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3章 真田家
70話~暴れ馬~
しおりを挟む安土城の天主を見上げながら、六郎は城の外にある馬舎で馬を藁で撫でたり、水をやったり、黙々と世話をしていました。
(安土に来てから、かれこれ半月か……)
六郎は長の指示を受け、最近織田に下った真田家に「馬取り(馬の世話をする職)」として潜入すると、真田昌幸から織田信長への臣従の証として贈られた「馬の付き添い人」として、ここ安土城へやってきていました。
馬はとても気性が荒く、その勇ましさに贈られた当初はかなり喜んだ信長でしたが、乗る事すら叶わぬ有り様に、最近では馬舎に訪れる事も無く、小姓の森蘭丸の話では、真田にいずれ返される事になるだろうと聞き及んでいました。
(さて、じじ様の筋書き通りに事が進むか否か)
長の話では、もうすぐここに徳川家康と穴山梅雪一行が信長に招かれてやって来るのと、そこには井伊万千代と小助も同行しているという事。そしてその際、万千代にだけは素性を知られてはいけないという指示を受けていました。
(万千代様との再会を共に喜べぬとは、これが忍びの運命なのか)
諦めの溜め息を"一つ"ついた六郎は、またせっせと馬の世話に集中し始めたのでした。
*
「六郎様!」
声をかけられた方に振り向いた六郎は、大手道からやってくる千代丸に気づくと軽く会釈をしました。
その頃既に織田信長の小姓・仙千代として仕えていた千代丸には、六郎は素性を明かしていました。
千代丸は昔と変わらず、屈託のない笑顔で六郎に駆け寄ると、辺りを見渡してから小声で囁いてきました。
「……そろそろ家康公が到着との由にございます。あと、蘭丸様からお聞きしたかもですが、この宴の後に、この暴れ馬は真田に返すとお館様が先程仰せられておりました……」
「……宴の前ではなくて何より、これで策通りでございますな……」
「……えぇ、お館様は寵愛する私の言葉には、決して逆らう事がありませぬゆえ。では……」
千代丸は笑顔でそう言うと、また大手道に戻っていきました。六郎は、鳳来寺の時よりすっかり成長した千代丸に感心しながら、自分も負けてはいられないと、心に火を灯したのでした。
*
「織田信長が討たれた。もうすぐ明智がここ安土城にやってくる、急げ」
1583年6月2日、本能寺で策通りに千代丸が織田信長を討つと、同時刻に攻め入った明智光秀の謀反によるものとされ、世は大騒ぎになっていました。
穴山梅雪の甥、穴山小助として安土城に策通り残っていた小助は、
安土城の馬舎に居た六郎の元にやってくると、六郎は暴れ馬に早速自ら跨がりました。
「千代丸様は無事であろうな!?」
「信長を討った千代丸様は手筈通り、織田信雄殿の所に辿り着いたとの事。信雄殿には、伊賀者がついておる。安心せい」
「小助も家康殿の所へ共に行くのだろう?」
「あぁ勿論、自分は万千代様を守る役目だからな」
「では、早く馬に乗れ!時間がないではないか!」
「言われなくともすぐ参る。六郎は先にゆけ!どう足掻いても、お前のその暴れ馬の早さに我が馬は到底、追い付けぬわ!」
「ハッハッハ!この馬を乗りこなせるのは、日ノ本で俺だけだからのう!死ぬなよ?兄者!」
「この俺が死ぬものか!さぁゆけ六郎!!徳川様を岡崎まで、我ら忍びがお連れするのだ!」
ヒヒイィィィン!!
手綱を思いきり六郎が引くと、暴れ馬は空を蹴る様に前足をバタつかせました。六郎は振り落とされそうになりながらも、右に左に華麗に操ると
「やっと、俺の出番が来たのだ!任せておけ!」
そう吠えて、颯爽と西へ向かって駆けて行ったのでした。
「六郎ったら、私の事はすっかり忘れてるんだから」
六郎が去った馬舎の物陰から、あちこち痣だらけの道が現れると小助は苦笑しました。
「そう拗ねるな。道は今からが大役なのだから」
「わかってるわよ!さぁ行きましょう?時間がないわ」
道は先日、信長が徳川家康と穴山梅雪の為に摠見寺で催した能の演者として、安土城に潜入していました。
そして、その場で信長の怒りを買ってしまった道はひどく折檻され、その際に出来た身体中の傷の手当てを、小助と六郎が隠れて施していたのでした。
「傷は痛むか?」
馬に跨がった小助が、道を馬上に引っ張り上げて自分の前に跨がらせると、気遣う様に問いかけました。
「小助がくれた甲賀の薬が効いたみたい。もう痛くないわ」
「じゃあ、しっかり捕まっておけ。穴山梅雪はそろそろ徳川様の元を離れているはず」
「あ、ちょっと待って!」
道は腰にくくりつけた袋の中から手鞠を取り出しました。そしてそれを念入りに確かめてから袋にしまい込むと、これまた念入りに腰にくくりつけたのでした。
「もう大丈夫!さぁ行ってちょうだい!」
口だけは勇ましい道の姿に、大丈夫なのだろうかと一抹の不安を覚えながら、小助は道と共に乗った馬を走らせると、安土城を後にしたのでした。
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