笑顔を忘れた令嬢とほほ笑みの花~追放された田舎でなぜか王子様とスローライフを満喫しています~

葉月くらら

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5話 思わぬ再会

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「いらっしゃい、コーデリア様」
「こんにちはジェシーさん。いつものパンを十五個お願いします。あとバターとイチジクのジャムを」

 村の中心部にある小さなパン屋の扉を開けると、ふんわりと香ばしい匂いが鼻をくすぐる。すぐに奥から出てきたのは店主のジェシーだ。何度かおつかいに来るうちにコーデリアはすっかり顔を覚えられたようだった。
 コーデリアがアンカーソン村に来てから一ヶ月ほどが経っていた。
 主食のパンの買い出しはコーデリアの仕事だ。最初こそデビーが貴族の令嬢が一人で出歩くなんて、と難色を示したが平和すぎるほど平和な村だ。カレンの案内で村の地理は大体覚えられたし、これからは何事も一人でできなくてはと考えたコーデリアの意思によって買い出しには一人で来ている。

「おや、今日はずいぶんたくさん買うんだねえ」
「お客様がいらっしゃるみたいで」

 ふっくらとした大柄な体格のジェシーがのんびりとパンを紙袋に詰めながら呟いた。いつもの倍の量を今日は買って行くのだ。
 今日、グレンダの知り合いが王都からやって来るのだという。
 それを聞かされたのは三日ほど前だった。そのため急いで客人が泊まるという別館を掃除したり布団やシーツを用意したりと何かと忙しい。自分が来た時もきっとこんな風に用意してくれたのだろうなと考えてコーデリアは申し訳なく思った。

「はい、これぶどうパン。おまけで入れておくね」
「ありがとう、ございます……」

 袋の一番上に、焼き立てのぶどうパンを乗せたジェシーがふんわりと笑う。ふっくらとした丸い頬がまるでパンのようだ。
 コーデリアは慌てて頭を下げて店を出た。

「さむ……!」

 店を出ると、冷たい木枯らしが吹いてコーデリアは身を縮こまらせた。季節は冬へと向かっているようだった。三つの紙袋を持ち直してコーデリアは空を見上げた。薄曇りだけれど一人で歩く道はなんとも開放的で不思議な気分だった。

「あらコーデリア様、お買い物ですか?」
「あ、はい。ごきげんよう」
「コーデリア様! あとでお屋敷に畑で採れた野菜を持って行くから奥様に言っといてくれー!」
「は、はい!」
「あ、コーデリア様! こんにちはー!」
「こんにちは……」

 元々人口の少ない村だがアンカーソン邸への道を歩いている間に何人かとすれ違った。皆、すでにグレンダとカレンと共に挨拶済なので気さくに話しかけてくれる。
 そうなのだ。
 皆、親切で優しいのだ。
 この一ヶ月、コーデリアにとって一番意外だったのはアンカーソン村の人々が友好的だったことだ。
 グレンダとカレン、使用人のハンナとサム、それにパン屋のジェシー。他の人々もコーデリアがわからないことを聞けば答えてくれるし、困っていると助けてくれる。日々の仕事もけして無理なことはさせられず、コーデリアのできる範囲内でいいと言うのだ。
 クローズ家の屋敷に住んでいた頃は、笑わない令嬢と言われデビー以外誰もコーデリアに近づこうとする者はいなかった。幼い頃からずっとそうだったのでそれが当たり前だと思っていた。
 だからアンカーソン村の人々がコーデリアを受け入れてくれたことに正直まだ戸惑っている。

(……今はまだ来たばかりだから親切にしてくれているのかも。本当の私を知ったら皆離れて行ってしまうかもしれない)

 胸の中に暗い気持ちが湧いてきて、自然と足が止まってしまう。
 今は優しく笑顔で接してくれる人達から冷たい目で見られるところを想像すると、最初から嫌われているよりもずっと辛い気がした。慌てて不安をかき消すように首を横に振る。

(馬鹿ね、コーデリア。そうならないためにも、もっと働いて役に立たなくちゃ)

 今はただコーデリアを受け入れてくれた人々に感謝しなくては。そう思いなおして歩き出そうとした時、抱えていた袋の一つが腕から零れ落ちた。

「あっ」
「一人で持つには少し多すぎるんじゃないか?」

 落ちた袋を拾おうとコーデリアが屈むと、横から腕が伸びてきた。一人で考え込んでいたせいだろうか。人の気配にまったく気がつかなかった。顔を上げるとそこには一人の青年が立っていた。
 金色の長い髪を一つにまとめた青い瞳の旅人風の青年はコーデリアに手を差し出す。

「そっちも貸せ。俺が持とう」
「……え!? あ、いえ、重いものではないので大丈夫です。ご親切にありがとうございます」
「いいから。君はこれから領主の屋敷に行くんだろう? 俺も目的地は一緒なんだ。……それにしても伯爵家の令嬢が一人で出歩いてるなんて平和な田舎だからといっても少々不用心すぎないか」
「……え?」

 驚いて慌てて遠慮したコーデリアだったが、青年は勝手にコーデリアの抱えていた大きな袋を取り上げてしまった。
 一体この人は何者なのだろう?
 彼はコーデリアの身分を知っていた。こんなに目立つ村人はアンカーソン村にはいなかったはずだし、とそこまで考えてはっとコーデリアは顔を上げた。

「あの、もしかしてグレンダ様の御客人でいらっしゃいますか?」
「……ああ、そうだ。しばらく泊めてもらう」
「そう、でしたか。あの……どうして私が領主の屋敷に行くとわかったのですか?」

 青年が歩き出したので慌ててコーデリアもついて行く。すると今度は青年の方が足を止めた。驚いたような呆れたような表情でコーデリアを見つめる。

「それは君がグレンダの所で世話になっていると聞いているからだ……って、君は俺のこともしかして覚えていないのか?」
「え……」

 コーデリアはそう言われてまじまじと青年を見つめた。
 淡い金髪に空を思わせるコバルトブルーの瞳の精悍な顔立ちの旅人風の青年。確かにどこかで見たような……と、そこまで考えて抱えていた袋を取り落としそうになった。

「おっと」

 危ない、と器用に三つ目の袋も青年が落ちる前に受け止めた。
 この青い瞳には見覚えがある。前回見た時は夜で、城の灯りに照らされていたから空の下ではまた少し印象が異なるけれど。
 舞踏会の夜、コーデリアに唯一親切にしてくれた人がいた。

「あ、アルフレッド王子!?」

 やっと思い出してくれたかと、ウォーレン王国の王子アルフレッドが苦笑した。



「アルフレッド様! 酷いです! 俺を置いて一人で行ってしまうなんて!」
「ユージーン」

 領主の屋敷へ帰ると玄関先から一人の少年が飛び出してきた。アルフレッドにユージーンと呼ばれた少年はまったくと子供らしく頬を膨らませた後、コーデリアの存在に気がついて慌てて居住まいを正した。綺麗な栗色の髪に大きな緑の瞳をきりりとさせてユージーンが頭を下げた。

「お初にお目にかかります。お……私はユージーン・アストリー。アルフレッド殿下の従者をしております。コーデリア様でいらっしゃいますね」
「は、はい。コーデリア・クローズです。……アストリー伯爵家の方ですね。存じております」

 アストリー伯爵家は長男が最近爵位を継ぎ、次男は城で見習いとして働いていると噂で聞いたことがある。おそらくユージーンがその次男なのだろう。
 戸惑いながらも挨拶をしていると奥からグレンダが出てきた。

「コーデリア、おかえりなさい。あら、アルフレッド様も」
「久しいな、グレンダ」
「もう久しいな、じゃないですよ。村に着いた途端、俺がちょっと目を離した隙に居なくなってしまって」
「いや、コーデリアを見かけたからつい、な。悪かったよユージーン」

 どうやらユージーンは村に到着してすぐにアルフレッドとはぐれてしまったことを怒っているようだった。クスクスと笑うグレンダがアルフレッドから荷物を受け取っている。

「まったく相変わらず自由奔放でいらっしゃるのね。ユージーンも苦労が絶えないわね」
「本当ですグレンダさん」
「あ、あの……これは一体」

 コーデリアの頭の中は先ほどからずっと疑問だらけだ。
 なぜこの国の王子であるアルフレッドが最北端の領地であるアンカーソン村にいるのか。グレンダとも親し気な様子だし、どうしてコーデリアに親切なのだろうか。
 いや、それは舞踏会の時から変わらないからきっと彼の生来の性格なのかもしれないが。

「ああ、コーデリアにはまだ言ってなかったわね。私は昔、王城で働いていたことがあってね。その頃アルフレッド様の世話係をさせていただいてたの」
「彼女が結婚してこちらの領地に住むようになってからも時々遊びに来ていたんだ」
「そうだったのですか……」

 若い頃は城でメイドをしていたと聞いてはいたが、まさか王子と知り合いだったとは。ぽかんとしているコーデリアにアルフレッドが向き直った。
 
「しばらくこちらに滞在することになった。よろしく、コーデリア」
「よろしくお願いいたします……」

 アンカーソン村に来てからコーデリアは戸惑いっぱなしだ。
 優しい領主や村人に温かい部屋と食事。それに今度は王子がやって来るなんて。
 差し出された大きな手を恐る恐る握るとぎゅっと握り返されてその温かさと力強さに驚いてしまったのだった。
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