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第3話 謎の生物
しおりを挟む「……よし、昨日と変わりないな」
鏡を通って湖畔の小屋へ行く。相変わらずとても綺麗な景色だ。
昨日は小屋の周囲から数メートルくらいしか離れていないが今日はその先へ行ってみる予定だ。少し離れた場所に森があるけれど、さすがに森にはなにがいるのか分からなく怖いので、湖の周りを進んで、集落や人工物がないかを探してそうと思う。それに湖の周りなら道に迷うこともないだろうからな。
「本当に綺麗な湖だ」
この大きな湖を一周するにはしばらく時間がかかりそうだ。湖はまったく汚れておらず、透き通っていた。
遠目から魚がいるのを見つけたし、浜辺には虫やカニのような生き物もいる。俺に種類なんかはわからないので、スマホで写真を撮っておいてあとで家に戻ったら、ここがどこなのかわかるかもしれないので調べてみるつもりだ。
「こういう場所に住むことにも憧れていたんだけれど、さすがにここまで何もない場所で暮らしていける気はしないから諦めたんだよなあ」
広大な自然の中を一人で歩いていると独り言が増えてしまうのは俺だけではないはずだ。それにそんなことをつい呟いてしまうほどこの光景は綺麗だった。
家を引っ越す時もこういった何もない山の中で暮らすことも考えたのだが、さすがに生活インフラのまったく整っておらず、電波の届かない場所で暮らすのは無理だろうと諦めた。やっぱりネットは必要なのである。
ここが安全な場所だったら、この不思議な世界でのんびりと過ごすのも悪くないかもしれない。
「……んっ?」
そんなことを考えながら湖のほとりを歩いていると、先の方にもぞもぞと動く影を発見した。緑色に広がる草むらの中を黒いものが動いている。
思わずしゃがんで身を隠した。ここから見てもかなり大きな動物だ。リュックから双眼鏡を取り出して、動く影を遠くから窺う。
「っ!?」
そこにいた動物はクマだった。いや、クマではない。4足歩行する黒い毛に覆われた大きなそれは一見クマのような姿をしているが、頭からは一本の角が生えている。あんなクマは見たことがない!
あれを相手にこんな小さな斧で勝てるわけがないし、逃げるしかない。こちらが先に気付いたのは幸いだった。あんなのがいきなり襲ってきていたら、なすすべもなく殺されていただろう。
「グル?」
音か匂いかわからないが、クマ型のなにかが周囲を探っている。まずい、もしかして俺が隠れていることに気付いたのか!?
「グルルル!」
「くっ!?」
突然クマ型のなにかが突然こちらに向かって走り出してきた。しかもとんでもなく速い!
逃げても追いつかれるし、こんな斧じゃ絶対に無理だ。それならばこれしかない!
「くらえっ!」
プシュウウウウ
「グルアアアアア!」
俺がリュックから取り出したスプレーのスイッチを入れると、勢いよくガスが噴射され、鼻先に命中する。
するとクマ型のなにかがその場で止まり、苦しそうにもがいている。
クマ撃退スプレー――アウトドアショップで購入したこいつはその名の通りクマなどの大型野生動物と不意に遭遇したときに自分を守るための護身用スプレーだ。スプレーの中身は唐辛子の辛み成分であるカプサイシンで、目や呼吸器官に強烈な刺激と痛みを与える。催涙スプレーにも似ているが、威力と噴射の勢いはその比ではない。
ダッ
クマもどきの動きが止まったのを見て、一目散にその場から逃げ出した。
「ガルルル……」
背後からクマ型のなにかのうめき声が聞こえたが、追ってはこない。
振り返る時間も惜しんで、全力で元来た小屋へ向かって走った。
「はあ、はあ……死ぬかと思った。高かったけれど、買っておいて本当によかったな」
クマもどきは俺のあとを追ってくることはなく、なんとか逃げ切ることができたらしい。
アウトドアショップで購入したクマ撃退スプレーはちゃんとしたもので1万円くらいするのだが、金に糸目を付けずに購入しておいたおかげで命拾いしたようだ。
「なんとか助かったみたいだ」
ようやく小屋が見えてきた。
まさかこんな危険な場所だとは思わなかった。もう元の世界に戻って、あんな鏡は叩き割ってしまったほうがいいかもしれない。
「ゲギャギャ!」
「なっ!?」
横からガサガサとした音が響き、おかしな鳴き声がしたと思ったら小さな影が草むらから飛び出してきた。
濃い緑色の肌にずんぐりとした体型。鼻は平たく耳は尖り、醜悪な顔立ちをしている。ギョロリと黄色く濁った目がこちらを見据え、唇の間からギザギザの牙が覗いていた。ボロい布切れを腰に巻き、その右手には太い棒切れを持っている。
ファンタジーの中の生物、ゴブリンがこちらへ向かって走ってきた。
「くっ!」
「ゲギャ!」
慌てて小屋へ向かって走り出す。
背後からは俺を追うゴブリンの草むらをかき分ける音が聞こえる。先ほどのクマもどきよりも遅いようだが、俺はさっき全力疾走をしたあとだ。それでも命が懸かっていることもあって、無理やり身体を動かしながら小屋へ向かう。
クマ撃退スプレーは一度使用したらもう使えない。こんなことなら何本も買っておけばよかった!
「はあ、はあ……」
「ゲギャ、ゲギャ!」
小屋まであと少しだというのに、身体が重い。少しずつだが、俺の後ろから迫る音が近付いてきた。
ガンッ
「ギャギャ!」
俺の後ろでなにかが衝突した音が聞こえ、ゴブリンの迫ってくる音が聞こえなくなった。
それでもかまわず走り続け、なんとか小屋の前まで辿り着いた。
「はあ……はあ……。助かったけれど、どうしてあいつは追ってこなかったんだ?」
ようやく後ろを見るとゴブリンはだいぶ離れたところで、なぜか一人で暴れているように見えた。
十分に警戒をして、いつでも小屋に入れる場所から双眼鏡でゴブリンの様子を窺ってみる。
「……まさか、あそこに見えない壁があるのか?」
双眼鏡から見たゴブリンは透明な壁のようなものに阻まれていた。棍棒を振り回し、ガンガンと見えないなにかを叩いているようだが、それを破れないらしい。
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