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量子運命 ~自由意志の不存在について~
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著者:オパールマン 原文 2016.06.29 全面改訂 2022.08.07 最終更新 2026.01.20
○前書き
『生命』とは『自分自身が生命ではない』と気付くまでの物語である。
○序章
もし、「あなたの人生の成功はあなたの努力のおかげではない」と言われたら普通の人は不快に思うだろう。これを受け入れられるのは、何らかの原因で自分の人生が上手くいっていないと感じる人だけだ。本文章はとりわけそういう人に読んでもらいたい。
以下で示す通り、自由意志は存在せず人生は自動的に決まっているので、法的根拠の変更をはじめ、社会もそれを前提として作られる必要がある。
◯本章
全ての根源である『存在する』とはどういうことか、真剣に考えてみて欲しい。
何らかのものが『存在する』とは『相互作用する』、要は影響を与えるということである。
間接的にすら何も影響を与えないなら、それは我々にとっては存在していないのと同義である。
少しでも影響を与えるからこそ"考慮する"必要が出てくるのだ。
当然存在する限り、相互作用の連鎖(因果の連鎖)は途切れない。いわゆる連鎖反応である。
勿論実際には量子的な物理反応が起こっているのだが、要は自動的に動き続けるということが本質的に重要な点である。
常に物理法則が切り替わっていようが、物質の量が少ないから次の相互作用まで長い時間がかかる宇宙を想定しようが、それは変わらない。
一方で、自由意志を生み出すシステムについて考えてみて欲しい。
人間の場合なら脳だが、それが本当に自由意志を生み出していると言えるなら、そのシステムの中に自動的に動く物はたった一つも含まれていてはならない。
なぜなら、その自動的に動く物によって結果が変わってしまうからである。
然るに、先程述べたようにありとあらゆる全ての『存在する』ものは自動的に動く。
よって、自由意志は存在しない。
また、どのような物理法則の宇宙を想定しても、同じ理由で自由意志を持った存在など生まれ得ないので、神も存在しない。
我々の宇宙に全く干渉しない神を想定しようが、存在する時点でそれは自動的に動く構造物に過ぎないので、それは宗教を信じている人達の思う神ではないだろう。
また、高度な科学力を持つ存在を神と呼びたい人もいるだろうが、それは単に高度な科学力を持っているだけの我々と同じ宇宙人であって、彼らもまた我々と同じ自動的に動く構造物に過ぎない。
人生は自動的に決まっており、金持ちになるか犯罪者になるかも全て自動的である。
自由意志を持っているという意味での『私』とか『あなた』は存在しない。
我々は単なる自然現象である。
自動的に動く複雑な自然現象としての『私』とか『あなた』は存在するが、石ころや台風と根本的な所で何の違いもない。
勿論、複雑さに違いはあるが、複雑さの違いは単なる言葉の区別の境界線であって、何か絶対的な特別な差があるということではない。
よって、当然ながら全ての国の法律の改正が必須である。
この問題を理解するのに必要なのは高い知能ではない、人間には価値があって欲しいという無意識下の欲求を捨てられるかどうか?また、感覚や感情を排除し、先入観なく単なる物理現象として捉えられるかどうか?それだけである。
この事実は不安を煽り、不愉快であるがゆえに強い拒絶反応を生む。
自分の手で人生を切り開くとか、自分らしく生きようとか、そういう人間が今まで大事にしてきた「美しい」とされる自由意志を前提とした文化的価値観は根拠を失うことになるからである。
勿論、確率を高める方法論としては残るが、人生の上で実際そういう行動を取れるかどうかは自動的に決まっているに過ぎないのだ。
しかし、自由意志の不存在を認めることは、人類が次のステップに進むためには避けては通れない、とてつもなく重要なことだと私は確信している。
以下によくある間違いを列挙する。
■『決定が因果に従っていても本人の欲求・理由から出るなら自由意志と呼べるのでは?(両立論)』
これが最も間違いやすいポイントである。
そもそものその『本人の欲求』が、自動的に起こっている連鎖反応の一部なのに、それを意識できず、勝手に『本人の欲求』をスタート地点にしてしまうから、一見するとまるで自由意志があるように錯覚するのである。
また、『因果』という表現をしてしまうと『大雑把な原因と結果』のイメージで捉えてしまうのも、この意見がありえそうと思ってしまう理由である。
実際にこの世界で起きていることは、過去から連綿と続く宇宙全体の無数の素粒子による連鎖反応なので、好き勝手にスタート地点を決めることは出来ないのである。
そういういい加減さの導入が自由意志はあるという幻想を生み出すのだ。
当然、自由意志の不存在を認めたくないという精神防御反応として、無意識的そういう間違いを生む勝手な設定をあえて持ち込んでしまっている可能性もある。
何でも好きなものを自由意志と呼ぶだけなら何も話は成立しないので、この両立論は完全な間違いである。
自由意志がないことを頑なに認めたくないという気持ちと、自己の感覚に支配されているがゆえに自由意思の不存在に気付けないことと、分かり辛いポイントであることが重なり合った結果生まれた理屈と言えるだろう。
この問題は、永久機関の議論にとてもよく似ている。仕組みが複雑になり全体像を把握しきれなくなると、人はつい主観や希望を優先してしまい、まるで永久機関や自由意志が存在するかのように感じてしまうのだ。
本質的には石が転がったことを指して、「私はこれを自由意志と呼ぶこととする」と言っているのと同じである。
ただそれに対して説得力を持たせるためにできるだけ複雑になるように寄せていくと、希望に縋りつきたい賛同者が集まり、まるで一つの立場としてあり得るかのような体裁を整え始める。
しかし、本質を捉えれば、それがいかにありえないことか分かるだろう。
■『まだ万物理論が解かれていないから断定できない』
科学が進歩してより完璧な理論が見つかっても、それで得られるのは「より深い解釈」であって、『事実』は変わらない。
万有引力の法則から一般相対性理論に進化しても、「重力」という事実が無くなるわけではない。
この世界が仮想世界で…などの極端な仮定をしても「重力」に相当する計算が行われていることに変わりはない。
■『まだ、脳の機能が完全に解明されていないから断定できない』
『自由意志があるか?ないか?』というのは脳に関する問題の単なる一部分に過ぎない。
大きな逆三角形を思い浮かべてみて欲しい、それ全体が脳の機能全ての把握を表すとして、自由意志の不存在はその底にある小さな逆三角形である。
『自由意志があるか?ないか?』を証明するために必要なのは、それに必要な証拠だけであり、それは既に揃っている。
脳の機能が完全に解明された方が人を説得しやすいというだけのことであって、全くもって必須ではない。
また、結論を先延ばしにするために、何を持って完全なのかという基準も曖昧にされている。
■『魂がある』
魂があると仮定しても、それが存在する限りは自動的に動く、よって結論を先延ばしにしたいがためにファンタジーを導入しても結論は変わらない。
無生物が組み合わさってどうやって生物になるのか?という考え方自体が、実感に支配された間違った考え方である。
意識も生存確率を高めるから残った構造の一つに過ぎない。
意識はエピソード記憶の定着を強化し、再び同様の状況に陥った場合の生存確率が高まる。
興奮は戦闘能力や積極性の向上、愛は強固な連携を生み、同様に生存確率を高める。
ちなみに未来が決まっているかどうかと自由意志があるかないかは別のことである。
近年のループホールフリー実験を含む多数の実験的確認により、量子系におけるベル不等式の違反は再現可能かつ頑強な事実になっている。これにより単純なローカル隠れ変数による説明は事実上退けられている。
より砕けた表現で書くなら、「数々の実験結果は、未来がどうなっていくかは我々が情報を把握できていないだけで実は決まっているのではなく、観測されるその瞬間まで一つに定まっておらず、確率としてしか与えられないことを示している。(決定論の否定)」ということである。
しかし未来が決まっていようが決まっていなかろうが、それが自動的に起こってる時点で自由意志は存在しない。
今後の実験によって量子ゆらぎ以外にも確率性をもたらす現象が確認される可能性はあるが、それも同じ理由で自由意志とは無関係である。
以上で本題は終わりであるが、そうなってくると心って何だという疑問に行き着くだろう。
上記に述べたように『自由意志の不存在の証明に』そこの解明は必要ない。
ただし関連する話題なので、認知の話についても一応触れておくものとする。
そこで『テセウスの船』の話をしよう。
まずここに一隻の船があるとする。
『テセウスの船』とは、「その船の一部のパーツが古くなったので取り替える、それを繰り返し、数年後全てのパーツが新品に置き換わった場合、その船は元の船と全く同じ船だと言えるか?」という問題である。
当然、名前は同じでも一部でもパーツが置き換わった時点で完全に同じではない。
しかし、これと同じことは我々の体の中でも常に起こっている。
細胞レベルで見てもそうだし、素粒子レベルで見ればもっとそうである。(M理論の視点で言うならば多次元の膜(ブレーン)が基本要素となるが、何が最小単位かは問題ではないので、この本では以降も割愛する)
意味を持ちうる時間の最小単位ごとに厳密に言えば別の物理状態である。(理論にもよるが、理論上の目安として例えばプランク時間が最小単位として想定されている)
動いているのは『我々』という単位ではなく『素粒子』であって、一瞬一瞬の我々は、刻々と変わるその無数の結果の集合体でしかない。
つまり、本当は一瞬一瞬別人であると考えるのが正しい。
しかし、それら一連の流れを勝手に全て「自分」であると思いこんでいる。
私はこういった、実際には自由意志は無いにも関わらず、主観上は『自分には自由意志がある』とか『自分は生きている』という思い込みが発生することを『生錯覚』と呼んでいるのだが、なぜ我々が生錯覚から抜け出せないかと言えば、我々が自己の感覚に支配されているということに加え、もしそう考えなければ、自己の存在を否定する恐ろしい問題と真剣に向き合わなければならないからだ。
だから感覚的判断を盾に、この問題を無視しようとするのである。
しかし感覚的判断は何の証拠にもなり得ない。
我々は一定の有限構造をしている、だから腕が伸びたりもしないし、脳の認知機能にも限界があるのは当然だ。
一定の構造があれば、それがどれだけ高度でも、結局理解できるのは、それ以下の簡単なこととそれを土台とした少し上の現象の推測までである。
この構図は我々より遥かに高度な知的生命体でも同様に成り立つ。
そもそも、自己の認知に限界があるのは以下の理由により当然である。
■1 進化の歴史上、『脳の活動を把握する機能』は生存に無関係なので発達しなかった。
そもそも、脳の活動を把握するための機能を持つ脳の部位の活動はどう把握するのかという問題も出てくる。
『Aを把握するためのBを把握するためのCを…』となる。
(この辺りはラプラスの悪魔のパラドックスと構造が似ている)
■2 脳は情報を省略して処理効率を上げ、高度な機能を達成している。
生存確率を高めるためには近似値でデータ処理せざるを得ないのである。
■3 心を生む土台となる脳(ハードウェア【構成単位:素粒子、或いは超ひも】)と、その中で発生する機能としての心(ソフトウェア【構成単位:細胞】)とでは複雑さにおいて脳>心となるのは必然であり、心というシステムは、自らの脳の全活動をリアルタイムに把握、理解するには能力不足にならざるを得ない。
この能力不足という矛盾こそが脳の全活動を曖昧な概念(心)としてしか理解出来ない根源的な原因である。
■4 観測は本質的に測定装置と対象が物理的に相互作用する過程であり、その結果として系全体には何らかの擾乱が生じる(この点を観察者効果と呼ぶことが多い)。
ここでいう系とは「いま考えている現象を説明するためにひとまとめに扱う範囲」であり、対象そのものだけでなく測定装置や周囲環境まで含める場合がある(測定器側の状態変化、対象の状態変化、周囲への影響など)。
弱く何度も測る弱測定や、差分を取るような差分測定(モジュラー計測)によって対象への影響を抑え、必要な情報だけを取り出す工夫はあるが、得られる情報量・必要な繰り返し回数・別の性質への影響など、どこかに代償(トレードオフ)が生じる。
当然、自分の脳内で何が起こっているか、自分の脳がチェックしようとする状況を仮定しても、この擾乱が生じることとなる。
■5 そもそも測定以前のこの世界の性質として、不確定性原理によってたった一つの素粒子についてすら、位置と運動量の正確なデータを同時に得ることは出来ない。
量子力学においてエネルギーは波のように振る舞うので、位置を精度よく検出しようとすればするほど運動量(運動量 = 質量 × 速度 物体が動きを続けようとする力の量)の不確かさが大きくなる。
同様に、運動量を精度よく検出しようとすればするほど、位置の不確かさが大きくなるという不確定性関係が生じる。
これはこの世界の根本的な原理のため、これから科学が発展したから乗り越えられるという類の話ではない。
結局、原理的に不完全にしか情報処理出来ないので、それを完全に理解し切ろうとしても当然完全には理解出来ず、心という物が捉え所のない物として感じられるのである。
具体的実験例では受動意識仮説が挙げられるが、この実験を支持する人達でさえ、命令のキャンセルは可能だからまだ自由意志の可能性は残されているなどとのたまう。
私が言っているのはそうではなく、そもそも原理的に不可能だという話である。
そもそも自由意志という概念自体が、理屈はないけど意志は決まるという無茶苦茶なことが前提になっている。
それでも我々は実感に頼ってしか生きていけないので、『自由意志はないのに認知機能不足でそれに気付けない』という可能性を完全に排除してきたのである。
しかし、我々が今見ている世界も光のスペクトルを元に脳内で合成されたイメージでしかないように、実感とは『私達がそう解釈している』というだけのことであり、この宇宙の真実とは全くもって無関係である。
いい加減我々はこの恐怖と向き合い、真実と対峙していくべきである。
○後書き
無駄なことを書くのは美しくないし、余計な混乱を生むだけなので本題から外れる話題はこちらに記述するものとする。
■量子運命を全人類に広めることの意義
正面から向き合いたくない問題に向き合うよう勧めてくる、ただ不快なだけの考えをなぜ広める必要があるのかを書いておく。
自由意志の不存在に気付けていない社会においては、必然的に遥か未来に生まれてくる電脳化した人や初めから性別のないデジタル生命体、元はペットだが高知能化後に人格をデジタル化した人などに対する差別が起こる。
どこまでのレベルから人扱いするかは自然と決まっていくであろうが、自由意志の不存在を理解できていないと、人工生命体が十分な複雑さを備えるようになったとしても、人工生命体と肉体を持つ自分との間には何か根本的な違いがあるという考えを持ち続けることになる。
もっと酷ければ自分には魂があるなどと言い出すであろう。
これによって差別が生まれてしまうのは必然である。
量子運命を多くの人が事前に理解していることで、将来起こりうる変革への準備や差別を未然に防ぐことが可能である。
また、嘘を信じるというのは集団的団結力を最大化する、人間の手に入れた最強の武器である。
神という概念は、まさにその最大の典型例だ。
生物には多様性があるので、集団が大きくなれば過激派の出現は必然である。
特に一神教においては、いわずもがなその傾向は顕著とならざるを得ない。
しかも大半の人は平和に信仰しているがゆえに、過激派を止めることが出来ない。
神がいるという嘘を肯定するために新たな嘘を量産し、その内それは自分達の権力維持のための物へと変容していく。
神の否定は彼ら自身のアイデンティティと権力の否定と直結するため、神を後ろ盾にしている自分達を否定させないために他人を抑圧し、コントロールしようとして益々過激化していく。
量子運命を受け入れるのは宗教色の強い国では不可能に近い、まず日本から始めなければ、人々の認識を変えることは不可能だろう。
私はこの文章で言うべきことは言ったが、どれだけ時間が経っても、自分達が手に入れた最強の武器を論理的思考力で抑え込むことは、最も難しい課題となるだろう。
■人類の進化について
一つのシナプスの電気信号が周りに電場などの影響を及ぼし、その影響が更にまた新しい影響を与えていくような反響構造まで再現できるぐらいまで電脳が発達してくれば、将来的には人格をデジタル化することにより、今は絶対的な差だと思っている性別や年齢の差が意味が無くなる時代が必ず来る。
性差など所詮科学技術が不足しているから絶対的な差に思えるだけである。
高知能化した犬が祖母だったり、最初から性別の概念なく生まれてくる人や、複数の人格を統合した存在も現れるであろうし、記憶の売買も行われる。
人とは何かがますます曖昧な時代になっていくだろう。
それぞれの環境に合わせて最適な構造は違うのは当然だが、進化すること全般に関して言えば、進化とは究極的に効率化された構造に収束していくことである。
人格デジタル化後は限界まで効率的になるために、人々は新たに効率的な言語を生み出し、さらにお互いがお互いの発言を予測しつつ通信するようになるだろう。
今は感情的なことが人間的で素晴らしいとされているが、遥か遠い将来には論理的で冷静な人間が増えていくだろう。
現在のビジネス書、人生の指南書を見ても分かるように、結局言っていることは余計な心のブレに惑わされることなく、淡々と数学的に成功確率の高いことをやっていけということである。感情は生存確率を高めるために必要なので当面なくなりはしないだろうが、効率的構造に収束していくなら感情を完璧にコントロール出来るようになっていくのは必然である。
無論、それが達成される頃には、人間の有りさまは今とは大きくかけ離れているに違いない。
感情的なことが人間的で素晴らしいという先入観を捨てることができてからが、人間存在の本番となるだろう。
人格デジタル化後の社会の格差について
人格をデジタル化できれば完全サイボーグボディを使うにしろ、生身をネットワークに繋ぐにしろ、一般人も遥かに高機能化できる。
勿論、複数ボディを使えば擬似的なテレポート生活も可能であろう。
しかし、一部の金持ちは恐ろしいスピードで自己のデータを独自進化させることが可能なので、一般人との能力格差は桁違いに大きく開いてしまうだろう。
ただし、それら先に進化しきった人が行き着く先は人格を放棄するかどうかの選択である。
例えば、量子テレポートを転送と捉えるか、コピーと捉えるかという問題がある。
もし生存に関連して量子テレポートをする必要が出てくる時代が来てしまうと、量子テレポートに二の足を踏む人はそこで淘汰される。
そのように、究極に進化していく上で必要なのは、全ての変化を受け入れることである。
際限なく進化しようと自己の構造を改造し続ければ、どこかで自分の人格すら捨てる必要に迫られる、そこで自己を捨てられるかは大きな壁である。
勿論、ほとんどの人はそこで進化がストップしてしまうだろうが、一部の人間はその壁すら乗り越えていくだろう。
しかし、それはもうこの宇宙との同化の初期段階と言えるのではなかろうか。
■個人的宇宙観について
結局インフレーション&ビッグバンはブラックホールの生成と同義であるように見える。
要は、内部から見るか、外部から見るかの違いである。
よって、私はホログラフィック宇宙論とシュワルツシルト宇宙論を組み合わせた考え方をしている。
ホログラフィック原理とは、重力を含む三次元の情報が二次元の表面に符号化できるという考え方です。
個人的にはその二次元面をブラックホールの事象の地平面と見なしています。
我々の母宇宙での実体は事象の地平面のひもの振動情報として存在するのだろう。
私の不勉強なだけだろうが、以下のことについて言及している人を知らないので一応明記しておく。
ブラックホールが周りの物質を吸い込めば吸い込むほど事象の地平面の表面積は拡大していく。
当然さらに周りの物質を吸い込む量もどんどん増加していく。
それが我々の宇宙の膨張率の増加、または逆視点の意見の物質界の方が縮小していることと相関しているのではないかと思う。
つまり、私の考えでは我々の宇宙の母宇宙での姿であるブラックホールが周りの物質を吸い尽くせば、我々の宇宙の膨張も止まる。
母宇宙の中を移動していく過程で、新たな物質を飲み込み始めれば、また膨張し始めるだろう。
勿論、最終的にはホーキング放射により我々の宇宙は母宇宙へと戻っていく。
母宇宙も祖母宇宙へと戻っていくし、最終的には最初のイヴ宇宙へと戻っていくだろう。
勿論、イヴ宇宙は無数に存在するだろう。
超ひも理論において、余剰次元からの推測として10の500乗の物理法則のパターンがあるとの予想があるが、それが正しいかはともかく、同じ物理法則の宇宙だろうと、ランダムさを生む量子ゆらぎのせいで全く同じ世界にはならないので、実質的にほぼ無限の世界が考えられる。
究極の問いとして、『なぜ無ではなく有が根源状態なのか?』というものがある。
勿論なぜか?については永遠に答えは出ないだろうが、本当に何も無いなら何も始まらないので、我々が存在している以上、プラスとマイナスが打ち消しあった『ゼロではあるが無ではない』という量子力学的な意味での無が根源状態なのだろうとしか言えない。
重要なのは存在する物にはエネルギーの変化が許容されているということだ。
つまり何事にも可能性があるということであり、同時にそのせいで同じ状態での永遠は不可能であると言える。
何にせよ、全てのイヴ宇宙がゼロに帰しても、また別のイヴ宇宙が生まれ得るので、そういう意味での永遠はあると言えるだろう。
○前書き
『生命』とは『自分自身が生命ではない』と気付くまでの物語である。
○序章
もし、「あなたの人生の成功はあなたの努力のおかげではない」と言われたら普通の人は不快に思うだろう。これを受け入れられるのは、何らかの原因で自分の人生が上手くいっていないと感じる人だけだ。本文章はとりわけそういう人に読んでもらいたい。
以下で示す通り、自由意志は存在せず人生は自動的に決まっているので、法的根拠の変更をはじめ、社会もそれを前提として作られる必要がある。
◯本章
全ての根源である『存在する』とはどういうことか、真剣に考えてみて欲しい。
何らかのものが『存在する』とは『相互作用する』、要は影響を与えるということである。
間接的にすら何も影響を与えないなら、それは我々にとっては存在していないのと同義である。
少しでも影響を与えるからこそ"考慮する"必要が出てくるのだ。
当然存在する限り、相互作用の連鎖(因果の連鎖)は途切れない。いわゆる連鎖反応である。
勿論実際には量子的な物理反応が起こっているのだが、要は自動的に動き続けるということが本質的に重要な点である。
常に物理法則が切り替わっていようが、物質の量が少ないから次の相互作用まで長い時間がかかる宇宙を想定しようが、それは変わらない。
一方で、自由意志を生み出すシステムについて考えてみて欲しい。
人間の場合なら脳だが、それが本当に自由意志を生み出していると言えるなら、そのシステムの中に自動的に動く物はたった一つも含まれていてはならない。
なぜなら、その自動的に動く物によって結果が変わってしまうからである。
然るに、先程述べたようにありとあらゆる全ての『存在する』ものは自動的に動く。
よって、自由意志は存在しない。
また、どのような物理法則の宇宙を想定しても、同じ理由で自由意志を持った存在など生まれ得ないので、神も存在しない。
我々の宇宙に全く干渉しない神を想定しようが、存在する時点でそれは自動的に動く構造物に過ぎないので、それは宗教を信じている人達の思う神ではないだろう。
また、高度な科学力を持つ存在を神と呼びたい人もいるだろうが、それは単に高度な科学力を持っているだけの我々と同じ宇宙人であって、彼らもまた我々と同じ自動的に動く構造物に過ぎない。
人生は自動的に決まっており、金持ちになるか犯罪者になるかも全て自動的である。
自由意志を持っているという意味での『私』とか『あなた』は存在しない。
我々は単なる自然現象である。
自動的に動く複雑な自然現象としての『私』とか『あなた』は存在するが、石ころや台風と根本的な所で何の違いもない。
勿論、複雑さに違いはあるが、複雑さの違いは単なる言葉の区別の境界線であって、何か絶対的な特別な差があるということではない。
よって、当然ながら全ての国の法律の改正が必須である。
この問題を理解するのに必要なのは高い知能ではない、人間には価値があって欲しいという無意識下の欲求を捨てられるかどうか?また、感覚や感情を排除し、先入観なく単なる物理現象として捉えられるかどうか?それだけである。
この事実は不安を煽り、不愉快であるがゆえに強い拒絶反応を生む。
自分の手で人生を切り開くとか、自分らしく生きようとか、そういう人間が今まで大事にしてきた「美しい」とされる自由意志を前提とした文化的価値観は根拠を失うことになるからである。
勿論、確率を高める方法論としては残るが、人生の上で実際そういう行動を取れるかどうかは自動的に決まっているに過ぎないのだ。
しかし、自由意志の不存在を認めることは、人類が次のステップに進むためには避けては通れない、とてつもなく重要なことだと私は確信している。
以下によくある間違いを列挙する。
■『決定が因果に従っていても本人の欲求・理由から出るなら自由意志と呼べるのでは?(両立論)』
これが最も間違いやすいポイントである。
そもそものその『本人の欲求』が、自動的に起こっている連鎖反応の一部なのに、それを意識できず、勝手に『本人の欲求』をスタート地点にしてしまうから、一見するとまるで自由意志があるように錯覚するのである。
また、『因果』という表現をしてしまうと『大雑把な原因と結果』のイメージで捉えてしまうのも、この意見がありえそうと思ってしまう理由である。
実際にこの世界で起きていることは、過去から連綿と続く宇宙全体の無数の素粒子による連鎖反応なので、好き勝手にスタート地点を決めることは出来ないのである。
そういういい加減さの導入が自由意志はあるという幻想を生み出すのだ。
当然、自由意志の不存在を認めたくないという精神防御反応として、無意識的そういう間違いを生む勝手な設定をあえて持ち込んでしまっている可能性もある。
何でも好きなものを自由意志と呼ぶだけなら何も話は成立しないので、この両立論は完全な間違いである。
自由意志がないことを頑なに認めたくないという気持ちと、自己の感覚に支配されているがゆえに自由意思の不存在に気付けないことと、分かり辛いポイントであることが重なり合った結果生まれた理屈と言えるだろう。
この問題は、永久機関の議論にとてもよく似ている。仕組みが複雑になり全体像を把握しきれなくなると、人はつい主観や希望を優先してしまい、まるで永久機関や自由意志が存在するかのように感じてしまうのだ。
本質的には石が転がったことを指して、「私はこれを自由意志と呼ぶこととする」と言っているのと同じである。
ただそれに対して説得力を持たせるためにできるだけ複雑になるように寄せていくと、希望に縋りつきたい賛同者が集まり、まるで一つの立場としてあり得るかのような体裁を整え始める。
しかし、本質を捉えれば、それがいかにありえないことか分かるだろう。
■『まだ万物理論が解かれていないから断定できない』
科学が進歩してより完璧な理論が見つかっても、それで得られるのは「より深い解釈」であって、『事実』は変わらない。
万有引力の法則から一般相対性理論に進化しても、「重力」という事実が無くなるわけではない。
この世界が仮想世界で…などの極端な仮定をしても「重力」に相当する計算が行われていることに変わりはない。
■『まだ、脳の機能が完全に解明されていないから断定できない』
『自由意志があるか?ないか?』というのは脳に関する問題の単なる一部分に過ぎない。
大きな逆三角形を思い浮かべてみて欲しい、それ全体が脳の機能全ての把握を表すとして、自由意志の不存在はその底にある小さな逆三角形である。
『自由意志があるか?ないか?』を証明するために必要なのは、それに必要な証拠だけであり、それは既に揃っている。
脳の機能が完全に解明された方が人を説得しやすいというだけのことであって、全くもって必須ではない。
また、結論を先延ばしにするために、何を持って完全なのかという基準も曖昧にされている。
■『魂がある』
魂があると仮定しても、それが存在する限りは自動的に動く、よって結論を先延ばしにしたいがためにファンタジーを導入しても結論は変わらない。
無生物が組み合わさってどうやって生物になるのか?という考え方自体が、実感に支配された間違った考え方である。
意識も生存確率を高めるから残った構造の一つに過ぎない。
意識はエピソード記憶の定着を強化し、再び同様の状況に陥った場合の生存確率が高まる。
興奮は戦闘能力や積極性の向上、愛は強固な連携を生み、同様に生存確率を高める。
ちなみに未来が決まっているかどうかと自由意志があるかないかは別のことである。
近年のループホールフリー実験を含む多数の実験的確認により、量子系におけるベル不等式の違反は再現可能かつ頑強な事実になっている。これにより単純なローカル隠れ変数による説明は事実上退けられている。
より砕けた表現で書くなら、「数々の実験結果は、未来がどうなっていくかは我々が情報を把握できていないだけで実は決まっているのではなく、観測されるその瞬間まで一つに定まっておらず、確率としてしか与えられないことを示している。(決定論の否定)」ということである。
しかし未来が決まっていようが決まっていなかろうが、それが自動的に起こってる時点で自由意志は存在しない。
今後の実験によって量子ゆらぎ以外にも確率性をもたらす現象が確認される可能性はあるが、それも同じ理由で自由意志とは無関係である。
以上で本題は終わりであるが、そうなってくると心って何だという疑問に行き着くだろう。
上記に述べたように『自由意志の不存在の証明に』そこの解明は必要ない。
ただし関連する話題なので、認知の話についても一応触れておくものとする。
そこで『テセウスの船』の話をしよう。
まずここに一隻の船があるとする。
『テセウスの船』とは、「その船の一部のパーツが古くなったので取り替える、それを繰り返し、数年後全てのパーツが新品に置き換わった場合、その船は元の船と全く同じ船だと言えるか?」という問題である。
当然、名前は同じでも一部でもパーツが置き換わった時点で完全に同じではない。
しかし、これと同じことは我々の体の中でも常に起こっている。
細胞レベルで見てもそうだし、素粒子レベルで見ればもっとそうである。(M理論の視点で言うならば多次元の膜(ブレーン)が基本要素となるが、何が最小単位かは問題ではないので、この本では以降も割愛する)
意味を持ちうる時間の最小単位ごとに厳密に言えば別の物理状態である。(理論にもよるが、理論上の目安として例えばプランク時間が最小単位として想定されている)
動いているのは『我々』という単位ではなく『素粒子』であって、一瞬一瞬の我々は、刻々と変わるその無数の結果の集合体でしかない。
つまり、本当は一瞬一瞬別人であると考えるのが正しい。
しかし、それら一連の流れを勝手に全て「自分」であると思いこんでいる。
私はこういった、実際には自由意志は無いにも関わらず、主観上は『自分には自由意志がある』とか『自分は生きている』という思い込みが発生することを『生錯覚』と呼んでいるのだが、なぜ我々が生錯覚から抜け出せないかと言えば、我々が自己の感覚に支配されているということに加え、もしそう考えなければ、自己の存在を否定する恐ろしい問題と真剣に向き合わなければならないからだ。
だから感覚的判断を盾に、この問題を無視しようとするのである。
しかし感覚的判断は何の証拠にもなり得ない。
我々は一定の有限構造をしている、だから腕が伸びたりもしないし、脳の認知機能にも限界があるのは当然だ。
一定の構造があれば、それがどれだけ高度でも、結局理解できるのは、それ以下の簡単なこととそれを土台とした少し上の現象の推測までである。
この構図は我々より遥かに高度な知的生命体でも同様に成り立つ。
そもそも、自己の認知に限界があるのは以下の理由により当然である。
■1 進化の歴史上、『脳の活動を把握する機能』は生存に無関係なので発達しなかった。
そもそも、脳の活動を把握するための機能を持つ脳の部位の活動はどう把握するのかという問題も出てくる。
『Aを把握するためのBを把握するためのCを…』となる。
(この辺りはラプラスの悪魔のパラドックスと構造が似ている)
■2 脳は情報を省略して処理効率を上げ、高度な機能を達成している。
生存確率を高めるためには近似値でデータ処理せざるを得ないのである。
■3 心を生む土台となる脳(ハードウェア【構成単位:素粒子、或いは超ひも】)と、その中で発生する機能としての心(ソフトウェア【構成単位:細胞】)とでは複雑さにおいて脳>心となるのは必然であり、心というシステムは、自らの脳の全活動をリアルタイムに把握、理解するには能力不足にならざるを得ない。
この能力不足という矛盾こそが脳の全活動を曖昧な概念(心)としてしか理解出来ない根源的な原因である。
■4 観測は本質的に測定装置と対象が物理的に相互作用する過程であり、その結果として系全体には何らかの擾乱が生じる(この点を観察者効果と呼ぶことが多い)。
ここでいう系とは「いま考えている現象を説明するためにひとまとめに扱う範囲」であり、対象そのものだけでなく測定装置や周囲環境まで含める場合がある(測定器側の状態変化、対象の状態変化、周囲への影響など)。
弱く何度も測る弱測定や、差分を取るような差分測定(モジュラー計測)によって対象への影響を抑え、必要な情報だけを取り出す工夫はあるが、得られる情報量・必要な繰り返し回数・別の性質への影響など、どこかに代償(トレードオフ)が生じる。
当然、自分の脳内で何が起こっているか、自分の脳がチェックしようとする状況を仮定しても、この擾乱が生じることとなる。
■5 そもそも測定以前のこの世界の性質として、不確定性原理によってたった一つの素粒子についてすら、位置と運動量の正確なデータを同時に得ることは出来ない。
量子力学においてエネルギーは波のように振る舞うので、位置を精度よく検出しようとすればするほど運動量(運動量 = 質量 × 速度 物体が動きを続けようとする力の量)の不確かさが大きくなる。
同様に、運動量を精度よく検出しようとすればするほど、位置の不確かさが大きくなるという不確定性関係が生じる。
これはこの世界の根本的な原理のため、これから科学が発展したから乗り越えられるという類の話ではない。
結局、原理的に不完全にしか情報処理出来ないので、それを完全に理解し切ろうとしても当然完全には理解出来ず、心という物が捉え所のない物として感じられるのである。
具体的実験例では受動意識仮説が挙げられるが、この実験を支持する人達でさえ、命令のキャンセルは可能だからまだ自由意志の可能性は残されているなどとのたまう。
私が言っているのはそうではなく、そもそも原理的に不可能だという話である。
そもそも自由意志という概念自体が、理屈はないけど意志は決まるという無茶苦茶なことが前提になっている。
それでも我々は実感に頼ってしか生きていけないので、『自由意志はないのに認知機能不足でそれに気付けない』という可能性を完全に排除してきたのである。
しかし、我々が今見ている世界も光のスペクトルを元に脳内で合成されたイメージでしかないように、実感とは『私達がそう解釈している』というだけのことであり、この宇宙の真実とは全くもって無関係である。
いい加減我々はこの恐怖と向き合い、真実と対峙していくべきである。
○後書き
無駄なことを書くのは美しくないし、余計な混乱を生むだけなので本題から外れる話題はこちらに記述するものとする。
■量子運命を全人類に広めることの意義
正面から向き合いたくない問題に向き合うよう勧めてくる、ただ不快なだけの考えをなぜ広める必要があるのかを書いておく。
自由意志の不存在に気付けていない社会においては、必然的に遥か未来に生まれてくる電脳化した人や初めから性別のないデジタル生命体、元はペットだが高知能化後に人格をデジタル化した人などに対する差別が起こる。
どこまでのレベルから人扱いするかは自然と決まっていくであろうが、自由意志の不存在を理解できていないと、人工生命体が十分な複雑さを備えるようになったとしても、人工生命体と肉体を持つ自分との間には何か根本的な違いがあるという考えを持ち続けることになる。
もっと酷ければ自分には魂があるなどと言い出すであろう。
これによって差別が生まれてしまうのは必然である。
量子運命を多くの人が事前に理解していることで、将来起こりうる変革への準備や差別を未然に防ぐことが可能である。
また、嘘を信じるというのは集団的団結力を最大化する、人間の手に入れた最強の武器である。
神という概念は、まさにその最大の典型例だ。
生物には多様性があるので、集団が大きくなれば過激派の出現は必然である。
特に一神教においては、いわずもがなその傾向は顕著とならざるを得ない。
しかも大半の人は平和に信仰しているがゆえに、過激派を止めることが出来ない。
神がいるという嘘を肯定するために新たな嘘を量産し、その内それは自分達の権力維持のための物へと変容していく。
神の否定は彼ら自身のアイデンティティと権力の否定と直結するため、神を後ろ盾にしている自分達を否定させないために他人を抑圧し、コントロールしようとして益々過激化していく。
量子運命を受け入れるのは宗教色の強い国では不可能に近い、まず日本から始めなければ、人々の認識を変えることは不可能だろう。
私はこの文章で言うべきことは言ったが、どれだけ時間が経っても、自分達が手に入れた最強の武器を論理的思考力で抑え込むことは、最も難しい課題となるだろう。
■人類の進化について
一つのシナプスの電気信号が周りに電場などの影響を及ぼし、その影響が更にまた新しい影響を与えていくような反響構造まで再現できるぐらいまで電脳が発達してくれば、将来的には人格をデジタル化することにより、今は絶対的な差だと思っている性別や年齢の差が意味が無くなる時代が必ず来る。
性差など所詮科学技術が不足しているから絶対的な差に思えるだけである。
高知能化した犬が祖母だったり、最初から性別の概念なく生まれてくる人や、複数の人格を統合した存在も現れるであろうし、記憶の売買も行われる。
人とは何かがますます曖昧な時代になっていくだろう。
それぞれの環境に合わせて最適な構造は違うのは当然だが、進化すること全般に関して言えば、進化とは究極的に効率化された構造に収束していくことである。
人格デジタル化後は限界まで効率的になるために、人々は新たに効率的な言語を生み出し、さらにお互いがお互いの発言を予測しつつ通信するようになるだろう。
今は感情的なことが人間的で素晴らしいとされているが、遥か遠い将来には論理的で冷静な人間が増えていくだろう。
現在のビジネス書、人生の指南書を見ても分かるように、結局言っていることは余計な心のブレに惑わされることなく、淡々と数学的に成功確率の高いことをやっていけということである。感情は生存確率を高めるために必要なので当面なくなりはしないだろうが、効率的構造に収束していくなら感情を完璧にコントロール出来るようになっていくのは必然である。
無論、それが達成される頃には、人間の有りさまは今とは大きくかけ離れているに違いない。
感情的なことが人間的で素晴らしいという先入観を捨てることができてからが、人間存在の本番となるだろう。
人格デジタル化後の社会の格差について
人格をデジタル化できれば完全サイボーグボディを使うにしろ、生身をネットワークに繋ぐにしろ、一般人も遥かに高機能化できる。
勿論、複数ボディを使えば擬似的なテレポート生活も可能であろう。
しかし、一部の金持ちは恐ろしいスピードで自己のデータを独自進化させることが可能なので、一般人との能力格差は桁違いに大きく開いてしまうだろう。
ただし、それら先に進化しきった人が行き着く先は人格を放棄するかどうかの選択である。
例えば、量子テレポートを転送と捉えるか、コピーと捉えるかという問題がある。
もし生存に関連して量子テレポートをする必要が出てくる時代が来てしまうと、量子テレポートに二の足を踏む人はそこで淘汰される。
そのように、究極に進化していく上で必要なのは、全ての変化を受け入れることである。
際限なく進化しようと自己の構造を改造し続ければ、どこかで自分の人格すら捨てる必要に迫られる、そこで自己を捨てられるかは大きな壁である。
勿論、ほとんどの人はそこで進化がストップしてしまうだろうが、一部の人間はその壁すら乗り越えていくだろう。
しかし、それはもうこの宇宙との同化の初期段階と言えるのではなかろうか。
■個人的宇宙観について
結局インフレーション&ビッグバンはブラックホールの生成と同義であるように見える。
要は、内部から見るか、外部から見るかの違いである。
よって、私はホログラフィック宇宙論とシュワルツシルト宇宙論を組み合わせた考え方をしている。
ホログラフィック原理とは、重力を含む三次元の情報が二次元の表面に符号化できるという考え方です。
個人的にはその二次元面をブラックホールの事象の地平面と見なしています。
我々の母宇宙での実体は事象の地平面のひもの振動情報として存在するのだろう。
私の不勉強なだけだろうが、以下のことについて言及している人を知らないので一応明記しておく。
ブラックホールが周りの物質を吸い込めば吸い込むほど事象の地平面の表面積は拡大していく。
当然さらに周りの物質を吸い込む量もどんどん増加していく。
それが我々の宇宙の膨張率の増加、または逆視点の意見の物質界の方が縮小していることと相関しているのではないかと思う。
つまり、私の考えでは我々の宇宙の母宇宙での姿であるブラックホールが周りの物質を吸い尽くせば、我々の宇宙の膨張も止まる。
母宇宙の中を移動していく過程で、新たな物質を飲み込み始めれば、また膨張し始めるだろう。
勿論、最終的にはホーキング放射により我々の宇宙は母宇宙へと戻っていく。
母宇宙も祖母宇宙へと戻っていくし、最終的には最初のイヴ宇宙へと戻っていくだろう。
勿論、イヴ宇宙は無数に存在するだろう。
超ひも理論において、余剰次元からの推測として10の500乗の物理法則のパターンがあるとの予想があるが、それが正しいかはともかく、同じ物理法則の宇宙だろうと、ランダムさを生む量子ゆらぎのせいで全く同じ世界にはならないので、実質的にほぼ無限の世界が考えられる。
究極の問いとして、『なぜ無ではなく有が根源状態なのか?』というものがある。
勿論なぜか?については永遠に答えは出ないだろうが、本当に何も無いなら何も始まらないので、我々が存在している以上、プラスとマイナスが打ち消しあった『ゼロではあるが無ではない』という量子力学的な意味での無が根源状態なのだろうとしか言えない。
重要なのは存在する物にはエネルギーの変化が許容されているということだ。
つまり何事にも可能性があるということであり、同時にそのせいで同じ状態での永遠は不可能であると言える。
何にせよ、全てのイヴ宇宙がゼロに帰しても、また別のイヴ宇宙が生まれ得るので、そういう意味での永遠はあると言えるだろう。
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