10 / 40
第10話 空っぽの執務室
朝日が眩しく、アルベルトは不機嫌に眉をひそめて目を覚ました。
「う、頭が痛い……」
昨夜は遅くまで酒を飲み、結婚式の延期についてリオナに同意させた安堵感から、つい飲みすぎてしまったらしい。
だが、心は晴れやかだった。
面倒な交渉もせず、リオナはいつものように完璧な笑顔で『承知しました』と首を縦に振ってくれたのだから。
「やっぱり、あいつは話がわかる。僕にはミレーヌが必要だって、ちゃんと理解しているんだ」
アルベルトはベッドから起き上がり、乱れた金髪をかき上げた。
今日はミレーヌを連れて、王都で一番有名な仕立て屋に行く約束をしている。
式の延期で彼女が不安にならないよう、新しいドレスをプレゼントするつもりだ。
予算の稟議は、あとでリオナの机に置いておけば勝手に処理してくれるだろう。
「おい、誰かいないか! 着替えを頼む!」
声を上げたが、なぜか部屋の外からはバタバタと慌ただしい足音が聞こえるだけで、誰も入ってこない。
苛立ちを覚えながら、アルベルトは自らガウンを羽織り、廊下に出た。
「朝からなんだって言うんだ……」
廊下の奥、リオナの私室のドアが開け放たれているのが見えた。
何人かのメイドたちが、青ざめた顔で部屋の中を覗き込んでいる。
「どうしたんだ、お前たち。リオナの部屋の前で騒がしいぞ」
「あ、アルベルト様……!」
メイドたちが弾かれたように振り返り、道を開けた。
アルベルトは怪訝な顔でリオナの部屋に足を踏み入れ――そして、息を呑んだ。
何もない。
クローゼットの扉は開いたままで、彼女の質素なドレスが数着消えている。
机の上にあったはずの私物も、化粧台の上の銀のブラシも。
まるで、最初からそこに誰も住んでいなかったかのように、完璧に整頓された空の部屋だけがあった。
「どういうことだ……? リオナはどこに行った?」
「わ、わかりません……エマの姿も見えず……お荷物がいくつか、なくなっておりまして……」
メイドが震える声で答える。
アルベルトの心臓が、嫌な音を立ててドクンと跳ねた。
家出?
あの、感情を失った人形のように従順だったリオナが?
「執務室だ! あいつはいつも朝早くから仕事をしているはずだ!」
アルベルトは廊下を走り出し、一階の執務室へと向かった。
バンッ!と乱暴に扉を開け放つ。
静まり返った部屋。
書類の束が整然と積まれた机。
そして、その机のど真ん中に、ポツンと置かれているものがあった。
アルベルトはゆっくりと近づき、それに手を伸ばした。
冷たい銀の感触。
クラウゼ家の紋章が彫られた、蒼いサファイアの婚約指輪。
「……なんで……」
彼がそれを拾い上げた瞬間だった。
「旦那様!! アルベルト様!!」
廊下の奥から、家令のバルドが転がるようにして執務室に飛び込んできた。
彼の顔は紙のように白く、手には数枚の羊皮紙が握りしめられている。
「どうしたバルド! リオナがいないんだ! あいつ、どこに行ったか知らないか!?」
「そ、それどころではございません!!」
バルドは息も絶え絶えに叫んだ。
「王都の取引所から、緊急の通知です! 我がクラウゼ領の信用保証ランクが……先ほど、急激に低下いたしました!!」
「う、頭が痛い……」
昨夜は遅くまで酒を飲み、結婚式の延期についてリオナに同意させた安堵感から、つい飲みすぎてしまったらしい。
だが、心は晴れやかだった。
面倒な交渉もせず、リオナはいつものように完璧な笑顔で『承知しました』と首を縦に振ってくれたのだから。
「やっぱり、あいつは話がわかる。僕にはミレーヌが必要だって、ちゃんと理解しているんだ」
アルベルトはベッドから起き上がり、乱れた金髪をかき上げた。
今日はミレーヌを連れて、王都で一番有名な仕立て屋に行く約束をしている。
式の延期で彼女が不安にならないよう、新しいドレスをプレゼントするつもりだ。
予算の稟議は、あとでリオナの机に置いておけば勝手に処理してくれるだろう。
「おい、誰かいないか! 着替えを頼む!」
声を上げたが、なぜか部屋の外からはバタバタと慌ただしい足音が聞こえるだけで、誰も入ってこない。
苛立ちを覚えながら、アルベルトは自らガウンを羽織り、廊下に出た。
「朝からなんだって言うんだ……」
廊下の奥、リオナの私室のドアが開け放たれているのが見えた。
何人かのメイドたちが、青ざめた顔で部屋の中を覗き込んでいる。
「どうしたんだ、お前たち。リオナの部屋の前で騒がしいぞ」
「あ、アルベルト様……!」
メイドたちが弾かれたように振り返り、道を開けた。
アルベルトは怪訝な顔でリオナの部屋に足を踏み入れ――そして、息を呑んだ。
何もない。
クローゼットの扉は開いたままで、彼女の質素なドレスが数着消えている。
机の上にあったはずの私物も、化粧台の上の銀のブラシも。
まるで、最初からそこに誰も住んでいなかったかのように、完璧に整頓された空の部屋だけがあった。
「どういうことだ……? リオナはどこに行った?」
「わ、わかりません……エマの姿も見えず……お荷物がいくつか、なくなっておりまして……」
メイドが震える声で答える。
アルベルトの心臓が、嫌な音を立ててドクンと跳ねた。
家出?
あの、感情を失った人形のように従順だったリオナが?
「執務室だ! あいつはいつも朝早くから仕事をしているはずだ!」
アルベルトは廊下を走り出し、一階の執務室へと向かった。
バンッ!と乱暴に扉を開け放つ。
静まり返った部屋。
書類の束が整然と積まれた机。
そして、その机のど真ん中に、ポツンと置かれているものがあった。
アルベルトはゆっくりと近づき、それに手を伸ばした。
冷たい銀の感触。
クラウゼ家の紋章が彫られた、蒼いサファイアの婚約指輪。
「……なんで……」
彼がそれを拾い上げた瞬間だった。
「旦那様!! アルベルト様!!」
廊下の奥から、家令のバルドが転がるようにして執務室に飛び込んできた。
彼の顔は紙のように白く、手には数枚の羊皮紙が握りしめられている。
「どうしたバルド! リオナがいないんだ! あいつ、どこに行ったか知らないか!?」
「そ、それどころではございません!!」
バルドは息も絶え絶えに叫んだ。
「王都の取引所から、緊急の通知です! 我がクラウゼ領の信用保証ランクが……先ほど、急激に低下いたしました!!」
あなたにおすすめの小説
夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた
今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。
レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。
不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。
レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。
それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し……
※短め
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした
カレイ
恋愛
「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」
それが両親の口癖でした。
ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。
ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。
ですから私決めました!
王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。
「あなたは強いから大丈夫よね」、無自覚に人生を奪う姉
恋せよ恋
恋愛
「セリーヌは強いから、一人でも大丈夫よね?」
婚約破棄され「可哀想なヒロイン」となった姉カトリーヌ。
無自覚で優しい姉を気遣う両親と『私の』婚約者クロード。
私の世界は反転した。
十歳から五年間、努力で守ってきた「次期後継者」の座も。
自分に誂えた「ドレス」も……。「婚約者」さえも……。
両親は微笑んで言う。
「姉様が傷ついているの強いお前が譲ってあげなさい」と。
泣いて縋れば誰かが助けてくれると思っているお姉様。
あとはお一人で頑張ってくださいませ。
私は、私を必要としてくれる場所へ――。
家族と婚約者を見限った、妹・セリーヌの物語。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
フランチェスカ王女の婿取り
わらびもち
恋愛
王女フランチェスカは近い将来、臣籍降下し女公爵となることが決まっている。
その婿として選ばれたのがヨーク公爵家子息のセレスタン。だがこの男、よりにもよってフランチェスカの侍女と不貞を働き、結婚後もその関係を続けようとする屑だった。
あることがきっかけでセレスタンの悍ましい計画を知ったフランチェスカは、不出来な婚約者と自分を裏切った侍女に鉄槌を下すべく動き出す……。
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
妹さんが婚約者の私より大切なのですね
はまみ
恋愛
私の婚約者、オリオン子爵令息様は、
妹のフローラ様をとても大切にされているの。
家族と仲の良いオリオン様は、きっととてもお優しいのだわ。
でも彼は、妹君のことばかり…
この頃、ずっとお会いできていないの。
☆お気に入りやエール、♥など、ありがとうございます!励みになります!
※本作品をAIの学習教材として使用することを禁じます。
※無断著作物利用禁止
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。