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倒れていた賞金稼ぎを拾う その1
しおりを挟むジョージの店は診療所から徒歩10分くらいの距離にあった。
まだ俺が魔導改造医になる前だから、7年以上も昔から通うバーだ。
愛想のないオッサンがカウンターに立つ小汚い店で、自分でもどうしてこれほど足繁く通うのかはよくわからない。
ほとんど惰性のようなものなのだろう。
「いらっしゃい」
ドアを開けると、顔面凶器のように禿げあがったタコ坊主が、人を脅すような声であいさつしてきた。
こいつが店主のジョージだ。
堅気の人間なら逃げ出すレベルの迫力だが、ボッタクリバーのたぐいではない。
これでも価格だけは良心的な店である。
俺の定位置はカウンターの右端で、一番奥まったところにあった。
ここからなら壁を背にして、店全体を見渡すことができる。
自分の椅子に座ると同時に『シャネット 18年』のダブルが差し出された。
これが、この店の唯一の長所だ。
余計なおしゃべりをしなくても、好みの酒がグラスに注がれる。
俺は黙って銀貨一枚をカウンターに置いた。
「クラウス、お前の唯一の長所は支払いがきっちりしているところだな」
その晩は珍しく、ジョージの方から話しかけてきた。
こいつは極端に口数が少なく、こんなことは滅多にない。
「ジョージ、アンタの長所は寡黙なところのはずだぜ。今夜はやけに饒舌《じょうぜつ》じゃないか?」
何か事件でもあったのか?
俺は少し減ったグラスをカウンターに置いて、先を続けるように無言で促した。
「ロッケルとアルが死んだそうだ」
「へえ……」
動揺を隠すように酒を少し口に入れる。
ロッケルとアルは俺の昔馴染《むかしなじ》みだ。
まだ俺が賞金稼ぎのチームで治癒師をしていた頃の仲間である。
その頃は奴らもこの店の常連だったのだ。
「死因は?」
「二人とも魔物にやられたそうだ。チーム・ガルーダは討伐隊に参加していたらしい」
「そりゃあ災難だったな」
俺は酒を飲み干して、もう一枚銀貨を置く。
すぐさまグラスは満たされた。
「まだ、恨んでいるのか?」
今夜のジョージは口数が多すぎる。
俺はため息を酒で飲みこんだ。
「今さらどうでもいいことさ。俺は俺で順調だ。賞金稼ぎをやっていた頃よりもずっと稼げているし、危険も少ない。女にだって困ってないぜ」
チーム・ガルーダはエミルバで一番の賞金稼ぎチームだった。
腕っぷしの強いやつらが揃っていたし、俺という専属の治癒師がいたからだ。
普通の治癒師は街でふんぞり返っていて、魔物の討伐に出るようなのはいない。
だが、若い俺は少々血の気が多かったし、正義ってやつを信じる青二才でもあった。魔物討伐に協力して世の中に平和をもたらすんだ、そんな甘っちょろい理想に燃えていたのだ。
だけど悲劇ってのは突然やってきて、現実という拳で人をぶん殴る。
そうなれば理想なんてものは木っ端みじんだ。
あとに残るのは苦い思い出だけになる。
「お前たちがセラクレスを取り逃がしてから、もう5年か?」
「さあ、それくらいじゃないか?」
とぼけて答えたが、それは嘘だった。
俺はあの日のことをはっきりと覚えている。
かつて俺が所属していたチーム・ガルーダは悪名高いセラクレスという魔族を追い詰めたことがある。
こいつは大勢の人間をさらい、奴隷にしているような悪魔だった。
倒せば囚われた人が救われるだけじゃない。
やつのため込んだ財貨も手に入り、莫大な懸賞金も俺たちのものになるはずだった。
だが悪魔は狡猾で、俺たちはまんまと出し抜かれた。
そのうえセラクレスは俺に呪いまでかけやがったのだ。
おかげでまともな治癒魔法を使えなくなってしまった俺は、チーム・ガルーダを首になった。
俺を切ったガルーダは夢を追って都会へと旅立ち、俺はこの地に残って魔導改造医になった、とまあ、つまらない昔話だ。
「皮肉な話だぜ。俺をチームから追い出したロッケルたちが死に、俺はここで悠々と酒を飲んでいるんだからな」
高望みをする奴は早死にをする。
田舎で一番のチームだからって、都会で通じるとは限らない。
「クラウス、お前はいつまで魔導改造医なんて商売を続けるつもりだ?」
いつになく生真面目な様子でジョージが訊いてくる。
「どういう意味だよ?」
「お前はそれでいいのかって話さ」
今夜のジョージは本当に説教臭い。
「おいおい、どうした? らしくないぜ」
ジョージは無言で肩をすくめる。
「世間では邪法と嫌われているけど、魔導改造を会得するには苦労したんだ。それに、患者には感謝だってされている。俺だって仕事にはそれなりの誇りを持っているんだぜ」
「誇りねえ……」
今の暮らしに文句はない。
苦労がないばかりか、将来性だってある。
あるていど金が貯まったら、王都へ行って悠々自適の暮らしだってできるだろう。
そうなれば人生の勝ち組だ。
俺はカウンターから立ち上がった。
「ごちそうさん」
三杯くらいじゃ酔いはしないが、これ以上ここで飲む気にもなれなかった。
「まいどあり」
ドスの利いたお礼の言葉を背中に受けて、俺はジョージの店を後にした。
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