愛されたかっただけなのに

巴雪緒

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愛されたかっただけなのに

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あの子はクラスで一番可愛いから愛されていた。
あの子はクラスで一番勉強が出来たから愛されていた。

小学生の時の私は可愛くもなく、勉強も出来ず、どう評価してもパッとしない子供だった。
だからお母さんとお父さんは、可愛くて勉強もできる妹ばかり可愛がった。

中学生になると高校受験のことも考えて、早い段階から勉強に力を入れた。だから平均的に見ても、成績は上位の部類に入っていた。
それでも私よりも頭の良い子はいて、クラスで一番になることは出来なかった。
体格は良くも悪くも普通だったけれど夜遅くまで勉強していたからか、ニキビなどの吹き出物が目立っており写真に映る私は不細工以外の何者でも無かった。
無事高校には合格したが、卒業証書と共に渡されたアルバムはすぐに古紙回収へと出した。

高校生になると周りの子は高校デビューと評して、髪の毛を巻いたり化粧をしたりと可愛い子や美人な子へと変化していった。
また彼女たちにはすぐに恋人が出来ており、休み時間となると一緒に過ごしたり、恋バナに花を咲かせていた。
それに比べて告白することもされることも無かったが、放課後や休日になると私も化粧品やファッション雑誌などを購入して日々可愛くなるために努力をしていた。
貯めたお小遣いで買ったアイプチは、瞼が分厚いため何度つけても簡単に取れてしまい、メイクは頑張ってもどこか歪で思い通りにはいかなかった。
この頃になると妹はアイドルになりたいと言ってオーディションを受けたり、芸能科のある高校を進学しようとリビングでお母さんと話していたのを覚えている。
同じ母親のお腹から産まれてきたはずなのに、年々溝が浮き彫りに出てきている。
それが私の中で真っ黒のドロドロした感情へと変化していたが、今の私にはそれを必死に呑み込むしかなかった。

大学に入るとクラスなんてものは無く、あるとしたらゼミと呼ばれるものへと変わった。
空きコマは友達と過ごすだの、恋人と過ごすだの人それぞれであったが、私は決まって単独行動だった。自己責任を伴うが大抵のことは自由となった為、高校以上にメイクをして顔を整える子が増えた。
私も学校に行く際は必ずメイクをしていたが、いつも吹き出物の凹凸を隠すようにコンシーラーを塗りたくるのが当たり前のこととなっていた。大学生になれば高校に比べ自由も増える為、もっと美容にお金を掛けたいと思いアルバイトを探すことにした。
でも時給が高くておしゃれなお店や、写真映えするようなお店は雇ってもらうことはできず、仕方なく他の店と比べて、時給が高い居酒屋でアルバイトをすることになった。
しかし居酒屋に限らず飲食店は、毛染めやおしゃれ等は殆ど禁止となっていた上に、シフトを入れることを強制させられた。

始めたての頃、一度学校終わりにそのまま出勤したことがあるが、その際店長からメイクが濃いと言われ注意された。そうして罰金と言われお給料を一部削られてしまった上に、年配のお客さんからはセクハラ紛いのことを受けた。
そのことがあってから、学校から直接行く際は渋々メイクを落としてから出勤するようになった。
しかし元から可愛い子は優遇されていて、元が整っていない私はミスをする度にお客さんの前で怒鳴られることが多かった。
その頃から吹き出物は悪化してしまい、夏季休暇終わりに居酒屋での勤務を辞めた。
そして、同時にわかってしまった。
どれほど努力を重ねたって、生まれた時から可愛い子には敵わないことを。

9月になると後期へと突入し、また時間割を組み直す必要があった。
自宅のパソコンに表示される前期取得した単位数を数えながら、シラバスを眺めつつ登録作業を行なっていく。
あれから妹は本人の希望通り芸能科のある高校へと進学をし、レッスンだのオーディションだのと忙しくしており家を空けることが多くなっていた。
私の欲しいものを何もかも持っている妹が、視界に入るだけで、自分が惨めな気持ちになるため家に居ないことは唯一の救いだった。

そんな後期に入ったある日のことだった。
いつも通り次の授業の準備をしていると、突然隣に座って来た男の子に声を掛けられた。
最初はただの挨拶から始まった関係だったが、世間話をするようになってから親密になっていくまでにそう時間は掛からなかった。
そして数日後、彼に告白されて付き合うこととなった。

今まで誰かと付き合うことが無かったため、ドッキリではないかと警戒心もあったが、彼と一緒にいるうちに絆されてしまった。
一緒に過ごすに連れて少しずつだけど、愛されているという実感を得るようになり、常に幸せな気持ちに包まれることが多くなっていった。
本人は自分の見た目が平凡だから、私に釣り合うとは思えないと悩んでいたが、そんな彼が私は好きだった。

付き合って3ヶ月目、通話中に彼はお泊まりデートの提案をしてきた。
最初は驚きもしたが、世間一般のカップルならそれぐらい普通なのかと何処か納得している私がいた。約束した後、寝る時間だからと言って通話を切ったが、私は寝れる状態ではなくなってしまった。スマホの検索欄に『お泊まりデートに必要なもの』と入力し、ヒットしたサイトへと飛んだ。
今まで誰かとお泊まり会をすることもなく、また一人旅をすることもなかったため、間違えないように念入りに下調べと準備を行なっているとあっという間にその日はきた。
前から行きたかったカフェや水族館、フォトスポットとデートを満喫しているとあっという間に夜となった。
お互い目を合わせ手を繋ぐと、そのまま今日泊まるホテルの入り口をくぐった。

お風呂に入っている途中、メイクを落とした私を見たら拒絶されるか不安だった。
でも彼は今までと同じような優しい手つきで私に触れた。
唇から体の隅々に沢山キスをされ、何もかもが初めてな私をゆっくりとリードしてくれた。
彼と繋がれた時は、本当に愛されているという多幸感に溢れて涙が出てきた。
この時間がずっと続けばいいのにと思った。
でも、神様は私に優しくはなかった。

お泊まりデートから数日後の出来事だった。
彼が私と一夜を共にした日のことを、友人等に話していたそうで、私が眠っている姿の写真を撮っては周りに見せびらかしていると風の噂で耳にした。

その時、私の中の大事なものが壊れる音がした。

自分の顔に自信がないからこそ、必死に化粧を重ねて生きている私の気持ちなんて、彼は何ひとつとして考えていなかったのだ。
それにすっぴんを見せるのが怖いと、彼に話をしたのにも関わらず、どうしてそんな残酷なことが出来るのか私にはわからなかった。

「別れてほしい」
後日呼び出すと、一方的に彼に別れを告げた。
その際彼が何か言っていた気がするが、今の私にはもう何の言葉も届かなかった。


彼と別れてからは何をする気にもなれず、だからといって家にも大学にも居たくなくて、ただ呆然とネットカフェで過ごす日々が続いた。
今まで散々苦しんできたのに、この期に及んでどうしてこんな目に遭わなければいけないのか苦しくて仕方がなかった。
私は今までからずっと、どうしたら愛されるのかをずっと考えてきた。
だからこそ、可愛くなれば愛されると信じてメイクや自分磨きを行なってきたのだった。
美容には沢山のお金と時間を掛けてきたのに、それでも幸せになれないことが悔しくて涙が止まらなかった。


そんな時、ふと美容整形外科の看板が目に入ってきた。
WEBサイトで調べていくうちに、魅力的な効果や結果などが次々と出てきたが、今の私では到底払える金額ではなかった。
高収入バイトといえば、思い当たるのはひとつしかない。私は一大決心をして、求人サイトの応募ボタンにクリックした。

応募から数日後、私はデリヘルで働いていた。
デリバリーヘルス、略してデリヘル。
仕事内容は精神的にも体力的にもしんどいものだったが、男性経験は彼だけだったため、その初々しいところが受けるだろうと採用してもらうことが出来た。
父と母の関心は全て妹に向けられているため、私が何をしているかなんて知るはずがなかった。

それからはデリヘルで働きつつ、色んな美容整形外科でカウンセリングと見積もりをしてもらう日々が続いた。
同じような施術方法でも病院によっては、金額が何万も変わってため慎重に決めなければならない。それにどこの医院も保険適用外なので、普通に働いているだけではとてもじゃないが払えない金額なので仕方がなかった。
綺麗になるためにはお金が掛かると聞くが、まさにこういうことなのだなと今ならばよくわかる。そして目標金額が決まれば即予約し、お金を持って予定日に施術を行うのだった。
目元には麻酔が何本も打たれ、痛くて痛くて堪らなかったが、これを我慢すれば理想に近付けると涙目になりながらも必死に耐えていた。
手術直後、私の目元は腫れぼったくなっていたが、整形手術には必ずダウンタイムがあると聞いていたため、あまり鏡を見ないようにした。
その頃になると父と母はよく家を空けており、家はただ寝泊りするだけの場所になっていた。
手術から数週間後、腫れが引いて再び鏡を見てみると、無事に憧れていた二重へと変化していた。

それでも、私は満たされなかった。

ダウンタイム後はデリヘルへの出勤が増えていくとのと比例して大学へ行く回数は減り、2ヶ月後には全く行かなくなっていた。

受付終了と共に労いの言葉と本日分のお給料を受け取り、札束を財布へと仕舞いこむ。だがそれと同時に私の心は擦り切れていく一方だった。整形して綺麗になる度に指名やチップを貰うことは多くなった。お給料だって、そこら辺の会社員よりもある。
それでも、私に残るのは虚しさと苦しさだけだった。
「綺麗だね」「美人さんだね」「可愛いね」と言われることは、圧倒的に増えた。
だけど嘘でも「好きだ」「愛している」と言ってくれる人は何処にもいなかった。
ガチ恋勢だの気持ち悪いだの他の女の子は、そういうお客さんを嫌っている子が多かったが、そうだとしても私は欲しかった。

整形を繰り返していくうちに、段々指名も無くなっていき無給の日が続いた。そんなある日スタッフさんからは、整形のやり過ぎで浮世離れしているからではないかと言われた。
それを言われた時、自分が何のために心を擦り減らし、痛みにも耐えて整形をしているのかわからなくなった。
その場から逃げる様にトイレへ駆け込み、ふと洗面台の鏡を見てみると。

そこに映る自分自身の姿は、これ以上にないほど醜く歪んでいた。

もう何も考えたくなくて、全てを壊したくなった。

気がつけば私は裸足でビルの屋上へと向かっていた。設置されている螺旋階段を登っていく度に、錆びた欠片がチクタクと足裏に刺さり痛んだ。
寒さで悴みながらも屋上に着くと、寒空の下で街全体を見渡すことが出来た。深夜2時を過ぎているというのに、眠ることを忘れたのかどこもかしこも明かりがついており眩しかった。
「一体どこから狂ってしまったんだろうか?」
「一体どうすれば正解だったんだろうか?」
そんな疑問が終始頭の中を駆け巡る。

錆びてボロボロになった手すりに跨ると、そのまま端っこまで歩いた。
あと一歩踏み出せば全てを終わらせることができる。
それがわかっているからこそ苦しかった。
精神的に枯れ果てているからか不思議と涙は出てこなかった。
ここで泣き喚くことが出来たのならば、どれほど楽だろうと思ってしまったが、今更考えたって何にも変わりはしない。
最後の最期まで私は馬鹿な女だった。
くるり後ろを向くと、そのまま背中を宙に預ける。
ふわりと髪の毛が舞うと、空がどんどん遠くなっていく。

もし次に生まれてくるのならば、誰からも愛される存在になりたいな。

そんなことを考えながら、私はゆっくりと瞼を閉じた。
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