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3章 真田家
80話~大蔵卿~
しおりを挟む「饗庭殿、さぁ此方へ」
お犬の方から大蔵卿の元に案内された道は、緊張で顔を強ばらせながら、にこにこと微笑む大蔵卿の前に座りました。
大蔵卿は、小谷城から浅井に仕えていた茶々の乳母で、浅井が滅びてから少し離れていたものの、三姉妹の元へ呼び寄せられていました。
「お犬様、饗庭殿と少し…ふたりになりたいのですが」
大蔵卿の言葉に少し慌てた素振りを見せたお犬の方は「では、ごゆっくり」と丁寧な言葉を残すと、部屋から出ていきました。
「さて……」
ふたりきりになると、大蔵卿は道の方を見て静かに微笑むと小声で話し始めました。
「道は、望月の出とか。甲賀の上忍が茶々姫様の傍について頂けるとは、まこと心強き事」
「私が饗庭では無い事を、ご存じなのですね」
「おやおやその様に恐い顔をなさらぬとも。全て里の長から聞いておりますゆえ、御安心なされませ。それに浅井の事は一目瞭然」
「御無礼お許し下さいませ。本日より命を受け、饗庭として姫君様の傍で尽くす所存でございます」
大蔵卿はわかったというかの様に何度も頷くと、穏やかな微笑みを道に再度向けました。
「浅井の本物の饗庭様とも話はついております。道が饗庭ではないという事が、此方に漏れる事は決してありませぬ」
「なるほど、かしこまりました」
「で、道に来てもらったのは他でもない。近日中に大坂城へ、皆で移る様にと秀吉様から言われているのです。そこへ侍女として共についてきて欲しい」
「大坂へ?」
「秀吉様が築いていた大坂の城の天守が最近完成したのです。まずはそこに、皆で来る様にとのお達し」
賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破った秀吉は、既に関白にもなっており、もはや天下統一は時間の問題となっていました。
直後、大坂の地に築き始めた大坂城は、それはそれは安土城を凌ぐ豪華絢爛な城だと、道も風の噂で聞き及んでいました。
「呼び寄せるとは……即ち、姫様達を政(まつりごと)の道具にするおつもり、と言う事でありましょうか」
「そのおつもりかと。既に、江姫様はお犬の方の息子である佐治一成殿の元に輿入れする手筈であったのですが、先の小牧山での戦いで、佐治殿が家康殿に手を貸したものですから……」
「つまり、江姫様とお犬様の息子様との婚姻は白紙に」
「戦自体は丸く収まったものの、江姫様が佐治家へ嫁ぐ話はもう無いでしょう。お犬様はこの婚姻を切望されていたし、江姫様も佐治一成殿も従兄弟同士ゆえ、仲が良かったのですが……」
「幼き頃より、苦労しかされてない姫様達ですのに」
道は、自分の今までの歩みと姫達の苦悩の歩みを重ね合わせ、共感すると同時に、改めて尽くしたい想いにかられ始めていました。
「そなたの様な、歳の近い忍びがついてくれていると、私も安心出来ます。末永く姫様達を宜しく頼みますよ」
大蔵卿が深々と道に頭を下げると、道も慌ててその場にひれ伏しながら、まだ見た事のない大坂城でのこれからの事を考え始めていたのでした。
*
その日、茶々と道は二の丸にある織田信長公の本廟を訪れていました。
信長の遺体は未だ見つからずという事で、信長の遺品である太刀や烏帽子を秀吉がここに埋葬し、姫君達がすぐに訪れる事が出来る様、天主や本丸跡ではなく、この二の丸に本廟は造られておりました。
「ねぇ、饗庭は人を好きになった事がある?」
本廟の前で手を合わせながら、茶々は道に向かって唐突に問いかけてきました。
道は、信長公の本廟を目の前にして暫し黙り込みました。
それは、信長の血を引くこの姫君の身体を借りて、信長が自分を責めている様な、そんな感覚に陥ったからでした。
「いえ……ありませぬ」
「そう?こんな話、誰にも出来ないから饗庭に聞いてみたかっただけなの。じゃあ……忘れて?」
少し申し訳なさそうに、でも茶目っ気たっぷりに微笑んだ茶々は立ち上がると、二の丸に向かって軽やかに戻り始めました。
「茶々様は!誰かを好きになった事がおありなのですか……」
道は茶々の背中に向かって、気づけば問いかけていました。
それは、これから大坂城へ趣き、恐らく誰かの元へ政の道具として嫁ぐ事になる姫達の未来、そこにひとつの悲哀を感じたからでした。
すると茶々は笑顔で振り向くと道の傍まで駆け寄り、今度は鼻と鼻が触れんばかりに、顔を近づけてきました。
「人を好きになるとね、見るだけでここが痛くなるのよ?」
茶々はそう言うと、道の心臓の上に自分の手のひらを当ててきました。
「痛く……?何もしないのに?」
「そうよ、そしてとても幸せな気持ちになるの。凄いでしょ?」
「茶々様、それはつまり好きな人がい……」
「あーーーーー!!!饗庭、この話はここまで!いいわね?」
茶々は大きな声で道の言葉を遮ると、道の両手を掴んで二の丸に向かって歩きだしました。
されるがままになりながら、道は茶々の凛とした整った横顔を見つめていました。
こんな話をしながらも、きっとこの姫様は、政の道具となる事を真摯に引き受けとめる事だろう。
そして、自分は二の次に妹達の幸せを優先にするはず。
道は身体に流れ込んでくる情報を噛み砕きながら、違う胸の痛みを感じ始めていたのでした。
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