幼馴染最優先の婚約者に愛想が尽きたので、笑って家出しました ― 笑顔で去っただけなのに、なぜ泣いているのですか

ラムネ

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第39話 白夜回廊の春

季節が巡り、白夜回廊を覆っていた分厚い雪が溶け始めた頃。

冷たい風の中にも、ほんのりと土の匂いと、春の訪れを告げる柔らかな暖かさが混じるようになっていた。
中央広場は、かつてないほどの活気に満ち溢れている。

「おい、そこ! 荷馬車の通り道を開けろ!」
「新鮮な南の果実が入ったぞ! 関税を払ってもお釣りがくる安さだ!」

商人たちの威勢のいい声が、雪解け水が流れる水路の音に混じって響き渡る。

「リオナ先生! 今日の帳簿、これで合ってますか!?」

仮設だった執務室は、今や立派な『白夜回廊会計学校』の看板を掲げた建物に生まれ変わっていた。
私は教卓に立ち、商人や若い見習いたちが書き込んだ帳票を、一枚一枚丁寧に確認していく。

「はい、完璧ですね。これなら監査院の抜き打ち検査が来ても、堂々と胸を張れますよ」

私が赤インクで合格の印をつけると、見習いの少年が「やった!」と飛び跳ねて喜んだ。

関所利権の不正が完全に一掃され、透明な関税制度が確立されたことで、白夜回廊の血流は完全に正常化した。
賄賂を払う必要がなくなった商人たちは正当な利益を得られるようになり、町には新しい宿屋や商店が次々と建ち始めている。
私の会計教室は監査院公認の制度となり、今ではこの辺境の経済を支える重要な基盤となっていた。

「リオナ様、少し休憩にしませんか? お茶を淹れましたよ」

エマが、湯気を立てるハーブティーを運んできてくれた。
彼女もすっかりこの町に馴染み、明るい笑顔を取り戻している。

「ありがとう、エマ」

カップを受け取り、窓の外を眺める。
眩しい春の陽射しの中、広場の隅で衛兵たちに指示を出しているレオンハルトの姿が見えた。

漆黒の外套はそのままに、彼は相変わらず厳格な態度で仕事をしている。
だが、彼が町民たちから向けられる視線には、かつての恐怖は微塵もない。
誰もが彼を、この町を守る絶対的な正義の騎士として、深い信頼と尊敬の念を持って見つめていた。

「レオンハルト様、最近なんだか少し落ち着かないご様子ですね」

エマが、窓の外の彼を見ながらクスクスと笑った。

「そう? いつも通りに見えるけれど」

「いいえ。リオナ様のことを見つめる時の目が、なんだかこう……思い詰めているというか、覚悟を決めているというか」

エマのからかうような言葉に、私は思わず頬が熱くなるのを感じた。

あの日、馬車の中で互いの気持ちを確認し合ってから、私たちは間違いなく『相棒』以上の関係になっていた。
休日は一緒に市場を歩き、夜は温かいスープを飲みながらとりとめのない話をする。
手をつなぐことや、彼が私の髪にそっと触れることも、自然なことになっていた。

でも、明確な言葉で『恋人』や『家族』になる約束は、まだ交わしていない。

彼は私の意思を何よりも尊重してくれる。
だからこそ、私から逃げ道を奪うような決定的な言葉を、ずっと飲み込んでくれているのだと思っていた。

「……そろそろ、私から踏み込むべきなのでしょうか」

「ふふっ。私は、レオンハルト様がちゃんと決めてくださると思いますよ」

エマの言葉を裏付けるように。
広場での仕事を終えたレオンハルトが、真っ直ぐにこの教室へと向かって歩いてくるのが見えた。

彼の銀色の瞳が、窓越しの私を捉える。
春の陽射しよりも熱いその視線に、私の胸の奥が甘く、激しく高鳴り始めていた。

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