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第19話 雪の町の居場所
白夜回廊の中央広場に近い、古びた集会所。
私は黒板の前に立ち、チョークの粉で白くなった手をエプロンで拭った。
「……ですから、ここの支出の項目には、関所で支払った正規の税額だけを記入します。裏金として取られていた分は『特別損失』として分けて記録してください」
「なるほど……そういうことか! いやぁ、頭がこんがらがっちまってたんだが、リオナ様の説明はすげえわかりやすいや!」
集会所に集まった十数人の商人や町民たちが、一斉に感嘆の声を上げる。
ここは、私が休日の時間を利用して始めた『会計教室』だった。
関所の不正が暴かれ、多くの商人が過去の帳簿の修正に追われていた。
正しい税務申告をしなければ、彼らは次回の交易で監査院から罰則を受けてしまうからだ。
「リオナ様。休憩にしましょう。これ、うちの婆さんが焼いた林檎のタルトです。甘くて温かいですよ」
若い行商人の青年が、湯気を立てる小さな包みを恥ずかしそうに差し出してきた。
周囲の大人たちも、温かいお茶や毛布を次々と私の机に運んでくる。
「ありがとうございます。でも、私はただ、監査院の規定をお教えしているだけで……」
「いいえ! リオナ様が来てから、この雪ばかりの町に希望が見えたんです。あんたは俺たちの恩人だよ」
ギードが力強く頷き、みんながそれに同意するように笑った。
胸の奥に、ほんのりと温かいものが広がるのを感じた。
クラウゼ領にいた頃、私がどれだけ完璧に帳簿を仕上げても、誰からも感謝されることはなかった。
『君は強いから、やって当然だ』
そう言われ、暗い執務室でただ一人、頭痛に耐えながら数字と格闘していた日々。
でも、ここは違う。
私の知識が、誰かの生活を直接助け、笑顔を生み出している。
私は初めて、自分の手で『居場所』を見つけたのだと実感していた。
♦︎♦︎♦︎
その温かい空気が、一瞬にして凍りついたのは、扉が乱暴に開かれた時だった。
「……俗世の欲望にまみれた、嘆かわしい光景ですね」
冷たく、よく響く女の声。
入り口に立っていたのは、純白の修道服に身を包んだ数人の尼僧たちだった。
その中央に立つ、ひと際豪華な銀糸の刺繍が施された修道服の女――マグダ修道院長が、軽蔑の眼差しで集会所を見渡している。
「修道院長様……」
商人たちが怯えたように立ち上がり、道を譲る。
「神の試練により、この町は不正の罪に穢れました。あなた方商人は、欲に駆られて衛兵に賄賂を渡し、清らかな法を破ったのです」
マグダはゆっくりと歩みを進め、私の目の前で立ち止まった。
彼女から漂うのは、祈りの香りではなく、極めて高価な乳香の匂いだ。
「罪を雪ぎ、魂の救済を得るためには、相応の対価が必要です。さあ、迷える子羊たちよ。教会への『寄付』という形で、その不浄な富を手放しなさい」
マグダの背後に控えていた尼僧たちが、大きな金属製の集金箱を商人たちの前に突き出した。
「そ、そんな……関所が止まっていたせいで、俺たちは明日のパンを買う金すらギリギリなんだ! これ以上持っていかれたら、家族が死んじまう!」
ギードが悲痛な声を上げるが、マグダは冷ややかな微笑を崩さない。
「神への信仰が足りないのですね。寄付を拒む者は、異端として王都の教会本部に報告せざるを得ません。交易の許可証も、神の加護がなければどうなることか……」
明確な脅迫だった。
信仰と権威を盾にした、悪辣な搾取。
私は小さく息を吸い込み、黒板の前に立ってマグダを真っ直ぐに見据えた。
――神の代理人を名乗る女が、冷たい目で見下ろしていた。
私は黒板の前に立ち、チョークの粉で白くなった手をエプロンで拭った。
「……ですから、ここの支出の項目には、関所で支払った正規の税額だけを記入します。裏金として取られていた分は『特別損失』として分けて記録してください」
「なるほど……そういうことか! いやぁ、頭がこんがらがっちまってたんだが、リオナ様の説明はすげえわかりやすいや!」
集会所に集まった十数人の商人や町民たちが、一斉に感嘆の声を上げる。
ここは、私が休日の時間を利用して始めた『会計教室』だった。
関所の不正が暴かれ、多くの商人が過去の帳簿の修正に追われていた。
正しい税務申告をしなければ、彼らは次回の交易で監査院から罰則を受けてしまうからだ。
「リオナ様。休憩にしましょう。これ、うちの婆さんが焼いた林檎のタルトです。甘くて温かいですよ」
若い行商人の青年が、湯気を立てる小さな包みを恥ずかしそうに差し出してきた。
周囲の大人たちも、温かいお茶や毛布を次々と私の机に運んでくる。
「ありがとうございます。でも、私はただ、監査院の規定をお教えしているだけで……」
「いいえ! リオナ様が来てから、この雪ばかりの町に希望が見えたんです。あんたは俺たちの恩人だよ」
ギードが力強く頷き、みんながそれに同意するように笑った。
胸の奥に、ほんのりと温かいものが広がるのを感じた。
クラウゼ領にいた頃、私がどれだけ完璧に帳簿を仕上げても、誰からも感謝されることはなかった。
『君は強いから、やって当然だ』
そう言われ、暗い執務室でただ一人、頭痛に耐えながら数字と格闘していた日々。
でも、ここは違う。
私の知識が、誰かの生活を直接助け、笑顔を生み出している。
私は初めて、自分の手で『居場所』を見つけたのだと実感していた。
♦︎♦︎♦︎
その温かい空気が、一瞬にして凍りついたのは、扉が乱暴に開かれた時だった。
「……俗世の欲望にまみれた、嘆かわしい光景ですね」
冷たく、よく響く女の声。
入り口に立っていたのは、純白の修道服に身を包んだ数人の尼僧たちだった。
その中央に立つ、ひと際豪華な銀糸の刺繍が施された修道服の女――マグダ修道院長が、軽蔑の眼差しで集会所を見渡している。
「修道院長様……」
商人たちが怯えたように立ち上がり、道を譲る。
「神の試練により、この町は不正の罪に穢れました。あなた方商人は、欲に駆られて衛兵に賄賂を渡し、清らかな法を破ったのです」
マグダはゆっくりと歩みを進め、私の目の前で立ち止まった。
彼女から漂うのは、祈りの香りではなく、極めて高価な乳香の匂いだ。
「罪を雪ぎ、魂の救済を得るためには、相応の対価が必要です。さあ、迷える子羊たちよ。教会への『寄付』という形で、その不浄な富を手放しなさい」
マグダの背後に控えていた尼僧たちが、大きな金属製の集金箱を商人たちの前に突き出した。
「そ、そんな……関所が止まっていたせいで、俺たちは明日のパンを買う金すらギリギリなんだ! これ以上持っていかれたら、家族が死んじまう!」
ギードが悲痛な声を上げるが、マグダは冷ややかな微笑を崩さない。
「神への信仰が足りないのですね。寄付を拒む者は、異端として王都の教会本部に報告せざるを得ません。交易の許可証も、神の加護がなければどうなることか……」
明確な脅迫だった。
信仰と権威を盾にした、悪辣な搾取。
私は小さく息を吸い込み、黒板の前に立ってマグダを真っ直ぐに見据えた。
――神の代理人を名乗る女が、冷たい目で見下ろしていた。
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