禁断の魔術と無二の愛

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18話

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「マシュー……!」
「ん……? どうかしたか?」
「読み書きできるようになったのか」
「おう。まあな」
「昔はあんなに勉強嫌いだったのに……頑張ったな」
「勉強嫌いか……まあ、今も普通に嫌いだ」
 マシューは情けねえよなー、と苦笑した。
「今もまだ、昆虫採取が好きなのか?」
「いや……今は流石にもう、昆虫って歳でもなあ。でも、勉強かどっちか選べって言われたら、昆虫捕まえてる方が楽しそうだなな」
「はは……相変わらずだな」
「お前こそ、昔と変わらず難しい本ばかり読んでいるんだろ」
「ああ。本は世界を広げてくれるから。そうだ——」
 セシルは部屋の壁際に置かれた本棚から数冊を選び、マシューのいる机へと置いた。
「これは数年前に出た小説だ。王都で流行っていた」
「どれどれ……」
 マシューは本を手に取ってパラパラとページを捲ってみる。そこにはマシューが普段、目にするよりも難しげな単語が並んでいた。
「あー……俺には退屈すぎる。もっと面白そうなのはないのか?」
「そうか……いつもはどういったものを読んでいるんだ?」
「お前が村を出る時、いらない本をうちで引き取っただろ。ああいう感じの」
「ああ、子ども向けの小説か」
「子ども向けだったのか? まあ、俺にとっては、あれくらいが丁度いいんだよ。っていうか、ファビオとビリーは難しすぎるって見向きもしないぞ」
「ふむ……それなら……」
 そう言ってセシルは席を立ち、螺旋階段を上って上の階へと行ってしまった。
 マシューはビラ作りをしながらも、先ほどセシルが勧めてきた本にちらりと目をやった。
「お前がいなくなって寂しくなったから、お前が好きだった本を読み始めたんだよ……俺」
 我ながら女々しいな、と苦笑を漏らすマシューであった。
 マシューは拙い文字ながらも丁寧に書き綴った。セシルが村の魔術師として、村人たちと上手くやっていけるようにと、願いを込めながら……。
 
 村でマシューと過ごした時間が増えていくにつれ、セシルはマシューから向けられる温かな視線に気づいた。
 思いやりのある言葉や態度からほのかな期待を持つに至ったセシルは、マシューへ想いを告げてみようかと考え始めた。
 その日、セシルは村で食事などを提供する食堂でひとり、読書をしながら食事を取っていた。後から店に入ってきた女性の二人連れの会話が聞こえてくるのに煩わしさを感じ、防音の魔法を唱えようと口を開きかけた瞬間——。
「で、最近マシューとはどうなのよ?」
「それがさー、なんか避けられてるっていうか……」
「あちゃー……」
「あちゃーって何よ?」
「前にもこんな展開あったなあって……新しいコレかしらね?」
 小指を立てる仕草をする女性を目の端で捉え、セシルは凍りつき、自身の愚かさを内心で自嘲した。ひとり勘違いし、舞い上がっていただけだったのだ。
 マシューがセシルの気持ちに応えてくれるという、甘い幻想に浸り、有り得もしない夢を見ていた。
 事前に気づいた分だけ傷は浅いと己に言い聞かせ、勝手に震える手を撫で擦る。それから、深く息を吐き心を落ち着けた。
 後日、セシルはマシューの弟たちにもそれとなく話を向け、女性たちの話が事実である裏付けをとった。
「とっかえひっかえってやつ? ったくよー……なんで兄貴ばっかり。羨ましすぎるぜ」
 マシューは他にも多くの村の女性と浮名を流しており、そのことは村では知らぬ者のないほど村では有名な話らしい。
 セシルは村の外れにある自身の住処へ帰ってから、一番安い硝子の杯を床へと力の限りに叩き付けた。
「フン……滑稽だな」
 粉々になった硝子の破片を暗い眼差しで見遣るセシルの脳裏には、幼き日の思い出が過っていた。
『セシルはぼくのおよめさん! やくそくだよ』
 激情が時間の経過と共に霧散し冷静さを取り戻すと、セシルは自身の行動の幼稚さと惨めさに呆れ返る。
「私はもう、何も信じない」
 決意を声に出したセシルの頬を、音もなく流れた涙が一筋、伝い落ちていった。
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