究極のポーター 最弱の男は冒険に憧れる

長野文三郎

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第80話 シスターとグーラ(後)

 ――二年前、夜のスコティス。
 男の名前はボブといった。
日雇いの労働者だ。
今日も夕方まで魔導鉄道のレール敷設《ふせつ》の作業をして五千リムの日銭《ひぜに》を稼ぎ、家に帰るところだった。
春とはいえ夕方ともなるとまだまだ寒い日が続いている。
酒場にでも寄りたいがそんな余裕はボブにはなかった。
ギャンブルで作った借金を今週末までに胴元へ返さなければならなかったのだ。
もし返さなかったら……ボブは自分の想像に身震いして考えるのをやめた。
パンでも買って帰り、狭い自分の下宿で安物のジンでも煽るくらいしか楽しみはない。
「もし」
鈴を転がすような美しい女の声が聞こえた気がした。
立ち止まって辺りを見回してみるが誰もいない。
「こちらですよ」
ボブの肌を愛撫《あいぶ》するようなクスクス笑いの声がしている。
その女は建物と建物の間にある狭い路地の暗闇の中にいた。
「どうしたんだい。そんなところで」
女はフードをかぶっていたが、口元と鼻筋を見ただけでたいそうな美人というのがわかった。
体つきもふるいつきたくなるような魅力に溢《あふ》れていた。
ボブも女がいる物陰にはいり身を寄せると、女はすっとボブの二の腕に白い手を乗せてきた。
「たくましい腕」
「お、おう。まあな。アンタはいったい……」
こんなところで、こんな風に声をかけてくる女は娼婦しかいないと思うのだが、女の美貌がボブに断定を躊躇《ためら》わせた。
「この奥に人の来ないところがあるの。そこに行って……ね」
まさかとは思ったが、目の前にいる絶世の佳人は娼婦のようだ。
美女の甘い吐息が鼻先をくすぐり、それだけで頭の芯がクラクラするようだったが、ボブは自分の財布の中身を思い出して絶望した。
街娼とはいえこれだけの女をはした金で買えるとは思わなかったのだ。
「うう……俺はそんなに持ってねえんだ」
俯《うつむ》くボブの頬を撫でて、女は妖艶《ようえん》な笑みを浮かべた。
「三千リムよ」
「さ、三千リム? ほんとか?」
暮れていく薄闇《うすやみ》の中、住居の陰で囁《ささや》くように会話する二人に気が付くものはいない。
やがてボブは女に手を引かれ、熱に浮かされた様な表情で路地の奥へと入っていった。

 女はミランダと名乗った。
冷たい石壁にミランダを押し付けて、ボブは貪るようにその口を吸った。
ボブの左手は服の上からミランダの大きな胸をまさぐり、右手はたくし上げたスカートの中に入れられた。
「あんっ、慌てないで。あんまり責められると私……」
「お、俺……」
薄汚い路地裏で、深窓の令嬢のような女を自由にしているというシュールな光景がボブの興奮を異常に高めていた。
なんという滑《なめ》らかな太腿なんだろう。
こんなにすべすべした肌は初めてだった。
ボブの右手はミランダの太腿を割ってその奥へ進む。
「いやん。そんなにされたら私、私……我慢できなくなっちゃう」
指先がついにミランダの奥に触れた。
そこは熱く、涎を垂らしたように濡れていた。
そして……なんだ? 
この無数の突起物は。
まるで牙のようなこれは……。
「うぎゃああああ――ングッ」
 右手を何かに食いちぎられて悲鳴を上げるボブの口を、ミランダが信じられないような怪力で押さえつけた。
「もう、貴方のせいで我慢できなくなっちゃったじゃない。つい下のお口で食べちゃったわ」
爛々《らんらん》と瞳を輝かせ、唇を舐めるミランダの表情はまさに凄艶《せいえん》だった。
夕方の薄暗くなった時間帯を逢魔おうまが時ときと呼ぶが、ボブは本物の魔物に出合ってしまっていた。

 シスターマリアと神官エヴァンはコンビを組んでレイクブクロ地区を巡回していた。
レイクブクロ地区北エリアは繁華街や花街《はなまち》、連れ込み宿などがたくさんある場所だ。
だからミランダ捜索の重点探索地域に指定されていた。
 時刻は夕暮れ時で、家路を急ぐ者や酒場へ繰り出すものなどが大勢集まってきている。
エヴァンとマリアは表通りを避け、裏通りを移動した。
雑踏の中ではとてもミランダを見つけられるとは思わなかったし、街娼が立つとしたら裏通りの方が圧倒的に多かったからだ。
一見すると若いカップルの様に見えるが、二人は一様に仏頂面《ぶっちょうづら》だ。
とてもデートを楽しんでいる雰囲気ではなかった。
建物の間を縫って、男の叫び声が聞こえたのはそんな裏通りの一角だった。
「マリア、今叫び声がしなかったか?」
「こっちよ」
マリアは走り出していた。
もしかするとただの喧嘩か何かかもしれない。
これまでもそういうことは何度もあった。
だが、これまで聞いた叫び声とは何かが違っていた。
何が違うんだろう? 
それはきっと恐怖の度合いだ。
あの叫びには人間が死に直面した時にだす、凄まじい恐怖が籠められていた。

 狭い路地を抜けた先は小さな袋小路になっていた。
辺りはほとんど闇に包まれていて、ぼんやりとしか景色は見えない。
「おや、何だいアンタたちは。ここはあたしたちが使っているんだ。やるんだったらよそへ行ってやりなよ」
男の上に馬乗りになっているらしき女が乱暴な口をきいた。
「血の匂いがする」
マリアの言葉に女がピクリと肩を震わせる。
「神殿の祓魔師だ。貴様ミランダという娼婦だな」
エヴァンも詰問しながら剣を抜く。
マリアは後ろで持参していた魔導カンテラのスイッチをいれた。
柔らかい光に薄汚れた路地裏の様子が浮かび上がる。
そこにあるのは放置されたゴミ。
ネズミの死骸。
手首をなくしてうずくまる男などだった。
そしてそんな風景の中心に壮絶な美女が立っていた。
「あら、神官にしておくには勿体《もったい》ないくらい、いい男じゃない。貴方も私と遊んでいきます? それに……随分といやらしい体つきをしたシスターだね」
「なっ!? 貴様!」
マリアの抗議の声をミランダは無視する。
「この身体も悪くないが、お前の方が男好きしそうな体じゃないか。次に化ける時はアンタの姿を参考にさせてもらうかね」
「化けるって、お前は?」
エヴァンの疑問にミランダは愉快そうな笑みを漏らした。
「私はグーラさ。こうして何人もの生肝《いきぎも》をくらって生きてきたのさ!」
「お前に次があると思うな!」
叫びながらエヴァンが切りかかる。
マリアも神聖魔法の聖句を唱え始めた。
「神よ、悪しきものにその罪を負わせ、その謀《はかりごと》によって、かの魔物の罪の多さによってかの魔物を自ら倒れさせて下さい。あなたに背きし罪ゆえにかのものは――」
マリアの聖句が紡がれていくごとに、神聖魔法の濃密な聖属性魔法が場を満たしていった。



 シスターは「ふう」と大きくため息をついて俺を見つめた。
「エヴァンの剣はグーラを切り裂き、私の魔法は大ダメージを与えたはずでした」
だが、傷ついたグーラは川べりまで逃れ、エヴァンの一太刀を受けて川に落ちたそうだ。遺体は上がらなかったがマリアたちはグーラが死んだと思ったそうだ。それ以降、連続殺人事件がぴたりと終息したことがマリアたちの疑念を晴らしてしまったわけだ。
「もう少しきちんとグーラの遺体を探すべきでした」
俺にはかける言葉が見つからない。
「おっさん、全員縛り上げたぞ。いつでも出発できる」
ジャンの報告を聞いて俺は立ち上がった。
「シスター、俺たちは一度地上に戻ります。貴女はどうします?」
「私は――」
「戻るべき……このまま行けば死ぬ」
ボニーさんがシスターの言葉を遮った。
「気を悪くしないでください。この人なりに気を使っているのです。ただ、俺もボニーさんと同意見ですね。この先ソロはきついと思いますよ。よかったら地上まで同行しませんか?」
俺たちの言葉にシスターは穏やかな笑顔で答える。
「お気遣いありがとうございます。少し迷宮を舐めていたようです。お言葉に甘えますわ。地上までご一緒させて下さい」
俺たちは25人の迷賊を縄でつなぎ、シスターを一行に加えて帰還を開始した。
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