張ってね」
 温かな声でそう言い残し、七色の光の粒を放ちつつ空の彼方へ消えて行ったのだった。
 もちろんそれはCGにすぎず、僕らは相変わらず大会議室にいた。だが、リアル中学二年生という年齢に助けられたのだろう。四十二人の級友たちは、一人一人が物語の主人公のような表情になり、研究学校最大の謎を解き明かしてみせると誓い合っていた。
 ただその誓いを立てる際、クラス全員が一致団結しすぎたせいで、これ以降は男女別の接客教育を行う旨を文化祭委員が発表するや、
「え~っ」「嫌だ!」「なんで別れるの?」「委員の横暴、反対!」「「「はんた~~い!!」」」
 と、凄まじい団結力で不平を言われちゃったんだけどね。

 結局みんなは、男女別の接客教育を受け入れてくれた。というか、積極的かつ自主的な協力体制をすぐさま構築してくれた。その功労者は、那須さんと香取さんだった。二人が大会議室を丸々使ってある映像を映し、そこで行われる明後日の予定を伝えるや、不平はピタリと止み、掌返しの見本の如く賛同の大合唱が沸き起こったのである。その映像は神社の神楽殿の内部映像であり、またそこで行われる予定とは、
 ―― 初めての男女合同練習
 だった。男女合同練習は、新郎親族側に男子が並び、新婦親族側に女子が並び、礼儀作法に則った美しい所作で挨拶してから始める予定だと、昨夜八時にクラスHPの掲示板に書き込んでいた。これは初々しさを多分に残す十代前半の年頃男女にとって甘やかなイベントになること間違いなく、そしてそれが行われる神楽殿を高精度映像で見せられたとくれば、イベントのかなめである「初めての」をぶち壊す主張を皆が取り下げて当然だったのである。皆は嬉々として男女に分かれ、そしてその中央に、3D映像の壁と相殺音壁が出現する。教育AIが気を利かせ、壁を神楽殿の内壁に模してくれた事もあり、掌返しどころかそんな出来事があったことをコロッと忘れて、男女別の接客練習にみんな打ち込んでくれた。
 女子側がどうなっているかは分からないが、男子側の滑り出しは順調だった。予定に従い、石塚と西村と岡崎が女子の序列戦争にピンと来なかったことを打ち明けると、実は俺もという声が複数上がったのだ。石塚たちの気負いのない雰囲気に促され、車座になって座る二十一人の男子は、序列に関する女子特有の感性について腹を割って話し合った。それを経て女子同士の恐ろしい人間関係と、そしてその恐ろしさからクラスの女子を守れるのは自分達しかいないことを確認し合った男子二十一人は、ある秘密結社を設立した。それは、

  表面的な序列に流されず、
  腹の底で対等な付き合いが
  できる漢に、漢は惚れる

 ことを不動の核に据えた秘密結社だった。ただそれは、あくまで仮結成とした。その真価に自分達より早く気づいた旧十組の野郎どもを差し置き、自分達が創設メンバーになる事を、二十組の野郎どもは是としなかったのである。皆の漢気に当てられた僕は、せめて真四角に座り、感謝を誠心誠意述べた。だが述べ終えるや真四角や誠心誠意は消し飛び、
「「「「テメエだけカッコ付けんじゃねえ!!」」」」
 二十匹の猿どもに羽交い絞めにされくすぐられまくり酸欠状態に陥るという、いつもの僕になったのだった。
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