幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか

ラムネ

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第13話 白夜回廊へ

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王都を出発して十日が過ぎた。
北へ向かうにつれ、窓から吹き込む風は芯から冷え切ったものへと変わっていく。

分厚い外套を羽織っていても、湿り気を帯びた冷気が肌を刺す。
ここはアルカディア王国の北端、巨大な山脈の間に開かれた唯一の交易路。
一年を通して深い霧と雪に閉ざされることから、『白夜回廊』と呼ばれる過酷な土地だ。

「リオナ様、見えてきました……あれが、白夜回廊の第一関所『霧門』です」

向かいの席で毛布に包まったエマが、窓の外を指さして震える声を出した。

馬車が大きく揺れ、泥の跳ねる音が響く。
視界を覆う白い霧の向こうに、巨大な石造りの城壁と、重厚な鉄の門がぼんやりと浮かび上がってきた。

だが、そこは私が想像していたような、厳格な国境の関所ではなかった。

「おい、この通行証は期限が切れてるぞ! 通りたければ、わかるな?」
「へへっ、これでどうか一つ、見逃してくだせえ」

馬車が門の前に停まると同時に、怒号と下品な笑い声が飛び込んできた。
窓から覗くと、何十台もの荷馬車が列をなし、その間で薄汚れた外套を着た商人たちと、怠惰な態度で剣を下げる衛兵たちが何やら交渉をしている。

商人たちが衛兵の手に小さな革袋を握らせると、衛兵はそれを懐にしまい込み、ロクに荷物の確認もせずに通行許可の印を押していた。

酒の匂いと、獣の糞尿の臭い、そして金貨が擦れ合う音が、霧の中で入り混じっている。

「……ひどい有様ですね」

私は手袋をはめ直し、カンテラを手にして馬車を降りた。
ぬかるんだ地面にブーツが沈み込む。

これが、白夜回廊の現実。
王都の監視の目が届かない辺境で、関所は完全に腐敗し、巨大な利権の巣窟と化していた。

「おいおい、なんだこのお嬢ちゃんは。ここは貴族の遊び場じゃねえぞ」

私が馬車から降りるのを見とがめた衛兵の一人が、下卑た笑いを浮かべて近づいてきた。
酒臭い息が吹きかかり、私はわずかに眉をひそめた。

「王立監査院からの派遣で参りました、監査補助官のリオナ・エーヴェルトです。責任者の方とお話を」

私が平坦な声で名乗ると、衛兵は鼻で笑った。

「監査院だァ? あんなお飾りの連中が、こんな辺境で何ができるってんだ。とっとと王都に帰りな!」

衛兵が私の肩を小突こうと手を伸ばしてきた、その時だった。

ザクッ!

「ひぃっ!?」

衛兵の足元、わずか数センチの泥土に、銀色に光る長剣が深々と突き刺さった。

「……監査院を愚弄する発言。および、公務執行の妨害。記録したぞ」

低く、ひどく冷たい声が霧の奥から響いた。

足音もなく現れたのは、漆黒の外套に身を包んだ大柄な男だった。
鋭い氷のような銀色の瞳と、無造作に伸びた黒髪。
その全身から放たれる威圧感は、周囲の喧騒を一瞬で凍りつかせるほどだった。

「れ、レオンハルト卿……っ!」

衛兵が顔面を蒼白にして後ずさる。
男――レオンハルトは、突き刺した剣を無造作に引き抜き、冷ややかな視線を私に向けた。

「監査補助官か。こんな辺境までご苦労なことだ」

彼の言葉には、明らかな侮蔑の色が混じっていた。

「俺は監察騎士のレオンハルト・フォン・アイゼンだ。ここは王都の温室とは違う。死にたくなければ、絶対に俺の足を引っ張るな」

私は彼の銀色の瞳を真っ直ぐに見返し、静かに頷いた。

「承知しました。規程に従い、職務を全ういたします」

私の動じない態度に、彼はわずかに目を細めた。
これが、私と彼の最初の出会いだった。

「……なら、ついてこい。初仕事だ。この関所を、今から差押える」

彼の短い言葉とともに、白夜回廊での苛烈な戦いが幕を開けた。
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