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第1話 仮想通貨で『億り人』
しおりを挟む「……自由だ! これで俺は自由になったんだあああ!」
思わず大声で叫んでしまった。慌てて両隣の部屋の反応を窺うが、どうやらこの時間には不在だったようで、特に反応はない。
両隣の音がだいぶ漏れてしまうほど薄い壁の1K安アパートの一室。ここが俺の自宅だ。そう、これまではだがな。
「5年間か……。他の人からしたら短いかもしれないが、俺にとっては十分長い時間だった。だけど終わってみればあっけないものだな」
思わず独り言が漏れてしまう。
俺、東雲健太はこの5年間ブラック企業で理不尽な上司の下で必死に働いてきたが、それももう終わりだ。
さすがにドラマのように上司へ退職届を叩きつけるなんてことはできなかったが、弁護士に依頼をして無事に退職することができた。なんなら訴えれば損害賠償金や慰謝料を取れるくらいの業務実態であったと弁護士に言われたのだが、そうなると時間もかかるのでそれは止めておいた。
「弁護士に相談する費用も安くはなかったけれど、これからはお金を気にする必要はない。なにせ俺は一世一代の大博打に勝ったのだからな!」
仮想通貨――ネット上でやり取りされるデジタルなお金で実体のある紙幣や硬貨ではなく、すべてデータとして存在する電子的通貨。主に投資や資産運用として扱われているのだが、短時間で価格が変動しやすく、破産する者も少なくない。
仮想通貨や株、FXなどの投資により1億以上の資産を稼いだ者は『億り人』と呼ばれる。俺もこれまでに稼いできた資産をすべてぶちこみ、勝った金額をさらに上乗せした超ハイリスクハイリターンの投資方法を繰り返すという無茶な投資をしたが、その甲斐もあって億り人となれた。
「本当に毎日現在の資産が気になっておかしくなりそうだったもんなあ……。おっと、もう仮想通貨のことは忘れると決めたんだ」
俺は運を掴み、それだけの大金を稼げたわけだが、それまでに俺の心身はボロボロになってしまった。
ただでさえブラック企業で心が削られている中で大金が動くのは俺の心と身体がもたなかった。資産が1000万円を超えた時点で一度ブラック企業を辞めようとしたのだが、辞めさせてくれなかった。仕事で受けた損害を請求すると上司に言われたんだよな……。あの時は冷静に考える余裕はなかったが、今思うと完全に脅迫だった。
持っていた仮想通貨をすべて売却し、税金を税理士に任せ、口座もすべて閉じてもう仮想通貨には手を出さない。派手に豪遊しなければ一生を過ごせる金を手に入れたことだし、しばらくはゆっくりと療養するとしよう。
さて、まずはこの安アパートから引っ越すとするか。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「それでは失礼します。何か困ったことがございましたら、いつでもご連絡ください」
「はい、ありがとうございました」
不動産屋の人から家の鍵を受け取って、車を見送った。今日からここが俺の家である。
いろいろと考えた結果、郊外にある中古の一軒家を購入することした。田舎で最寄りの駅まで車で30分以上かかるということもあるが、なんとたったの500万円という破格の値段だった。田舎の家や価格事情を調べた時は本気で驚いたぞ……。
大金を稼いだとはいえ、1億円ではタワマンとかに暮らしていたらすぐにお金が尽きてしまう。それにタワマンに住みたいかと言われると俺の答えはノーだ。それよりも静かな場所の方がいい。
この辺りには俺の家一軒しかないから、安アパートで暮らしていた時のように周囲のことを気にする必要はない。昔から田舎暮らしというものには少し憧れていたんだよなあ。
だけどもっと本格的な田舎暮らしは俺にはできそうにないので、ほどほどの場所を選んだ。さすがに電気や電波が届かない場所では生きていける気がしない。
「さて、まずは大掃除から始めよう」
この家は人が暮らさなくなってから数年経過していることもあって、どの部屋もホコリだらけだ。都会のマンションなら管理会社の人が清掃をしているけれど、田舎の物件なんてこんなものらしい。
お金はあることだし清掃を頼んでも良かったのだが、これから時間は山ほどあるからな。むしろ自分の家を自分の手で綺麗にしていくから愛着も持てるというものだろう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「よし、だいぶまともな家らしくなってきたな」
この家で暮らし始めてから2日が過ぎた。毎日掃除を続けたこともあって、ようやくまともな家らしくなってきた。
それにしても、この家に来てから独り言が多くなってしまう。この辺りには本当に何もないから静かすぎてついひとりで話してしまうのだ。
「あとはこの納屋も整理しておくか」
この家には広い庭だけでなく納屋がある。
中には俺の前に住んでいた住人がつかっていたガラクタなんかが入っていた。高価な物はないから中の物は自由に使ってくれと不動産屋の人に言われている。
「んっ、なんだこれ?」
納屋の中にあった年代物の大きな立て鏡。
なぜかその鏡面が発光していた。
「……どういう仕掛けなんだ?」
大きな鏡の周りには金属製の装飾が施されているが、コードもないし、電気的な装置なんかもついていないように見える。それなのに鏡面が光り輝いていた。
「うおっ!?」
鏡面に触れようとすると、鏡面がまるで水面のように揺らぎ、触れた手が鏡の中に吸い込まれた。
慌てて手を引き抜くと、そこにはちゃんと俺の手があった。もう一度鏡面に手を入れながら鏡を側面から見てみるが、そこに俺の手はなく、まるで鏡の中に手が吸い込まれてしまったようだ。
「手品の道具ってわけでもないよな。こういう時は……」
なんだか得体のしれない雰囲気を感じ、スマホのカメラをオンにして、録画をしながら鏡の中に突っ込む。そして数秒した後でスマホを引き抜き、録画した映像を見てみた。
映像は薄暗くてあまり見えなかったので、今度はライトを点けて録画してみた。するとそこにはこの納屋ではなく、たくさんの本棚が置いてある部屋が映っている。
「別の場所に繋がっているのか? なんかの映画かアニメでみたことがあるような……いや、まさかな」
大金を手に入れ新しい家を購入したのもすべて夢だったらとも思ったが、そういうわけでもなさそうだ。あるいはずっと気を張り詰めていた日常から解放されたからおかしくなったのではないかとも思った。
かなり怖いが、あとはもう自分の目で確かめてみるしかない。
「本当に別の場所と繋がっているのか……」
意を決して鏡の中に顔を突っ込むと、そこには先ほどスマホの画面に見えた古びた部屋があった。
「ゲホッ、ゴホッ」
カビかホコリかは分からないが、ものすごく変な匂いがしてせき込んでしまう。やはりこれは夢ではないようだ。
危険はなさそうなので、思い切って身体ごと鏡を通り抜けると、本当に別の場所に移動してきたらしい。
スマホのライトを頼りに部屋の周囲を窺う。それほど広くはない部屋の中に大きな本棚が並び、たくさんの本が入っている。長い間使われていなかったようで、机や椅子にはホコリが積もっていた。
この部屋には窓があり、そこから陽の光が少しだけ漏れている。
「随分古いタイプの窓だな」
窓は金属製のクルッと回すタイプではなく、木製のシンプルな構造だった。そう考えると、この部屋に置いてある本棚やテーブルもだいぶ昔の物に見える。
ホコリが舞う中窓を開くと、そこから眩しい日差しが部屋の中へ入り込む。
「……綺麗だ」
まばゆい光に目が慣れてくると、窓の外にはとても美しい光景が広がっていた。
雲ひとつない青空、緑色の草原とその遥か奥に佇む山脈、そして青々とした巨大な湖の湖面は無数の宝石をちりばめたようにきらきらと輝いている。
なぜ鏡がこんな場所に繋がっているのかという疑問よりも、先にそんな感想が口に出るほどこの光景は美しかった。
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