幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか

ラムネ

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第10話 空っぽの執務室

朝日が眩しく、アルベルトは不機嫌に眉をひそめて目を覚ました。

「う、頭が痛い……」

昨夜は遅くまで酒を飲み、結婚式の延期についてリオナに同意させた安堵感から、つい飲みすぎてしまったらしい。
だが、心は晴れやかだった。
面倒な交渉もせず、リオナはいつものように完璧な笑顔で『承知しました』と首を縦に振ってくれたのだから。

「やっぱり、あいつは話がわかる。僕にはミレーヌが必要だって、ちゃんと理解しているんだ」

アルベルトはベッドから起き上がり、乱れた金髪をかき上げた。

今日はミレーヌを連れて、王都で一番有名な仕立て屋に行く約束をしている。
式の延期で彼女が不安にならないよう、新しいドレスをプレゼントするつもりだ。
予算の稟議は、あとでリオナの机に置いておけば勝手に処理してくれるだろう。

「おい、誰かいないか! 着替えを頼む!」

声を上げたが、なぜか部屋の外からはバタバタと慌ただしい足音が聞こえるだけで、誰も入ってこない。
苛立ちを覚えながら、アルベルトは自らガウンを羽織り、廊下に出た。

「朝からなんだって言うんだ……」

廊下の奥、リオナの私室のドアが開け放たれているのが見えた。
何人かのメイドたちが、青ざめた顔で部屋の中を覗き込んでいる。

「どうしたんだ、お前たち。リオナの部屋の前で騒がしいぞ」

「あ、アルベルト様……!」

メイドたちが弾かれたように振り返り、道を開けた。
アルベルトは怪訝な顔でリオナの部屋に足を踏み入れ――そして、息を呑んだ。

何もない。

クローゼットの扉は開いたままで、彼女の質素なドレスが数着消えている。
机の上にあったはずの私物も、化粧台の上の銀のブラシも。
まるで、最初からそこに誰も住んでいなかったかのように、完璧に整頓された空の部屋だけがあった。

「どういうことだ……? リオナはどこに行った?」

「わ、わかりません……エマの姿も見えず……お荷物がいくつか、なくなっておりまして……」

メイドが震える声で答える。

アルベルトの心臓が、嫌な音を立ててドクンと跳ねた。
家出?
あの、感情を失った人形のように従順だったリオナが?

「執務室だ! あいつはいつも朝早くから仕事をしているはずだ!」

アルベルトは廊下を走り出し、一階の執務室へと向かった。
バンッ!と乱暴に扉を開け放つ。

静まり返った部屋。
書類の束が整然と積まれた机。
そして、その机のど真ん中に、ポツンと置かれているものがあった。

アルベルトはゆっくりと近づき、それに手を伸ばした。

冷たい銀の感触。
クラウゼ家の紋章が彫られた、蒼いサファイアの婚約指輪。

「……なんで……」

彼がそれを拾い上げた瞬間だった。

「旦那様!! アルベルト様!!」

廊下の奥から、家令のバルドが転がるようにして執務室に飛び込んできた。
彼の顔は紙のように白く、手には数枚の羊皮紙が握りしめられている。

「どうしたバルド! リオナがいないんだ! あいつ、どこに行ったか知らないか!?」

「そ、それどころではございません!!」

バルドは息も絶え絶えに叫んだ。

「王都の取引所から、緊急の通知です! 我がクラウゼ領の信用保証ランクが……先ほど、急激に低下いたしました!!」

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