僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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「予約制ではありません。ただ、飛び込みのお客様がいたのは昨日の開店時のみなのは、事実ですね」
「湖校生のことだから、予約と一緒に3D衣装も伝えていたんだろ。みんなには、苦労かけちまったな」
 荒海さんは男子スタッフそれぞれに顔を向け、目礼した。すこぶる男らしいその仕草に、僕以外の男子スタッフ三名は、偉大な先輩を慕う三匹の豆柴と化した。僕が辛うじてそれを免れたのは、荒海さんの素晴らしさを皆に知ってもらえて良かったという安堵のお陰。荒海さんは理解されるまでに、長い時間が掛かってしまう人だからね。
 新忍道部員にとって、荒海さんと真田さんは等しく偉大な先輩だ。そこに上下や優劣は存在しないのだと、僕らは胸を張って断言できる。だが同時に、
 ―― 荒海さんの偉大さを理解するのは時間が掛かる
 とも、僕らは断言せざるをえなかった。強面と口の悪さの奥に隠された、面倒見の良い優しく温かな性格を肌で感じるには、それ相応の時間が必要だったのである。
 対して真田さんは人となりがとても伝わりやすく、現に今朝の第一シフトの男子スタッフ二名は、真田さんのカッコよさに一瞬で惚れてしまったようだ。それは瞬く間にクラスの全男子に知れ渡ったため、仮に荒海さんのカッコよさが伝わらなければ、「荒海先輩は真田先輩ほどではない」という甚だしい勘違いをされていただろう。それを回避できたことが安堵をもたらし、そしてそのお陰で、僕は豆柴化を免れることができたんだね。
 荒海さんと会話したそうにしている豆柴たちに燕尾服と背景の確認を任せ、おしぼりと氷水の乗ったカートを部屋の隅へ押してゆく。第六シフトの皆に無理を言って飛び込みスタッフをさせてもらっているのだから、これくらいはしないとさ。
 氷水のサービスは大正解であると共に、ニ十組のクラス展示における最大の誤算となった。グラスの確保が、大変だったのである。水を注いだだけでも一度使えば絶対洗わねばならず、そしてピカピカのグラスを毎回提供するには、食堂の食器洗浄機を用いる必要があった。しかしグラスは各更衣室に三個ずつの計六個しかなく、つまり男子スタッフ三名のうち一人はグラスが使われる度に食堂へ赴くという作業を、就労時間中ずっと続けなければならなかったのだ。いや、小耳に挟んだだけで確認してないが、非番の智樹がその役を買って出なければ、危ない場面が数回あったと言う。それでも智樹は「文化祭実行委員のクラス代表の俺がやって当然」と爽やかに流し、その姿に胸を打たれた香取さんが智樹を率先して手伝ったらしいから、申し訳ないと思うのは香取さんだけで良いのかもしれない。
 智樹、良かったな!
 とまあそうこうするうち、荒海さんの衣装と背景が決まった。選んだのはオーソドックスな黒の燕尾服と・・・・
「コラ眠留、そう泣くな」
 燕尾服の3D衣装に身を包んだ荒海さんが、ポンポンと僕の背中を叩いた。接客を同僚に任せ、僕は部屋の隅に控えていたのだけど、いつの間にか荒海さんが、僕の傍らにやって来てくれていたのである。しかし泣くなと言われても、
「だって荒海さん、ここって・・・」
 感動屋の僕が急に泣き止むなど、どだい無理な話。それどころか声を詰まらせてしまった僕を、
「ああそうだ。だから早く、あの時の神職のお前に戻れ」
 荒海さんは軽やかに励ましてくれた。確かに僕は、背景として選ばれたこの場所で、荒海さんと千家さんに祝詞を上げた。荒海さんが千家さんにプロポーズし、千家さんがそれを受けた、八月二十八日午後六時半の、神社の石畳。そう、荒海さんが写真の背景に選んだのは僕の神社の、石畳の上だったのである。
「二年生校舎に歩いて来る櫛名を迎えに行ったとき、写真の背景はプロポーズされた場所がいいって櫛名に言われてな。眠留のおじいさんとおばあさんにすぐ電話して、許可を頂いたよ。それと眠留、お二人から伝言を預かっている。感動する気持ちは解るが、ここは神職としての務めを優先しなさい。お二人は、そう仰っていたぞ」
 何もかもお見通しの祖父母に胸中お礼を述べ、僕は涙を振り払った。すると同僚達がやって来て、「コイツはいつも俺らを不意打ちするんですよ」「俺たちニ十組はコイツのせいで、涙もろくなっちゃいました」系の冤罪を次々口にしだした。けど身に覚えのない事もない僕はそれを否定しきれず、そんな僕ら四人の頭を荒海さんが嬉しげにポンポン叩いていた時、
「新婦の準備が整いました」 
 との2D文字が目の前に映し出された。同僚の一人が素早く動き、荒海さんを対面の場へ案内する。その同僚が戻って来てスタッフ四人が所定の位置に並んだところで結婚式の定番曲が流れ、新郎新婦を別つ3D壁が光の粒となって消えていった。その向こうに―――
 
 一人の、新婦がいた。

 ウエディングドレスを着ていても王冠を戴いていても、その姿が譬えようもないほど美しくても、心に訴えて来るのはそれらではなかった。
 雲を生み出す風と、慈雨をもたらす水と、降り注ぐ光と、緑萌ゆる大地が祝福しているのは、身に着けた衣服や宝飾ではなかった。
 結婚という節目を迎え、新たな人生に足を踏み出す決意をした、その心。
 夫とともに、幸せな未来を創造していく決意をした、その心。
 真新しく潔い、その心を胸に芽生えさせた女性を、八百万の神々は新婦として祝福する。
 それを体現した一人の新婦が、そこにいたのである。
 その新婦に、戦士が近づいてゆく。
 これから歩む人生は、快適なだけではない。
 苦しい時もあるだろう、悲しい時もあるだろう、幸せな結婚生活を壊そうとする数多の敵が立ちふさがる時もあるだろう。
 そのさいは勇気をもって一歩踏み出し、背中に妻をかばい、敵に勝負を挑む戦士。
 その覚悟を胸に秘めた戦士を、八百万の神々は新郎として祝福するのだ。
 それを体現した一人の新郎が、新婦に近づいてゆく。
 そして新郎は新婦の手を取り、言った。
「櫛名、二人で未来を創ろう」
「はい、あなた」
 
  幸あれ、我が愛し子らよ
 
 空間が二人をそう寿いだのを、僕ははっきり聴いたのだった。
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