781 / 934
二十一章
15
しおりを挟む
「予約制ではありません。ただ、飛び込みのお客様がいたのは昨日の開店時のみなのは、事実ですね」
「湖校生のことだから、予約と一緒に3D衣装も伝えていたんだろ。みんなには、苦労かけちまったな」
荒海さんは男子スタッフそれぞれに顔を向け、目礼した。すこぶる男らしいその仕草に、僕以外の男子スタッフ三名は、偉大な先輩を慕う三匹の豆柴と化した。僕が辛うじてそれを免れたのは、荒海さんの素晴らしさを皆に知ってもらえて良かったという安堵のお陰。荒海さんは理解されるまでに、長い時間が掛かってしまう人だからね。
新忍道部員にとって、荒海さんと真田さんは等しく偉大な先輩だ。そこに上下や優劣は存在しないのだと、僕らは胸を張って断言できる。だが同時に、
―― 荒海さんの偉大さを理解するのは時間が掛かる
とも、僕らは断言せざるをえなかった。強面と口の悪さの奥に隠された、面倒見の良い優しく温かな性格を肌で感じるには、それ相応の時間が必要だったのである。
対して真田さんは人となりがとても伝わりやすく、現に今朝の第一シフトの男子スタッフ二名は、真田さんのカッコよさに一瞬で惚れてしまったようだ。それは瞬く間にクラスの全男子に知れ渡ったため、仮に荒海さんのカッコよさが伝わらなければ、「荒海先輩は真田先輩ほどではない」という甚だしい勘違いをされていただろう。それを回避できたことが安堵をもたらし、そしてそのお陰で、僕は豆柴化を免れることができたんだね。
荒海さんと会話したそうにしている豆柴たちに燕尾服と背景の確認を任せ、おしぼりと氷水の乗ったカートを部屋の隅へ押してゆく。第六シフトの皆に無理を言って飛び込みスタッフをさせてもらっているのだから、これくらいはしないとさ。
氷水のサービスは大正解であると共に、ニ十組のクラス展示における最大の誤算となった。グラスの確保が、大変だったのである。水を注いだだけでも一度使えば絶対洗わねばならず、そしてピカピカのグラスを毎回提供するには、食堂の食器洗浄機を用いる必要があった。しかしグラスは各更衣室に三個ずつの計六個しかなく、つまり男子スタッフ三名のうち一人はグラスが使われる度に食堂へ赴くという作業を、就労時間中ずっと続けなければならなかったのだ。いや、小耳に挟んだだけで確認してないが、非番の智樹がその役を買って出なければ、危ない場面が数回あったと言う。それでも智樹は「文化祭実行委員のクラス代表の俺がやって当然」と爽やかに流し、その姿に胸を打たれた香取さんが智樹を率先して手伝ったらしいから、申し訳ないと思うのは香取さんだけで良いのかもしれない。
智樹、良かったな!
とまあそうこうするうち、荒海さんの衣装と背景が決まった。選んだのはオーソドックスな黒の燕尾服と・・・・
「コラ眠留、そう泣くな」
燕尾服の3D衣装に身を包んだ荒海さんが、ポンポンと僕の背中を叩いた。接客を同僚に任せ、僕は部屋の隅に控えていたのだけど、いつの間にか荒海さんが、僕の傍らにやって来てくれていたのである。しかし泣くなと言われても、
「だって荒海さん、ここって・・・」
感動屋の僕が急に泣き止むなど、どだい無理な話。それどころか声を詰まらせてしまった僕を、
「ああそうだ。だから早く、あの時の神職のお前に戻れ」
荒海さんは軽やかに励ましてくれた。確かに僕は、背景として選ばれたこの場所で、荒海さんと千家さんに祝詞を上げた。荒海さんが千家さんにプロポーズし、千家さんがそれを受けた、八月二十八日午後六時半の、神社の石畳。そう、荒海さんが写真の背景に選んだのは僕の神社の、石畳の上だったのである。
「二年生校舎に歩いて来る櫛名を迎えに行ったとき、写真の背景はプロポーズされた場所がいいって櫛名に言われてな。眠留のおじいさんとおばあさんにすぐ電話して、許可を頂いたよ。それと眠留、お二人から伝言を預かっている。感動する気持ちは解るが、ここは神職としての務めを優先しなさい。お二人は、そう仰っていたぞ」
何もかもお見通しの祖父母に胸中お礼を述べ、僕は涙を振り払った。すると同僚達がやって来て、「コイツはいつも俺らを不意打ちするんですよ」「俺たちニ十組はコイツのせいで、涙もろくなっちゃいました」系の冤罪を次々口にしだした。けど身に覚えのない事もない僕はそれを否定しきれず、そんな僕ら四人の頭を荒海さんが嬉しげにポンポン叩いていた時、
「新婦の準備が整いました」
との2D文字が目の前に映し出された。同僚の一人が素早く動き、荒海さんを対面の場へ案内する。その同僚が戻って来てスタッフ四人が所定の位置に並んだところで結婚式の定番曲が流れ、新郎新婦を別つ3D壁が光の粒となって消えていった。その向こうに―――
一人の、新婦がいた。
ウエディングドレスを着ていても王冠を戴いていても、その姿が譬えようもないほど美しくても、心に訴えて来るのはそれらではなかった。
雲を生み出す風と、慈雨をもたらす水と、降り注ぐ光と、緑萌ゆる大地が祝福しているのは、身に着けた衣服や宝飾ではなかった。
結婚という節目を迎え、新たな人生に足を踏み出す決意をした、その心。
夫とともに、幸せな未来を創造していく決意をした、その心。
真新しく潔い、その心を胸に芽生えさせた女性を、八百万の神々は新婦として祝福する。
それを体現した一人の新婦が、そこにいたのである。
その新婦に、戦士が近づいてゆく。
これから歩む人生は、快適なだけではない。
苦しい時もあるだろう、悲しい時もあるだろう、幸せな結婚生活を壊そうとする数多の敵が立ちふさがる時もあるだろう。
そのさいは勇気をもって一歩踏み出し、背中に妻をかばい、敵に勝負を挑む戦士。
その覚悟を胸に秘めた戦士を、八百万の神々は新郎として祝福するのだ。
それを体現した一人の新郎が、新婦に近づいてゆく。
そして新郎は新婦の手を取り、言った。
「櫛名、二人で未来を創ろう」
「はい、あなた」
幸あれ、我が愛し子らよ
空間が二人をそう寿いだのを、僕ははっきり聴いたのだった。
「湖校生のことだから、予約と一緒に3D衣装も伝えていたんだろ。みんなには、苦労かけちまったな」
荒海さんは男子スタッフそれぞれに顔を向け、目礼した。すこぶる男らしいその仕草に、僕以外の男子スタッフ三名は、偉大な先輩を慕う三匹の豆柴と化した。僕が辛うじてそれを免れたのは、荒海さんの素晴らしさを皆に知ってもらえて良かったという安堵のお陰。荒海さんは理解されるまでに、長い時間が掛かってしまう人だからね。
新忍道部員にとって、荒海さんと真田さんは等しく偉大な先輩だ。そこに上下や優劣は存在しないのだと、僕らは胸を張って断言できる。だが同時に、
―― 荒海さんの偉大さを理解するのは時間が掛かる
とも、僕らは断言せざるをえなかった。強面と口の悪さの奥に隠された、面倒見の良い優しく温かな性格を肌で感じるには、それ相応の時間が必要だったのである。
対して真田さんは人となりがとても伝わりやすく、現に今朝の第一シフトの男子スタッフ二名は、真田さんのカッコよさに一瞬で惚れてしまったようだ。それは瞬く間にクラスの全男子に知れ渡ったため、仮に荒海さんのカッコよさが伝わらなければ、「荒海先輩は真田先輩ほどではない」という甚だしい勘違いをされていただろう。それを回避できたことが安堵をもたらし、そしてそのお陰で、僕は豆柴化を免れることができたんだね。
荒海さんと会話したそうにしている豆柴たちに燕尾服と背景の確認を任せ、おしぼりと氷水の乗ったカートを部屋の隅へ押してゆく。第六シフトの皆に無理を言って飛び込みスタッフをさせてもらっているのだから、これくらいはしないとさ。
氷水のサービスは大正解であると共に、ニ十組のクラス展示における最大の誤算となった。グラスの確保が、大変だったのである。水を注いだだけでも一度使えば絶対洗わねばならず、そしてピカピカのグラスを毎回提供するには、食堂の食器洗浄機を用いる必要があった。しかしグラスは各更衣室に三個ずつの計六個しかなく、つまり男子スタッフ三名のうち一人はグラスが使われる度に食堂へ赴くという作業を、就労時間中ずっと続けなければならなかったのだ。いや、小耳に挟んだだけで確認してないが、非番の智樹がその役を買って出なければ、危ない場面が数回あったと言う。それでも智樹は「文化祭実行委員のクラス代表の俺がやって当然」と爽やかに流し、その姿に胸を打たれた香取さんが智樹を率先して手伝ったらしいから、申し訳ないと思うのは香取さんだけで良いのかもしれない。
智樹、良かったな!
とまあそうこうするうち、荒海さんの衣装と背景が決まった。選んだのはオーソドックスな黒の燕尾服と・・・・
「コラ眠留、そう泣くな」
燕尾服の3D衣装に身を包んだ荒海さんが、ポンポンと僕の背中を叩いた。接客を同僚に任せ、僕は部屋の隅に控えていたのだけど、いつの間にか荒海さんが、僕の傍らにやって来てくれていたのである。しかし泣くなと言われても、
「だって荒海さん、ここって・・・」
感動屋の僕が急に泣き止むなど、どだい無理な話。それどころか声を詰まらせてしまった僕を、
「ああそうだ。だから早く、あの時の神職のお前に戻れ」
荒海さんは軽やかに励ましてくれた。確かに僕は、背景として選ばれたこの場所で、荒海さんと千家さんに祝詞を上げた。荒海さんが千家さんにプロポーズし、千家さんがそれを受けた、八月二十八日午後六時半の、神社の石畳。そう、荒海さんが写真の背景に選んだのは僕の神社の、石畳の上だったのである。
「二年生校舎に歩いて来る櫛名を迎えに行ったとき、写真の背景はプロポーズされた場所がいいって櫛名に言われてな。眠留のおじいさんとおばあさんにすぐ電話して、許可を頂いたよ。それと眠留、お二人から伝言を預かっている。感動する気持ちは解るが、ここは神職としての務めを優先しなさい。お二人は、そう仰っていたぞ」
何もかもお見通しの祖父母に胸中お礼を述べ、僕は涙を振り払った。すると同僚達がやって来て、「コイツはいつも俺らを不意打ちするんですよ」「俺たちニ十組はコイツのせいで、涙もろくなっちゃいました」系の冤罪を次々口にしだした。けど身に覚えのない事もない僕はそれを否定しきれず、そんな僕ら四人の頭を荒海さんが嬉しげにポンポン叩いていた時、
「新婦の準備が整いました」
との2D文字が目の前に映し出された。同僚の一人が素早く動き、荒海さんを対面の場へ案内する。その同僚が戻って来てスタッフ四人が所定の位置に並んだところで結婚式の定番曲が流れ、新郎新婦を別つ3D壁が光の粒となって消えていった。その向こうに―――
一人の、新婦がいた。
ウエディングドレスを着ていても王冠を戴いていても、その姿が譬えようもないほど美しくても、心に訴えて来るのはそれらではなかった。
雲を生み出す風と、慈雨をもたらす水と、降り注ぐ光と、緑萌ゆる大地が祝福しているのは、身に着けた衣服や宝飾ではなかった。
結婚という節目を迎え、新たな人生に足を踏み出す決意をした、その心。
夫とともに、幸せな未来を創造していく決意をした、その心。
真新しく潔い、その心を胸に芽生えさせた女性を、八百万の神々は新婦として祝福する。
それを体現した一人の新婦が、そこにいたのである。
その新婦に、戦士が近づいてゆく。
これから歩む人生は、快適なだけではない。
苦しい時もあるだろう、悲しい時もあるだろう、幸せな結婚生活を壊そうとする数多の敵が立ちふさがる時もあるだろう。
そのさいは勇気をもって一歩踏み出し、背中に妻をかばい、敵に勝負を挑む戦士。
その覚悟を胸に秘めた戦士を、八百万の神々は新郎として祝福するのだ。
それを体現した一人の新郎が、新婦に近づいてゆく。
そして新郎は新婦の手を取り、言った。
「櫛名、二人で未来を創ろう」
「はい、あなた」
幸あれ、我が愛し子らよ
空間が二人をそう寿いだのを、僕ははっきり聴いたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる