『公爵令嬢の優雅な復讐』

ラムネ

文字の大きさ
6 / 20

第六話:ローズヒップ

「痛いっ……! もう、なんなのよこれ!」

王宮の薄暗い化粧室に、ミナの悲鳴が響き渡った。 彼女は手鏡を覗き込みながら、指先で唇の端を触れようとして、激痛に顔を歪めた。 口角が切れている。いわゆる口角炎だ。 さらに、鏡に映る自分の顔をよく見れば、かつて自慢だったピンクブロンドの髪は艶を失ってパサつき、頬には吹き出物がいくつもできている。目の下には、化粧でも隠しきれない濃い隈が刻まれていた。

「あーもう! ファンデーションのノリも最悪! なんでこんなにカサカサなのよ!」

ミナは苛立ちに任せて、パフを鏡台に叩きつけた。 粉が舞い上がり、咳き込む。 その咳でさえ、喉がイガイガとして痛い。

原因は明白だった。 ここ数週間、王宮の食卓から「新鮮な野菜」と「果物」が完全に消え失せたからだ。

ハイゼンベルク商会による物流封鎖は、徹底的かつ慈悲がなかった。 保存のきく穀物や塩漬け肉は、備蓄倉庫の奥底からかろうじて発掘された(ネズミの齧り跡がある部分を削り取った)ものを使っているが、鮮度が命の青果物はどうにもならない。 王都の市場に行けば、色鮮やかな野菜やフルーツが溢れているというのに、王宮の門を一歩入った瞬間に、それらは「入手不可能な伝説の食材」と化すのだ。

「ビタミン……ビタミンが足りないのよぉ……」

ミナはうめき声を上げた。 彼女の身体は、深刻な栄養失調――カロリーだけは黒パンと保存食で摂取しているため太っているが、必須栄養素が欠落している状態――に陥っていた。 美容の天敵である。

「ミナ様、お時間でございます」

扉の向こうから、侍女の投げやりな声がした。 今日は、隣国アークライト帝国のジークフリート皇太子を歓迎するための公式晩餐会が開かれることになっていた。 アルフォンスが、「なんとしても帝国の機嫌を取り、援助を引き出す」と息巻き、王宮に残る最後の金目のもの(歴代王の肖像画の額縁や、銀の燭台など)を売り払って資金を捻出した、起死回生の夜会だ。

「わかってるわよ! 今出るわ!」

ミナは立ち上がろうとして、ふらついた。 身体が重い。物理的にも、気分的にも。

「……ドレス。ドレスを着なきゃ」

彼女は衣装部屋へと向かった。 そこには、今日の夜会のために特別に発注していたはずの、最高級シルクのドレスが……あるはずだった。

しかし、部屋の中央にあるトルソーは、裸のままだった。

「は? ちょっと、どういうこと?」

ミナは廊下を走っていた侍女を捕まえた。

「ねえ! 私の新しいドレスは!? 『妖精の羽のように軽くて、薔薇のように赤いドレス』を注文してたでしょ!」

侍女は、まるで汚いものを見るような目でミナの手を振り払った。

「届いておりません」

「なんでよ!」

「仕立て屋からの伝言がございます。『ご注文いただいた最高級シルクは、ハイゼンベルク商会からの卸が停止したため、入手不可能となりました。つきましては、制作を中止させていただきます』……だそうです」

「そ、そんな……! じゃあ、代わりの生地で作ればいいじゃない!」

「『代わりの粗悪な生地で当店のブランドタグを付けたものを作れば、店の信用に関わる』とのことで、注文自体がキャンセルされました」

「キーッ! なんなのよあいつら! 私が王子の婚約者だってわかってるの!?」

ミナは地団駄を踏んだ。 しかし、現実は変わらない。 今夜の主役(のパートナー)であるはずの自分が着るドレスがないのだ。

「ど、どうすればいいの……。このままじゃ、パジャマで出るしかないじゃない……」

ミナは衣装部屋の中を見渡した。 そこにあるのは、先日無理やり着ようとして背中が裂けたドレスや、泥汚れが落ちきっていない薄汚れたドレス、あるいは流行遅れのカビ臭い古着ばかり。

「……これしかない」

彼女の視線が止まったのは、部屋の隅に打ち捨てられていた、一着の既製服だった。 それは、以前アルフォンスが「市民への親近感アピール」のためにと、街のブティックで適当に買ってきた、安っぽいポリエステルのドレスだった。色は派手なショッキングピンク。 サイズは……当時のミナに合わせて買った「9号」だ。

今のミナの体型は、ストレス過食により明らかに「11号」いや「13号」に近づいている。

「……着るしかないわ。私が一番可愛く見えるのはピンクだもの」

ミナはそのドレスを鷲掴みにした。 生地はゴワゴワとして伸縮性がない。 それでも、これしか選択肢がないのだ。

「おい、手伝え!」

ミナは侍女に命じた。 侍女は露骨に嫌な顔をしたが、ここで逆らってヒステリーを起こされるよりはマシだと判断したのか、無言でコルセットの紐を手に取った。

「もっと! もっと締め上げて!」

「これ以上は無理でございます。骨が折れます」

「折れてもいいのよ! ウエストが入らなきゃ意味がないじゃない!」

ギリギリ、ミチミチミチ……。 不穏な音が響く。 ミナの贅肉が、コルセットによって無理やり移動させられ、胸元と背中に盛り上がる。 呼吸が浅くなり、顔色が紫色になる。

「ぐっ、くうっ……! よ、よし、ファスナーを……!」

侍女が背中のファスナーを力任せに引き上げる。 ジジジ……ジジッ……ガリッ。 金属が悲鳴を上げ、なんとか一番上まで閉まった。

「ふぅ……ふぅ……」

ミナは鏡を見た。 そこに映っていたのは、ソーセージのようにパッツンパッツンになったピンクの塊だった。 生地が伸びきって光沢を失い、縫い目が今にも弾け飛びそうに広がっている。 背中の肉がドレスの上に乗っかり、胸元も押し潰されて苦しそうだ。

「……か、完璧よ」

ミナは自分に言い聞かせた。

「ちょっとタイトだけど、これくらいの方がセクシーだわ。それに、このショッキングピンクなら、会場の誰よりも目立つはずよ」

彼女は震える手で、厚化粧をさらに塗り重ねた。 肌荒れを隠すためにコンシーラーを叩き込み、ひび割れた唇には真っ赤なルージュを引く。 まるで、ひび割れた壁にペンキを塗るような作業だ。

「よし、行くわよ。アルフォンス様が待ってるわ」

ミナは引きつった笑顔を作り、衣装部屋を出た。 一歩歩くたびに、ドレスの縫い目が悲鳴を上げるのを無視して。

          ***

夜会の会場となる大広間。 かつては数千本の蝋燭が灯り、黄金のように輝いていた場所だが、今はその光量も三分の一以下だった。 蝋燭代を節約するために、間引いて点灯しているからだ。 薄暗い会場は、どこか陰気で、まるでお化け屋敷のような雰囲気を醸し出している。

集まった招待客も、悲惨だった。 有力な貴族たちは皆、「体調不良」や「領地の視察」を理由に欠席。 代わりに集められたのは、アルフォンスに媚びを売って利権を得ようとする下級貴族や、成金の商人、そして「タダ飯」にありつこうとする怪しげな自称芸術家たちだった。

「……おい、なんだこの料理は」 「乾パンに、オイルサーディン? これだけか?」 「ワインも酸っぱいぞ。酢になりかけてるんじゃないか?」

客たちは口々に不満を漏らしている。 アルフォンスは、引きつった笑顔で会場を回っていた。 彼もまた、襟元の汚れた正装(クリーニングから戻ってこないため、自分で手洗いして生乾きのまま着ている)に身を包んでいる。

「あ、アルフォンス様ぁ!」

そこへ、ショッキングピンクの塊が突進してきた。 ミナだ。

「うわっ!」

アルフォンスは思わず後ずさりした。 遠目に見ても、その姿は異様だった。 まるで、包装紙を破りかけている巨大なハムのようだ。

「ど、どうしたんだミナ、その格好は……」

「どうしたもこうしたもないわよ! ドレスが届かなかったの! でも、これなら目立つでしょ?」

ミナはポーズを取ったが、その瞬間、ミシッという音がして、脇の下の縫い目が少し裂けた。

「……目立つのは確かだが……」

アルフォンスは頭を抱えたくなった。 これから、世界で最も洗練された帝国皇太子を迎えるのだ。 その隣に、このハムのような婚約者を並べるのか? 国の恥を世界に発信するようなものではないか。

「そろそろ、ジークフリート殿下の到着だぞ。……頼むから、おとなしくしていてくれよ」

「わかってるわよ! 私、殿下に気に入られてみせるんだから!」

ミナは鼻息を荒くした。 その時、入り口の衛兵(唯一残った老兵)が、声を張り上げた。

「アークライト帝国皇太子、ジークフリート・フォン・アークライト殿下! ならびに……」

衛兵が一瞬、言葉に詰まった。 そして、信じられないものを見るような目で、その名前を告げた。

「……ならびに、ハイゼンベルク公爵令嬢、セレスティア様、ご入場!」

会場が静まり返った。 セレスティア? 婚約破棄され、王家と敵対しているはずの彼女が、なぜ帝国の皇太子と共に?

重厚な扉が開く。 そこには、神話の一場面のような光景があった。

漆黒の正装に身を包んだジークフリート。その圧倒的な威圧感と美貌は、薄暗い会場を一瞬で制圧した。 そして、彼のエスコートを受けて現れたセレスティア。

「……ぁ……」

ミナの口から、間の抜けた声が漏れた。

今日のセレスティアは、まさに「夜の女王」だった。 深いミッドナイトブルーのドレス。 その生地は、見る角度によって星空のように煌めく、特殊な織りが施された最高級シルクだ。 デコルテを大胆に見せつつも、決して品位を損なわない絶妙なカッティング。 白く透き通るような肌は、内側から発光しているかのように潤い、ビタミン不足でカサつくミナとは雲泥の差だ。

そして何より、彼女の表情。 アルフォンスの隣にいた時の、あの冷徹な鉄仮面のような顔ではない。 ジークフリートを見上げ、柔らかく微笑むその顔は、幸福と自信に満ち溢れていた。

「……美しい」 「女神のようだ……」 「やはり、セレスティア様こそが真の華だ」

会場の客たちから、ため息のような称賛が漏れる。 彼らは一斉に道を空け、二人のために花道を作った。

ジークフリートとセレスティアは、優雅な足取りでアルフォンスたちの前まで進み出た。

「招待感謝する、アルフォンス王子」

ジークフリートの声は冷ややかだった。

「……だが、ずいぶんと質素な歓迎だな。照明も暗いし、料理も……これは、保存食の品評会か何かか?」

「くっ……! ご、誤解だ! これは、その……『古き良き質実剛健』をテーマにした……」

アルフォンスが苦しい言い訳をする。 セレスティアは、扇子で口元を隠してクスクスと笑った。

「あら、質実剛健。素晴らしいテーマですこと。……でも、栄養バランスには気をつけませんと。ビタミンが不足すると、判断力も鈍りますわよ?」

その視線が、ミナに向けられる。

「……ミナ様。そのドレス、とても……独創的ですわね」

「な、なによ!」

ミナは噛みつこうとしたが、セレスティアの輝くような美しさを前にして、言葉が詰まった。 自分のドレスのみすぼらしさ、肌の汚さ、体型の崩れ。 すべてが残酷なほどに対比されていた。

「そのお色、お肌の荒れを余計に目立たせてしまいますわ。ローズヒップティーなどを召し上がってはいかが? ビタミンCが豊富で、美肌効果がございますのよ」

セレスティアの言葉は、完璧な「善意」の仮面を被っていたが、その実、ミナのコンプレックスを的確にえぐる毒針だった。

「わ、私はこれが好きなの! あんたなんかに……!」

「そうですか。……ああ、それと。背中のファスナー、悲鳴を上げておりますわよ?」

「えっ?」

ミナが慌てて背中に手を回そうとした、その時だった。

ブチィィィッ!!

乾いた破裂音が、静まり返った会場に響き渡った。 限界を迎えていたファスナーが弾け飛び、ドレスの背中が大きく裂けたのだ。 そして、締め上げられていた贅肉が、解放感と共にボヨンと溢れ出した。 下に着ていた、黄ばんだ矯正下着が丸見えになる。

「きゃあああああっ!!」

ミナは悲鳴を上げて、背中を隠そうとその場にしゃがみ込んだ。 しかし、しゃがんだ拍子に、今度はタイトスカートのヒップ部分が、ビリビリッ! と音を立てて裂けた。

「あっ……!」

会場中の視線が、ミナの無惨な姿に釘付けになる。 ショッキングピンクの布切れから溢れ出る、白い脂肪と古びた下着。 それは、あまりにも滑稽で、あまりにも惨めな光景だった。

「プッ……」 「見ろよあれ……」 「ハムが破裂したぞ」

誰かが吹き出し、それがさざ波のように会場全体に広がった。 嘲笑。 侮蔑の笑い。 今までミナを「可愛い」と持ち上げていた男たちも、今は汚いものを見るような目で指差して笑っている。

「ち、違う! 見ないで! 見ないでよぉぉぉ!」

ミナは顔を覆って泣き叫んだ。 涙で化粧が崩れ、顔はドロドロのピエロのようになる。

アルフォンスは、顔を真っ青にして立ち尽くしていた。 助け起こそうにも、あまりの恥ずかしさに体が動かない。 これが、僕の選んだヒロインなのか? この醜態を晒している女が?

「……ふん。興が削がれたな」

ジークフリートが、つまらなそうに吐き捨てた。

「セレスティア。こんなお遊戯会には付き合いきれない。帰ろうか」

「ええ、殿下。……空気も悪いですし、お肌に障りますわ」

セレスティアは、ミナに一瞥もくれず、ジークフリートの腕に手を添えた。 二人は踵を返し、出口へと向かう。

その背中は、あまりにも遠く、高く、そして輝いていた。

「ま、待って! ジークフリート殿下! 援助の話は……!」

アルフォンスが追いすがろうとしたが、ジークフリートは振り返りもしない。

「援助? ……ああ、そういえば。君たちに一つ、プレゼントを用意していた」

ジークフリートは歩きながら、肩越しに指を鳴らした。 従者が進み出て、アルフォンスの足元に一つの木箱を置いた。

「開けてみたまえ」

アルフォンスは震える手で箱を開けた。 中に入っていたのは、乾燥した赤い実――ローズヒップの茶葉だった。

「そちらの令嬢の肌荒れが治るように、というセレスティアからの慈悲だ。……もっとも、心の醜さまでは治せないだろうがな」

ジークフリートの高笑いが響き、二人は扉の向こうへと消えていった。

残されたのは、破けたドレスで泣きじゃくるミナと、ローズヒップの箱を抱えて呆然とするアルフォンス、そして遠慮のない嘲笑の渦だけだった。

「……くそっ……くそぉぉぉぉっ!!」

アルフォンスは箱を床に叩きつけた。 赤い実が散らばり、床を転がる。 それはまるで、彼らのこぼれ落ちた血の涙のように見えた。

          ***

翌朝。 ミナは自室のベッドで、毛布にくるまって震えていた。 昨夜の恥辱がフラッシュバックし、外に出ることができない。 ドレスは破れ、プライドはズタズタに引き裂かれた。

「お腹すいた……」

空腹が襲ってくる。 しかし、食堂に行っても硬いパンしかないことはわかっている。 サイドテーブルには、昨夜持ち帰らされたローズヒップの茶葉が置かれていた。

「……ビタミンC、か」

ミナはふらふらと起き上がり、冷めたお湯が入ったポットに茶葉を入れた。 十分に抽出されず、薄いピンク色になった酸っぱい液体。 それを一口飲む。

「……酸っぱい」

口の中に広がる強烈な酸味。 それは、今の彼女の人生そのものの味だった。

「美味しくない……全然、甘くないよぉ……」

ミナはカップを握りしめ、ボロボロと涙を流した。 甘いお菓子も、優しい王子様も、綺麗なドレスも、もうどこにもない。 あるのは、この酸っぱくて不味いお茶と、鏡に映る醜い自分だけ。

一方、ハイゼンベルク邸では、セレスティアが朝の優雅なひとときを過ごしていた。

「昨夜はお疲れ様でした、お嬢様」

「ええ。……でも、少し可哀想だったかしら? あそこまで派手に破けるとは思いませんでしたわ」

セレスティアは、ローズヒップティーにたっぷりと蜂蜜を溶かしながら微笑んだ。 鮮やかな赤色のお茶は、甘く、香り高く、美容にも心にも良い最高の一杯だ。

「素材が悪ければ、いくら取り繕ってもすぐにボロが出る。……ドレスも、人間も同じですわね」

彼女はカップを傾け、甘酸っぱい液体を喉に流し込んだ。 ビタミンが身体の隅々まで行き渡り、さらなる美しさを紡いでいく。

「さあ、今日も忙しくなりますわよ。……次は『カモミール』の時間。彼らに、現実という名の鎮静剤を投与して差し上げましょう」

窓の外は快晴。 セレスティアの未来のように、一点の曇りもない青空が広がっていた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ

ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。 スピーナ子爵家の次女。 どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。 ウィオラはいつも『じゃない方』 認められない、 選ばれない… そんなウィオラは―― 中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。 よろしくお願いします。

何もしなかっただけです

希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。 それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。 ――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。 AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。

魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす

三谷朱花*Q−73@文フリ東京5/4
恋愛
 ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。  ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。  伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。  そして、告げられた両親の死の真相。  家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。    絶望しかなかった。  涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。  雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。  そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。  ルーナは死を待つしか他になかった。  途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。  そして、ルーナがその温もりを感じた日。  ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。

婚約破棄? ありがとうございます。やっと本当の人生が始まります

たくわん
恋愛
婚約破棄された令嬢がすべきことといえば、泣くか、喚くか、復讐を誓うか——らしい。 リーナ・フォスター公爵令嬢がしたことは、荷造りだった。 「冷たくて人を愛せない」と王太子に切り捨てられた夜、リーナは一度も振り返らずに王城を出た。向かった先は辺境の荒れ地。目的は薬草の栽培と薬品事業の立ち上げ。前世の記憶から温めてきた、誰にも言えなかった計画の実行だ。 リーナはそこで不器用だが誠実な騎士ヴァルターと出会う。一方、残された王太子とその新しい婚約者は、少しずつ、静かに、取り返しのつかない方向へと歩んでいたーー。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

婚約破棄?悪役令嬢の復讐は爆速で。

八雲
恋愛
「リリム・フォン・アスタロト! 貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの最中、婚約者である王太子エリオットから身に覚えのない罪を突きつけられた公爵令嬢リリム。隣には「真実の愛」を語るマシュマロ系男爵令嬢シャーリーの姿。 普通の令嬢なら泣き崩れる場面――だが、リリムは違った。