幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか

ラムネ

文字の大きさ
33 / 40

第33話 逃げ道を塞ぐ

静まり返った大講堂に、私の冷静な声だけが響き渡っていた。

「……以上が、監査院の解析によって復元された、魔導台帳および王都中央銀行の送金記録のすべてです」

証言台の上に、分厚い書類の束をトン、と揃えて置く。
紙が擦れる小さな音が、今のこの空間ではひどく大きく聞こえた。

「嘘よ……こんなの、何かの間違いだわ!」

ミレーヌが床にへたり込んだまま、甲高い悲鳴を上げた。
彼女の顔は蒼白になり、今まで完璧に貼り付けていた『可哀想な令嬢』の仮面が、音を立ててひび割れていく。

「私、何も知らないって言ってるじゃない! お義父様が勝手にやったのよ! そうよ、侯爵様が私に罪をなすりつけるために、私の名前を使ったんだわ!」

「なっ……! 貴様、恩知らずなことを!」

侯爵が顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
今まで結託して甘い汁を吸っていた者たちが、己の身を守るために醜く噛み合い始めた。

私はその様子を、ただ冷え切った目で観察していた。

「……責任の所在については、すでに監査院が実働部隊を動かしています」

私が淡々と告げると、彼らの動きがピタリと止まった。

「証拠が確定した時点で、白夜回廊の霧門は完全に監査院の管理下に置かれ、関連する偽装口座はすべて凍結されました。あなた方がこれ以上、不正な資金を動かすことは不可能です」

逃げ道は、もうどこにもない。
私が白夜回廊でギード商会をはじめとする商人たちと協力し、関所利権の差押えを執行したあの日の手続きが、ここで最大の効力を発揮していた。

「う、嘘だ……僕の領地が、僕の家が……」

アルベルトが頭を抱え、その場に崩れ落ちる。
彼はまだ、自分が何をしてしまったのか、そしてミレーヌがどんな女だったのかを、受け止めきれていないようだった。

「……黙りなさい!」

不意に、マグダ修道院長が鋭い声を上げた。
彼女は銀糸の刺繍が施された修道服を翻し、証言台の私を睨みつける。

「たかが関所の口座を凍結した程度で、教会の権威が揺らぐとでも? 私は王都の教会本部から正式に認められた修道院長です! このようなでっち上げの証拠で私を裁くなど、神が許しません!」

マグダはまだ、自分の背後にある巨大な組織の力で、この場をひっくり返せると思っている。
観覧席に座る高位の聖職者たちも、彼女を庇うように立ち上がりかけていた。
教会の内部調査に監査院が介入することは、彼らにとっても不都合なのだ。

「……監査院よ。これ以上の審議は、教会の独立性を侵す恐れがある。この件は我々が引き取ろう」

観覧席の最前列にいた枢機卿の一人が、重々しい声で宣言した。

その言葉に、マグダの顔に醜い笑みが浮かぶ。
どれほど決定的な証拠を突きつけても、彼らはこうして権力でもみ消してきたのだろう。

だが、私は決して揺るがない。
背後に立つレオンハルト卿の静かな息遣いが、私に勇気を与えてくれていた。

「……教会の独立性、ですか」

私は持っていたもう一つの書類――白夜回廊から持ち帰った、修道院の『裏帳簿』を高く掲げた。

「では、神の御名のもとで行われていた『真の救済』について、ここで明確に開示していただきましょう」

あなたにおすすめの小説

夫の妹に財産を勝手に使われているらしいので、第三王子に全財産を寄付してみた

今川幸乃
恋愛
ローザン公爵家の跡継ぎオリバーの元に嫁いだレイラは若くして父が死んだため、実家の財産をすでにある程度相続していた。 レイラとオリバーは穏やかな新婚生活を送っていたが、なぜかオリバーは妹のエミリーが欲しがるものを何でも買ってあげている。 不審に思ったレイラが調べてみると、何とオリバーはレイラの財産を勝手に売り払ってそのお金でエミリーの欲しいものを買っていた。 レイラは実家を継いだ兄に相談し、自分に敵対する者には容赦しない”冷血王子”と恐れられるクルス第三王子に全財産を寄付することにする。 それでもオリバーはレイラの財産でエミリーに物を買い与え続けたが、自分に寄付された財産を勝手に売り払われたクルスは激怒し…… ※短め

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

「あなたは強いから大丈夫よね」、無自覚に人生を奪う姉

恋せよ恋
恋愛
「セリーヌは強いから、一人でも大丈夫よね?」 婚約破棄され「可哀想なヒロイン」となった姉カトリーヌ。 無自覚で優しい姉を気遣う両親と『私の』婚約者クロード。 私の世界は反転した。 十歳から五年間、努力で守ってきた「次期後継者」の座も。 自分に誂えた「ドレス」も……。「婚約者」さえも……。 両親は微笑んで言う。 「姉様が傷ついているの強いお前が譲ってあげなさい」と。 泣いて縋れば誰かが助けてくれると思っているお姉様。 あとはお一人で頑張ってくださいませ。 私は、私を必要としてくれる場所へ――。 家族と婚約者を見限った、妹・セリーヌの物語。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち
恋愛
王女フランチェスカは近い将来、臣籍降下し女公爵となることが決まっている。 その婿として選ばれたのがヨーク公爵家子息のセレスタン。だがこの男、よりにもよってフランチェスカの侍女と不貞を働き、結婚後もその関係を続けようとする屑だった。 あることがきっかけでセレスタンの悍ましい計画を知ったフランチェスカは、不出来な婚約者と自分を裏切った侍女に鉄槌を下すべく動き出す……。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

妹さんが婚約者の私より大切なのですね

はまみ
恋愛
私の婚約者、オリオン子爵令息様は、 妹のフローラ様をとても大切にされているの。 家族と仲の良いオリオン様は、きっととてもお優しいのだわ。 でも彼は、妹君のことばかり… この頃、ずっとお会いできていないの。 ☆お気に入りやエール、♥など、ありがとうございます!励みになります! ※本作品をAIの学習教材として使用することを禁じます。 ※無断著作物利用禁止

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。