笑顔を忘れた令嬢とほほ笑みの花~追放された田舎でなぜか王子様とスローライフを満喫しています~

葉月くらら

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序章 舞踏会

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 ――まあ、あれが噂の仮面の令嬢?

 ――本当に、にこりともしないのね。なんだか不気味だわ。





 楽団の優雅な旋律が流れる舞踏会の会場で、コーデリアはひっそりと佇んでいた。華やかに着飾った多くの貴族令嬢がいる中でコーデリアに声をかける者はいない。

 痩せすぎて貧相な体つきにとても伯爵家の令嬢の物とは思えない流行遅れの地味なドレス。なによりまるで仮面のような張り付いた無表情が彼女を悪い意味で目立たせていた。

 本来、貴族の令嬢たるもの社交の場ではいつでも優雅に微笑みを浮かべていなければならないというのに。



(やっぱりこういう場所は落ち着かないわ)



 コーデリア自身も居心地の悪さを感じていた。

 強制参加の舞踏会で無ければ来ることなど無かったのに。



「お姉様、またこんなところにいらしたの?」

「ダイアナ」



 ツンとした気位の高い声に顔を上げると、妹のダイアナが立っていた。

 結い上げて花や宝石で飾り付けた豊かな金の髪にたっぷりとしたフリルを使った薄紅色のドレスは今年の流行色だ。猫を思わせる大きな青い瞳のダイアナは腹違いのせいか、雪のような銀の髪に紫水晶の瞳を持つ儚げな容姿のコーデリアとはあまり似ていなかった。



「せっかくの社交の場だというのに本当にお姉様は愛想がないのね。ここへ何をしに来たつもりなのですか?」

「……それは、国内の貴族令嬢は全員参加が原則の舞踏会だから」

「そうね、でもそれで大真面目に参加するなんてお姉様も案外図々しいと思うわ。だってお姉様がアルフレッド王子に選ばれるわけないじゃない」



 明らかに見下した瞳をするダイアナにコーデリアは何も答えなかった。こんな風に馬鹿にされるのは慣れっこだったからだ。

 今日はこの国……ウォーレン王国の王子、アルフレッドの婚約者を決めるための舞踏会なのだ。ウォーレン王家には独特のしきたりがあった。王子が成人する頃合いを見て、国中の十五から二十五までの婚約者のいない貴族の令嬢が集められ、その中から王子の相手を見つけるのだ。

 ただし、相手を見定めるのは王子でも国王や王妃でも国の重鎮達でもない。

 舞踏会の会場の上段には王族達の貴賓席が並んでいる。

 アルフレッド王子の傍らには大きな蕾を付けた花の鉢植えがガラスケースに入っていた。



「皆さま、こちらへお集りください」



 それぞれ歓談したりダンスを踊っていた令嬢達の視線が集中する。

 王子の傍らにあった花の蕾の入ったガラスケースを大臣が慎重に運んで会場の中心へやって来たのだ。

 ちらりとそちらへ視線をやった後ダイアナがコーデリアを見て嘲笑う。



「いつも暗い顔をして笑顔のひとつもできないのだから」

「…………」





 花の蕾の入ったガラスケースはおそらく魔法がかけられて厳重に守られているようだった。

 会場の中心にある台座に慎重に置かれ、そこへ令嬢達が集まっていた。



「こちらが『ほほ笑みの花』です。皆様、名前を呼ばれたらこの花の前に立ってください」



 大臣の言葉に集められた令嬢達の空気が張り詰めた。



 ――ウォーレン王国では代々後継者の妃選びに少し変わった方法が用いられる。

 それがこの『ほほ笑みの花』だ。

 厳重に守りの魔法がかけられているガラスケースの中にある蕾は王国直属の魔法使いが代々守り育てている花だ。かつてこの王国を建国したという賢者がどこからか持ってきた種を育てたところ、いつまでも蕾のままで花は咲かなかった。けれど後に賢者の妻になった女性がその蕾に微笑みかけたときまるで封印が解けたかのように蕾がほころび花開いたのだという。彼女は賢者と共に素晴らしい統治者となったという。

 それからこの国の継承者になる者の妃選びの条件は『ほほ笑みの花』を咲かせることだった。

 現在の王妃もこの花を咲かせて選ばれたのだ。





「――クローズ伯爵家コーデリア嬢、前へどうぞ」

「……はい」



 すでに何人かの令嬢が『ほほ笑みの花』の前に立ったが何の変化もない。

 名前を呼ばれたコーデリアは緊張で爪が食い込むほど手を握りしめたまま前へ出た。

 花が咲かないことなどわかっている。けれど問題は別にあった。

 前へ出たコーデリアに大臣が促す。



「ではこちらの花にほほ笑みかけてください」

「……は、はい」



 周囲の視線がコーデリアに集中した。

 蕾のままの『ほほ笑みの花』を前に、コーデリアは口元を震わせた。

 コーデリアは笑顔が作れないのだ。

 必死に口角を上げているつもりでも、周囲からは笑っているようには見えない。自分でも何度も何度も練習したのだ。でも笑顔の作り方がわからないのだ。やがて周囲がざわつきクスクスと笑い声も聞こえてきた。



「コーデリア様? どうされたのですか」

「あ、あの……申し訳ございません!」



 コーデリアは深く頭を下げて『ほほ笑みの花』の前から下がった。恥ずかしくて瞳の端には涙が滲んでいたけれど必死に平静を装った。

 困惑した顔をした大臣だったがコーデリアが駄目だとすぐに判断したのか名簿に視線を落とした。



「……ではクローズ伯爵家ダイアナ嬢」

「はい」



 俯くコーデリアの横を悠々とダイアナが通り過ぎた。その途中向けられた視線は酷く蔑んだものだった。



(こんなところ来るべきじゃなかったわ)



 国の方針で、年頃の婚約者のいない貴族の令嬢は全員参加と決まっていなければコーデリアは参加することもなかっただろう。笑顔が作れなければ貴族の仕事のひとつである社交すらまともにこなせない。そんな者がそもそも王子の妃に選ばれるわけがないのだから。

 人々の後ろに下がって極力目立たないように俯いたコーデリアはちらりとダイアナを見た。

 後姿しか見えないが、きっと輝くような笑顔を振りまいているだろう。けれどやはり蕾は何も変わらない。



「どうしてよ……!」



 ダイアナの悔しそうな声が聞こえてきた。



 俯いていた顔を上げると顔を真っ赤にした彼女が速足でこちらへ向かってきた。

 そまま彼女はコーデリアの横を通り抜けて外へ出て行ってしまった。慌ててコーデリアもその後を追う。

 人だかりの中、ちらりと見えた『ほほ笑みの花』は蕾のままだった。

 よっぽど悔しかったのか自分が選ばれると疑っていなかったのだろう。ダイアナの瞳には涙が溜まっているように見えた。



「だ、ダイアナ。大丈夫?」

「うるさいわね! 話しかけないで!」

「きゃっ」



 速足で歩くダイアナに声をかけると思いきり突き飛ばされてしまった。

 尻餅をついたコーデリアを振り返ることもなくダイアナは馬車に乗ってしまう。呆然とするコーデリアを置いたまま馬車は走り去ってしまった。



(か、帰りの馬車。どうしようかしら)



 クローズ家の馬車は一台しか待たせていなかった。

 城の近くに乗り合い馬車はあるだろうか。そんなことを場違いにも座り込んだまま考えた時だった。



「――大丈夫か?」

「え? は、はい。ありがとうございます」



 そっとコーデリアへ手を差し伸べた男性がいた。

 戸惑いがちにその手を取って顔を上げた瞬間、コーデリアの思考は真っ白になった。

 整った顔立ちに穏やかな空を思わせるコバルトブルーの瞳の青年は、先ほど国王の玉座の横にある席に座っていた人物……つまりはウォーレン王国の次期後継者アルフレッド王子だったからだ。



「……大変、失礼をいたしました」

「そんなことはいい。それより帰りの足はあるのか? どうやら妹君は一人で帰られたようだが」



 アルフレッドはどうやら一部始終を見ていたようだった。

 周囲を見れば他の貴族や使用人達にも見られていたようで、恥ずかしくなってコーデリアは俯いた。



「見苦しいところをお見せして申し訳ございません。大丈夫です。歩いて帰れる距離ですので」

「歩いて帰る? こんな夜更けに何を言っているんだ。すまない、馬車を一台用意してくれ」

「そ、そのようなお気遣いは」

「気にしなくていい。当然のことだろう。それより、その君は……」

「はい?」



 コーデリアは恐縮したがアルフレッドは周囲にいた使用人達に声をかけて馬車を用意してくれるようだった。じっと言葉を止めてこちらを見つめる瞳にコーデリアは首をかしげる。



「いや、なんでもない。今夜は冷えるから風邪をひかないように帰るといい」

「本当にありがとうございます」



 結局アルフレッドはそれ以上何も言わず、コーデリアはありがたくその馬車に乗って帰ることになったのだった。
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