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神の枝葉
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西空に赤焼けた雲がある。その下に、手を広げて、大きな蜘蛛が陣取っている。すると、馬が走ってきてその蜘蛛を一刀両断、真っ二つにして駆けていった。非常に胸のすくシーンだったが、すぐにそこに訪れた空虚が、決して快感をだけ残したのではないことを示した。
馬が、戻ってきた。とぼとぼと、今しがた自分のやってしまったことについて、反省をしている様子である。何がいけなかったのか。あの蜘蛛は、おそらくあらゆる者の敵じゃなかったのか?そう思っていたのだろう。だが、あの蜘蛛は上の雲を支えていた。夕暮れに染まった雲が、苦しそうに息を吐いているのを見て、馬は、とても悲しくなった。
涙を流すように、雲は雨を降らせた。それを見て、馬は自分の姿がにわかに変わっていくのを感じた。蜘蛛になる。蜘蛛になっていく。それが反省だろうか。彼が倒したものに、なっていくことこそが、彼にとっての配慮なのだろうか。いや違う。そのために、もし彼が、かたきを打ち倒したというなら話が早い。彼は、蜘蛛にこそなりたかったのである。
彼は全身が蜘蛛に変わった我が姿を見て、もっと悲しんだ。こうなるまでに、どれだけの生命を自分は斃してきたかと考えた。彼の姿は斃してきたものによって出来上がっている。それは、確実に、彼の皮なり骨なりに変化していて、彼の現在を支えるものとなっていた。それを、何だかとてもすまないことのように、馬だった者は感じたのだった。
だが、これで終わったわけじゃない。蜘蛛に変化した後の彼が待っている。もし、前の蜘蛛が西空の雲を支える役目を負っていたとしたら、その役目は彼も担うべきものだろうか?いいや、彼は旅を始めた。頭上の雲などどうでもよかった。今は、蜘蛛になった自分の姿で何ができるかが最優先だった。つまり、前の蜘蛛は決して雲を支えることが第一の義務ではなかったということだ。たまたまその瞬間に馬が現れたということだった。そして、それは蜘蛛にとっても、馬にとってもいいことだった。降りしきる雨を滴らせる者は、彼にとってはどうでもよかった。しかし、上の暗雲が一定の雨を降らせ切ると、なんと、蜘蛛に変わった彼の姿はその雲に変わってしまった。彼は、まだ蜘蛛の姿でできることをしていなかったが、そのつながりが、もし前の蜘蛛と雲にこそあったならば、どうにもならなかった。彼は一途に雨を降らせる者となった。彼はいつしか地上の何者かに支えられている心地がし始めた。案の定、それは彼が昔打ち倒した蜘蛛で、以前とは違った姿をしていたが、それでも雲なる彼は地上の蜘蛛に恋をした。だが、蜘蛛は見知らぬ馬に一刀両断にされてしまう。彼は悲しくなって、滴る雨を降らせた。
すると、彼はその雲を見上げる者となった。
一刀両断した馬になった。
元に戻ったということか。いいや、
彼は、全部分かったのだ。
次の瞬間、彼はどこだか分からない古い古い建物の中にいた。そこで、彼は自分の体をまるごと奉納した。うずくまる彼の胸に、これでよかったのだという安堵が広がった。その西空に、赤く焼けた雲が浮かんでいる。雲は、その建物の中に何かがいることが分かっていた。それは自分かもしれないと思った。雲は静かに静かに雨を降らせた。しっとりと、建物の中に空気が浸み込み、言い知れぬ世界の輪廻の在り様が、丸く太く、その建物になだらかに茂った。
馬が、戻ってきた。とぼとぼと、今しがた自分のやってしまったことについて、反省をしている様子である。何がいけなかったのか。あの蜘蛛は、おそらくあらゆる者の敵じゃなかったのか?そう思っていたのだろう。だが、あの蜘蛛は上の雲を支えていた。夕暮れに染まった雲が、苦しそうに息を吐いているのを見て、馬は、とても悲しくなった。
涙を流すように、雲は雨を降らせた。それを見て、馬は自分の姿がにわかに変わっていくのを感じた。蜘蛛になる。蜘蛛になっていく。それが反省だろうか。彼が倒したものに、なっていくことこそが、彼にとっての配慮なのだろうか。いや違う。そのために、もし彼が、かたきを打ち倒したというなら話が早い。彼は、蜘蛛にこそなりたかったのである。
彼は全身が蜘蛛に変わった我が姿を見て、もっと悲しんだ。こうなるまでに、どれだけの生命を自分は斃してきたかと考えた。彼の姿は斃してきたものによって出来上がっている。それは、確実に、彼の皮なり骨なりに変化していて、彼の現在を支えるものとなっていた。それを、何だかとてもすまないことのように、馬だった者は感じたのだった。
だが、これで終わったわけじゃない。蜘蛛に変化した後の彼が待っている。もし、前の蜘蛛が西空の雲を支える役目を負っていたとしたら、その役目は彼も担うべきものだろうか?いいや、彼は旅を始めた。頭上の雲などどうでもよかった。今は、蜘蛛になった自分の姿で何ができるかが最優先だった。つまり、前の蜘蛛は決して雲を支えることが第一の義務ではなかったということだ。たまたまその瞬間に馬が現れたということだった。そして、それは蜘蛛にとっても、馬にとってもいいことだった。降りしきる雨を滴らせる者は、彼にとってはどうでもよかった。しかし、上の暗雲が一定の雨を降らせ切ると、なんと、蜘蛛に変わった彼の姿はその雲に変わってしまった。彼は、まだ蜘蛛の姿でできることをしていなかったが、そのつながりが、もし前の蜘蛛と雲にこそあったならば、どうにもならなかった。彼は一途に雨を降らせる者となった。彼はいつしか地上の何者かに支えられている心地がし始めた。案の定、それは彼が昔打ち倒した蜘蛛で、以前とは違った姿をしていたが、それでも雲なる彼は地上の蜘蛛に恋をした。だが、蜘蛛は見知らぬ馬に一刀両断にされてしまう。彼は悲しくなって、滴る雨を降らせた。
すると、彼はその雲を見上げる者となった。
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元に戻ったということか。いいや、
彼は、全部分かったのだ。
次の瞬間、彼はどこだか分からない古い古い建物の中にいた。そこで、彼は自分の体をまるごと奉納した。うずくまる彼の胸に、これでよかったのだという安堵が広がった。その西空に、赤く焼けた雲が浮かんでいる。雲は、その建物の中に何かがいることが分かっていた。それは自分かもしれないと思った。雲は静かに静かに雨を降らせた。しっとりと、建物の中に空気が浸み込み、言い知れぬ世界の輪廻の在り様が、丸く太く、その建物になだらかに茂った。
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