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あなたの名前
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「亜矢~っ、こっちで一緒に食べよう! ちょうど聞きたかったんだよね、あの話!」
「えっと、“あの話”、とは……?」
「やだぁ、しらばっくれちゃって。合コンの、その後よ~」
「あぁ……」
やっぱりそう来ましたか……。
覚悟を決めて、美紀の前の席に座る。
「で? あの後、あの子とどうなったの?」
「単刀直入だね」
「だって、時間は有限だし」
「そりゃそうだけど……」
美紀は相変わらず仕事が忙しいらしい。私と会わなければきっと、サッと食事をしてパッと仕事に戻って行ったんだろう。
ほぼ食べ終わっている美紀が私のために時間を割いてくれていることが分かってるから、私も、ざっくりとかいつまんであの日のことを話すことにした。
「実は……」
朝起きたら半裸で同じベッドで寝ていたこと、彼の腕時計がバッグに紛れ込んでいるのを知らずに持って帰ってしまったこと、彼の家を探し回ってやっと返せたことを話す。その後何度か会ったことも……。
「あらら、そんなことになってたんだ?」
「うん……」
「……で? どうして亜矢はそんなに浮かない顔をしてるの?」
「それが……実は、彼の名前、覚えてなくて……」
「ええ?」
「ねえ美紀、彼の名前、覚えてない……?」
「あはは、確かにあのときの亜矢、興味なさそうだったもんねぇ」
「うん……」
美紀は心底おかしそうにクスクスと笑うと、「もう、しょうがないなぁ」と言いながらも、教えてくれた。
――イマイ カエデ
「……確かそう言ったと思う」
「イマイ、カエデ……。分かった、ありがとう」
「どういたしまして。教えたお礼に、何か進展があったらちゃんと報告してよね?」
「……うん、まぁ」
「約束だよーっ。じゃあ私、仕事に戻るね」
「あ、うん。ごめんね忙しいのに。ありがと」
「どーいたしまして。じゃ、続編、待ってるねーっ」
美紀はバイバイと元気に手を振って去って行った。
続編って……。
……カエデくん、か。ふぅん、可愛い名前。
って言うか、奇遇だな、と思う。だって、“メープル”って、カエデって言う意味だから。
犬のメープルの名前の由来は、彼の毛並みがメープルシロップの色に似ていたから、私がそう名付けたのだ。
本当に、奇遇。
――カエデくん。
心の中でそっと唱えてみる。
なんだかまだ違和感があるけど、慣れるしかない。
カエデくん、カエデくん、カエデくん……。
私は心の中で何度も何度も彼の名前を唱えた――。
その後、なんとか普段通りの仕事をこなして、やっと定時が来た。就業時間がこんなに長く感じたことはない。
若月ちゃんに声を掛けて、先に上がらせてもらう。気が利く上に仕事の出来る後輩を持てて私は本当に幸せだ。
ふらふらとエレベーターに乗り込んで、スマホを確認する。やっぱり孝治からのメッセージがたくさん送られてきていて、でももう確認して削除するのも面倒になって、そのままバッグへと突っ込んだ。
エレベーター特有の揺れが気持ち悪い。どこかの階に止まるたびに浮遊感に襲われるのがつらいし、大勢の人が乗っているので空気が生ぬるくて酸素が薄い。
なんとかやり過ごして、よろよろとエントランスを抜ける。
冬の空気はパリッと冷えていて、やっと肺いっぱいに酸素を取り込めた気がする。
「亜矢さ~んっ」
どこからか聞いたことのある声が聞こえてきて、私はその声の方向へと顔を向けた。私の目はすぐに彼を見つけることが出来て、可愛らしく手を振る彼に、私も小さく手を振り返す。
空気が冷たくて私の吐く息が白くなっているからか、目の前が白く霞む。白い霞が少し灰色がかってきて、視界がグラリと揺れる。
まるでまだエレベーターに乗っているような感覚と浮遊感に襲われて、足がもつれた。
「えっと、“あの話”、とは……?」
「やだぁ、しらばっくれちゃって。合コンの、その後よ~」
「あぁ……」
やっぱりそう来ましたか……。
覚悟を決めて、美紀の前の席に座る。
「で? あの後、あの子とどうなったの?」
「単刀直入だね」
「だって、時間は有限だし」
「そりゃそうだけど……」
美紀は相変わらず仕事が忙しいらしい。私と会わなければきっと、サッと食事をしてパッと仕事に戻って行ったんだろう。
ほぼ食べ終わっている美紀が私のために時間を割いてくれていることが分かってるから、私も、ざっくりとかいつまんであの日のことを話すことにした。
「実は……」
朝起きたら半裸で同じベッドで寝ていたこと、彼の腕時計がバッグに紛れ込んでいるのを知らずに持って帰ってしまったこと、彼の家を探し回ってやっと返せたことを話す。その後何度か会ったことも……。
「あらら、そんなことになってたんだ?」
「うん……」
「……で? どうして亜矢はそんなに浮かない顔をしてるの?」
「それが……実は、彼の名前、覚えてなくて……」
「ええ?」
「ねえ美紀、彼の名前、覚えてない……?」
「あはは、確かにあのときの亜矢、興味なさそうだったもんねぇ」
「うん……」
美紀は心底おかしそうにクスクスと笑うと、「もう、しょうがないなぁ」と言いながらも、教えてくれた。
――イマイ カエデ
「……確かそう言ったと思う」
「イマイ、カエデ……。分かった、ありがとう」
「どういたしまして。教えたお礼に、何か進展があったらちゃんと報告してよね?」
「……うん、まぁ」
「約束だよーっ。じゃあ私、仕事に戻るね」
「あ、うん。ごめんね忙しいのに。ありがと」
「どーいたしまして。じゃ、続編、待ってるねーっ」
美紀はバイバイと元気に手を振って去って行った。
続編って……。
……カエデくん、か。ふぅん、可愛い名前。
って言うか、奇遇だな、と思う。だって、“メープル”って、カエデって言う意味だから。
犬のメープルの名前の由来は、彼の毛並みがメープルシロップの色に似ていたから、私がそう名付けたのだ。
本当に、奇遇。
――カエデくん。
心の中でそっと唱えてみる。
なんだかまだ違和感があるけど、慣れるしかない。
カエデくん、カエデくん、カエデくん……。
私は心の中で何度も何度も彼の名前を唱えた――。
その後、なんとか普段通りの仕事をこなして、やっと定時が来た。就業時間がこんなに長く感じたことはない。
若月ちゃんに声を掛けて、先に上がらせてもらう。気が利く上に仕事の出来る後輩を持てて私は本当に幸せだ。
ふらふらとエレベーターに乗り込んで、スマホを確認する。やっぱり孝治からのメッセージがたくさん送られてきていて、でももう確認して削除するのも面倒になって、そのままバッグへと突っ込んだ。
エレベーター特有の揺れが気持ち悪い。どこかの階に止まるたびに浮遊感に襲われるのがつらいし、大勢の人が乗っているので空気が生ぬるくて酸素が薄い。
なんとかやり過ごして、よろよろとエントランスを抜ける。
冬の空気はパリッと冷えていて、やっと肺いっぱいに酸素を取り込めた気がする。
「亜矢さ~んっ」
どこからか聞いたことのある声が聞こえてきて、私はその声の方向へと顔を向けた。私の目はすぐに彼を見つけることが出来て、可愛らしく手を振る彼に、私も小さく手を振り返す。
空気が冷たくて私の吐く息が白くなっているからか、目の前が白く霞む。白い霞が少し灰色がかってきて、視界がグラリと揺れる。
まるでまだエレベーターに乗っているような感覚と浮遊感に襲われて、足がもつれた。
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◆登場人物
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