忍者の子

なにわしぶ子

文字の大きさ
6 / 28
3章 真田家

72話~首~

しおりを挟む


「殿!!一刻を争う時に何をされておられるのです!」

堺見物の後、京に戻る途中だった家康一行の元に、明智光秀謀反の知らせが届くと、家康はその場で目を閉じて座り込んでしまいました。

その姿に呆れた穴山梅雪一行が立ち去ってしまうと、万千代は更に焦りを募らせました。

「穴山様も呆れて行ってしまわれたではないですか……殿!徳川の一大事なのですよ!!」

泣きそうになりながら懇願し続ける万千代に、身体を揺さぶられていた家康でしたが、いきなり両目を見開いたかと思うと、その場にガバリと立ち上がりました。


「来たか………」


万千代がその主君の言葉に辺りを見渡すと、遠くから馬が一頭駆けてくるのが見えてきました。

「あれは一体………」

万千代が困惑しながらその馬に釘つけになっていると、余裕の笑顔をたたえた家康がこう言いました。


「ハッハッハ!あれが、日ノ本一の暴れ馬!さぁこれより岡崎に戻る!万千代、全て道は既に整っておるゆえ、安心いたせ!」

「一体どういう事にございますか……」

混乱する万千代をよそに、気づくと目の前には勇ましい馬と、その馬上に跨がる頭巾を被った男が立ちはだかっていました。


「家康様、お迎えにあがりました。さぁ参りましょう」

「お待ち下さい!!得体の知れぬ者に殿を連れていかれては、小姓である私の面目が立ちませぬ!」

万千代の訴えに笑顔で頷きながら、家康は自らその馬に股がると、頭巾の男は馬の向きを変え北東の方角を向きました。


「家康様は一足早く安全な場所にお連れ致します。ご安心下さい万千代様。あと、万千代様一行にはこれから服部殿が道案内で付き添います、では」

そうして頭巾男と家康を乗せた馬は、颯爽と駆けていってしまったのでした。


「一体これはどうなっているのだ……」

万千代が呆然とうちひしがれていると、後ろに髭を生やした大柄な武将が突然現れました。

「うわぁ!!お、驚かさないで下さい服部様……いや、長……」

万千代はいつぞやに対面し、長がこの姿の時は服部と呼べと言われていた事を思い出していました。


「わしは長にあらず」

「え、それはどういう……」

「だから、わしが服部の半蔵だと言うておるではないか。長が半蔵の時も勿論ある。つまり今はわしが半蔵だという事だ。名でいちいち縛るからややこしくなるのだ、あぁ面倒くさい!つまらぬ事をいちいち聞くでないわ!さぁ参るぞ!」

服部は万千代にそう告げると、家康に追い付くべく
一行の道案内を始め、万千代は目を白黒させながらもその後を着いていったのでした。









1582年6月15日



穴山梅雪を消す任務を終えた道は、小助に連れられて再び安土城下に戻ってきていました。

6月2日本能寺で信長が討たれると、早速安土城に入っていた明智光秀でしたが、秀吉の大返しを知り山崎で対峙。

後に【三日天下】と伝えられる程の早さで、6月13日にはあっさりと、滅ぼされてしまったのでした。




「小助行っちゃうの?」

「徳川様の元に呼ばれたのだ。万千代様の顔も見ておきたいしな」

「つまん~ないの~」

道がふてくされ、足元に転がる小石を蹴って不機嫌さを表現すると、小助はその姿を見て苦笑しました。


「いいから暫くはここで休め。人を殺めたのだ、自分が思っているより疲れておるはず」

「あたしは大丈夫!ほら、こんなに動けるもの!」

道がその場で宙返りをしてみせると、小助は顔を横に振りながら道の肩に自分の両手を置き、じっと目を見つめました。

「身体ではない"こころ"が疲れていると申しておるのだ、いいから休め!よいな?」

小助の真剣な言葉に「わかった……」と、道が黙って頷くと、小助は心配そうにしながらも、岡崎へと出立したのでした。







「お前が道か」

安土城下の農家で身を潜ませていた道の前に、数人の僧侶が現れると、ぐるりと周りを取り囲みました。

「何なのよ!あんた達!」

道が懐に忍ばせた手鞠に手を伸ばそうとすると、僧侶のひとりがその手を掴み、羽交い締めにし始めました。


「我らは味方、安心せい」

「そんなの信じられない!あんた達何者なのよ!」

「ハッハッハ!長の言っていた通り、何と威勢のよい娘よ。まぁ話を聞け」

僧侶の口から、忍者の長の名が出た事で抵抗を止めた道は、その場に大人しく座り込みました。

「つまり……新たな仕事って事?それなら早く言いなさいよね!」

道の上目線な言葉に、僧侶達が笑いながら顔を見合わせると、早速背後から、蓋がされた瓶を出してきました。

「この中に、塩漬けした信長の首が入っておる」

「信長の!?」

道は目を見開いて驚きながら、その意味がわからず困惑しました。本能寺からこの安土までの距離をわざわざ運んで来たのなら、何かしらの理由がないと腑に落ちません。

「道、そんなに不思議か?」

心を見透かしたかの様に僧侶が道に問いかけると、瓶を両手で持ち上げ、道にそのまま手渡しました。

そこそこの重さのあるその瓶を、気味悪そうに抱えた道は
口を思わずへの字に曲げたのでした。

「だって首を晒すでもなし。その辺りに埋めてしまえばいいでしょう?」

「まぁそれが普通の考え。しかし、それでは怒りは収まらぬのだ」

「怒り??」

「比叡山、つまり八王子山の怒りだ」

「聞いた事ある、昔、焼き討ちがあったって……」

「そうその焼き討ちの事。我らは決して許してはおらぬ。信長が死しても尚だ」

「死しても……尚………?」

道は想定を越える言葉の数々に戸惑いながら、両手の中にある信長の首瓶を、複雑な心持ちで見下ろし続けたのでした。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...