ヒキガネを轢いたら

晴野幸己

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第三部

第27話 いざ研究へ

 ミカンは数日間にわたって毎日朝早くから面会に来ていた。そんなある日、マリーとジョゼフもあとから面会に来て、オレに変なことを言ってきた。

 「ねぇ、調子の良い時に午後5時から所長室に来て」

 「・・・・・・は?」

 マリーにわけ分からんことを言われた。
 オレが所長室に行ってどうすんだ。

 「前にも言っただろう。ナディエージダの安全を保障するシステムをつくるのをアレンにも手伝ってほしいのだ」

 「え、あれを本当にやるのかよ。しかも所長室で?」

 ジョゼフの言葉に応えた。

 「ああ、世界征服を実現する第一歩だ。アレンや他の研究員にも手伝ってもらう」

 「・・・・・・は?世界征服?」

 ジョゼフは何を言ってんだ?世界征服なんてのはマリーの狂言だったんじゃないのか?
 お前はこの前ナディエージダの安全を保障するって言ってなかったか?

 「というわけだから、アレン。今日の午後5時に所長室に来てね!」

 マリーはそう言ってジョゼフと一緒に病室を出ていった。オレとミカンが残された。

 「なんだか、唐突ですね」

 ミカンが2人が出ていってからそう呟いた。
 唐突というか、強引というか・・・・・・ジョゼフが世界征服のためにイヴァン博士の所長室でオレも一緒になんかのシステムをつくる?
 よくわからないが、今日はそんなに体調も悪くないから行ってみようと思った。
 なんだかあの2人を放っておいたら大変だという心配があった。何をしでかすかわかったもんじゃねえ・・・・・・。





 面会のついでに、マリーはアレンにも所長室に来るように伝えた。
 でも、よく考えたら誘うべきではなかったのかもしれない。アレンはまだ体調が悪いし、彼には機械とネットワークシステムの知識がないからだ。そういう俺も知識はあれどはじめて操作してみるのだが・・・・・・。
 マリーも正直に言って、一緒に来てもあまり意味がないのかもしれない。彼女は不器用だ。おまけに知識もないだろうし、グレンには嫌悪感があると思う。マリーは感情的に動くタイプだから、もしかしたらシステムをつくっている最中に「グレンなんてまたつくってどうするの?あたし、嫌なんだけど」とか言い出しかねない・・・・・・そうしたら研究が滞ってしまう。

 はぁ、困ったものだ・・・・・・。
 本当は1人で作りたかったのに。


 そんなことを考えながら今日も研究所に働きに来ていた。
 前の席に座っているノエルはパソコンの操作に集中していて、ミハイルは向こうで薬品の検査を行なっている。ヴィクトリアはため息を吐く俺に話しかけに来た。

 「ジョゼフくん、どうしたの?仕事で困ったことがあった?」

 「いや・・・・・・」

 でも、そう訊かれれば困ったことは少しあった。
 まず、目の前の席に座っている課長が数日前からなんだかキモチワルイ。何が気持ち悪いかというと、俺が殴ると嬉しそうに笑うのが気持ち悪いのだ。
 あいつ、最初はなんだか生理的に「殴りたい」だけだったのに、いざ本当に殴ってみると嬉しそうに笑いながら見つめてくるのだ。しかも、そんな態度なのに口は相変わらず悪態ばかりなので俺は余計に苛々してしまう。
 ノエル課長に仕事を教えてもらおうにも、悪態ばかりで会話にならないし、それで苛々して殴ったら逆効果で何も変わらない。
 逆効果というか、むしろたまに熱い視線を感じ・・・・・・

 バシャッ

 俺は思わず目の前の席の変態に熱いコーヒーにぶちまけた。


 「アッ・・・・・・んっ、おいッ何をする貴様!ずぶ濡れじゃないか?!・・・・・・ず、ずぶ濡れ・・・・・・」

 ノエルは変な声と変な言葉を発しながら赤面していた。
 こいつ、殺していいか?

 「ジョゼフくん、急に何をするのよ?!あの子はあなたの課長だからね?!」

 「それより被曝症治療をマウスで実験していいか?」

 一刻も早くノエルの視界から抜け出したい。反省などしない。だって、満更でもなさそうな変態の顔が気持ち悪いんだもの。

 「えっ、人体実験するって?」

 向こうからミハイルが目を輝かせていた。
 誰も人体実験するなんて言っていない。マウスで実験したいと言ったのだ。
 それともミハイルも変態だったのだろうか。マウスが人間に聞こえるというのなら、相当だ。
 そういえばミハイルは外科医でもあったな。一体どんな気持ちで人間の手術を行っているのかは想像しないでおこう。

 「ジョゼフくん、まずはノエル課長に謝りなさい?」

 「研究所って変態しかいないのか・・・・・・」

 ヴィクトリアの言葉を無視して呟いた。
 この調子だとヴィクトリアも何かしら変態的な特徴があるのだろう、知らんけど。

 席から立ち上がってミハイルがいる実験スペースへと向かおうと思ったら、急に目眩がして立ちくらんだ。
 崩れる姿勢に、手で頭を押さえてしゃがみ込んでしまった。触れた手に熱を感じたので、ああ、また発熱していたのかと気がついた。最近はこんな体調不良にも慣れていたが、新しい職場で倒れるのは初めてだった。

 「えっ、ジョゼフくん?!大丈夫?」

 隣にいたヴィクトリアが咄嗟に俺を支えるように腕を伸ばしてきたが、俺は「大丈夫」と言って止めた。

 「もしかして、風邪でも引いてるの?」

 「・・・・・・いや」

 ただの風邪なら良かったのに、なんて思いながらヴィクトリアに返事をした。だが、そう否定することによって研究所の皆に自分が疾患被験体であることがバレてしまう。
 
 ノエルも自分の席から離れて俺に近づいてきた。

 「おい、ちょっと診察させろ」

 額に手をのせられ、それから瞼の裏を見られた。

 「発熱と貧血が少しあるな・・・・・・お前、もしかして・・・・・・」

 ノエルは珍しく悪態ではない口調で喋っていた。
 貧血もあったのか。それなら俺が疾患被験体だということがほぼ確定になるかもしれない。疾患被験体には様々な症状があるが、その中でも必ず出るのが貧血と発熱だったからだ。
 ノエルは核兵器研究課の課長であり、生物兵器の創造の担当も担っているのだろう。ここまで曝け出してしまえば、もう隠していても仕方ないと思った。

 「最近あった襲撃より少し前から、熱が出るようになった・・・・・・」
 
 「そうなのか」

 ノエルは俺を見ながら絶望に駆られているような表情をした。自分達が作り上げて唯一成功したと思われていた生物兵器がまさか失敗だったなんて知られたら、ここの研究員なら誰でも絶望するだろう。

 俺はそれでも重たかった脚を持ち上げるように立ち上がり、ミハイルのいる実験スペースへと歩き出した。

 「ジョゼフくん、休憩室に行って少し休んだら?見た感じだと熱はそんなに低くないみたいだし、それとも帰ったら?」

 ヴィクトリアにそう言われたが、俺はそれでも休みたくないと思った。
 きっとこの症状は進行するだろうし、時間が限られているのなら立ち止まっていては目的が果たせないのだから。

 「まだ、大丈夫・・・・・・さっきは少し気を抜いただけだ」

 俺はそのまま実験スペースへと向かった。パソコンで作った試験薬のデータとその分子構造のコピーの情報を印刷した用紙を持っていった。



 実験スペースに着いたところで、俺はミハイルにさっき印刷した用紙を見せた。ミハイルはそれを受け取って読みながら考えていた。

 「なるほど、この形の化学式の発想は今まで見たことがないが・・・・・・この分子はくっつかないぞ?」

 「放射線を当てれば結合できると書いてあったのだが・・・・・・」

 「うーん、被曝症の治療にまた放射線を使ったら傷ついた細胞がまた傷つくかもしれないだろう?そうしたら、細胞の癌化が進行する危険があるから、今まで放射線なんて使ったことはないな。ジョゼフはどんな意図でこの化学式を作ったんだい?」

 「その、俺が今までの治験データを見てみたら・・・・・・被曝症の治療はあくまで後遺症の改善と細胞の自己修復が頼りで治る人がいたという風だった。つまり、被曝症によって癌化した細胞の撤去と再生が主な治療方法だったから、ほぼ抗がん剤しか使ってこなかったのだ」

 「そうだな、被曝症の細胞の自己破壊の動きは止められないから」

 「それは、その動きが不明確だから抑えられないだけで、もしその自己破壊の動きがわかれば修復もできるかもしれない」

 「どういうことだい?」

 「この試験薬によって、意図的に細胞の破壊を促して、同時に修復も行う。俺やマリーの体質から考えた」

 「ああ、被曝症の症状を敢えて促してから把握のもとで修復していくってこと?それって、イヴァン博士が作ったあの人体改造薬のX-o28と似た効能だな」

 「そうか・・・・・・」

 そういえば、X-o28は俺が熱を出すようになって少し前から効果がほぼなくなったから、アレンはまた入院するようになっていた。

 いや、待てよ?
 俺の血清によって作られたX-o28の効果が切れる時期と俺が疾患被験体になった時期が同じだ。もしかして、俺はもともと24年で疾患被験体になる運命だったのだろうか。

 「X-o28はジョゼフの血清から作られたのだろう?まずは君を治す方法がわかれば、この薬の改善ができると思うけど」

 「・・・・・・知っていたのか」

 「ノエルはイヴァン博士からのメールをちゃんと読んでいないだろうけど、おれはちゃんと読んでるからね。イヴァン博士はメールの中にジョゼフが不調を訴えたら休ませるようにって書いてあったんだよ。成功した生物兵器なら不調なんてないはずだからね」

 「そうか、イヴァン博士はそこまで気を遣ってくれたのか」

 「そうみたいだね。それで、申し訳ないけど・・・・・・さっきと言ったことと矛盾しちゃうけど、疾患被験体のメカニズムは全くわかってないんだよね」

 「そんなことを言ったら、ミハイルがさっき言った俺を治す方法がわかればX-o28の改善薬ができるという話はどうなる?」

 「そうだね。X-o28の改善薬を作るならジョゼフを治す方法がわかればいいけど、被曝症の完治方法を見つけるならまた頭を捻らないとね」


 「おい、無能共。X-o28の改善薬は僕がやる。貴様らには到底成し得んからな!」

 ミハイルと一緒に考え込んでいると、後ろからノエルが突然やってきてそう話しかけてきた。コーヒー臭いから早く着替えろ。

 「ノエルが?君は新しい試験薬の開発なんてやったことがないだろう」

 「うるさいぞ!僕がやると言ったんだからやるまでだ!」

 ノエルは俺に「ミハイルとの話が終わったら僕と試験薬の計画を立てる話をしよう」と言って、そのままズカズカ歩きながら自分の席へと戻っていった。

 ミハイルはもう一度俺が印刷した用紙を見ながら言った。

 「まあ、今日はこの試験薬を一緒に作ってみようか。設備は整ってるし、マウスもいるからね」

 「ああ、よろしく頼む」


 こうして、俺はこの研究室でX-o28の改善薬と被曝症治療の新薬開発を同時進行で研究することになった。
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