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第3話 救ったのは、誰の領地?
カビと古い木の匂いが立ち込める、薄暗い第参倉庫。
王都の近郊にあるクラウゼ家の備蓄庫は、しんと静まり返っていた。
「……記録上は、ここに三千袋の小麦があるはずです」
私は手に持ったカンテラを高く掲げ、広大な空間を見渡した。
積み上げられた麻袋の山。だが、どう見ても千袋にも満たない。
空になった木箱が無造作に転がり、床には小麦の粉すら落ちていなかった。
「どういうことだ……? 先月の報告書では、豊作で備蓄は十分だと……」
同行したアルベルトが、信じられないというように周囲を見回している。
その後ろには、なぜかミレーヌも不安げな顔をしてくっついてきていた。
「バルド。直近の入出庫記録が記された、倉庫の副台帳を見せてください」
私は冷たい声で家令に命じた。
バルドはハンカチで額の汗を拭いながら、分厚い革張りの帳簿を私に手渡す。
パラパラとページをめくる。
インクは黒々と美しく、数字の羅列に不自然な点はない。
計算も完璧に合っている。
『三千袋の在庫がある』と、この紙は堂々と主張していた。
「……記録は、完璧です。誰かが意図的に、帳尻を合わせています」
「帳尻を合わせた? じゃあ、残りの小麦はどこに消えたって言うんだ!」
アルベルトの焦燥を含んだ声が響く。
私は小さく息を吐き、目を閉じた。
そして、精神を深く沈み込ませ、自身の魔力回路を目の奥へと繋ぐ。
カッ、と視界の裏側で閃光が走る。
目を開くと、世界は淡いモノクロームに染まっていた。
固有能力『真帳視』の起動。
視線を、手元の副台帳に落とす。
黒いインクで書かれた完璧な数字。
その上に、赤黒い光を帯びた『別の数字』が浮かび上がってきた。
【出庫:二千袋(行先:白夜回廊経由・匿名口座)】
「っ……!」
その痕跡を見た瞬間、激しい吐き気が胃の腑から込み上げてきた。
脳を直接鷲掴みにされたような激痛が走り、私は思わず膝を折りそうになる。
ただの計算ミスではない。
意図的な横領。しかも、高度な魔術を付与されたインクを使って、元の数字を隠蔽するほどの周到な改竄だ。
「リオナ様!? だ、大丈夫ですか!?」
ミレーヌが悲鳴のような声を上げ、私の肩に触れようとした。
「……触らないでください」
私は低く、冷え切った声で彼女の手を払いのけた。
「ひっ……!」
「リオナ! ミレーヌは心配してくれているのに、なんだその態度は!」
アルベルトの怒声が飛ぶが、私の耳にはほとんど届いていなかった。
視線は、副台帳の表紙の隅に釘付けになっていたからだ。
魔導台帳と連動するこの副台帳には、管理者の魔力で封じられた『封蝋』が施されている。
それが破られれば、信用保証が揺らぐ仕組みだ。
真帳視の視界の中で、その赤い封蝋の端が、ほんの微かに欠けているのが見えた。
肉眼では決して気づかないほどの、わずかな傷。
「……誰かが、無理やり開けた……?」
管理者印である私の指輪なしに、台帳を開こうとした痕跡。
そんなことができるのは、屋敷の中にいるごく一部の人間だけだ。
「リオナ、どうしたんだ? 何かわかったのか?」
呑気なアルベルトの声に、私は視線を上げた。
ズキズキと痛む頭を抱えながら、私は彼を――そしてその後ろで怯えるミレーヌを、冷徹に見つめ返した。
この領地を陰で救い、数字を合わせ、必死に支えてきたのは私だ。
だが、その足元を掘り崩しているのは、果たして誰なのか。
私は口を閉ざした。
確実な証拠を掴むまでは、感情で動いてはならない。
王都の近郊にあるクラウゼ家の備蓄庫は、しんと静まり返っていた。
「……記録上は、ここに三千袋の小麦があるはずです」
私は手に持ったカンテラを高く掲げ、広大な空間を見渡した。
積み上げられた麻袋の山。だが、どう見ても千袋にも満たない。
空になった木箱が無造作に転がり、床には小麦の粉すら落ちていなかった。
「どういうことだ……? 先月の報告書では、豊作で備蓄は十分だと……」
同行したアルベルトが、信じられないというように周囲を見回している。
その後ろには、なぜかミレーヌも不安げな顔をしてくっついてきていた。
「バルド。直近の入出庫記録が記された、倉庫の副台帳を見せてください」
私は冷たい声で家令に命じた。
バルドはハンカチで額の汗を拭いながら、分厚い革張りの帳簿を私に手渡す。
パラパラとページをめくる。
インクは黒々と美しく、数字の羅列に不自然な点はない。
計算も完璧に合っている。
『三千袋の在庫がある』と、この紙は堂々と主張していた。
「……記録は、完璧です。誰かが意図的に、帳尻を合わせています」
「帳尻を合わせた? じゃあ、残りの小麦はどこに消えたって言うんだ!」
アルベルトの焦燥を含んだ声が響く。
私は小さく息を吐き、目を閉じた。
そして、精神を深く沈み込ませ、自身の魔力回路を目の奥へと繋ぐ。
カッ、と視界の裏側で閃光が走る。
目を開くと、世界は淡いモノクロームに染まっていた。
固有能力『真帳視』の起動。
視線を、手元の副台帳に落とす。
黒いインクで書かれた完璧な数字。
その上に、赤黒い光を帯びた『別の数字』が浮かび上がってきた。
【出庫:二千袋(行先:白夜回廊経由・匿名口座)】
「っ……!」
その痕跡を見た瞬間、激しい吐き気が胃の腑から込み上げてきた。
脳を直接鷲掴みにされたような激痛が走り、私は思わず膝を折りそうになる。
ただの計算ミスではない。
意図的な横領。しかも、高度な魔術を付与されたインクを使って、元の数字を隠蔽するほどの周到な改竄だ。
「リオナ様!? だ、大丈夫ですか!?」
ミレーヌが悲鳴のような声を上げ、私の肩に触れようとした。
「……触らないでください」
私は低く、冷え切った声で彼女の手を払いのけた。
「ひっ……!」
「リオナ! ミレーヌは心配してくれているのに、なんだその態度は!」
アルベルトの怒声が飛ぶが、私の耳にはほとんど届いていなかった。
視線は、副台帳の表紙の隅に釘付けになっていたからだ。
魔導台帳と連動するこの副台帳には、管理者の魔力で封じられた『封蝋』が施されている。
それが破られれば、信用保証が揺らぐ仕組みだ。
真帳視の視界の中で、その赤い封蝋の端が、ほんの微かに欠けているのが見えた。
肉眼では決して気づかないほどの、わずかな傷。
「……誰かが、無理やり開けた……?」
管理者印である私の指輪なしに、台帳を開こうとした痕跡。
そんなことができるのは、屋敷の中にいるごく一部の人間だけだ。
「リオナ、どうしたんだ? 何かわかったのか?」
呑気なアルベルトの声に、私は視線を上げた。
ズキズキと痛む頭を抱えながら、私は彼を――そしてその後ろで怯えるミレーヌを、冷徹に見つめ返した。
この領地を陰で救い、数字を合わせ、必死に支えてきたのは私だ。
だが、その足元を掘り崩しているのは、果たして誰なのか。
私は口を閉ざした。
確実な証拠を掴むまでは、感情で動いてはならない。
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