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3章 真田家
72話~首~
しおりを挟む「殿!!一刻を争う時に何をされておられるのです!」
堺見物の後、京に戻る途中だった家康一行の元に、明智光秀謀反の知らせが届くと、家康はその場で目を閉じて座り込んでしまいました。
その姿に呆れた穴山梅雪一行が立ち去ってしまうと、万千代は更に焦りを募らせました。
「穴山様も呆れて行ってしまわれたではないですか……殿!徳川の一大事なのですよ!!」
泣きそうになりながら懇願し続ける万千代に、身体を揺さぶられていた家康でしたが、いきなり両目を見開いたかと思うと、その場にガバリと立ち上がりました。
「来たか………」
万千代がその主君の言葉に辺りを見渡すと、遠くから馬が一頭駆けてくるのが見えてきました。
「あれは一体………」
万千代が困惑しながらその馬に釘つけになっていると、余裕の笑顔をたたえた家康がこう言いました。
「ハッハッハ!あれが、日ノ本一の暴れ馬!さぁこれより岡崎に戻る!万千代、全て道は既に整っておるゆえ、安心いたせ!」
「一体どういう事にございますか……」
混乱する万千代をよそに、気づくと目の前には勇ましい馬と、その馬上に跨がる頭巾を被った男が立ちはだかっていました。
「家康様、お迎えにあがりました。さぁ参りましょう」
「お待ち下さい!!得体の知れぬ者に殿を連れていかれては、小姓である私の面目が立ちませぬ!」
万千代の訴えに笑顔で頷きながら、家康は自らその馬に股がると、頭巾の男は馬の向きを変え北東の方角を向きました。
「家康様は一足早く安全な場所にお連れ致します。ご安心下さい万千代様。あと、万千代様一行にはこれから服部殿が道案内で付き添います、では」
そうして頭巾男と家康を乗せた馬は、颯爽と駆けていってしまったのでした。
「一体これはどうなっているのだ……」
万千代が呆然とうちひしがれていると、後ろに髭を生やした大柄な武将が突然現れました。
「うわぁ!!お、驚かさないで下さい服部様……いや、長……」
万千代はいつぞやに対面し、長がこの姿の時は服部と呼べと言われていた事を思い出していました。
「わしは長にあらず」
「え、それはどういう……」
「だから、わしが服部の半蔵だと言うておるではないか。長が半蔵の時も勿論ある。つまり今はわしが半蔵だという事だ。名でいちいち縛るからややこしくなるのだ、あぁ面倒くさい!つまらぬ事をいちいち聞くでないわ!さぁ参るぞ!」
服部は万千代にそう告げると、家康に追い付くべく
一行の道案内を始め、万千代は目を白黒させながらもその後を着いていったのでした。
*
1582年6月15日
穴山梅雪を消す任務を終えた道は、小助に連れられて再び安土城下に戻ってきていました。
6月2日本能寺で信長が討たれると、早速安土城に入っていた明智光秀でしたが、秀吉の大返しを知り山崎で対峙。
後に【三日天下】と伝えられる程の早さで、6月13日にはあっさりと、滅ぼされてしまったのでした。
「小助行っちゃうの?」
「徳川様の元に呼ばれたのだ。万千代様の顔も見ておきたいしな」
「つまん~ないの~」
道がふてくされ、足元に転がる小石を蹴って不機嫌さを表現すると、小助はその姿を見て苦笑しました。
「いいから暫くはここで休め。人を殺めたのだ、自分が思っているより疲れておるはず」
「あたしは大丈夫!ほら、こんなに動けるもの!」
道がその場で宙返りをしてみせると、小助は顔を横に振りながら道の肩に自分の両手を置き、じっと目を見つめました。
「身体ではない"こころ"が疲れていると申しておるのだ、いいから休め!よいな?」
小助の真剣な言葉に「わかった……」と、道が黙って頷くと、小助は心配そうにしながらも、岡崎へと出立したのでした。
*
「お前が道か」
安土城下の農家で身を潜ませていた道の前に、数人の僧侶が現れると、ぐるりと周りを取り囲みました。
「何なのよ!あんた達!」
道が懐に忍ばせた手鞠に手を伸ばそうとすると、僧侶のひとりがその手を掴み、羽交い締めにし始めました。
「我らは味方、安心せい」
「そんなの信じられない!あんた達何者なのよ!」
「ハッハッハ!長の言っていた通り、何と威勢のよい娘よ。まぁ話を聞け」
僧侶の口から、忍者の長の名が出た事で抵抗を止めた道は、その場に大人しく座り込みました。
「つまり……新たな仕事って事?それなら早く言いなさいよね!」
道の上目線な言葉に、僧侶達が笑いながら顔を見合わせると、早速背後から、蓋がされた瓶を出してきました。
「この中に、塩漬けした信長の首が入っておる」
「信長の!?」
道は目を見開いて驚きながら、その意味がわからず困惑しました。本能寺からこの安土までの距離をわざわざ運んで来たのなら、何かしらの理由がないと腑に落ちません。
「道、そんなに不思議か?」
心を見透かしたかの様に僧侶が道に問いかけると、瓶を両手で持ち上げ、道にそのまま手渡しました。
そこそこの重さのあるその瓶を、気味悪そうに抱えた道は
口を思わずへの字に曲げたのでした。
「だって首を晒すでもなし。その辺りに埋めてしまえばいいでしょう?」
「まぁそれが普通の考え。しかし、それでは怒りは収まらぬのだ」
「怒り??」
「比叡山、つまり八王子山の怒りだ」
「聞いた事ある、昔、焼き討ちがあったって……」
「そうその焼き討ちの事。我らは決して許してはおらぬ。信長が死しても尚だ」
「死しても……尚………?」
道は想定を越える言葉の数々に戸惑いながら、両手の中にある信長の首瓶を、複雑な心持ちで見下ろし続けたのでした。
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