働きすぎた社畜、死んだらダンジョン核に転生して魔王に!? 〜自由に生きてたら、気づけば勇者と結婚してました〜

烏羽 楓

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第六章 理のその向こうへ

第59話 「理を越えし存在、戦場に降り立つ」

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 ――悪食の触手が三人を貫こうと迫った、その瞬間だった。

 空気が凍りつく。
 音も、臭気も、すべてが掻き消える。

 
 時が止まった。

 
 そう認識できるほどに、異常な静寂が訪れた。

「……な、んじゃと……!?」

 リルベアの瞳が大きく見開かれる。
 だが次の瞬間、彼女は一つの可能性を悟り、背後に視線だけを向けた。

 ――繭。

 ヴァルトを包み込んでいた漆黒の繭に、亀裂が走る。
 ぱきり、と小さな音を合図に、地割れのようなひび割れが空間もろとも広がった。

 そこから迸るほとばしるのは、常識を超えた輝き。
 熱でも冷気でもない、ただ“存在”そのものを焼き付ける光が戦場を白に染め上げる。

 魔物どもの咆哮が途絶え、悪食の触手すら硬直した。
 抗えぬ本能が告げていた。――この力は、決して触れてはならぬものだと。

 轟音。
 次の瞬間、悪食の触手ごと、周囲の魔物数千体が消し飛んだ。
 地鳴りのような残響だけが虚しく響き渡る。


 
『”成り損ない”の分際で、俺の眷属達に触れるな』


 
 静かに、だが絶対的な力を宿した声が空間を支配した。
 その声は胸を震わせ、魂に杭を打つような威圧を孕んでいた。

 光の中から姿を現したのは――ヴァルト。
 彼は三人の頭上に浮かび、冷たい視線で悪食を見下ろしていた。

「――ヴァルト!?」
マスター……!」
「ご無事でなによりです!」

 三人の声が、震える。
 緊張の糸が切れ、今にも泣き出しそうな表情でこちらを仰ぎ見ていた。
 その頬に浮かぶ涙は、恐怖のものではない。絶望の淵から引き上げられた安堵の涙だった。

 俺はゆっくりと地へ降り立つと、三人の前に立った。

「悪い、遅くなった。あとは任せろ」

 短い言葉。だが、それは何よりも強い救いだった。
 三人は堪えきれず頷き、その場にへたり込んだ。

「角も消えてスーツ姿とは、まるで人間みたいじゃの」

 リルベアがイタズラな笑みで俺をいじる。
 その声音には震えが混じっていたが、それすら嬉しさの裏返しだった。

「俺もそう思った。まるで社畜の時みたいだよ」

 自嘲混じりにそう返し、口元をわずかに緩めた。
 戦場の緊張感の中で、ほんの一瞬だけ温かな空気が流れる。

「ヴァルトよ、あれに勝てるか?」
 
「私たちじゃ、食い止めるので精一杯でした」
 
「次から次へと湧いて、正直終わりが見えない戦いで……」

 不安を滲ませる三人。
 俺は小さく微笑んでみせる。

「心配すんな。すぐ終わらせる」

 そう言って振り返り、魔物の群勢を見据えた。
 右手をかざし、ためらいなく振り下ろす。

 ――瞬間、視界が暗転する。
 
 無音――世界から音が消えたかのように。
 次の刹那、数万の魔物が音もなく掻き消えた。
 
 塵一つ残さず、まるで虚空に呑まれたかのように。

「「「……は?」」」

 三人の口から、揃って間の抜けた声が漏れる。

「い、今のは……」
 
「魔力反応が、なかった!?」

 レイラとゼトスが愕然と呟く。
 その横で、リルベアだけは額に汗を流し、俺を畏怖の眼差しで見つめていた。

「一応聞くが……お主、ランクアップして何になったのじゃ……?」

 俺は振り返らずに応える。

「んー、正式名称なんてないけど、そうだな……」

 少しの沈黙を置き、唇を開いた。

「強いて言うなら――”魔神”かな」

 俺の言葉と同時に暗転は解け、爆風が吹き荒れた。
 大地を揺るがすその風は、まるで新たな“神”の誕生を祝福するかのように――。

 その存在は、確かに理の領域を越えていた。
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