幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか

ラムネ

文字の大きさ
14 / 40

第14話 冷徹の意味

「さ、差押えだと!? ふざけるな、俺たちはただの通行人だぞ!」
「この荷が届けられなければ、商会が潰れちまうんだ!」

レオンハルトの宣告に、関所前に並んでいた商人たちから一斉に悲鳴と怒号が上がった。
衛兵たちも慌てふためき、剣の柄に手をかけて彼を取り囲む。

「レオンハルト卿! いくら監察騎士とはいえ、横暴すぎますぞ! 確たる証拠もないのに……!」

関所の責任者である恰幅の良い男が、額に汗を浮かべて抗議の声を上げた。
だが、レオンハルトは全く表情を変えない。

「証拠ならある」

彼は懐から数枚の書類を取り出し、責任者の顔に叩きつけた。

「過去三ヶ月間、この関所を通過した荷馬車の数と、王都に納められた関税の額が合っていない。さらに、偽造された通行証の流通ルートも既に割れている」

「そ、それは……単なる計算間違いで……!」

「言い訳は不要だ。これより関所を全面封鎖し、全ての荷と帳簿を監査する。逆らう者は国家反逆罪と見なし、斬る」

レオンハルトが腰の剣に手をかけると、冷たい殺気が周囲の空気をピリッと張り詰めさせた。
誰もが息を呑み、反論の言葉を飲み込む。

泣き叫ぶ商人。賄賂を受け取っていた衛兵の絶望した顔。
彼は、そのどちらにも一切の情をかけず、ただ淡々と法を執行していく。

……なるほど。これが『冷徹』と呼ばれる所以ですか。

私は小さく息を吐き、自分のカバンからインクと羊皮紙を取り出した。

「おい、何をしている」

レオンハルトが鋭い声を飛ばしてくる。

「差押えの手続きを進めています。レオンハルト卿の強制執行は正当なものですが、後日、商人たちから不当な損害賠償を請求される可能性があります」

私は足元の木箱を机代わりにし、素早い手つきで羽ペンを走らせた。

「現在の荷の状況、衛兵の配置、および没収した偽造通行証の目録を直ちに作成し、監査院の規定に基づく『一時保管の誓約書』を発行します。これにより、卿の行動は完全な合法性を持ち、反論の余地を潰すことができます」

私の説明を聞き、レオンハルトは少しだけ目を見開いた。

「……ずいぶんと、手回しがいいな」

「私は補助官ですから。あなたの剣が届かない法的な死角を、書類で埋めるのが私の役目です」

私は手を止めず、次々と書類を完成させていく。
商人たちの泣き声にも、衛兵の怨嗟の目にも、私は一切心を揺らさなかった。
ただの数字だ。ただの手続きだ。
クラウゼ領でやっていた泥臭い隠蔽工作に比べれば、真実を暴くこの作業は、驚くほど澄み切って感じられた。

一時間後。
関所の封鎖は完了し、膨大な帳簿の束が私の前に積み上げられた。

「……終わったな」

レオンハルトが剣を鞘に収め、私の傍らに立った。

「はい。これで初期対応の記録は完了です」

私が書類の束を差し出すと、彼はそれを受け取り、じっと私の顔を見た。

「君は、感情がないのか?」

唐突な問いに、私は首を傾げた。

「……と、申しますと?」

「商人たちが泣きすがっても、君の表情は微塵も動かなかった。普通の貴族の令嬢なら、怯えるか、あるいは同情して俺を止めるかするはずだ」

私は小さく息を吐き、静かに答えた。

「お気持ちで仕事はできません。私はただ、証拠と規程に従っただけです」

レオンハルトは私の目の奥を覗き込むように、じっと見つめてきた。
その視線は鋭く、まるで心の中を見透かされているようだった。

「……いい目だ」

彼がぽつりと呟く。

「え?」

「君の目は、嘘を嫌う目をしている。口では理屈を並べているが、本質は違うな。……まあいい、当分は俺の側で働いてもらう」

彼は踵を返し、足早に歩き去っていく。
私はその広い背中を見送りながら、少しだけ戸惑いを覚えていた。

テントの中に戻り、押収された帳簿の束に目を通し始めた時だった。
数ある取引記録の中に、見覚えのある領地の名前を見つけた。

『クラウゼ領』

その文字を見た瞬間、私の指先がピタリと止まる。

なぜ、こんな辺境の関所の帳簿に、彼の領地の名前が載っているのか。
私は眉をひそめ、そのページを深く読み込み始めた。

あなたにおすすめの小説

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

「あなたは強いから大丈夫よね」、無自覚に人生を奪う姉

恋せよ恋
恋愛
「セリーヌは強いから、一人でも大丈夫よね?」 婚約破棄され「可哀想なヒロイン」となった姉カトリーヌ。 無自覚で優しい姉を気遣う両親と『私の』婚約者クロード。 私の世界は反転した。 十歳から五年間、努力で守ってきた「次期後継者」の座も。 自分に誂えた「ドレス」も……。「婚約者」さえも……。 両親は微笑んで言う。 「姉様が傷ついているの強いお前が譲ってあげなさい」と。 泣いて縋れば誰かが助けてくれると思っているお姉様。 あとはお一人で頑張ってくださいませ。 私は、私を必要としてくれる場所へ――。 家族と婚約者を見限った、妹・セリーヌの物語。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち
恋愛
王女フランチェスカは近い将来、臣籍降下し女公爵となることが決まっている。 その婿として選ばれたのがヨーク公爵家子息のセレスタン。だがこの男、よりにもよってフランチェスカの侍女と不貞を働き、結婚後もその関係を続けようとする屑だった。 あることがきっかけでセレスタンの悍ましい計画を知ったフランチェスカは、不出来な婚約者と自分を裏切った侍女に鉄槌を下すべく動き出す……。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

妹さんが婚約者の私より大切なのですね

はまみ
恋愛
私の婚約者、オリオン子爵令息様は、 妹のフローラ様をとても大切にされているの。 家族と仲の良いオリオン様は、きっととてもお優しいのだわ。 でも彼は、妹君のことばかり… この頃、ずっとお会いできていないの。 ☆お気に入りやエール、♥など、ありがとうございます!励みになります! ※本作品をAIの学習教材として使用することを禁じます。 ※無断著作物利用禁止

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。