根暗な魔女はキラキラ騎士様の秘密を知ってしまったわけですが

葉月くらら

文字の大きさ
15 / 22

14話 ジェレミー王子

しおりを挟む
「おはようございます」



 親衛隊のご令嬢達とのトラブルから数週間。

 魔法薬学研究室の扉を開けるとのんびりと教授のコンラッドさんが手を上げた。



「やあ、おはよう」

「おはようございます」

「ウィル君もおはよう。本当に毎朝仲が良いねえ」

「え、そそそそんなことは」



 私の後ろにいたウィル様が爽やかに笑う。私は相変わらずうろたえているけれど。

 あれからウィル様は毎日研究室の前まで私を送り届けてくれている。そこまでしなくてもいいと言っても自分がそうしたいから、と譲らないのだ。

 最初こそ王城ですれ違う人々や、同僚の魔法薬師達もギョッとしていたけれど数週間も経てば皆何も言わなくなっていた。

 むしろ教授や魔法薬師達とウィル様は仲良くなったらしく気安く挨拶まで交わしている。

 慣れって怖い。



「それじゃあステラ、また後で」

「ウィル様もお勤めがんばってください」



 にこりと笑ったウィル様に私は慌てて頭を下げた。

 そのままマントを翻してウィル様は廊下を去っていく。

 私の送り迎えなんてウィル様は負担じゃないのかなあ。王城から帰る時も仕事でどうしても無理な時以外は送ってくれるのだ。

 う、嬉しいと言えば嬉しいけど逆にちょっと心配にもなる。



「おや、今日はいつもとは違う色のワンピースだね。前髪も切ったしなんだかハーディング研究員は明るくなったなあ」

「いやあ、そんなことは……」



 目敏いコンラッド教授に私は視線をうろうろさせる。

 普段は研究室の黒いマントの下には黒やグレー、茶色の地味なワンピースを着ていたけれど今日は爽やかな色のワンピースを着ていた。これはアメリア姉様のお下がりなんだけど、縁に白いレースがついてて私にしてはちょっと可愛らしいデザインだった。

 だって毎日ウィル様に会うのにあんまり変な恰好できないじゃない。

 家でそうぼやいて一人で困り果ててたらアメリア姉様が妙にやる気を出してコーディネートしてくれたのだ。ちなみに髪にも同じ水色の石のついたヘアピンを申し訳程度につけている。

 今朝迎えに来てくれたウィル様は「可愛いピンつけてる」と褒めてくれた。

 まあ、褒められたのはピンだけど柄にもなくちょっと喜んでしまった。

 そうは言ってもどんなにお洒落したところで私なのでアメリア姉様や他のご令嬢達にみたいに華やかにはならないんだけど。



「おや、ウィルの婚約者殿じゃないか」



 げ、と声に出して言わなかったのを褒めてほしい。

 研究室で使う薬草を運んでいたらまたレナルド殿下と廊下で鉢合わせしてしまった。お付きの人達を連れて移動中のようだから、さっさと行ってほしいのだけどなあ。以前中庭で騎士様達が話していたことから考えると、弟のジェレミー殿下と繋がりの強いウィル様の婚約者である私に対しても自動的に当たりが強くなっているのかな。

 そんなこと私にはどうしようもないんだけど。

 とりあえずスカートのすそを摘まんで頭を下げる。どうか嵐よ何事もなく去ってくださいと祈りながら。



「ごきげんよう、レナルド殿下」

「ふん、ずいぶんと色気づいたようだな。城内でも噂になっているぞ」

「い、色気……!?」



 ぎょっとして顔を上げるとニヤニヤとしたレナルド殿下がこちらを見下ろしていた。



「あの根暗の狸がとな」

「たぬ……!?」



 タヌキ!?

 唖然としてる私の方にレナルド殿下が手を伸ばしてきた。



「え」



 レナルド殿下が私の顎を掴んだ。

 赤い瞳がじっとこちらを見つめる。

 な、なに? なんだこの展開は。



「狸ではあるがまあまあ見れるようにはなったな。どうだ、俺だったらお前の研究に投資してやることも」

「はい、そこまで!」



 廊下に響き渡った声と共に横から出てきた手がひょいっと私の顎を掴んでいたレナルド殿下の手を外した。

 今度は誰!? と思ったら……。



「ジェレミー殿下! ……と兄様」

「だめだよ兄上。ご令嬢に気軽に触れては。ましてや彼女には婚約者がいるんだから」

「ジェレミー……!」



 ふんわりとした雰囲気のジェレミー殿下とその後ろに今にもレナルド殿下を射殺しそうな目をしたセオドア兄様がいた。王子二人が急に揃ってしまった廊下は一気に張り詰めた空気に包まれる。後ずさりした私の背をセオドア兄様が支えてくれた。



「大丈夫か?」

「は、はい」



 レナルド殿下は面白く無さそうにジェレミー殿下を睨んだと思ったら視線を逸らしてしまった。



「はっ。少しからかってやっただけだ。行くぞ!」



 お付きの人達の連れてレナルド殿下は足早に去って行ってしまった。ほっと私は肩を落とす。本当に一体何だったんだろう……。

 くるりと振り返ったジェレミー殿下が心配そうに首を傾げた。



「大丈夫かい? うちの兄が失礼をしたね」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます……」

「次の騎士団の練習試合はいつだった? ぼっこぼこにしてやらんと気がすまん」

「ちょ、兄様!?」



 急にジェレミー殿下に心配されて恐縮してたらセオドア兄様が不穏なことを言い出した。うちのセオドア兄様は少々シスコンだった。



「あはは、合法的な方法だったらどんどんやっちゃって」

「ジェレミー殿下まで……! あの、私は大丈夫なので! 本当にありがとうございました」



 がばっと頭を下げたら温和に微笑んだジェレミー殿下が頭を下げたままの私を起こしてくれた。



「まあまあ、それよりステラ嬢だよね。ウィルと仲良くやっているみたいだね」

「あ、いえ、まあ……。おかげさまで……その、良くして頂いております」



 急にウィル様の話をされてしどろもどろになってしまった。セオドア兄様は相変わらず面白く無さそうな顔をしているけど、私を家に送りがてらウィル様と楽しそうに話してることもあるし仲が悪いわけじゃないと思う。ただシスコンなだけで。

 ウィル様もジェレミー殿下と騎士学校では同期なんだったっけ。



「君と婚約してからウィルも毎日楽しそうだよ。もし何か困ったことがあったら教えてね。力になるよ」

「ありがとうございます……」



 なんて優しい方なんだろう。

 レナルド殿下とは全然違うんだなあ。

 

「あれ? ステラ!」



 その時後方から騎士様達がガヤガヤと移動してきた。その中からウィル様が顔を出す。セオドア兄様が仏頂面のまま声をかける。



「遅いぞウィル! まったく……」

「うちの隊は今訓練が終わったところなんだよ。……どうしたんだ? ジェレミーまで」

「やあ、君の可愛い婚約者とちょっとお話ししてみたくてね」

「お前はまたそんなことを……レナルド殿下に絡まれてたんだよ」

「ええ!? ステラ、大丈夫だったか?」

「はい、ジェレミー殿下と兄様に助けていただいたので」



 ウィル様が驚いて心配そうな顔をした。

 薬草を運んでただけなのになんだか大事になってしまった。



「ねえ、ステラ嬢。今度僕にも魔法薬学を教えてほしいな。おもしろそう」

「ああ! ちょっと待った! ダメダメダメ! 他の魔法薬師に聞いてくれ!」

「え? ええ?」



 朗らかに人懐っこい笑顔をしたジェレミー殿下の言葉を遮るように珍しくウィル様がむすっとした顔をする。ぷっと隣でセオドア兄様が噴出していた。セオドア兄様もだけどウィル様もジェレミー殿下とずいぶん気安い間柄なんだな。騎士団で同期だからかな。

 キョロキョロしている私をよそにジェレミー殿下は楽しそうにウィル様の肩を叩いた。

 



「わかってるよ、仕方ないなあ。君がこんなにヤキモチ焼きだとはねえ」

「……ジェレミー!」

「そろそろ行かないと勤務の交代時間に間に合わないぞ」

「わかってる。……ステラ、ごめんな。あとで迎えに行くから」

「は、はい」



 私も早く薬草を研究室に持って行かなければいけないんだった。

 まったくレナドル殿下のせいで余計に時間がかかってしまったなあ。

 にこっと笑って手を振るジェレミー殿下とセオドア兄様とウィル様に頭を下げて私も仕事に戻ったのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。 心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。 そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。 一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。 これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...