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3章 真田家
83話~対面~
しおりを挟む1587年9月
聚楽第が完成すると、秀吉は早速移り住む手筈を整え始めました。そして初めて、大政所と茶々が顔を合わせる運びとなったのです。
*
「私が茶々様と共に、大政所様の所へ?」
茶々付きの侍女”饗庭”として、ここ大坂城へやってきていた道は、大蔵卿から付き添いの役目を伝えられ、目を白黒とさせました。
「私は既に何度か目処おっておるのです。宜しく頼みましたよ?」
「茶々様がそれでよろしければ……」
道がそう言ってチラリと茶々の方に視線を向けると、茶々は全く耳に届いていないのか、うわの空でぼんやりと宙を眺め続けていました。
「茶々様??」
道が覗き込む様に顔を覗き込むと、やっとそれに気づいた茶々が、慌てて道の方を向きました。
「すまぬ、聞いていなかった」
「大政所様の所へ参る際、その付き添いを私がさせて頂く事になったのですが、よろしいかをお聞きしたのです」
「それでかまわぬ」
茶々は静かにそうポツリと言うと、またぼんやりと宙を眺め始めました。
道はその様子が気になりながらも、今から初めて会う、秀吉公の母、大政所が気になり始めていました。
*
「もっと、近う……」
大政所の元へ訪れた茶々と道は、挨拶もそこそこに、もっと近くに来る様に言われると、戸惑いながらも静々と前へ座を移しました。
大政所の傍には、秀吉の正室である”ねね”も居て、既に面識はあったものの、茶々は緊張で顔を強ばらせていました。
「その様に緊張せずともよい。茶々、この方が大政所様じゃ」
「お初にお目にかかります。茶々にございまする」
大政所が感無量な様子で、目を細めながら茶々を見つめていると、茶々は怪訝な顔をしました。
「'私の顔に、何かついていますでしょうか?」
「いや……、この様な若く美しい姫君が豊臣の室として来てくれて、とても嬉しかっただけじゃ。ねねもそう思うであろう?」
「はい、母上。元気なややの誕生が待ち遠しい事にございますなぁ」
にこやかに談笑する大政所とねねの姿に、いくばかりかの違和感を感じながらも、茶々はふたりの好意的な態度に少しほっとしていました。
「勿論でございます。秀吉公に嫁いだからには、豊臣の血を引く、元気な男のややを産みとうございます」
「豊臣の血と?他には?」
大政所がそう笑顔で茶々に問いかけると、茶々はその意味を汲み取れず困惑し、横に控えていた道に助けを求めました。
「(織田……かと……)」
道が小声で茶々に囁くと、茶々は納得して頷きながら道の言葉そのままで伝えようと唇を開きました。
しかし、その口から言葉が発せられるのを大政所が遮りました。
「浅井であろう?」
ここで浅井の名が出ると全く思って居なかった茶々と道は、意図がわからず、全身を強ばらせて固まりました。
にこやかにしているけれど、大政所様はこの婚姻を良く思っていないのかもしれない。
だから、この様な事を言ってこられてるに違いない。
道が不安そうに茶々の様子を気にかけていると、その姿を見ていた大政所が、急に顔色を一変させました。
「そなた、名は何と申す」
「侍女の饗庭と申します」
「まさか、そなた………」
急に慌てだした大政所の様子に、道の額に脂汗が浮き上がり始めました。
忍びであると、気付かれたのか……
道がただ黙り込んでいると、今度は道の頭に雷が落ちたかの様な痛みが走りました。
「うっ………」
そして道はその瞬間その場に倒れると、意識を失ってしまったのでした。
*
「ここは………?」
床の中で目覚めた道は、だんだんはっきりとしてくる視界の中で、記憶を手繰り寄せていました。
確か、茶々様と大政所様の所にご挨拶にやってきて
それから、それから………
「申し訳ございませぬ!」
その瞬間、自体を飲み込み慌てて起き上がった道の事を、傍らで見守っていた大政所が優しく制しました。
「茶々とねねには先に戻ってもらいましたから大丈夫です。もう少し、横になった方がよいかと」
「しかしこの様な御無礼を……」
「いえ、出来ればもう少し。私が2人きりで話がしたいのです」
その優しい言葉に恐縮しながら、道が促されるまま身体を横にすると、大政所は布団をそっとかけ直しました。
そしてそれは傍から見ると、立場が逆に映る様な光景でもありました。
「お心遣い感謝致します。急に頭が痛くなってしまって」
「理由はわかっているから、大丈夫です。私の中にきっと、同じ物を感じ取られたのでしょう」
「同じ物とは………?」
道は最大限に警戒をしながら、大政所の次の言葉を待ちました。忍びとばれたら最後。これから色々と進むべき方向が、変わってしまうからでした。
「まだ、心に頭が追いついていないだけ」
「心に………?」
道は、その不鮮明な言葉に戸惑いながらも、身体の中心から湧き出してくる、懐かしい感覚に戸惑い始めていました。
「もしかして、何処かでお会いした事がございましたか?」
「えぇ……思い出せませんか?」
「……………………」
道は、色々を振り返りました。けれど、思い当たる事がありません。
ひょっとしたら、これは罠かもしれない。
慎重に言葉を選ばなければ……
道が無言で固まっていると、大政所はそれすらも楽しむかの様ににこにこと微笑み続け、それからゆっくりと口を開きました。
「またそのうち蘇るかと。何せ、生まれ変わる前の事ですから」
「生まれ変わる前?」
「えぇ、次郎法師様。いえ、浅井千代鶴様。」
「浅井………」
「はい、千代鶴様……阿古でございます……」
大政所が泣きながら道の事をそう呼んだ瞬間、道の両目からも勝手に、大粒の涙が溢れ始めました。
「……これはどうした事か……」
「それで大丈夫でございます。頭ではなく、心が覚えている証」
「心が……覚えている証?」
道は、勝手に流れ続ける涙に戸惑いながらも、懐かしいあたたかな気持ちの中に、心地良さを感じ始めていました。
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